第40話 にあってるよってことば
第40話 にあってるよってことば
わたしのなまえは、【エト】。
あのね、それいじょうはいえないの、いっちゃダメなの。
これは……パパとのやくそくなの。
小さなその少女は、俺と田本に向かってそう言った。名前からして明らかに日本人ではない。
なんとなくだが、雰囲気からもハーフやクォーターと言った感じでもない。
いわば、純粋な外国人と言えるだろう……。
ほんの少し前、俺が階段を降りてくると、ビクッと体を震わせて、田本の足を掴んでいた。見た感じ、このエトって子と田本は仲良くなったようだ。その子の頭を撫でながら「大丈夫だよ。この人はね、おにいさんの友達だからね」と笑うと、それを聞いて安心したのかまだ少し警戒しながらも、こんにちはと小さく挨拶してくれた。
こちらも、こんにちは、と返すとエトは安心したように微笑んだ。帽子の中から顔を出すその姿は、白雪姫などに出てくる小人のようだった。純粋に可愛いと思った。
「ねえ、大丈夫だったでしょ?このおにいさんはね、俺なんかと違って、小さくて可愛いからね」
「うん。かわいいと、おもう……!」
……田本さん、自然と毒吐いてますよ。あとで、屋上行きましょうか?
あと、エトさん。そこで俺のことを肯定しないでください……。いくら子供だからと言っても、その一言は俺にとってはかなりダメージなんですよ。
ああ、胸が痛い……呼吸できない……。
ガクッと項垂れる俺を見たのか、「だいじょうぶ?」と下から俺を覗き込んできた。ふわふわと揺れる銀髪に、キラキラと光るダイヤモンドのような水晶のような目に吸い込まれそうになる。
違った意味で心臓に悪い。
大丈夫だよ、と笑みを見せると「良かったぁ」と安心したように手を叩いた。
その一つ一つの仕草が、どこかのお嬢様かのようにお淑やかであった。日頃からしていないと身につかない、しかもここまで自然にできる人はそうそういないだろう。
なんちゃってお嬢様でも、ここまで身につけている人はいない。一応、俺が出会ってきた限りでは。
日本人がこれをやってしまうと、どこか違和感とぎこちなさが残ってしまうのだ。そうじゃなくても、この子は相当高貴なご令嬢であることは見て取れる。
そんなエトが大豆と戯れている隙に、俺は小声で田本に尋ねてみた。
「……田本の知り合い?」
「ううん、違うよ。多分、近くの別荘の子だよ。ここら辺はそういうの多いし」
「別荘って……なんかリゾート地みたいだな」
「まぁ、実際に観光地でもあるし、珍しくはないよ。でも、この子と出会ったのは今年が初めてかも。少なくとも去年と一昨年はいなかったよ」
「ふーん……。じゃあ坂田の知り合いかもな」
「かもね」
後で坂田にも聞いてみよう。と思っていたところで、エトがちょいちょいと、俺の服の裾を掴んでいた。何か言いたそうな顔でこちらを見ていた。田本程ではないが、少し身を傾けて耳元をエトへと近づけた。
「どうしたの?」
「あのね……エトに、おにいさんのなまえ、おしえてほしいの」
両手で筒を作り、それを俺の耳にあてて、少し恥ずかしそう言った。なんだ、それくらいならお安い御用だ。
田本の名前はもう聞いたらしい。田本の友だちだと言うことで俺のことも教えて欲しいのだという。それにしても、外国人だとは思えないほど、流暢な日本語である。
「すずめのみや、なみだ」と、俺も手で筒を作ってエトの耳にくっつけて返した。
なんだか、姉と昔した伝言ゲームを思い出し、耳がこそばゆくなる。
「スズメノミヤ、ナミダ……」
エトは俺の言葉を一字一句繰り返しては噛みしめていた。スズメノミヤ、と言いにくのだろう。何回か呟いたあと、スズメノミヤ……ナミダ……覚えた!と笑った。
「ソウゴとナミダ……!うふふっ、ソウゴとナミダね……!」
と繰り返すと、向日葵のように笑うと嬉しそうにワンピースの裾を持ち上げてクルクル回った。昔見たアニメに、こんな風に回るお姫様がいた。確か、鳥とか動物達がお姫様の声に寄ってきていたのだ。
まさに、その光景と瓜二つである。
むしろ、この現代でこんなことが出来て、尚且つ違和感がないのはやはりこの子は只者でないようだ。
そう思っていると、電流が交わるようにパチリと、エトと目が合った。じーっと俺を見ててから、不思議そうに首を傾げた。正確には、俺が思ってるよりも上の方、俺の髪に注目しているようだ。
うわ……やべ……。
と、思わず口に漏らしてしまった。その言葉に反応した田本が、チラリと横目で俺を見た。
ズキッと胸が痛み、嫌な冷や汗が背中を伝う。徐々に動悸が激しくなっていくのが分かる。
エトが不思議そうに見るのは当たり前の話だ。俺の髪は、日本人にしては珍しい髪色なのだ。
ここ最近、仁都たちや瀧本たちといることが多くなってきて、自分の容姿をあまり気にしていなかった。
それに……仁都から貰った言葉があまりにも脳裏に焼き付いて、少し良い意味で油断してしまっていた。
エトは興味深そうに俺を見る。まるで、珍しいものに出会ったかのように目を輝かせていた。うっ、その瞳が眩しい。何を思ってエトは俺を見つめているのか、全く検討がつかない。以前に比べ、自分の髪を嫌いになることは無かったが、それでも興味本位で見られるのは嬉しいものではなかった。
しばしの沈黙のあと、それを破ったのはエトだった。
「……ねぇ、ナミダ」
「え、な、なに?」
「ナミダのかみのけ、触りたい」
「……え?」
「ふわふわしてて、きもちよさそう……。ダメ?」
エトはお願い、お願い!と手を合わせてピョンピョン飛んでいた。帽子のつばが上下に揺れ、地面を蹴る砂が舞い上がった。
予想外の頼みごとに、拍子抜けしながらエトの身長に合わせて少ししゃがんだ。すると、エトは一歩俺に近づき、その小さな手でそっと俺の髪を撫でた。頭を下げているのでエトの表情は読み取れないがふふっ、という笑い声が耳に届いた。
何が面白いのだろうかと疑問に思っていると、
「……ナミダのかみいろ、すてきね」
と、言った。ふと、仁都に言われたことを思い出し、加速するようにカーッと身体が熱くなった。
こう、恋愛的な何かとかそういうのではない。ただ、思い出してしまっただけで他に何かある訳ではなかい。決して、他意はない。
それなのに耳元まで熱くなったのはきっと熱さのせいだろう。
そう、一人で葛藤しているとエトが、ねぇ、と尋ねてきた。
「ナミダのこれは、おかあさんかおとうさんの?」
「……え、あ、いや違う。これは、ばあちゃんの遺伝……かな」
「そうなんだ……。じゃあ、エトといっしょだね」
「え?」
その言葉に反射的に顔を上げる。そのエトの表情は、笑っているはずなのにどこか寂しそうだった。困ったように眉を沈ませる。
「あのね、エトのパパとママはね、きれいなきんいろなの。でも、エトはいつからか、このいろになったの。おとうさんとおかあさんは『似合ってる』っていってくれるんだけど……エトは……」
そこまで言うと、エトは下を向いて押し黙ってしまった。何か、嫌なことを思い出してしまったのだろうか。重たい空気が俺達の中に流れる。
なんとか、顔を上げてもらおうと、脳内の言葉の引き出しを巡っていると、俺の横で田本がしゃがんだ。
「……じゃあ、それは俺と同じだね、エトちゃん」
そう言うと、田本は静かにエトの頭を撫でた。撫でられながら、エトはそっと顔を上げた。泣いてはいないが、今にも泣きそうなくらい頬が紅潮し、強ばっていた。
「おにいさんもね、昔はお父さんとお母さんと同じ茶髪だったの。妹もいてね、その子も茶髪だった。だけど、おにいさんだけ、気づいたらエトちゃんと同じ銀色になってたんだ」
「……ほんとう?」
「ほんとうだよ。俺も昔、この髪色が好きじゃなかったんだけどね、ある人の言葉で好きになったんだよ」
そう言うと、田本はニコリと微笑んだ。
「……とってもよく似合ってるよ、って」
すると、エトは「パパとママと同じこと言ってる……」と驚いた顔をしていた。
「そうだよ、エトのパパとママと同じ。これが好きで、似合ってるよって言ってくれる家族がいたから、俺はこれを好きになれたんだ。だから、エトも好きになれると思うよ」
田本がそう言うと、緊張の糸が解けたようにエトの頬を緩んで嬉しそうに大きく、うんっ!とうなづいた。先程とは違う、いい笑顔だった。
田本はこういう時、女性を笑顔にさせるのが上手いようだ。伊達に女の子を見てきたわけでないらしい。妹もいるからだろうか、小さい女の子に対する接し方が上手いような気がした。
田本の言葉に機嫌を良くしたエトは、俺と田本の手をギュッと握った。
「……じゃあ、ソウゴとナミダはエトのおともだちだね!」
そう言ってニコニコと笑うと、大豆がワンッと鳴いた。自分もそうだぞ!と言いたいのだろうか、舌を出しながらワンワンッと何度も吠えていた。「もちろん、ダイズもだよ」と、うふふーと笑っていた。俺なんかでいいのかよ……と言いかけた口を自然に閉じた。その代わりに、俺はいつの間にか言葉を紡いでいた。
「……なあ、エト」
「なぁに、ナミダ?」
「家族じゃなくて、友達に言ってもらえるのでも、自分のこと好きになれるんだよ」
「ともだちに?」
「そう……。少なくとも、俺達は、その髪はエトに合ってると、思う」
これは俺が経験した、仁都のおかげで。家族に言われたことはないが、友達に言われるのだけでも救われる。俺はそう学んだのだ。
なんだか、少し恥ずかしい気持ちを抑えながらそう言うと、エトはニコニコと口角をあげた。
「うふふ、エトはソウゴとナミダという、『ともだち』にであえました」
そう言うエトの笑顔はどんな宝石よりもどんな太陽よりも煌めいていた。不覚にも、ときめいてしまったのは秘密である。
……子供とは単純である。
出会ってすぐに誰とでも友達になれる。エトくらいの頃だとそうだろう。気づいたら自然に友達がいた。それが世間一般的である。
だが、そんな時代を送ってこなかった俺にとっては、エトと友達になったことは、幼い頃のそんな当たり前を思い出させてくれることとなった。
ある意味、エトは、俺が描いた、友達の妖精なのかもしれない。
俺は自然と、自分の絵本に描いた妖精を思い出し、エトをその姿を重ね合わせていたのだった。




