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第3話 つまらないせかいにさようなら(中編)(2018.4.1加筆修正済)

「とーちゃく! 俺の家へようこそ!」

「家って……」


 俺は今、一体どこにいるのだろうか……。連れられるがままに電車に揺られ、気がつくと、目の前に見えた現実に、思わず言葉を失った。

 テレビの不動産特集でも紹介されるような、高層マンションの入口に、俺はいた。

 入り口は白と黒を基調としたシンプルなものだったが、ドアには暗証番号を入れるであろうナンバーキーが取り付けられていた。

 普通の数字が羅列したものではない。アルファベットが並べられていた。その奥にも同じようなドアがあり、そこにもナンバーキーが取り付けられていた。

 セキュリティは万全で、まさに、VIP御用達の高級マンションに見えた。

 ついさっきまで、同じような高層ビルにいたのはいたのだが、そんなものとは全く比べ物にならなかった。ざっと見、四十階はゆうにあるだろう。

 周りにも似たようなマンションが建ち並んでいるのだが、他にない高級感がここに満ち溢れていた。


 テレビで見た記憶が正しければ、こういう一等地のマンションってのは、下手したら月数百万の家賃がかかるはずだ。

 年間で考えれば数千万。仁都家はそれを難なく払えるということだろう。


 まさに月とすっぽんだった。俺の家は普通の家となんら変わりない、普通の一戸建てだ。閑静な住宅街の中に、小さな庭が付いた二階建てのごくごく平凡な家。

 ただ、外観だけは母さんのこだわりで北欧スタイルになったと聞いている。うちは土地を一括購入した以外に、これといってお金持ち要素は全く無い。

 実は、雀宮家が経済的に急成長したのはここ近年の話で、それまでは安い賃貸マンションに住んでいたのだ。


 だからこそ、俺にとってこの事実は衝撃的すぎるものだった。世界がまるで違いすぎる……!!


 もしこれが仁都の冗談だったとしても、笑えないレベルだ……。

 いや、もうむしろ冗談だったら笑ってやるから冗談だと言ってほしい……!


 俺が呆気に取られてると、仁都は何事にも動じない様子で「どうかした~? 遠慮しなくていいんだよー!」と俺の手を引っ張り、鼻歌を歌いながら暗証番号を打って、マンションのエントランスへと足を踏み入れた。

 その瞬間、キラキラとしたその空間に、思わず魅入ってしまった。

 天井が吹き抜けのように高く、床は大理石が敷き詰められ、シャンデリアの暖かな光が、研ぎ澄まされたように反射していた。

 アロマの香りも程よく漂い、一日の疲れた体を癒してくれる。エントランスには、住人の郵便受けと扉一枚を挟んで、お洒落なカフェかバーらしきものが隣接していた。

 ガラス戸の奥に見えるのは、モダンでセピアに染まった店内の装飾だった。客はマンションの住人だろうか、グラスを片手に談笑しながら、店内で流れるジャズミュージックを楽しんでいる。

 

 な、なんだなんだこの世界は……?!こんなの、ドラマとか映画とかでしか見たこと無いぞ。普通、マンションのエントランスにこんなものがあるか?!

 俺がマンションに住んでた時は、入ったら管理人のおばさんと軽い挨拶を交わして、すぐにエレベーターだったぞ?!

 少なくとも隣接した何かがあるマンションなんて、生まれてこの方見たことないぞ!?



 ……仁都如月、お前は一体、何者なんだ?!

 


 しかし、仁都はそんな俺のことなどまるで気にも止めない。入ってすぐ、突き当たりの白いエレベーターの前へと行くと、スーツの胸ポケットから銀色のカードを取り出した。

 番号も何も書かれていないものだった。それを慣れた手つきで、エレベーター前の端末にスキャンすると、ピンポーン、と軽い電子音が鳴り、扉が開いた。


「ほらほら乗って乗って~」と押されるがまま、エレベーターに乗り込んだ。

 外観とは違い、黒塗りのシンプルな空間で、丁寧に磨かれた四方の壁には傷一つ無く、鏡のように自分たちの姿が無限に映る。いくつ目が合っても足りない。

 周囲を見渡すと、一つ違和感を覚えた。本来あるべき部分にあるものが無かった。

 それはそれぞれの階に止まるための階層ボタンだった。あるのは開閉ボタンと緊急通話ボタンのみだった。これでどうやって目的の階に止まるというのだ。


「……あのさ、仁都。ここにボタンないんだけど……俺ら、何階に行くの?」

「ん? ああ、最上階だよー、最上階。ここのエレベーターってね、カードをスキャンしたらその人が住んでる階まで直通なんだ。カードを持ってない状態でエレベーターに乗り込もうとすると即警備会社に通報されるし、住人の指紋も全部登録してあるから不審者や侵入者対策には多分、日本で一番優れてると思うよ?」


「いやー、最近の技術って素晴らしいよね!」と仁都は感心したように頷いた。


 な、なんだそれ?! どこの世界のお話だよ!! しかもそれをそんな世間話みたいに話されてなんて返したらいいんだよ!? こんなのただの言葉のドッヂボールじゃねえか!!

 とりあえず、「へー……すげえなー……」と返したが、俺の表情はどこかぎこちなかったと思う。

 鼻歌を交えながら、にんまりと笑う仁都が嫌に不気味に見えてきた。今思えば、なぜ知り合って間もない奴の家へ行くことに、しかも何のためらいも無くついて来たのだろう。

 いくら同じ学校の人間とは言え、警戒心が無さ過ぎた。仁都は工業科で俺は普通科だ。

 普段の学校生活どころか、学校の行事ですら関わりが無いのに、我ながらよくもまあホイホイと来たものだ。

 もしかしたら、この先で俺は何かされてしまうのではないか……!!今ここまでが全て仁都の演技で、家に着いたら実は悪い人だった……なんてことも充分ありえる。

 昔から知らない人について行ってはいけません、と習ったはずなのにどうしてこうなったんだ……。

 最上階に着くまで、俺は仁都のくだらない話を適当にあしらいながら、この後の俺に起こる最悪のパターンをいくつか想定していた。


 正直、男性一人くらいなら、間合いをとれればなんとか勝てる……はず。もし勝てなければその時はわが国の警察に頼むしかない。うん、そうしよう。


 この時は、自分でも酷いなと言うくらいの被害妄想の持ち主だったと自覚していた。

 一度は自分の絵を褒めてくれた、好きになってくれた相手だというのに酷い言い様である。だが、それでも俺はこの状況を受け入れずにいたのだ……。


 エレベーターが停止し、到着合図の電子音が鳴る。扉が開くと、そこは黒と白が基調のシンプルな作りの廊下が広がっていたった。

 他に部屋の扉があるわけではなく、ただひたすらにまっすぐな廊下が続いている。恐らく、最上階には部屋が一つしかないのだろう。

 よく磨かれた床に革靴の軽やかな音が響く。しかし、人一人が通るにはやけに広すぎるからか、虚しい音にも聞こえる。

 突き当たりの扉まで来ると、そこにはきちんと『仁都如月』と書かれた表札があった。あったよ……。


 ってか、『仁都』ってこうやって書くんだな、珍しい。まあ、うちも雀宮なんていうんだから珍しいのにはお互い様だな……。


「すーちゃんってさ、どっちかっていうと猫みたいなタイプだよねー!よく言われない?猫みたいだーって~」

 と、とてつもなくどうでもいい話をしながら、仁都はエレベーターでも使ったカードを、ドアノブに取り付けられたセンサーにかざした。

 すると、カチッと何かの開く音がし、仁都はドアノブに手をかけた。


「たっだいまー! 由佳さーん、いるー?」


 そう言うと、仁都は何もためらいもなく靴を脱いで廊下に上がる。そりゃそうだ、自分ちだもんな。玄関が広いことは言わずもがな、だ。

 マンションの玄関にしてはやけに広く、他にも横に靴が何足か並んでいるがそれでも窮屈に感じない。白い大理石の上に、仁都の大きな革靴がとても映えている。

「ささっ、上がって上がってよー!」と促され、「お、お邪魔します……?」と、靴を脱いで上がらせてもらった。

 何の変哲もないフローリングの床にどこか安心感を得た。ああ、この冷たい質感、心が安らぐ…。このマンションに来てから、安心する間がなかったので助かった。ありがとうフローリング。

 そう俺がホッと胸をなでおろしていると、「由佳さん、ゆっかさーん!」と、呼ぶ仁都の声に、数秒遅れて「わー! ごめんなさい!」と、可愛らしい声が奥から聞こえた。

 するとパタパタを掛けてくる足音がした。そして、「あらあらあら?!」と、両手を叩いて俺らの目の前に現れたのは、白い割烹着をきた綺麗な女の人だった。

 30代半ば位だろうか、こげ茶色の髪を耳の後ろで一つにまとめた可愛らしい方だった。

 動くたびに揺れる毛先が美しく、思わず見惚れてしまった。動作が柔らかく、世間一般でいう旅館の女将さんのような雰囲気があった。


 普通に考えれば、この人は仁都のお母さん……? でも、お母さんにしては少し若すぎるような……?どちらかというと、お姉さんにも見えなくも無い。

 だが、実の母親のことを名前で呼ぶものだろうか? まあ、最近では自分の母親のことを、あだ名とか本名で呼ぶ人がいると聞いたことはある。これもその一例なのかもしれない……。


 あれ……でも、表札には『仁都如月』って名前だけしか無かったよな……?


「ごめんねー、由佳さん急に呼んじゃって。実はね、友達を連れてきたんだ」

「まあ!そうなのね!」というと、割烹着の袖を伸ばし直してふふっとこちらに微笑んだ。

「はじめまして、私、ここの家政婦の満島由佳と申します。どうぞ、よろしくお願いしますね」

 と、満島さんはペコリと頭を下げてきた。


「あ、え、えっと……仁都くんの友達?の雀宮泪と、申します。は、はじめまして……」

 と、俺も慌てて頭を下げた。友達になった覚えは全く無いのだが、ここは合わせるしかない。

 ここまできたら、もう後戻りはできないだろう。というか、家政婦さんなんて初めて見たぞ……。

 ドラマとかで見たことはあったが、実際に自分が、こうやって挨拶を交わすことになるとは思わなかった。

 満島さんとの挨拶が済み、仁都が「由佳さん、あれ出来てるー?」と言うと、満島さんは嬉しそうに笑って「ふふっ、出来てますよー」と言った。


「ささっ、お二人とも。用意はできていますから、手を洗ってから来てくださいね」


 と、女神のような優しい笑顔を見せて、またパタパタと廊下の奥へと戻って行った。

 先程まで気づかなかったが、その先からは、胃袋をくすぐるようないい匂いがした。ふと見ると仁都は、ちょっとニヤッと意地の悪そうな笑みを浮かべていた。


「……すーちゃん、お腹空いてるよね?」

「えっ?」

「会場にいる時、料理に手をつけてなかったでしょ?俺、見てたよ」

「あ、いや別に、あれは食欲がなかっ……」


 と、その言葉を遮るように、「ぐぅーっ」とお腹が悲鳴を上げた。満島さんを見て安堵したのか、それとも、いい匂いに釣られたからか、自分の腹の虫が鳴いてしまった。

「ふふっ」と腹を抱えて笑うのを我慢している奴の横で、俺は今世紀最大の過ちに、恥ずかしさで爆発しそうになった。


「あはは、体は正直なんだね~!」

「うっせ……」

「まあ、あんなパーティーじゃ、美味しそうなものもお腹に入らないよね」


 俺も同じだよ、と仁都は言う。


「…それじゃあ、冷めないうちに食べちゃおうか」


 そう言ってどこか楽しそうに笑う奴の後ろで、俺は手で首元を仰ぎながらついていくことしかできなかった……。


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