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第22.5話 うらのかお

 第22.5話 うらのかお


「…すーちゃんは本当に可愛いよなぁ」


 ボックス席で一人、仁都如月という男は頬杖をつきながら、チラリと向かい側のシートに目をやる。相手がいなくなったその場所を切なそうに眺める。眼鏡の奥で目を細め、小さくそう呟いた。


 彼、仁都如月は憂鬱で仕方がなかった。一刻も早く家に帰りたい早く帰って由佳さんに会いたい、と。なぜ自分がここまでしてあの人のために尽くさなければならないのかと、吐き気がするほどの嫌悪感を感じていた。


 ガタンガタン、ガタンガタンとスピードに乗った電車は止まることを知らない。目に映る景色は段々とオフィス街の町並みを映し出した。定時はもう過ぎていると言うのに、どこのビルも電気がついている。駅に近づくにつれ、街並みに映る色鮮やかなライトがチカチカと目を刺激する。

 小刻みに揺れて、静かに電車が止まる。


『次は東筑柴~、東筑柴~』


 そう案内のアナウンスがなり、嫌気がさしながらも彼は席を立ってホームに降り立った。東筑紫は一流企業が集まるオフィス街で、高級レストランや飲み屋などの食事処が有名だ。雑誌やテレビで放映されるほど活気のある経済の発展した街だった。仁都如月という彼のような普通の学生が降りにはあまり似つかわしくない街である。もちろん、彼の住まいがここにあるわけでもない。では、なぜ彼がここに降りることになったのか?


 仕事帰りのサラリーマンやOL、バイト帰りの若者達の隙間を縫うように彼は歩を進める。彼の顔には先程、雀宮泪と会話した際の笑顔が一切ない。真剣そのものだった。いつものように誰とでも仲良く笑顔での彼ではないのだ。目もどこか鋭く、すれ違う人が何人かは彼の顔を見てその美貌に見惚れる者もいれば怯える者もいた。


 足を急がせ、改札に定期を通す。ピピッと電子音がなる。彼はこの場所で鳴る、この音が嫌いだった。何故ならば、これを通した瞬間、悪夢の時間が訪れることがわかっていたのだ。


「…お久しぶりです、如月様」


 大きな背広を着た男が、漆黒に塗られた高級車を待機させてこちらを向いていたのだ。男は、お待ちしておりました、如月様。と、仁都の名前を呼び、一礼する。相変わらず凄い優遇だな、と皮肉混じりに笑うと、これが勤めですから、と男は表情を変えずこちらを見ていた。何度会ってもこれだけは慣れない、と仁都は諦めたようにため息をついた。


「…さ、行こうよ」


 そう言うと目を伏せながら彼は眼鏡を外して鞄へと入れた。荒々しく入れた眼鏡は鞄の中へと音を立てることなく落ちていく。そして、その言葉を発するのを躊躇い、重たそうに口を開いた。


「あの人……父さんが待ってるんだろ?」


 そう尋ねると、はい、と背広の男はまた一礼したあと車のドアを開けた。なんの警戒もせず仁都はその車へと乗り込み、背広の男はドアを静かに閉めたあと運転席に乗り込んだ。


「…いつになったらこの悪夢が終わるんだろうな」


 そう言うと、運転席にいる背広の男は車を走らせながら残念そうに口を開いた。


「悪夢だなんて、そんな悲しいこと言わないでください。旦那様の考えがあってこその、この食事会なのですから」

「……どうだか。あの人の考えてることなんて、綺麗事を並べた汚いものでしかないよ」

「……如月様」

「ごめん、着いたら起こして。疲れてるから少しだけ眠らして……」

「はい、かしこまりました。」


 仁都如月はそう言うと人工的に作られた光と、その光に彩られた繁華街の街並みを眺めながら静かに目を閉じたのだった……。


第23話から新キャラでます。

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