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第26話 げんめつとぐしゃ

 第26話 げんめつとぐしゃ


「あいたっ!痛い、痛いよ雀宮くん」

「痛いのは消毒が効いてる証拠なんだから少しは我慢しろ」

「それはそうなんだけど……いっ!!」

「……あと少しで終わるからもう少し頑張れ」


 消毒液をガーゼに染み込ませ、最後に青あざと切れた口元を隠すために大きめの絆創膏を貼った。

 喋るには問題は無いだろう。

 目立った外傷は口元だけだったので、手当てはすぐに終わった。


「……しっかし、まあまあにやられたもんだな」

「あはは……お恥ずかしい限りで」


 と、俺の言葉に田本は苦い笑みを浮かべた。夜風が体に染みるのか時々痛そうに目を瞑る。


 公園内でもあまり目立たなさそうなエリアのベンチに田本を座らせ、近場のドラッグストアで手当てに必要そうな道具を適当に揃えた。ガーゼ、絆創膏、消毒液……。これらすべて揃えるにはお金が足りず、姉貴のお釣りから少しだけ拝借させて頂いた。


帰ったらあとが怖いが、今は緊急事態だ。もちろん、後で全額返済するが、説教の一つや二つで済むのなら安いものだろう。


「……やけに手際が良いけど、雀宮くん、もしかして喧嘩慣れしてるとか?」

「喧嘩慣れ……とはちょっと違うな。昔はよく自分が怪我をしてたから、それで自然と」

「そうなんだ。あまりにも強いものだから、てっきり、仁都と同じで元ヤンかと思ったよ」

「いやいや、ないない。俺にそんな度胸はないから」


 と言うか、なんで坂田も田本も元ヤンに結びつくんだよ。まあ、仁都の影響があるんだと思うけど。

 俺は買ってきた救急セットを鞄にしまい、田本の隣に座った。

 仁都よりも少し大きめなその身体は、今は少し猫背になって縮こまっている。街灯のライトの逆光により、その表情をうまく汲み取ることが出来なかった。


「……あーあ、見られちゃった、見られちゃったんだよなあ」


 半ば開き直るように天を仰いだ。一番上まで閉まっていたワイシャツのボタンを二、三個開ける。前髪をくしゃくしゃとしては掻き上げた。その姿は身なりをきちん整えた優等生ではなかった。どちらかと言うと普段の仁都の状態に近かった。


「幻滅した?」

「……は?」


 予想もしなかった台詞が飛び込んでくる。田本は妖しく笑いながら頬杖をついてこちらを見てくる。まるでその反応を見て選定をされている気分だ。


「いや、だって第一印象では優等生だったでしょ?俺」

「まあ、それはそうだけどさ……ってか、優等生って自分で言うか?」

「ふふっ、それもそうだね」


 声色も口調も、言葉のテンポも昨日の田本とは違う。爽やかで穏やかで紳士的、それが俺が昨日感じた田本だった。それなのに今じゃまるで正反対だ。挑発的で、言い方にも難癖がある。見せる笑みも仕草も言葉も、同じでも全く別人だ。雰囲気が変わるだけでこうも違って見えるのだろうか。


「………幻滅も何も、田本はただ不良に絡まれただけだろ?優等生であるないに関わらず、絡まれる奴は絡まれるんだから、別になんも思わねえよ」

「……」

「それで、優等生がどうのこうのとか普通は思わないだろ。どっちかっていうと、被害者なんだから心配するだろ」


 ……そうだ。実際に過去の自分がそうだったのだから。絡まれる奴は絡まれる。それが俺が今まで生きてきて学んだ事だった。

 田本は一瞬、驚いたような表情を見せた。だが、「でもさ、雀宮くん」とどこか寂しそうに、でも残酷なほど穏やかな笑みを俺に向けた。


「……もしそれが、故意的に向けられたものだったとしても、俺に同じことが言える?」

「は……?」


 その瞬間、大きな夜風が俺達の間をすり抜ける。それはかまいたちのように、俺達の肌を撫でてはすり抜けていく。

 田本の銀髪が大きく左右に揺れ、街灯の光が反射され、純度の高い水晶のように輝いていた。

 しかし、その主の表情は曇りがかったように暗く重かった。

 髪と同じその目は、皮肉にも耀いていて純粋で混じり気のない美しいものだった。


「……俺ね、一年前までは仁都よりも遊んでたんだよ」


 そう、ぽつりぽつりと本の言葉を紡ぐように自分の身の内を話してくれた。

 今思えば、田本の声は少し震えていたかもしれない。

 ただ、その時の俺は田本の話しを黙って聞くことしか出来なかったのだ……。


 優等生である愚者の過去を……。


私事ではありますが、

人差し指に膿が入ってしまい

現在治療中でございます……。

更新が遅れてしまいますことをこの場をお借りしてお詫び申し上げます……。

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