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第22話 きれいだからすきなんだ

※この回は雀宮泪の闇の回です。

なるべく避けてはいますが差別的表現がございます。もし不快にされましたら修正させて頂きます。

 第22話 きれいだからすきなんだ


「ん~、やっぱりそこら辺気になるよね〜わかるわかる、俺も最初そうだった」


 特に聞いたらいけないという理由では無いようだ。仁都は腕を組みながらうんうんと頷く。


「俺も簡易的、というか坂田から聞いた情報でしか分からないんだけど…あれは遺伝的なものらしいよ」

「遺伝?」


 ……薄々そうだとは感じていたけどまさか本当だったとは。確かに、ハーフって顔立ちではなかったし、染めた感じには見えなかった。そもそも、あの色は人工的に表現するのは難しいと思う。

 あとはストレスってのも考えてたが、そんな高校生から若白髪なんて酷い話はないだろうと頭の片隅に片付けていた。


「お父さんの遺伝らしくて、お父さんも若い頃まで銀髪だったみたい。高校の時に黒に染めたって聞いたよ」

「へ~、親子揃ってなのか」

「一応、学校とかにも医学的に説明書と申請書を提出したみたい。それに、あの美形でしょ?むしろ女子生徒の評判は上々らしいよー。芸能人みたい~って」

「はは、芸能人か。確かにそうかもな〜」


 クラスの女子の反応やファミレスでの女性の反応を見るにそうだろう。爽やかで優しくて紳士的。嫌味を感じさせないその美貌は本当に生まれ持っての天性だと思う。

 本当に羨ましい、一度でもいいから代わって頂きたいものだ。

 ……いや、でも俺と変わる人が大変になる。あの我儘姉貴がオプションでついてくることを考えるとあまり代わるのは宜しくない。やはり、俺は俺として生きるしかないのかと、勝手に絶望していると、話の流れに沿うように仁都がこう尋ねてきた。


「……ねぇ、気になってたんだけど、すーちゃんのそれは、地毛なの?」


 仁都のその眼差しは真っ直ぐ俺に向けられた。眼鏡の奥から見える綺麗な目が、俺の心の中を見透かされているようで少しドキッとした。


「あ……お、俺……?」


 途端に口元が疎かになる。唇が僅かに震え、動悸が激しくなる。誰かに心臓を掴まれているようだ。いつでも潰されるのではないかと思うくらいに締め付けられる。

 唾液が喉笛につまり、痰を絡むように言葉がうまく出せない。

 ドクドクと全身を血が駆け巡る。脈が波打ち、震える手をぎゅっと握りしめて、俺は誤魔化すように精一杯の笑みを作った。


「……えっと、その、俺のこれは……一応、地毛、なんだ」


 笑みを作ったはずなのにまともに仁都の顔を見ることが出来ない。体と顔は仁都に向いているはずなのに何故か目を合わせられない。悪い事をした訳では無いのにじんわりとした汗が肌にまとわりつく。車内のエアコンが追いつかないほどだ。


「へ〜そうなんだ!そうくんと同じなんだね、すーちゃん」

「け、結構面倒なんだよな、髪色が、その、普通じゃなかったらさ…」

「そっかぁ、なんか大変そうだね」

「まあな……」


 俺は掻き消えるような声でそう言うと会話を遮断するように俺は窓際に目を向けた。仁都もその様子を見てなのか、それ以上は何も追求してこなくなった。


 ガタンガタン、ガタンガタンと電車は大きく揺れて、俺たちを運んでいく。つり革も踊るように左右に揺れている。空調機の音だけが車内に響き、やけに自分の心臓の音が大きくなるのが分かる。


 ……出来れば聞いて欲しくなかった。

 真っ先にそんな言葉が俺の脳裏を支配する。好奇心とは時に残酷だ。生きとし生けるもの全てに与えられた権利であり義務でもあると頭の中では分かっているはずなのだ。実際、自分だって田本の髪色に疑問を持った。だから聞いたんじゃないか。


 だからこそ、分かっていた。


 次は自分のことを聞かれるはずだ、と。


 だけど、我儘なことに俺は自分のことを聞かれたくなかったのだ、いや、聞いて欲しくなかったのだ……。初めての友達だからこそ嫌われたくなかった。


 ただ、こうは思っていた。


 きっと仁都なら【あんなこと】は言わない。

 仁都は【あいつら】と同じじゃない。

 仁都は絶対に違う……だから大丈夫だ。


 と、そう自分に言い聞かせてカミングアウトしたはずだ。それなのに、耳元である声が俺に囁いたのだ。


「ねえ…それってほんとうに大丈夫なのかな?」


 それは、幼い頃の俺の声だった。ハッとして、ふと、窓の外を見る。外の景色が暗く、車内が明るい為、自分の顔が鏡のように反射して映った。愛想もない、不気味な程に暗い自分の表情にゾッとした。

 そして、そこには俺と一緒に、小さい頃の俺の顔が対峙していた。


 大丈夫なのかな?とそう言う口元が笑っていた。頬杖を付きながら今にも鼻歌を歌いだしそうにこちらを見ていた。そして悪魔のように嘲笑し、


「どうして、そう、この人のことを信じられるの?」


 と言った。そして、俺が何かを発する前に幼い頃の俺は、俺に向かって手を伸ばした。そして悪魔のように嘲笑しながら、


「……忘れてないよね?『僕たち』は魔女なんだよ?」


 そう言った瞬間、幼い頃の俺は消え去り、代わりに脳内に過去の記憶がフラッシュバックした……。


それはそれは、遠い遠い記憶の中、忘れたい思い出だった……。


『ねえ、せんせー!なんで泪くんの髪の毛は真っ赤なの〜?』

『泪くんって、お父さんとお母さんと髪の色違うってほんとー?』

『うわあ~本当に真っ赤だ〜、りんごみた~い!』


 ……小学校時代。入学した当初、クラスメイトはみんな寄って集って面白そうに俺の髪の色を弄っていた。みんなが黒髪で、俺だけが赤毛。好奇心旺盛な小学生としては珍しいものだったのだろう。この頃の歳の子供は目に映る全てのものに興味を抱く。俺に対する気持ちもそれの中に混じっていたのだろう。


 むしろ、ただそれだけで何も起こらなかったのだ。


 ……だが。


 それは、ふとした事だった。

 小学六年生になったある日、一人のクラスメイトがこう言った。


【赤毛は悪い魔女の証である】と


 当時、テレビか何かで魔女の特集が組まれていたらしい。内容は、赤毛は悪い魔女であり、見つけ次第排除しなければならないというものだった。

 今ならば迷信だと気にはしないだろう。しかし、小学生だった彼らにとっては娯楽の一つとして信じてしまったのだ。

 その頃は中学受験を受ける生徒が多く、受験のストレスから生徒同士の対立があとを絶えなかった。

 そして、俺はそのストレスの掃き溜めとしての標的にされてしまったのだ。


 テストの点数が悪いのは泪のせい。泪が魔女だから魔法で何かした。

 泪と一緒にいると学力を吸い取られる、だから泪と一緒にいない。


 などの、暗黙のルールが出来ていたのだ。無視だけならまだ良かった。しかし、日が経つにつれて段々とエスカレートして行き、気づけば、魔女狩りという、いじめの対象になってしまっていた。

毎日のように、罵倒の言葉を浴びせられ、物は無くなりゴミや雑巾の絞ったあとの水などをかけられる。蹴る殴るなどの行為も時々あった。皆、綺麗に裏と表の顔を使い分けていたのだ。表では優等生、裏では魔女を狩る審判。

当時、まだ幼かった俺は見えていたその世界が全てだと思っていた。いじめられるのは、俺のこの髪のせい。そう思った瞬間、世界は暗闇に包まれ周りも何もかも見えなくなっていた……。


 そこからは本当に断片的にしか覚えていない。気がつけば俺は身も心もボロボロで不登校になっていた。しかし、誰かがいじめを告発したことになりちょっとしたニュースになってしまった。

学校側ではいじめの発見を出来なかったこと、認めなかったことが言及され、教育委員会までもが呼ばれる大きな事件になったと聞いた。近所では奥様方から根も葉もない噂を流され、姉貴は高校で色々と言われていたようだ。笑ってはいたけど、いつもどこか苦しそうな顔をしていた。


……俺のせいで、家族全員が苦しいレッテルを背負ってしまったのだ。


 しまいには自宅にまで週刊誌の記者や報道陣が詰めかけてきた。帰ってください!と、姉貴がなんど講義してもむしろその反応こそ待ってましたと言わんばかりに毎日訪れた。

家の玄関にまで押しかけ、マイクやレコーダー、フラッシュをたきながら、俺に対してこう質問してきた。


『本当にそれは地毛なのですか?』


 静かにフラッシュがたかれる中、外に出てしまっていた俺は掻き消えるような声でこう答えた。


【これは、正真正銘、俺の髪です】


 そう言って俺は後悔した。たくさんの面白半分でたかれるフラッシュの中、なぜなら質問してきた記者が面白がるようにこう言ったのだ。


『本当に、魔女みたいなんですね』と。




「……すーちゃん」

「……あ」


 ……気がつけば、目から涙が零れていた。いつの間に零れていたのか、自然と流れるものに俺は驚きを隠せなかった。

 仁都に声をかけられるまで気づかなかったかもしれない。だが、気づいてしまったらもう止めることは出来なかった。

 今まで蓋をしていたものが、こみ上げてくるのだ。吐き気がするくらいにぐるぐる視界が歪み、今にも崩れてしまいそうだ。

 一生懸命手の甲で拭うが、拭っても拭ってもそれは止まることなかった。止まれないのだ。止めて欲しい。誰かに止めて欲しい。

 唇を噛み締めながら必死に涙を救っていると、フワリと何かが俺の横髪を掴んだ。それは大きくて骨ばった綺麗な手だった。それは仁都の温かな手だった。


「…すーちゃんの髪色、綺麗だね」


 仁都はそう言って目を細めるように笑う。それは我が子を愛おしく撫でる親のように指先でそっと撫でる。


「すーちゃんさっきさ、遺伝だーって言ってたけどそれって誰のなの?」

「…は?」


 気の利いた言葉が出るでもなく、仁都は顎に手を当ててうーんと考えるようにそう尋ねてきた。あまりにもこの状況に似つかわしくないセリフで俺はきょとんとしてしまった。


「ほら、こんなに綺麗に出るってことはそれだけこの遺伝の血筋が強いってことでしょ?さっきからそれずーっと考えててさ〜」

「は、はあ……。お前、そんなこと気にしてたのかよ」

「気にするよ~!だってさ……」


 そう言うと一呼吸おいて柔らかな笑みを浮かべた。



「だって、俺、この髪色好きなんだもん」



 仁都のその一言で張り詰めていた糸がプツンと切れた音がした。いつの間にか心臓も正常の脈を打っている。身体の震えも何もかも、涙さえもすべて止まっていたのだ。


「……あれだ。これ、ばあちゃんの遺伝。ばあちゃんがこれと同じ赤毛だったんだよ」

「へ~すごっ!じゃあ親御さんは?」

「どっちも、黒髪。

……だから、そっちを飛んで、俺に遺伝が来たってわけ」

「なるほど!そういうことなんだ〜!納得納得〜!」


 そう言うと、仁都は嬉しそうに笑いながら俺の頭をくしゃくしゃと撫でてきた。おい、これ何回目だよ!擽ったいからやめろよ!


「おい、仁都いくら何でもなあ…」というよりも早く、仁都は言った。


「……やっといつものすーちゃんに戻った」


 そう安堵すると、またくしゃくしゃと乱雑ではあるが撫でてくる。

 俺は子供か。いや、子供なんだけどもさ!

 仁都の言葉に一つずつ嬉しさを感じつつも、反対に、今日は異様にスキンシップが激しいですね、仁都さん。いいことでもあったんですかね。と嫌がる自分もいるから複雑なのである。



『次は伏見山~伏見山~』


 と、車掌のアナウンスが聞こえた。俺の降りる駅だ。かなり珍しい地名なのでうとうとしていても聞けば必ず目を覚ます。ガタンゴトン、ガタンゴトンと、左右に大きく揺れてブレーキがかかる。プシューという扉の解除音が耳に入る。


「…あ、俺ここで降りるから」

「ん?ああ、そうなんだ。帰り道、気をつけてね」

「おう、仁都も気をつけて帰れよ」

「ありがとう。じゃあまた明日」

「ん、また明日」


 そう言うと俺は扉が閉まるギリギリに降りた。ホームには車掌のアナウンスで駆け込み乗車の注意を促している。発車のアナウンスがかかり、仁都を残した電車はゆっくりと走り出した。電車が小さくなるその先まで俺は静かに見守った。

 ホームには次の電車を待つものがもう既に並んでいた。10分もすればまたすぐに来る。俺は足取りを早くして改札に向かった。


 ピピッという電子音を確認して改札を抜ける。外に出ると先程まで生ぬるかった風が冷たく涼しい風に変わっていた。少し肌寒いかもしれない。腕をさすって暖をとる。駅前は酔っぱらいのおじさんやおばさん、大学生のグループが多かった。車やバスが何台も行き交い、止まることを知らないとでも言っているようだった。


 ……ふと、仁都が触れた横髪を触ってみる。俺の髪を何本か取り、クルクルと弄っていた。


「……綺麗、だって」


 綺麗。その言葉を言霊のように何度も呟く。嬉しくて思わずふふと笑ってしまう。らしくないほど気持ち悪い。だがそれ位嬉しかったのだ。


 こんなのは初めてだった。

 自分のこの髪を見て綺麗だと言われたのは……。

大切な人を不幸にするだけだと思っていたのに……綺麗だって……。


 大粒の雫が頬を伝い、地面へと零れる。それは留まることなく小さな宝石のようにボロボロと落ちる。拭っても拭っても取り切れない。それだけ、俺は仁都の言葉に救われていた。




 それはそれは、小さな進歩。

 俺にとっての小さな進歩。

 自分のことを少し好きになれた、そんな瞬間だった……。




泪が初めて涙を見せた話です。(審議拒否)

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