第38話 だいず
第38話 だいず
「……って、感じなんだ。鬼灯祭自体は二日間行われて、花火大会とか盆踊り大会とかあるんだよ」
「思ったよりも色々やるんだな」
「観光客向けに開拓してったらどんどんこんな風になっちゃったんだよ」
「なるほど。んで?そこで俺らの出番ってわけ?」
「正解。観光客が増えちゃったせいで人手足らなくなったんだって」
「どこの観光地も、行事があるとみんなそうだよなぁ」
「でもまあ、いいんじゃない?宿泊先と朝昼晩のご飯付きって考えたらお得感はあると、俺は思うなあ」
「……なんか、ほんとに虫がいい話だよな。荒手の詐欺だなこれは」
なんて、皮肉を言うとそれを言われたら困るなぁ、と田本は困ったような笑みを向けた。チリンチリン、と風鈴の音が風に乗る。もうそろそろ、力仕事組も帰ってくる頃だろうか。スマホを取り出して、時間を確認する。
外で作業をしていたから、スマホもそれなりに熱を持っていた。もうそろそろ、夕方の四時を迎えようとしていた。
四時にしてはまだ明るい。冬場ならそろそろ太陽が落ちて、藍を纏った空に染まるのに、夏場だと全くの真逆である。いや、夏場ではないのだが、未だに日照時間が長いということはそういうことになるのだろう。
一番太陽が高く昇る時間帯に作業をしていたからか、若干首元がヒリヒリと痛む。日焼け止めは塗ったはずなのだが、いつの間にか汗で流れてしまったのだろう。
男が日焼け止めなんて……と思うだろうが、俺は昔から、油断すると真っ黒になってしまう体質だった。
小さい頃に、焼けるだけ焼けて、お風呂やプールに入る時にかなりしみて痛かったので、それがトラウマになってからは塗りたくるようにしている。
そのおかげか、はたまた引き篭もっているからか、近年は焼けることは無かった。その為、今回油断してしまっていた為擦り切れるような痛みが太陽と共にジリジリと伝わる。
「いって~……」と首元を抑えていると、大丈夫?と田本が心配そうな顔を向けてきた。
「大丈夫大丈夫、少し肌が焼けただけ……いった……」
「あー、雀宮くんって焼けるタイプなんだ。少し赤くなってるみたいだし、これは残るかもね」
「マジかぁ……最悪だな……。ってか、そういう田本はあんまり焼けてないよな。焼けにくいのか?」
「うん、俺はあんまり焼けないんだ。高校に入ってからは特に焼けなくなったかなあ」
「うわ……羨ましい……。油断してるとすぐこうだから意外と面倒なんだよな……」
後頭部を撫でるように擦りながら顔を下げる。暑さのせいか、顔を上げるのも億劫だ。滴り落ちる汗が、焼けた部分に届かないようにとタオルで拭いながら「あ〜……」と呻いていると、ふと、耳元に「ワンッ、ワンワンッ!」と犬の鳴き声がした。
「あ、大豆だ!久しぶりだね!」
田本にはそれがどんなのか分かっているのか、とても嬉しそうな声でそう呼んだ。
……大豆?大豆って言ったら豆のことだよな?豆と犬が何か関係があるのか……?
と、顔を上げてみると、どこか膝の方に妙な違和感を感じた。ぷにっと何かに押されている感触。それが両膝に伝わった。
目を凝らしてみると、そこには大きく黒く濡れた鼻先が呼吸を荒くしてこちらに向いていた。
「うわあっ?!」
それはそれは、大きな犬だった。毛並みが金色で、ブラッシングしてあるのか綺麗だった。
犬種としてはゴールデンレトリバーだろうか。ってか、それしかむしろ分からない!ゴールデンレトリバーか柴犬、もしくは雑種!そこらへんは猫じゃないから分かんねえ!
驚いて声を上げた俺に対し、ハッ、ハッ、ハッ!と、その犬は舌を出して大きく尻尾を振っている。相当ご機嫌なようで、ここでジャンプされればキスしてしまいそうな勢いである。
首元には赤い首輪。飼い主がいるようだ。しかし、それにしてもどうしてここに……というか、俺に?
「あー、ごめん〜!大豆ってば目を離したら、す〜ぐ走るんだから〜!!」
そう言って、走ってきたのは美由さんだった。大豆というのは、この犬のことらしい。美由さんは息切れ切れに、俺達の方へと近づいた。
「も〜、大豆ってば新しい人見たらすぐ興味持っちゃうんだから〜!ごめんね、雀宮くん。犬とか平気?アレルギーとかじゃない?」
「あ、いえ、大丈夫です。大豆って言うんですね、この子」
「そうなの〜。京志さんがつけた名前なんだけどね、人懐っこくて、人懐っこくて……」
「ってか、大豆は相変わらず、この性格なんですね〜。思ったよりも大きくなってて、ビックリしました」
そう言うと、「おいで?」と大豆に向かって手を広げた。すると、大豆は田本に気づいたのか、愛らしく「わんっ!」と叫ぶと、胸に飛び込むように抱きついた。
会えて嬉しいのか、田本の腕の中ですりすりと顔を近づけたり首元や頬を舐めたりしていた。
「あ〜、田本くんが大豆を去年見た時は、まだ小さかったもんね〜」
「いつから飼ってましたっけ?一昨年でしたっけ?」
「そうそう。そういや、最初から大豆は田本くんに夢中だったね〜。大豆がメスだから、人間と同じで、イケメンの前だとメロメロになるのかもね!」
「あはは。イケメンかどうかは分かりませんが、オスでもメスでも動物に好かれるに越した事は無いですから」
そう言って、田本がニコニコ笑いながら、両手で大豆の頬をくしゃくしゃと撫でる。大豆は気持ちがいいのか、嬉しそうに「わんっ!」と元気よく吠えた。
やはり、どの世界においてもイケメンはあらゆる女性(?)から優遇される存在なのか……と、少し複雑な気持ちになった。くっ、所詮メスはメスなのか……。
大豆が田本からなかなか離れないので、美由さんは俺たちに、大豆を犬小屋に連れてくように頼んできた。表の玄関の方に犬小屋があるからそこにリードを繋いでほしいと。
美由さんはチェックインされるお客さんの相手をするそうだ。準備があるとかで、急いで縁側の方から民宿の中へと入って行った。
一難去ってまた一難、と言うか。美由さんは休む暇があるのだろうかと心配になってしまう。気がつけば常に動いているように見える。京志さんと二人で切り盛りしてるのだから、猫の手でも、いや大豆の手でも本当は借りたいほどだろう。
さっきまで、詐欺だの虫がいい話などと思っていたが、二人のことを思うと何か力になりたいと思うようになっていた。ただの高校生が出来ることなんて限られてくると思うが、それでも何か役に立てるようになろうと密かに決めたのだった。
田本と一緒に大豆を犬小屋へと連れて行った。大豆はこの民宿の看板娘らしい。お客さんや近所の人から人気のあるマスコットキャラクターらしい。
リードを繋いで、しばらく大豆と戯れているとカップル連れのお客さんや、家族連れのお客さんが訪れた。大豆に興味津々のようで、大豆自身もお客さんに興味津々で元気よく駆け回りながら「わんわん!」と尻尾を振った。
玄関が開いて、美由さんがお客さんを中へと促す。
「暑い中、ありがとうございます〜!荷物お運び致しますね〜!」
と、笑顔で迎え、荷物をいくつか抱えた。
手伝った方がいいと思い、外のことは田本に任せ、比較的力がある俺が荷物を運ぶのを手伝うことにした。人と話すのは苦手だが、女性一人に力仕事を任せるのは、俺としてはあまり良くないと思う。
「部屋さえ教えて頂けたら、自分が運んでおきます」と美由さんに部屋番号を聞いて、お客さんの荷物をそれぞれの部屋に運んだ。
美由さんがまとめて接客しているので、俺としては一人で黙々と作業ができたので良かった。大きくても、スーツケースくらいでそこまで重くはない。階段の昇り降りが辛いだけでそこまで酷くはなかった。
荷物を運び終わり、ふぅ、と一息ついて階段を降りていると、階段にある窓から下の玄関先が見えた。民宿の中は冷房が完備してあるので窓は閉まっている。その為、外の会話は聞こえないが、田本と大豆と……小さな子供姿があった。
大きな白い帽子を被っているため、顔は分からないが、純白のワンピースの裾が見えたので恐らく女の子だろう。風が吹いているのか、ふわりと裾が揺れていた。見た感じ、小学生くらいだろう。
なんだろう……?お客さんなのかな?
俺は足早に階段を降りて、玄関へと向かった……。




