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第30話 おさそい

 第30話 おさそい


「でもまあ、テスト明けの次の日が休みなんてうちの学校は本当に粋なことしてくれるよねー」

「しかも学科関係なしに皆休みにするもんな〜、ほんと太っ腹だわ〜」

「……まあ、実質休みがあるのは俺ら帰宅部か、無所属だけだよな」

「いやいや〜、すずめくん。俺は違うよ?俺は演劇部に所属……」

「してる幽霊部員でしょ?それは所属してるとは言えないよ、坂田」

「あはは〜、やっぱりそうか〜」


 食卓に花が咲き乱れる。こんな感じなのは実に何年ぶりだろうか。と、俺はそうめんをつゆにつけて口に運ぶ。満島さん特製のめんつゆらしい。ダシの何から何までが満島さんの秘伝レシピだという。

 過去に大好きだった人から引き継いだ味だと言い、この人のレシピだといつも以上に仁都がご飯を食べるそう。ちょっと悔しいですけどね、と冷しゃぶサラダを盛り付けている時にそう教えてくれた。


 その時、後ろで仁都が「えー!そんなことないよー!」と言う。

 うふふ、それはそれは光栄ね。と満島さんはそれを見ながらニコッと笑っていた。


「ホントのホントなんだからねー?」

「うふふ。はいはい、分かりましたよ」

「あっ、そうだ。そうめん盛り付けるお皿持ってこようか?」

「そうね、お願いしようかしら」


 そうやり取りをする二人はどこか親子のように見えた。家政婦さんとは言っても長い付き合いなだからか、血が繋がらなくても家族のような絆があるのだろうと感じた。

 仁都も母親のように慕っているのだろう。その様子が顔に出ていてとこか愛らしさを感じた。


 しっかしまあ、ここで驚いたのは坂田と田本のことだ。いやまあ、確実に俺よりも仁都家に訪れている回数は多いとは言え、冷蔵庫の中身と食器の位置、調味料まで把握しているというその手つきの良さ。満島さんですら、二人に作業をお願いするほどだ。

 俺はと言うと、一人ぽつんとテーブルで待つのみ……ではなく、テーブルを拭いたり箸を並べたりなど、小学生並みのお手伝いしか出来なかったが、それでも自分に仕事があったというだけで満足した。


 四人掛けのテーブルには、オレンジ色のクロスがひかれ、中央には新鮮な野菜と豚しゃぶが入った木のボウルが二つ。ドレッシングとしてポン酢とゴマだれが置かれていた。これも満島さんのお手製だという。

 それぞれの定位置にはそうめんとつゆ、あとは薬味として生姜と葱とわさびが置かれていた。

 そうめんにわさび?と思ったが、意外とこれがいけた。このつゆの仁都おすすめの食べ方らしい。


 以前来た時のように全員で、「いただきます」の声を揃えて食べ始める。男子高校生の胃袋は正直だ。最初の頃はみんな夢中でご飯に食らいつく。

 満島さんはと言うと、あとで食べるそうだ。まだこれからデザートを作るらしい、ほんとに凄い。


 そうして、俺達はテレビのバラエティ番組を背景に、美味しいご飯を舌鼓しながら会話に花を咲かせていたのだ。


 そして、仁都が言ったテスト明け休み。これはうちの学校特有のものだ。中間、期末、学年末の全てのテスト明け次の日は必ず一日休みになっている。学年末の場合は二日間だ。生徒に休息を与えるのも必要だということで生まれた文化だそうだ。とても有難いことだ。

 今回の場合は、夏休み明けテストに対する休みである。二学期は何かと行事が多い、その為、このテストは中間テストと兼ねているのだ。そう言った意味合いも込めて休みが入っているのだ。

 どこまでも生徒に優しい文化である。

 その代わり、田端のように赤点を取れば補修三昧になるので気をつけなければならないのだ。


 そう言えば仁都は赤点を回避したのだろうか。先日の坂田の口ぶりからすると赤点常連のようにしか思えないのだが……と、取り分けたサラダを噛みながら仁都を見る。

 するとその視線に気づいたのか「なーに?」と首を傾げる。なんなんだ?首を傾げるのは癖なのか?あざといのを狙っているのか?と、心の中で毒づきながら聞いた。


「ん、テストの方どうだったのかなーって」

「あ、あー……?え?テストでしょ?もっちろん余裕だったよ、すーちゃん」

「とか言いながら?目線が泳いでますけど、仁都さん?」

「え、ええっとぉー」

「クラスの平均以下、赤点回避。まあまあ、仁都にしては上々な結果だったよー」

「へー、赤点回避したんだ!珍しい!頑張ったね、仁都」

「でしょ?!今回はね、休みの日に皆と遊びたかったから頑張っちゃったよ!」

「うん、偉い偉い〜」

「いやいや、田本!そこ褒めるところじゃねえから!仁都、お前も胸張れるとこじゃねえから!」

「いや〜、違うんだよな〜すずめくん。いつもの仁都ならクラスの平均以下、全テスト赤点、学科内最下位争い待ったなしなんだから、これは頑張った方だよ〜褒めなきゃ褒めなきゃ」

「うんうん、いつもなら追試確定のところ回避したんだから……ほんと、上等だと思うよ」

「嘘だろ……」


 自分で思ってたよりも仁都の頭の悪さは酷いらしい。坂田と田本が気味の悪いほど喜んでは微笑んでいる。田本に至っては喜びのあまり目に涙を浮かべているほどだ。

 ツッコミ不在の恐怖。仁都のこの結果が上等だというのにも驚きだが、仁都も田本も坂田もそれで満足しているというこの空間が恐ろしくて物申すことが出来なかった。

 思っていたよりも、仁都如月という男は何かしら欠点が多いのかもしれない……と脳内でメモを取りながらそうめんを啜っていると、坂田が、「あっ」と何かを思い出したように声を上げた。


「そうそう、みんなに相談があるんだけど……今度の土日って空いてる?」


 そう問いかける坂田に対し、「今度の土日〜?なんで?」と代表するかのように仁都が尋ねた。


「いや、今度の土日ちょっとしたイベントがあってさ、泊まりがけになるんだけど、その手伝いしてくんないかなーって。俺の叔母さんの家でなんだけど、もし良かったらなあと思いまして〜……」


 そう言うと、坂田らサラダにゴマだれをかけて口に放り込んだ。うまー、と言い、スイッチが入ったのか、頬張るように食べるその姿は男子高校生さながらだ。


 確か、今度の土日といえば、祝日が重なって三連休になってるはずだ。ちょうど予定としては空いている。元々、作品展に出すイラストの制作をそこに費やそうとしていたのだが、以前描いた夏祭りの作品以上に良いものが浮かばず、あれをもう少し掘り下げた作品にすることにした。


 作品展にまでは新しいものを、と考えていたのだが……どうしてもあれを完成させたいという意志が強く、驚くほど作業が進んでいる。今までになく順調だ。予定では、次の土日前には完成できるので、何をして過ごそうかと考えていたところである。


「坂田の叔母さんちってあれだよね、ここからかなり遠かったよね?電車使って二、三時間かかった記憶があるよ」


 田本は言ったことがあるのか、思い出したように坂田に問いかける。


「お、よく覚えてるね〜。そうそう、大体そんだけかかる。それに電車の本数も少ない田舎だから結果的に泊まりがけになるってわけ」

「あ〜、確かそうだったね〜」

「へー!なにそれ面白そう!遠出してお泊りって、修学旅行みたい!」

「あれ?仁都は行ったことないんだっけ?」

「うん、ないよー!話だけは聞いたことあるけど実際には行ってない!」

「あ〜、じゃあ今回は仁都と雀宮が初めてあっちに行くわけか〜。なるほど、これは楽しみだ」

「いやいや待て待て、いつ誰が行くと言った?!」

「えー!すーちゃん行かないの?俺は行く気満々だよー!」

「いや、行かないとも言ってないんだけど……」

「じゃあ行くんだね!やったー!」

「どうしてそうなった!?お前の頭は都合よく変換しすぎかよ!」

「まあまあ、強制的じゃないから都合がつけば連絡してよ」


 と、坂田言ったところでこの話は終わった。各自金曜日までには連絡するという事になった。仁都は確定だが、俺と田本は親の許可待ちということになった。この前の話を聞いた限り、田本の家はかなり厳格なようだ。仁都たちもそれを知っているようでそれ以上は何も言わなかった。


 気がつけばそれぞれのお皿に入っていた料理が無くなっていた。あれだけ喋っていたと言うのに、食べる手が止まらないのはやはり満島さんの料理の腕が表れているのだと思った。

 その頃合を見計らってか、

 満島さんがキッチンから顔を出した。手にはおぼんにのせた、ゼリーを携えて。



「食後のデザートですよ〜。今日は暑かったので、オレンジゼリーにしましたよ〜」


 そう言われ、貰ったそのゼリーは煌めくオレンジ色の海に大きな果肉がごろごろと入っていて、食べる前から美味しいと言わせるような魅力があった。スプーンで掬えば、ぷるんとした弾力感が手に伝わる。口に入れれば溶けるように舌を滑っては喉元に流れていく。

 甘さ控えめのこの味はかなりやみつきになりそうだ。


 ゼリーのひんやりとした甘さに癒されつつ、夕食の時間は過ぎ去っていったのだった……。



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