第41話 しつじ
第41話 しつじ
……しばらくすると、黒いスーツを着た男達がやって来た。スーツ同じサングラス、オールバックという風貌だった。
最初は借金か何かの取り立てに来た『ヤ』のつく職業の人間かと警戒していたのだが、人は見た目で判断するものではないと思い知らされた。
その男達はエトを見るなり、幼い子供のように、わーわーと泣き喚いたのだ。呆気に取られている俺達を他所に、男達はエトの周りを囲むようにしゃがみ、ギャグ漫画のごとく、うおぉー!うおぉー!と歓喜の雄叫び(?)をあげていた。
……なんだこれは、ゴリラの集会か何かか。
彼らはサングラスをしているため、どんな表情をしているか分からないが、喋っている言葉は日本語ではないことが分かった。
エトはそんな彼らに怯えること無く、むしろ慣れているのだろうか?ふふっと笑いながら、同じ言葉で彼らを慰めていた。
どこの国の言葉だろうか?
英語ではないことは分かるが……。聞き慣れない発音ではあると理解しているが、どうも日本語以外の言語は、いまいち区別がつかない。
「あれは、ロシア語だね」
と田本はそれを確認するように頷く。なんで分かるんだよ、と聞くと、英語の他に外国語を選択してるから、なんとなく雰囲気で……かな?と笑った。
まぁ、学年で三本の指に入る秀才が言うのだから、間違いないだろう。
決して皮肉ではない。うちの学校では、テスト上位者は職員室前の掲示板にフルネームで貼り出される。生徒には迷惑な、プライバシーも何もへったくれもないシステムだ。
今回のテストもその上位者の中、学年別第二位の項目に『田本宗吾』の名前があった。それを見た時に、改めて頭の良さを実感した。
ちなみに、テスト上位者だけではなくワースト者も貼り出されるのだが、そこに『田端匡』の名前があったのは見なかったことにした……。
しかし、相当エトに会えたのが嬉しいのか、彼らは泣き止むことを知らない。エトの家族という訳では無いだろう。ドラマとか漫画とかである、お嬢様の身辺を守る護衛係と言ったところか。
しかし、そんな威厳も鼻水を垂らしているようじゃ台無しである。
そう思いながら、ことの行く末を見守っていると、その男たちの間を割って一人の男性が現れた。
その男性は彼らとは違い、どこか高貴な雰囲気に包まれていた。シワ一つない白いシャツに、背広の裾が燕の尾のように広がっているタキシード、白い手袋を身につけていたそれはまさに生きている世界が違う人間だった。
所謂、燕尾服という奴だろう。姉貴が昔、執事系アニメにハマってた時、延々と聞かされた記憶がある。モーニングと言って本来は昼間に着替える物らしいが、執事にとってはこれがスーツだとかなんとか……。
背が高く、日に焼けてない黒髪は綺麗に一つに纏められている。黒髪版坂田と言えば想像しやすい。
……いや、どちらかと言うと、坂田よりもこの人の方がイケメンなのだから、黒髪版坂田と言うのはこの人に失礼かもしれない……。
その人は彼らに、何か一言言うと、男たちは瞬時に姿勢を直し、ピシッと横一列に整列した。
その表情はどこか氷のように鋭く、見つめるもの全てを突き刺すようだった。
そして、そのまましゃがんでエトにひざまづくと、同じような言語でなにやら会話をしていた。
すると、エトの表情が段々笑顔になるにつれて、その人も微笑み、立ち上がって俺らを見た。
「ソウゴ様、ナミダ様。この度はお嬢様を助けていただき、本当にありがとうございました。一族を代表して、感謝申し上げます」
少し低い透き通った声でそう言い、深々と頭を下げた。
「あ、いえいえ!助けただなんてそんな……!ただ、俺らはエトちゃんと喋っていただけですし……」
田本がわたわたとそう言うと、執事さんは首を横に振った。
「いえ、そのおかげで無事、お嬢様が見つけることができました。どれだけ感謝してもしきれません」
そう言うと「申し遅れました」と一言置き、
「私は、松柳永吉と申します。こちらにいるエトお嬢様の教育係兼執事をさせて頂いております。以後、お見知りおきを」
……まるでアニメか漫画でしか見たことがない世界を延々と目の当たりにしているようだった。
俺も田本も、生きてきた中でこんな世界を目の当たりにするなんて思わなかっただろう。
そもそも、日本でこんな執事がいる家なんてそうそうないだろう。
……ある意味、宝くじを当てるよりも凄いことに遭遇したかもしれない。
しかし、松柳さんの仕草や言葉遣い、エトに対する態度や忠誠心から見ても、これが架空の話ではなく現実の話であると改めて確信した。俺らは、とんでもない子と喋っていたようだ……と、田本も同じことを思っていたのかお互いに顔を見合わせた。
エトが居なくなってここに来るまでに、色々と訳があったらしく、お詫びを交えながら、その真実を少し苦い笑みを浮かべながら話してくれた。
……エトの屋敷には薔薇を育てている庭園があり、そこのテラスにてアフタヌーンティーしていたそうだ。退屈しのぎにエトがメイド達と隠れんぼをして遊んでいたところ、目を離した隙にいなくなってしまっていたのだと言う。
エト自身、見た目に反して好奇心旺盛で、興味があるものには飛びつき、どこにでもすぐに出かけてしまうそうだ。
それならまだしも、自覚症状のない極度の方向音痴だということで、毎度苦労しているのだという。
今回もそれにあてはまり、すぐに捜索隊を派遣し、目撃情報を集めたところここにたどり着いたのだとか。
「そうだったんですか……。大変だったんですね」
「ええ。探究心があることはいい事なのですが、あり過ぎるのが偶にキズと言いますか……」
「分かります。俺の妹も極度の方向音痴で、昔からエトちゃんみたいに探究心が旺盛なんですよ。気が気じゃなくなりますよね。そこも可愛いんですけど」
「確かに、毎度毎度心臓がいくらあっても足りません。……なるほど、ソウゴ様の妹もですか」
「あはは、うちの場合は執事さんなんて居ないから、見つけるのは必ず俺なんですけどね」
「お兄様が騎士と言うわけですか、素敵ですね」
……なんだろう、案外この二人話のうまが合ってる気がする。
田本の場合は妹自慢のようにも聞こえなくもないが……シスコンという奴なのだろうか、少し顔が生き生きしてるようにも思える。
それを聞く松柳さんは流石というか……聞き上手だと思う。
「……でも本当に、貴方がたのような心の優しい方に助けて頂けて、本当に良かったです」
そう言うと松柳さんはホッとしたように笑みを浮かべた。
「万が一、お嬢様が心の汚れた大人に、手を出していたかと思うと……」
そう言うと、松柳さんは一呼吸おいてニコリと笑った。
「考えるだけで恐ろしいですよね」
……殺意。完璧なる殺意だ。
たった一言なのに、何か胸にグサリと刺さる。心臓を抉られるような痛みだ。
憎悪とも言えるような、恐ろしく淀んだ黒い感情がその笑顔の裏に隠れているようだった。
何もエトにしていないはずなのに、何かしたのではないかと罪悪感を覚えてしまう。
……ただでさえ、只者でない雰囲気なのに、こんな人を敵に回すなんて行為、自ら死にに行くようなものではないか。
もしかしたら、その為のこの黒服の男達なのかもしれない……。
松柳さんのこの一言は、ある意味俺らへの警告でもあるかもしれない。
完全に俺たちを白だと思ってる訳では無い。それはそうだろう、初対面の相手を信用出来るほど人間は楽な生き物じゃない。
警告と警鐘を鳴らしているのだ。
……あれだ、あれに似てるのだ。
姉貴が初めて藤見さんを家に連れてきた時の親父の表情に。
親父も、藤見さんを良い人だと分かりつつも、一人娘を他所の男に渡したくない気持ちが大きかったのだ。その為、松柳さんのような態度を取っていたのを思い出した。
……まぁ、今の状況はそんな生易しいものではないけど。
何も言えない俺たちを横目に、松柳さんは、大豆と戯れているエトにしゃがみこみ「さぁ、お嬢様そろそろ帰りましょう」と声をかけた。
「えー!エト、まだ大豆といっしょにいたい!」
「ダメですよ、旦那様も奥様も心配していらっしゃいます。早くお顔を見せてあげましょう?」
「でもー……!」
エトは不満そうに頬を膨らませ、大豆を撫でながら下を向いた。大豆は舌を出しながら、尻尾を大きく振っている。わんっ!と鳴いてまだ遊びたそうにこちらを見ていた。
ううー……と名残惜しそうに俯いているエトを見て、田本は同じようにしゃがんで笑った。
「……また遊びに来たかったらおいで?」
「えっ?!きてもいいの?」
「うん。大豆はいつでもここにいるからね。俺たちもしばらくはここにいるから、大丈夫だよ」
「ほんと?!うれしい!ソウゴもナミダもいるの?」
「いるよー。だから、今度来る時はちゃんと、ここに来ることを伝えてから来るんだよ?」
「うん、そうする!ありがとう!」
エトはぱあっと顔を明るくさせ、嬉しそうに頬を上げて笑った。太陽のように眩しくて可愛い笑顔だ。
エトはぎゅーっ、と大豆を抱きしめて、またねと頭を撫でると、松柳さんと手を繋ぎ、ばいばい!と言って帰って行った。
もちろん、後ろには護衛係の彼らも一緒に……。
「……嵐が去ったあとみたいだな」
思わず口に出してしまった。田本も同じことを思っていたようで、あはは……と苦い笑みを浮かべていた。なんだか、ドッと疲れが出てきた。はあ〜……と深呼吸するように長い溜息を吐くと、わんっ、と大豆が俺のすねをに前足をのせてまだ遊び足りなさそうに見ている。
「大豆だけは元気だなあ……」
「まあ、大豆は遊ぶのが仕事だからね」
「いいなあ……若いってのは」
「いやいや、俺らだって充分若いでしょ」
田本がそう言いながら大豆の頭を撫でた時、すれ違いのように仁都と坂田が、汗だくになりながらこちらに戻ってきた。
お休みするとか言いながら書きました。
本当にご心配おかけしました。




