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第31.5話 あいじょうひょうげん

 第31.5話 あいじょうひょうげん


「ほい、仁都。グラスグラス」

「もー、そーちゃん?そうやって人に押し付けないでよー」

「俺は客人だ〜もっとお酒持ってこ〜い」

「俺らはまだ未成年です〜!ってか、これジュースだし!」

「いいじゃん、気分だよ気分」

「どんな気分なの……」


 そう言うと坂田は、行った行ったと手のひらでシッシッとさした。客人がする態度とは到底思えないのだが、この無気力感がなかなか憎めない。

 友達になって、一年も経つというのにこのスタンスは変わらない。きっと、この人物は最初から俺に対して素で接しているのだろう。そう思うと、少し可愛く見えてくるのだからおかしな話だと思う。


 と、仁都は笑いながらキッチンへと向かった。後ろからは有名芸人らしき司会者の声と笑い声が聞こえる。ぶふっ、と吹き出すような声が聞こえる。そーちゃんの笑いのツボは不思議なところにあるからな〜と思いながら、足を踏み入れようとしたところで声が聞こえた。


「あああ!すみません!あの、そういうつもりじゃなくてですね!」


 雀宮の声だった。声の主がわかった途端、仁都は足を戻してすぐ近くの壁にもたれた。何やら深刻そうな話をしているようで、盗み聞きをするつもりは無いが、終わりまでは黙ってここで待っていよう。

 そう思いながら、カチャカチャとグラスを合わせながら遊んでいると、不意に、だけどはっきりと聞こえた。


「いやっ!あの!仁都が友達と笑い合ったり、楽しそうにしゃべったり、お、俺みたいな奴と仲良くしてくれるなんて、きっと満島さんを見てるからなんだろうなって思って……!!その……!!」


 それは、思いがけない言葉だった。不意に自分の名前が呼ばれ、自然と聞き耳を立ててしまった。大事な人の前で、大好きな人が俺のことを必死に何か言っている。話の前後はうまく掴めないが、それでもどこか心の奥底に何かが込み上げてくる。それを蓋で抑えつけることすら難しくなっていた。


 仁都はチラリと、バレないように顔を覗かせる。後ろ姿の雀宮、そしてそれに対峙するように由佳がいた。どちらもこちらからじゃ表情は読み取れないが、それでも見る目をやめなかった。


 雀宮は身振り手振り仕草をつけて身を乗り出すように続けた。


「いつも、満島さんがいてくれるから、あんなに笑えるんだと思います!寂しくないんだと思います!それに、いつも見てるから、誰にでも優しく出来るんだと思います。雰囲気は違いますけど、お二人ともとても似ているんです!優しいところとか笑うところとか茶目っ気があるところとか……あ、挙げたらキリがないんですけど……!!」


 そう言って、一呼吸置くとこう言った。


「……だから、仁都は幸せ者だと、思います」


 それは、ぎこちない言葉遊びだった。すーちゃんは本当に人と話すのが下手くそだな、と思ったのと同時に仁都は溢れ出す感情を塞き止めるように手元で口を押さえた。

 壁にもたれかかり、そっと静かに呼吸する。小さな小さな深呼吸。

 それなのに、心は落ち着かなくて留まることを知らなくて……今にも泣きそうだった。


 ……すーちゃんってほんとずるい。


 そう口に出したはずなのに、心はとても温かくて優しくて今にもその温度に溶けそうになった。


 ふと、昔の約束を思い出した。

 目に浮かぶはセピア色に染まる遠い遠い昔の話。俺が初めて、由佳さんに出会った、あの日のこと。


『……今度は、私が貴方のお母さんになります。もう二度と愛する人が居なくならないよう、私が貴方にたくさんの愛情を注ぎます。だから……だから、泣かないでくださいね』


 そう言いながら、由佳さん自身は泣いていたもんだから俺は余計に泣き出した。皮肉なもんだよね、泣かないって決めた二人が、あの頃一番泣いてたんだから。


 由佳さんと生活し始めてからは、全然寂しくなかった。母親に会えないことは辛かったがそれ以上にたくさんの愛情を由佳さんがくれた。


 だから、俺はあの日決めたんだ。


『……俺も、由佳さんみたいな人になりたい』


『自分が愛されていないとか好かれてないとか、そういう人に少しでもいいから愛情を注げる人になりたい』


『もう泣かないでいいんだよ、って言ってあげられるような存在に……』


 別に、気づかれようが気づかれなかろうがどうでも良かった。そんなの相手にとっても自分にとってもどうでもいいものだ。

 由佳さんみたいになりたい……そんな、一心でやってきたのだから。


 だったら、今の感情はなんだろう。心の奥底にあるこれは、恥ずかしいもの?見られたくなかったもの?


 ……いや、どれも違う。


 嬉しいのだ。自分がやってきたことが、大好きな人に気付いてもらえたことが。自分がやってることが誰かに認めてもらえている。それだけで、どうしようもないくらいに嬉しいのだ。


 そして、そんな俺を幸せ者だと言ってくれる。


 ……こんなにも幸せなことがあるのだろうか。


 そう思った瞬間、気がつけば先に体が動いていた。

 考えるよりも先に、すーちゃんを抱き締めていた。きっと、すーちゃんは、俺に驚いて怒るかもしれないし、叱るかもしれない。もしかしたら口を聞いてくれなくなるかもしれない。


 それでも、この感情を止めることが出来なかった。


 小さな小さな体が俺の中にすっぽり収まる。俺ですら包めるようなこの体に、いつの間にか甘えることを覚えていたらしい。

 力を込めたら壊れてしまいそうなほど、脆くて温かい。

 それすらも愛おしくて、堪らないのだ。


「……仁都?」


 雀宮にそう呼ばれた仁都は、悟られないようにいつもの調子で語り出した。


「あれれ、分かっちゃったか〜!流石はすーちゃん」


 腕をパッと話して笑顔を作る。すると雀宮は不服そうに眉をしかめる。こらこら、しわを寄せるとあとが残るぞ〜。


「……なんだよ急に。心臓に悪いからやめろよ」

「うふふ〜ビックリしちゃった〜?」

「もうやめろよ?お前の抱きしめる力は尋常じゃねえんだから」

「はーい、ごめんなさーい」


 やっぱり怒られた、でもそれがすーちゃんらしいや。ふふっ、と仁都は鼻歌を歌いたいながら、冷蔵庫を開ける。紙パックのりんごジュースを取り出してグラスに注いでいた。

 何を考えてるんだか、と言いたそうな雀宮の横で由佳は小さく言った。


「うふふ、きっとあれは愛情表現の一つですよ」


 と、なにかに気づいたのかそう言って笑っていたのであった……。



 雀宮泪が仁都如月という男を知るまであと少し。










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