第28話 よそうがいのはなし
第28話 よそうがいのはなし
「……ハイ田端選手、ここで時間切れです。もう、諦めてください。これ以上は反則とみなします」
「あああ〜!!神様仏様瀧本様ぁ〜!!それだけはご勘弁を〜!!」
「……お前ら、そのくだり何回目だよ」
暑い、と愚痴を零しながら俺は日誌を書く。目の前には、絶望的な顔をしながら補習に悩まされてる田端と、その隣でそれを冷めた目で見守る鬼教官の瀧本がいる。
放課後。蝉が青空に響き渡り、運動部の掛け声や吹奏楽部のセッションが絶妙なハーモニーを奏でている。
窓から入り込む風は、教室の白いカーテンをすり抜け、俺たち3人にありがた迷惑な生温いもの届ける。
棒付きアイスキャンデーを齧りながら、瀧本はくどくどと田端に説教をしている。本人にはそう言われる原因に心当たりがあるらしく心身共々萎縮していた。
ほんと、こんな光景何回見たことだろうか……。
まあ、見てて心地の良いものだから問題なんだけど。
田本傷害事件(?)から週が開けた。
田本傷害事件と言うが、どちらかと言うと俺が不良相手にやらかした方がよっぽどやばい。今のところ報復に来てないから一件落着ということにしよう。
すれ違う程度だが、田本には会った。口元の傷は治ってはいないものの、小さな絆創膏で済んでいるのだろうか特に目立つということは無い。
傷を聞かれていても、田本本人は「転んだだけだから大丈夫」と笑って誤魔化しているようだった。
それに、俺が不良たちをフルボッコにしたことも誰にも喋っていないようだ。そう言った噂は無いらしい。
………あれば、田端たちの耳にすぐ入りそうなもんだし。
そう言って彼らを見る。この光景も二、三日すれば慣れたもんだ。
あの日から、瀧本と田端とは何かと一緒になることが多くなった。
教室移動、選択科目、昼食……。昼食に関しては仁都と坂田と一緒にする方が多いからあまりないが、それでも結構な頻度で一緒にいる。ここ数日でのこんなに変わるものだろうか。
変わったとしたらこの二人のおかげだ。この二人はある種、クラスの中心核なのだ。そう思えば自然とこういう流れになるのかもしれない。
それにしても、俺といて楽しいもんなのか。成り行きで居残ってるが、居てもいいもんなのか。
未だにその距離感が分からない。
「おらっ!机くっつけろー!」と田端に言われるがまま、後ろの席である田端の机とくっつけ向かい合わせになった。そのサイドに、隣から引っ張ってきた席に瀧本が座っている状態だ。
机はほぼ田端の提出用の補習レポートで埋めつくされた。だがしかし、大半は真っ白だ。
「……なんで補習レポートとかあるんですかねぇ」
意気消沈、田端はクッキーを口に頬張り机に伏せた。それに、起きろと瀧本が喝を入れた。
「夏休み明けテストで、赤点をとったお前が悪いからだろ?今回はお前だけだったんだからな、赤点」
「えー!!そんなのあんまりだー!!みんな裏切ったなー!!あ、でも俺のおかげで平均点が下がったのならみんな得したんじゃ……!!」
「どこをどう捉えたらそうなるんだよ……」
「チッチッチッ、雀宮さんよぉ、俺を舐めちゃいけないぜ」
「いや、誰も舐めてねえからさっさとやれよ。瀧本の顔みてみろ」
「?!わ、わあい!僕レポート書くの大好きー!」
シャキッと体を起こして、急いで筆を走らせた。終始、無言のまま瀧本は田端を見ている。怖い。最恐という漢字が似合う場面はここくらいだろう。
ついでなので、日誌の一言欄にこの事でも書いておこうか。特に書くことがなかったので、白紙にするよりマシだろうと二人の事を書いた。
横に小さく二人の絵を描いておく。鬼の角が見え隠れしてる瀧本と、体を丸まって正座してる田端だ。我ながら上手く描けたと思い、満足した。
あとは職員室に届けに行くだけだ、と日誌を閉じた時、「あっ」と瀧本は何かを思い出したように顔を上げた。
「体育祭なんだけど、雀宮くんは何出るか決めた?」
……体育祭。その言葉にうっ、と言葉が詰まってしまう。「あー……えっと、まだ……」と誤魔化していると、横から「体育祭?!」と食い気味に田端が身を乗り出してきた。おいコラ、と瀧本に頭を小突かれ痛そうに頭をさする。
ある意味助かった。ナイスだ、田端。俺としては、今年も何かしら理由をつけて体育祭を休もうと考えていたのだ。
去年は、前日に親戚の葬式がどうとかで断ってたかな……。今年もそれが使えるとは思わないけど。
しかし、今年は厄介だ。去年はクラスメイト全員俺に無関心だったからすんなり休めたものの、今年はこの二人と微妙な距離感で関係を持ってしまった。
休むなんて正直言えば、瀧本はなんとかなるとして田端からはクレームの大嵐だろう……。
ここは当日まで適当に伏せておくことにしよう。うん、その方がいい。
「体育祭は……まだ特に考えてない。楽な奴があるならいいなって思ってるけど」
「えー?!すずりんそれは勿体なくない?!」
「はぁ?」
いや、勿体ないって何がだよ。ってか、そのすずりんってあだ名いい加減やめろ。仁都と互角くらいのネーミングセンスだぞ、やめとけ。
すずりんは田端が俺につけたあだ名だ。瀧本に対しては、タキ(カタカナでつけるのがこだわりらしい)と普通なのに、俺のこれなんなんだ。気になって聞けば「すずりんは可愛いから」と。もうこのやり取り以前にも見た気がする。
田端は、机にあった紙パックのオレンジジュースをちゅーっと口につける。
「……んだって、すずりんさ、この前鬼瓦の体育の時、クラス最速だったじゃん?リレーの選手とかなれば勝てんのにー」
「ぶふっ!!」
ちょうど、ペットボトルのお茶に口をつけた所だったからか思わず吹き出してしまった。幸い、テーブルに零れることは無かったが、ゲホゲホとむせてしまった。
心配そうに滝本が背中をさすってくれた。さすが委員長だ、ありがとう。
「……いや、だってあん時は本気で走らないとやり直しとか言ってただろ?それに、あんなもん偶然だよ偶然」
「あ〜あ、確かにそんなことも言ってたね、懐かしい」
瀧本は思い出したように苦い笑みを浮かべる。体育の鬼瓦。その名の通り、鬼のような恐ろしい顔をした男性教師だった。夏休み前に別の高校に転任となった。
春先だっただろうか、その時の体育の時に全員100mを本気で走れと言われ、鬼瓦本気で走らなかったかったやつは……と、言うようなものだったのだ。
何人もが脱落していく姿を見て、これは行けないと無我夢中で走っていたらいつの間にか、本人が知らぬ間にクラス最速になっていたようだ。
「つーか偶然であんなに走れるもんかな〜。いつもめちゃくちゃ適当に体育してたじゃん。絶対に隠してたっしょ?」
うっ、やけに鋭い。田端は妙なところで肝心な所をついてくるからやめて欲しい。
「隠してたわけじゃないけど、目立つのが嫌だったから適当にしてただけ」
「か〜!それは運動部である俺に対する嫌味ですか〜!!」
「はいはい、頭を抱えてないで手を動かしましょうね、田端くん」
「うが〜!!すずりんのせいで俄然やる気なくした〜!!」
「いや、なんでだよ」
嫌々ながら口を尖らせて田端はレポートに手をつける。いつになったらこいつは終わるのだろうか、とため息をつくと、「……でも、確かにそうか」と瀧本は顎をさするようにそう呟いた。
「……雀宮くんが出てくれるのならこっちにも勝算はあるかもな」
はあ?!瀧本さんまでなに言うんですかー!?瀧本さん、貴方まで田端みたいなこと言うつもりですか!
あまりにも俺がうんざりした顔をしていたのか、瀧本はええっと……と、頬を人差し指でかいながら目を逸らしていた。
「おい、瀧本までなにを……」
「あ、いや。あくまで出てくれたらの話だから別にいいんだけど……」
「その割りには、出て欲しそうな顔してんじゃん、タキ〜」
「まあ、それはそうなんだけどさ……。あのさ、雀宮くん知ってる?」
「知ってるって、何が?」
そう聞き返すと、眼鏡をかけ直して瀧本はどこか言いにくそうにこう答えた。
「……今年も赤組のリレー、仁都が出るんだってさ」
それは、授業をサボりたがる仁都にしては、予想外に他ならないことであった……。




