第29話 おまえはかのじょか
第29話 おまえはかのじょか
「意外すぎんだけど」
「え?ー何がー?」
「いや、仁都ってこう、学校行事とか面倒くさくて出なさそうなタイプに見えるんだけど」
「えー!だってさ〜、丸一日授業がない!ただ運動するだけ!って考えたら最高じゃない?」
「あーなるほど、そういう考えになるのね……」
「そういう雀宮くんはどうなの?」
「……俺は、いかにして体育祭当日を休められるかを、考えてる」
「……なんかそれだけ聞くと、仁都よりも酷いようにしか聞こえないんだけど〜?」
うっ、坂田の言う通りだ。学生として言ってはならない言葉だ。仁都が、俺と同じ学校行事をサボるタイプだと思い込んでいたこともあり、味方を失った俺は何も言えない状態になった。
「つーか、別にいいじゃんか。俺が体育祭に出ないからって世界が滅ぶわけじゃあるまいし」
面白くなさそうにそう言って、ストローに口をつける。赤と白の半透明の管から、甘酸っぱい柑橘系の物が喉元を通った。搾りたてのオレンジジュースは、俺たち男子高校生に爽やかな清涼感を与えてくれる。
果肉の食感が心地いい。ぷちぷちとはじけて、この上無い美味しさだ。
「……いやー、まあ確かにそうなんだけどさ?出たくない奴は普通に休んでるしさ」
「だろ?俺もその分類だから出なくていいんだよ」
「えー!俺はやだー!すーちゃんが出ないんなら俺も出ない!」
「馬鹿。そんなことしてみろ、次の週からお前は工業科全員から処刑宣告待ったナシだぞ」
「うっ……!それだけは避けたい!」
「ってか、どうしてそんなに嫌なの?雀宮くん、運動神経いいのなら特に問題無さそうだけど」
「あはは……その理由は聞かないで頂きたいですわー……」
「えー!」と仁都が不服そうに口を尖らせるが無視をする。
だが、確かにそうだ。普通に考えれば、運動神経いい=体育祭にも強いという方程式が成り立つはず。それに、運動神経がいい=体育祭が好きという方程式も同時に成り立つ。田本のように疑問を持つのはごく自然なことだ。
だが、この方程式には嘘偽りがある。それの証拠が俺にあたるというのはまた皮肉な話である……。
カランコロンと、大粒の氷が音を立てる。コップの元に無数の水滴が吸い付くようについている。それがコップの湾曲をそってコースターに染み込んでいく。
ガラス張りのテーブルには同じようなコップがあと3つ鏡のように映されていた。
ふわふわのカーペットに、高級そうな皮のソファ、一般的には見たことない大型の液晶テレビ。
空間を演出する高い天井に、大きな窓から見える夜景……。
二度目の来訪とは言え、未だに慣れることは出来ない。きっと、この中でこの空間に慣れていないのは俺だけかもしれない。
「みんな、今日は晩御飯食べて行くのよね〜?」
室内には育ち盛りの男の胃袋を掴むようないい香りが漂う。声の主、由佳さんが夕食の支度をしているようだ。どこか楽しそうで、鼻歌を歌っているようだ。微かにこちらにまでその機嫌の良さが伝わってくる。
「由佳さん〜!みんな食べていくって〜!」と、全員の声を代表するかのように仁都が答える。有無も問わずに強制的ですか、仁都さんよ。
しかも、恐ろしいことに坂田も田本も、それは当たり前かのように「ごちになりまーす」「楽しみだなぁ〜」と嬉しそうだ。
現に、俺自身もこの美味しそうな誘惑に勝てるわけもなく、何が出るのだろうとそわそわしているのだが……。何故だろう、ここが仁都の家ってだけでどこか認めたくなくなるものがあり、複雑な気持ちになる。不思議だ。
「夏休み明けテストを乗り切ったからね!今日は皆で豪勢にやろう!」
あー……確か、帰りにそんなこと言ってたっけな。と、俺はストローの先端を噛みながらぼんやりと先ほどの出来事を脳内で映像化した。
……それは、今から数時間前のこと。
職員室に日誌を提出した後、玄関に向かうと待ち伏せされてたかのように仁都が俺の下足箱の前にしゃがみ込んでいた。いつからいたのか、俺を見るなりにへらと笑って手を振った。
「……なんだよ、お前は俺の彼女か」
「えー?どちらかと言うと俺が彼氏じゃない?」
と、俺の嫌味をものともせず、笑いながら訳の分からない返事をされた。
なんでここにいるんだよ、と尋ねると俺に会いたくて仕方なかったのだという。いやいや、三日程前に会ったのにもう禁断症状(?)が出るとかどうなのよ。と、思っていると仁都はそんな俺の気持ちを無視するように笑顔でこう言った。
「……すーちゃん。今夜、またうちに泊まりに来ない?」
そういった途端、周りにいた何人かの女子生徒たちがザワッとこちらを見ては何かを話し始めた。
おっと……これはまずい。
まずいとかそういうレベルじゃない……とにかくやばい。
俺のシックスセンスがそう告げる。先日の姉貴のおつかいクエストの件からかなり敏感になっている。一部の女性達に、完全にこれはネタにされている。俺としてはその存在は知っているとは言え、自分自身にはその気がないのだからやめて欲しい。
しかも、この仁都の言い方だと、初めてではなく二度目。二度目ってことが確定事項だ。また、って時点でなんかもうあらぬ誤解が生まれそうで怖い。早急にこの場を立ち去らなければ、次の日から何を言われるかたまったもんじゃない。
脳内で考えること僅か二秒。
すーちゃん?なんて、首を傾げて不思議そうに俺を覗き込んでくる。長い睫毛にに綺麗な海のような目が、ときめきとは違う別のもので俺の胸を締め付ける。
おい馬鹿やめろ!顔が近い近い!お前のそのイケメン顔は心臓に悪いからやめてくれ!
メデューサに見られたかのように俺の体は石化してしまう。
しかし、奴は「おーい?大丈夫?」とやめようとしない。こいつは俺以外の周りに興味が無いのか本当に見ていないだけなのか全くわからない。
こいつに見られることに耐えられなくなって自滅するのが先か、散々ネタにされた如く自滅するするのが先か、そんなもの考えなくても分かることだった。
「……お」
「おー?」
「おおう!そうだな!久しぶりに満島さんにも会いたいから!今日はお前ん家に泊まるか!」
「え、すーちゃんほんと?!わーい!!やったー!!」
「ハッハッハ!友達だからな!当たり前だろ!」
「わー!なんかすーちゃんの喋り方ぎこちないけど、とにかく良かったー!!」
わーいわーいと喜んでいる仁都の反面、俺の心にはもうやりきった感が溢れていた。何故か達成感があり、何故か心の涙が溢れてくる。
結果は目に見えていたのかもしれない。ここで適当に断れば、なんでなんで!と問い詰められて、余計に仁都が目線を離してくれなさそうだったからだ。その方が心臓に悪い。こんなイケメンに見つめられるなんて何度見たって慣れるもんじゃない。それ位カッコイイと言うのは俺が保障する。
つまり、俺は、仁都に見つめられることよりもネタにされることを選んたのた。ネタにされているだけであってそれを女子に茶化される訳では無いのだ。ましてや女子から話しかけられたことのない俺なら尚更だろう。
人の噂も七十五日。そんなことわざがあるのだからそこまで気にしなくていい、そうだ、気にしなくていいんだ。
そう自分に言い聞かせたはずなのに、どこか心の奥には虚しいものが過ぎ去っていたのだ……。
と言う流れで、家に帰って荷物と書置きだけ残して仁都家に向かったのだ。
仁都家である、マンションのエントランスについた時には、「よお〜」と坂田と田本がいた。俺と同じように呼ばれたのか、大きな荷物を持ってきていた。聞けば彼らも泊まりに誘われたということだったらしい。
……ということで、今回、メンバーが増えて、お泊り会がスタートしたのであった。
遅くなりました。すみません。




