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第32話 おとうとのせいちょう

 第32話 おとうとのせいちょう


「いいじゃん、行けば?」

「え……えっ?!」

「今週はお父さんもお母さんもいないから行きなよ。適当に誤魔化しておいてあげるから」


 仁都家でのお泊まりから数日後の夜。両親がいない間を狙い、怒られる覚悟で聞くと、意外とあっさり許可が出た。


 姉貴は割り箸でポテチを掴むと口の中に放り込んだ。そして、ゲーム機に手を戻して画面と対峙する。この食べ方がゲーム機を汚さない、且つ、楽な食べ方だという。流石は姉貴だ。

 ボサボサ髪にジャージのメガネ姿が、より一層説得力を感じる。


 って、そうじゃなかった。違う違う。


「誤魔化す、って……。つーか、良いのかよ。出ていっても」

「良いわよ、別に。あの二人がいない限りは私がこの家の主導権握ってんだから、いいって言ったらいいのよ。二人ともそれを了承してくれてるし」

「それはそうだけど……姉貴一人になるじゃん、大丈夫なのかよ」

「はっ!なーに柄にもなく心配してくれてんのよ。私はもう大人よ?一人で留守番とかできるわよ」

「いや、そうじゃなくて家事とか……」

「うっ……痛いとこつくわね。まーなんとかなるでしょ?大丈夫大丈夫」


 そう言いながらごろんとソファに横になる。ゲーム画面からは目を離さず、淡々とそう言う。オフモードになるとすぐこれだ。

 会社では出来る女として振舞っているようだ。先輩のサポートをしっかりとこなし、後輩の面倒もきちんと見る。同期が残業になった時は自分も残って手伝うという多方面でのエリート中のエリート。


 その反動か、家ではこんなにも女を捨ててぐだぐだしている。高校のジャージに、ボサボサの髪を乱雑にまとめ、ヘアバンドに眼鏡というダサいの頂点に立っている。

 しかも寝ながらお菓子を食べるというこれ以上にない干物女である。

 休日は専らゲームか漫画かアニメ。休日限定の引きこもりである。会社の人が見たらどう思うだろうかと思ったが、逆にここまで変貌ぶりが酷いと誰も信じないだろう。


 弟として、安心していいのか心配しなければならないのか複雑な気持ちである。


 そう思いながら俺は洗濯物を畳んでいた。テレビでニュースを眺めていた。明日は猛暑日のようだ、弁当は夏野菜を多めに入れようかと、ふとそんなことを考えていたら後ろから姉貴に頭を小突かれた。


「あ、いたっ」

「んで?どうするの?行くの行かないの?」

「どうするって……」

「折角、友達が誘ってくれたんでしょ?行かないでどうすんのよ」


 友達。そう言った時の姉貴の顔はどこか嬉しそうで微笑ましそうに俺を見つめていた。口角がニヤリと上がっていて少し腹が立ったが、それでもどこか嬉しくてそっぽ向いた。


「……行くよ。友達との約束だからな」


 そう言うと、よく言った!家のことは私に任せなさい!と俺の頭を両手でわしゃわしゃとしてきた。やめろ!と言ってもやめず、くしゃくしゃにしてくる。

 姉貴はなにか嬉しいことがあったらすぐ俺にこうしてくる。スキンシップと言えば聞こえがいいが、くすぐったくて仕方ない。最終的には笑ってしまった。


「……友達との旅行。楽しいものになるといいわね」

「まぁ、うるさくなることは確実だけど」

「ふふっ。……でも、そうか、泪に友達かぁ、そっか〜」

「なんだよ、おかしいかよ」

「違うわよ。あんたも成長したなって思ったのよ」


 そう言うと、今度は優しく頭を撫でてきた。その表情はどこか穏やかで柔らかくて……母さんにそっくりだった。


「ま、楽しんできなさいな〜!お土産とか待ってるから」

「買ってこれたら、買ってくる」

「えー?そこは嘘でも買ってくるとか言いなさいよ〜」


 そう口を尖らせてぶーぶー文句を言うと、ゲームにまた目線を戻した。誰もいないってことはゲームし放題じゃん、最高!とニシシと笑っていたので、旅行に出る前に日持ちするものでも作っておこうと思った。


 ふと、週間天気予報が入る。このままで行けば、旅行に行く時は快晴のようだ。ただ、熱中症対策はきちんとしなければいけない。

 スーツケースに何を入れていこうか、とワクワクする気持ちを走らせて準備を始めたのであった……。



 そして、旅行当日。スーツケースと小柄なリュックサックを担いで玄関に向かうと、俺の後を追うように姉貴が階段から降りてきた。


「おはよー……もういくの〜……?」


 前日に終電間際まで残業をしていたのは知っていた。だからこそ起こさないように静かに降りたのだが、見つかってしまったようだ。送りたいと言って聞かない。

 朝がまるでダメな低血圧だというのに、眠たい目を擦りながらも「だいじょうぶ……?わすれものはないようにね……」とだるそうに口を動かしていた。一応、姉らしい心配はしてくれるようだ。この寝起きの時はかなり愛らしさがある。何でもかんでも素直に聞いてくれるから有難い。


「大丈夫。ってか、どっちかって言うとそっちが心配なんだけど」

「ふふふ、しんぱいないわぉー。だいじょーぶだいじょうぶ」

「ホントかなあ……。とにかく、俺が留守にするからって生活を疎かにしないでよ。冷蔵庫に日持ちするもの作って置いてあるからちゃんと食べてよ」

「うん、わかったよ〜……」

「カップ麺とかスナック菓子の食べすぎもダメだから。あと、洗濯物はきちんと畳んでおくこと、いい?」

「はいはい〜わかりましたよ〜……」

「あと、俺や母さん父さんに連絡がつかなかったら……藤見さんを頼ること。これは、約束だからな」

「うんうん、困った時には悠太を……って、はぁ?!なんであいつなのよ!?」

「じゃあ行ってきまーす」

「あ、こらぁ!!待ちなさい!」


 姉貴は顔を真っ赤にしながらかんかんに怒っていた。俺は笑いながら舌を出して「……いい加減素直になったら?」とアカンベーをした。姉貴、顔の熱が急上昇中。後ろから姉貴の怒号が聞こえたが、他人のフリをしてその場から早々に立ち去った。

 夏は過ぎたと言うのに、まだまだこの暑さはやめることを知らない。アスファルトに反射された熱が服の中を通して体全体を通る。

 汗が首元にじわじわと流れ、後ろ髪を浸水する勢いだ。ポケットからハンカチを取り出して拭うが、焼け石に水といった状態だった。


 蝉の大合唱を背に、気づけば駅に付いていた。駅構内はエアコンがガンガン効いていて涼しかった。土日だからか、家族連れが多く見受けられた。どこかに行くのか、楽しそうな笑い声が四方八方から聞こえてくる。

 コインロッカーの隣に立ち止まり、スマホを取り出した。汗が画面に落ちないようにしっかりとハンカチを首に添える。

 片手操作で『今着いた』とメッセを送ると、それに既読が着くよりも先に「みーつけた!」と言う声が俺の隣から聞こえた。


「すーちゃん、おーはよっ!」

「おはよ、仁都」


 ……そうして、俺達の夏休みの延長戦が始まるのだった。






通常よりも遅い更新となりました。すみません。

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