第42.5話 おきてる
第42.5話 おきてる
……雀宮くんたちが部屋を出て、階段を降りた音が聞こえなくなったと確認してから、俺は坂田のベッドに腰をかけた。静かに寝息を立てながら、安らかな笑みを浮かべている……なんてわけがない。
「……起きてるんでしょ、坂田」
「……バレてたか」
そう言うと、坂田は目を覚まし、冷やしタオルを取って、ふらりと起き上がった。長い横髪が鎖骨にかかって垂れた。寝かせる時にお団子を解いたせいか、毛先の部分に縛り後がついている。
傍から見れば、程よい髪の長さの女の子に見えるだろうがそんなことは無い。彼の猫目が、坂田自身だと思い出させてくれる。
「うわ〜……寝起き一番にイケメンの顔とは〜惚れちゃいそー」
「惚れないでくださーい。ま、寝起き一番が、イケメンで良かったね」
「嫌味かよー、俺への当てつけじゃん?」
「言い出したのはそっちでしょ?」
そう言うと、ふふっと笑ってしまった。このゆるいやり取りがなんとも言えない、くすぐったい気持ちになる。坂田といるといつもこうだ。
何があっても、気が緩んでしまう。
「いいよな〜、イケメンはなんでも許されて〜」
そう訳の分からない僻みを言われ、坂田は俺の膝の上に寝転がった。枕はそっちの方にあるよ、と言うと、こっちがいいと頑なに動こうとしなかった。
長い紫色の髪が目に入る。染め直すのが面倒なのか、若干黒色が混ざりつつある。まるで紫色の中に黒が侵食しているようだ。それを撫でながら、坂田に問いかけた。
「染め直さないの?」
「……考え中」
「髪切らないの?」
「……ノーコメント」
「適当すぎ」
表情が見えないので何を考えているかまでは分からないが、じんわりと服越しに坂田の体温が伝わってくる。夏服は素材自体が薄いものが多いのでよく届く。
「……やばい、今、凄く女の子に膝枕されたい」
「えー、そこ文句言う?」
「イケメンじゃ癒されない、チェンジで〜」
「俺もするなら女の子がいいんですけどー」
そこまで言い合いしながら、俺は静かに坂田の頭を撫でた。すると、坂田は少しだけこちらに目を向けた。
「……しばらく、このままがいい」
そう言うと、俺の腹に抱きつくように顔を埋めた。脆く壊れそうなものを抱きしめるように優しく……。
これは坂田の癖だ。自分の両親の前でも、美由さんの前でも、ましてや仁都にでもしたことが無い。
坂田の心が押しつぶされそうになった時、必ず俺の膝の上で寝転がって俺のお腹を抱きしめる。
坂田の唯一の、『助けて』のサインだ。
俺はいつもそれを静かに見守るだけ。体を貸して、坂田の頭を撫でて落ち着かせるまでそっとしておく。
……これは、坂田空琉という人物の一番脆い部分である。
俺たちの関係はおかしなものだ。
家族付き合いが昔からあって、お互いのことを知ってはいたが、喋りはしなかった。学校も同じだったが、クラスが違ったため関わることもなかった。
でも、お互いのことは知っていたのだ、癖も嫌いなものも性格も……。
俺達が『友達』という枠に収まったのは、つい最近のことだった……。




