第31話 いいこいいこ
第31話 いいこいいこ
「……なんかこうも集まるとむさくるしいな」
「すずめくんやめよ、考えただけで悲しくなってくる」
「ここに女の子でもいたら良かったね〜」
「えー?すーちゃんは女の子にカウントされないの?」
「カウントされねえよ。いいからさっさと拭けっての」
「はぁーい」
男子高校生がキッチンの洗い場に集まるとかなり狭苦しく感じる。
ワイシャツの袖が落ちてくるのを回避しつつ、俺は食器を次々と洗い始める。柑橘系の洗剤の香りが鼻をくすぐり、小さな泡が宙を漂って弾ける。
満島さんは、食器は流し台にそのままにしておいていいと言われたが、俺がやります、と言うと、何故か流れるようにこうやって四人で食器を洗うことになった。
俺が食器に洗剤をつけて、坂田がそれを洗う。そして、それを仁都が拭いて田本がそれを仕舞う。
本来ならば仁都が仕舞うべきなのだろうが、「そうくんのほうが食器の位置を把握してるから!」と言う仁都の発言によりこうなった。
自分の家なのに友達の方が把握してるのもどうかと思うが……。
しかし、このメンバーではそれが通常なようだ。俺がそれに慣れるまではまだまだかかりそうだ……。
全ての食器を片付け、満島さんの食事も終わる。自分の分は自分でやりますよと言われ、お風呂に行くように促された。田本が先に行くことになり、仁都と坂田はリビングでテレビを見ながら何やら喋っているようだ。
俺はと言うと、満島さんの横で食器を拭いていた。あとは片付けるだけで、満島さんは細かい片付けをしていた。
もちろん、リビングに行っても良かったのだが、満島さんにご馳走になったお礼も言いたかったので手伝うことにした。
「ごめんなさいね、わざわざお手伝いして頂いて」
「あ、いえ。ご馳走になったんですし、これくらくらいは……」
「うふふ、雀宮くんは優しいのね」
「そんなそんな、俺なんて優しくないですよ」
「そんな事ないわよ。坂田くんも田本くんも雀宮くんも……みんなみんないい子よ」
そう言うと、満島さんはそっと俺の頭を、いい子いい子と、優しく撫でてくれた。それに驚いた俺が黙ったままでいると、満島さんは、あらごめんなさい!とそっと手を離した。つい仁都に対して撫でるようにしてしまったのだと言う。恥ずかしそうにふふと笑う彼女に俺もつられてふふっと笑った。
……女の人に頭を撫でられたのは久々の事だった。
最後に撫でられたのは小学生の時だった。少し擽ったくて恥ずかしかったが、どこか懐かしい気持ちになり心が温かくなった。
満島さんはきっと人の心を温かくしたり、癒したりする効果があるのかもしれない。両親が海外出張で、一人ぼっちな仁都が、あんなにも笑顔でいられるのは満島さんのおかげかもしれない。
「……仁都は幸せ者ですね」
「え?」
「昔から両親が海外出張で、一人でいることが多かったって聞いたものですから……」
「海外出張……。そうね、お二人ともなかなか会えない場所にいるから」
「そんなに遠いところ、なんですか?」
「ええまあ、それなりに……。だからこそ、寂しい思いをしてないかって少し心配なんですけどね……」
……まずい。やってしまったかもしれない。いい話にしようと話題を振ったのに、満島さんの表情が段々曇っていく。その目線の先には仁都がいる。それはどこか寂しそうで、見ているだけで胸を締め付けられる。
俺も大概、人の地雷を踏んでいくタイプのようだ!馬鹿だ!無自覚か!最低だ!本当に最低だ!そんなつもりじゃ無かったのに……!!
「あああ!すみません!あの、そういうつもりじゃなくてですね!」
「えっ?」
「いやっ!あの!仁都が友達と笑い合ったり、楽しそうにしゃべったり、お、俺みたいな奴と仲良くしてくれるなんて、きっと満島さんを見てるからなんだろうなって思って……!!その……!!」
俺の大馬鹿野郎!!もっと気の利いたこと言えないのか!!もっとこう、言葉の引き出しを増やしておけよ!!
満島さんはきょとんとこちらを見ている。そりゃそうだよな!そうなるよな!俺も同じ立場ならそうなるわ!そう思いながらも身振り手振りで言葉を紡ぎあげた。
「いつも、満島さんがいてくれるから、あんなに笑えるんだと思います!寂しくないんだと思います!それに、いつも見てるから、誰にでも優しく出来るんだと思います。雰囲気は違いますけど、お二人ともとても似ているんです!優しいところとか笑うところとか、茶目っ気があるとことか……あ、挙げたらキリがないんですけど……!!」
そう言って頭をかくと、満島さんは驚いたように表情を変えた。俺は、喉に張りついたものを飲み込んでハッキリと言った。
「……だから、仁都は幸せ者だと、思います」
そう言うと、目線をそらしてしまった。つまるところ、結局俺は何が言いたいのか伝えたいのか、俺自身すら分からなかった。背中に汗を流しながら、返答を待っていると、そっと俺の頬をに手がのびる。柔らかくて温かい物がそっと俺の頬を撫でる。
「……雀宮くん、ありがとう」
そう言った彼女の顔はこれまでに無いほど、くしゃっとした可愛らしい笑を見せていた。頬は紅潮して、目元にはうっすら涙が見えた気がした。
その姿にどうしようもない程切ない気持ちがこみ上げてくる。温かい笑顔の筈なのに、それを塗り替えるほどの切なさ。
「……やっぱり、雀宮くんは優しいです。こんなこと言ってくれるいい子は、そうそういませんもの」
そう言うと、笑いながら今度は両手で俺の頬を包み込んだ。頬に沿いながら撫でたり、むにゅむにゅと揉んでくる。なんだか遊ばれているように思えたが、相手が満島さんなので悪い気はしなかった。
「うふふ、これからも仁都如月と仲良くしてやってくださいね。あの子の良さは、この満島由佳が保障しますからね」
こちらこそ、と言う前に急に後ろから誰かに抱き締められた。首元とお腹に相手の腕が回り、拘束されたように強く抱きしめられた。心臓が大きく跳ね、動悸が早くなる。何かにすっぽりハマったかのように相手の体温がまじかに感じ余計に脈を打つのが早くなった。
そして、ふわりとした心地の良い香りに、この人物に心当たりがあった。
「……仁都?」
「あれれ、分かっちゃったか〜!流石はすーちゃん」
そう言うと、パッと腕を離した。振り向けば後ろには仁都がいて、片手にグラスを2つ持っていた。先程まで坂田と二人で飲んでいたグラスだろう。
「……なんだよ急に。心臓に悪いからやめろよ」
「うふふ〜ビックリしちゃった〜?」
「もうやめろよ?お前の抱きしめる力は尋常じゃねえんだから」
「はーい、ごめんなさーい」
そう言うと、冷蔵庫に向かって行った。あったあったと、パックのりんごジュースを取り出してグラスに注いでいた。鼻歌まで歌っている。
ほんとに何を考えているんだが。
「うふふ、きっとあれは愛情表現の一つですよ」
満島さんは嬉しそうにうふふと笑いながら俺にそう言ってくれた。
いやいや、満島さん。あんな心臓に悪い愛情表現はぜひ控えてさせるように言ってくれませんか。
もし俺が女の子だったら確実に勘違いしてる思いますよ。姉貴のゲームで見たことあります。
そう心の中でツッコミを入れていると、ちょうど田本が上がってきたところで「先に入ってきなよー」と仁都に言われ、一足先にお風呂に入ることになった。
……それからは何事もなく時間が過ぎていった。
順々に風呂に入り、最後に仁都が上がってくるところで田本と坂田は遊び疲れていたのか眠っていた。トランプゲームをひたすらやっていたのだが、思ったよりも白熱していた。面白いのが、坂田と田本の最下位争い。大富豪の時は駆け引きが面白くて、普段は見られないふたりの表情が見られて面白かった。
静かに寝息を立てながらカーペットの上に寝ている。貰ったタオルケットを二人にかけてやり、トランプを片付けて適当にテレビのチャンネルを回した。
ニュース番組を背景に、たわいもない話を仁都としたあと、電気を消してゆっくりと目を閉じた。
四人の寝相が悪かったのは、満島さんが来るまで誰も分からなかったのである。
でも、楽しかったからいいや。と、俺は寝ぼけながら大きな欠伸をした……。
さて、新学期はどうなる事やら。




