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第42話 れいせいなふたり

 第42話 れいせいなふたり


 二人とも髪の毛まで汗ぐっしょりだった。

 汗で張り付いた毛先が、彼ら二人の仕事の大変さを物語っていた。額や首に滲み出る汗が、嫌にも彼らの生命力を吸い取っているようにも思えた。


 坂田は今にも死にそうだ。気だるそうにTシャツの襟元をパタパタと扇いでいる。アイデンティティー(?)であるポニーテールをやめ、お団子にしている始末だ。

 その横で、仁都は笑顔を絶やさないままタオルで汗を拭っていた。喋っているのか、お得意のマシンガントークを繰り広げていた。体力バカなのか脳筋バカなのか……。

 まさに正反対な二人と言えるだろう。


 この二人は本当に何をやっていたんだろうか……?と考えるだけで恐ろしかった。


 蝉の音が木々の隙間から、アンサンブルコンサートを開いている。夕方になってきたからか、鳴く蝉の声も昼間に比べて少なくなってきている……。

 重い足取りで、二人はこちらに近づいてきた。


「お疲れ様、暑かったでしょ」

「うわ、結構、汗でぐしょぐしょだな」

「ただいまー!久しぶりにいい汗をかいたよ〜。でも、疲れちゃったよ〜、助けてすーちゃん〜!」

「おいやめろ!抱きつくな暑苦しい!」

「坂田はどう?大丈夫?」

「あー……ん……だいじょうぶ……じゃ……ない……」

「えっ、坂田?!」


 そう田本が叫ぶと、坂田はふらりと前に倒れてきた……しかも、何故か俺の方に。


「ちょ、え?!坂田お前……?!」


 仁都との攻防戦をしていた俺にとっては刺客となる存在だった。坂田は前屈みに俺に倒れ込み、俺の肩に顔が乗っかるような形になった。少女漫画でよく見る、彼氏の方が、彼女の肩にことんと顔を乗せるような……。でも、今はそんな素敵なシチュエーションどころではない。

 首筋に触れた坂田の体温が熱い。この熱さのせいだと思ったのだが、息遣いが荒い。尋常じゃない状況にいち早く気づいたのは田本だった。


「坂田、ねぇ!しっかりして!?」

「むり……死にそ……う……」


 そう言うと、坂田は最後の力を振り絞って親指を立てて、何故かグーと出して白目を向いたまま、にこりと笑いそのまま、真っ白に燃え尽きてしまった。

 チーン、と音が鳴って魂が抜ける、そんなコメディを想像するだろう。


「「「さ、坂田ぁぁぁあ!!」」」


 俺らは、坂田に応急処置する為、急いで宿の中へと連れて行った。急いで氷枕や水を貰い、部屋のベッドで寝かせ、目が覚めるまでしばらく様子を見ることになった……。



「……だいぶ落ち着いてきたと思うよ」


 寝ている坂田の隣に腰掛け、田本はおでこにあてた冷やしタオルを交換した。真っ赤だった坂田の頬に、段々と落ち着いた肌色が戻ってきていた。ベッドに運んだ時には荒かった呼吸も、今では静寂を取り戻し一定のリズムを保っていた。


「あとは、普通に目が覚めるまで大人しく寝かせとこうか」


 田本はそう言うと、ベッドの脇に置いた小さな椅子に深く座り込んだ。つきっきりで看病していたからだろうか、表情は少し疲れているようにも見えた。


「ってか、あんた達が血相を変えてきた時は驚いたよ。特に仁都くんなんか鬼みたいに表情が強ばってたし」


 美由さんがそう言いながら、呆れたようにため息をつくと、仁都はあはは、と苦い笑みを浮かべながら「すみません、つい……」と頭をかいていた。


「全くもう……何があったのかと思ったじゃない……このこのっ」


 と、意地悪そうに笑いながら仁都の脇腹を肘でつついていた。いたた、すみません〜!と謝っていた。


 余程、人が倒れることに敏感なのか、俺が前に倒れた時も保健室の先生がそんなことを言ってた気がする。

 今日もそうだった。ベッドに寝かせてから、美由さんに助けを求めに行く姿はまるで必死に何かを怖がっている様子にも見えた。

 俺が倒れた時もあんな風な表情だったのだろう。


 過去に何かあったのだろうか……。


 ……いや、今は詮索しないでおこう。それよりも坂田が大事に至らなくて良かった。いくら熱中症とは言え、甘く見ていたら痛い目に遭う。過剰ではあったが、仁都の反応はあながち間違いではないのだ。


「……それにしても意外だったよ。田本くんも雀宮くんも、熱中症の看病に手慣れてるなんて」


 美由さんは感心したようにそう言う。


「田本くんは、流石、お医者さんの息子ってだけあるわね」

「ええ、まあ……これ位は学校でも習いますし、普通ですよ」

「その普通ができなかった子もいるけどね」

「やめて下さい美由さん!俺が泣いてしまいます!」


 そう言って、仁都は泣き真似をするように両手で顔を覆った。多分、恥ずかしがってもない。ただのじゃれあいである。


「……それにしても雀宮くんはよく、ああいう豆知識知ってたわね。博識って奴かしら?」

「博識かどうか分からないんですけど、姉貴がよく熱中症になってたのでその癖というか……」

「ふーん、でもそのお陰で冷静に対処できたんだから誇っていいと思うわよ。私が保証する」

「あ、ありがとうございます……?」


 何に保証されたのか分からなかったが、とりあえずお礼を言っておいた。

 実は、田本が軽く坂田の症状見た時に、体が少しけいれんを起こしていた。熱けいれんと言い、筋肉痛などを覚え、大量に汗をかいた後に、水分のみしか取らず、塩分を取らなかった場合に起こりやすい。


 応急処置としては、塩分の補給をすること。

 1リットルの水に9gの食塩を入れた生理食塩水を作り、それを飲むことで回復する。


 ベッドに運んだ時に意識を取り戻し、自力で飲むことは可能だったのでとりあえず飲ませておいた。


 まさか姉貴を看病した経験が、こんな所で役に立つとは思わなかった。自分が経験してきたことは必ずどこかで役に立つとはこのことを指すのだろう。

 お土産は何かいい物を買っていくことにしよう、うん、そうしよう。


 珍しく(?)姉貴への感謝の意を感じていると、美由さんは小さく手を叩いて「さあ!」と言った。


「夕食の支度をしましょうか。そろそろみんなお腹空いてきた頃でしょう?」


 そう言われば確かにそうだ。色々と立て込んでいた為、忘れていたのだが、ひと安心した瞬間に腹の虫が騒ぎ出しそうになるのを感じた。


「夕食の支度、の前に買い出しをお願いしたいんだけど、お願いしてもいいかしら?」


 美由さんが、お願い、と両手を合わせてにこりと笑った。


「大丈夫ですよー!働かざるもの食うべからず?って言いますもんね!」

「俺も……どちらかと言うとそっちの方が慣れてるんで、やります」

「ほんとー?!ありがとう!ごめんね〜、若い男の子いるとすぐ頼っちゃうから〜」

「……田本はどうする?」


 田本に声をかけると、田本はう〜んと悩んだ後、


「……ごめん、坂田の看病していたいから俺はここに残るよ」


 と申し訳なさそうに微笑んだ。

 医者の息子の運命(さだ)というか、友達ならば、なおのこと傍に居たいのだろう。


「そうだな、一人でもここにいた方がいいし……俺と仁都で行ってくるよ」

「そうだね。そうくんが居てくれた方が、そーちゃんも安心できると思うし!」


 仁都も納得してくれたようで安心したが、よく考えたら俺たち二人はこの街のことをよく知らない。買い出しと言われて、迷子にならずにここに帰ってこられるのだろうか……。

 と、悩んでいると、美由さんが

「大丈夫!」と言って肩を叩いた。


「買い出しには、うちの旦那が着いてくから安心して!」


 なるほど、それなら安心である。

 じゃあ、また夕食が出来たら二人を呼ぶことにして、俺と仁都と美由さんは準備をするために部屋を出ていった。

 廊下から見える窓には、藍色を纏った空の中に、ぼんやりとオレンジ色の夕日が浮かんでいた。


 秋の夕方は、少し肌寒い。


 俺の髪を、秋風が絡めとるようにそっと撫でたのだった……。










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