第21話 きれいなもの
第21話 きれいなもの
「ありがとうございました~」
会計を済ませ、カランコロン、と扉の呼び鈴が俺達の背中を後押しする。時刻はもうすぐ、夜の七時を迎えようとしていた。しかし、夏の夜が訪れるのは遅いもので、まだ藍色と朱色が層になった空が目につく。夜風は生ぬるく、肌にじっとりとした汗が再び戻る。今すぐにでもエアコンの効いた部屋に戻りたいものだ。
「は~美味しかった!ここのファミレスは美味しいね!」
「たまにはこういうのもいいよね、みんなで集まるの楽しいし」
「うんうん、少しお得な気分にもなれるし~」
「坂田の場合は俺のおかげでお得にになっただけだろ……」
「まあまあすーちゃん、どんまいだよ、どんまい!」
そう言うと、頭をそっと撫でてくる。おい馬鹿やめろ背が伸びなくなる!
ってか、誰のせいだと思ってるんですかねえ、ってまあ賭けに乗った自分が悪いんですけれども。ええ、賭けに乗った自分が悪いんですけれども!!それでも!
「……俺個人の会計金額が、二千八百円とか笑えないんだけど……?!」
改めてクシャクシャにしてしまったレシートを確認する。分割して会計することが出来たので、自分の分と坂田の分を払ったのだが、明らかに坂田の頼んだ料理の値段に目が飛び出そうになった。俺なんか五百円のパンケーキなのに坂田のハンバーグセット2300円とか……。税込価格とは言えかなりの痛手だ。
「いや~、やはり他人のお金で食べるご飯は格別に美味しいね~」
後ろに手を組み機嫌が良さそうに口笛を吹いていた。こちらを見ては嬉しそうにニヤニヤした顔を見せてくる。その顔に一発拳を決めてやろうかと思うくらいイラッとした。「そうかそうか、喜んでもらえて良かったよ」と自分なりの精一杯の笑顔を見せる。口角は引き攣り、目が笑ってないのは坂田にも伝わっているだろう。
「ま、まあ、ご馳走になったんだから今度は坂田が雀宮くんにご飯を奢ってあげなよ?」
その空気をたえられなかったのか、田本は間に入りそう言った。苦笑いになりながらあわあわと手を使ってその場をおさめようとする姿はまるでゆるキャラのようだ。
「それはもちろんするする~。流石に今回の賭けは自分でも大人気ないと思ってたし?」
「…ってかそもそも、あんなの賭けになってないだろ。完全に仕組んでたよな?」
「ふっふっふ~、すずめくんや、一流のディーラーはイカサマを制してこそ一流であって、勝負に勝てる必勝法でもあるのだよ~」
「やっぱりただのイカサマじゃねえか!」
「あはは、すーちゃんナイスツッコミ〜!おもしろーい!」
「いや、面白くねえよ!?」
「そんなことないって~、あはは可愛い~!」
「だ!か!ら!可愛いって言うな!」
仁都は楽しそうに笑いながら可愛い可愛いと連呼してくる。いや、もうほんとにこいつの頭の辞書から可愛いって言葉を抜きたい。誰か優秀な脳外科医の先生を紹介してくれないか。本当に、仁都はどういうつもりで俺に可愛いと言うのだろうか、真意がわからないのだ……。
やれやれと半分諦めたように談笑していると、駅前広場前の交差点に着いたところで、田本と坂田が違う方向に用事があるとのことで別れることになった。この近くに塾があるらしい、田本はそこの塾生らしく今から講義だという。仁都と違って勉強が出来そうなイケメンだと思っていたらなんと塾に通うほどだとか。塾の名前を聞くとCMでもみるような有名な塾だった。田本は塾内で上から数える方が早い順位だと坂田が言うのだから驚いた。本人曰く「でもまだまだ……一番じゃないと意味が無いからね」と少し寂しそうな顔をした。
ドラマとか漫画とかで見たことある。察するに家が厳しいとかそういうのが有るのだろう。礼儀正しい所があるから何となくそういう家柄なんだろうと思った。
「まあ、勉強は嫌いじゃないからね」とすぐにまた柔らかな笑顔を見せてくれた。
「ほんと、そうくんのそういうところ尊敬するよ〜。俺の成績なんか、下から数えた方が早い分類にいるからね!羨ましいよ!」
「…いや、まあ分かるけど、そこは誇れるところでもないだろ」
「あははやっぱり〜?」
「でも仁都は実技と技術の専門科目は一番強いからある意味天才なんだよね〜」
「ああ~…なるほど納得」
「んじゃあまあ、俺もこのあとバイトだから途中まで田本と帰るわー」
「あ、気をつけて帰れよ」
というところで、二人と別れることになった。二人は市街地の大通りに面したビル街へと消えていった……。
信号が青に変わるのを待ちながら適当に仁都が話しかけてきた。相も変わらず口を開けば喋るものでよく尽きないなあ、と思わず笑ってしまった。駅につくと、塾帰りの学生や、会社から帰宅途中のサラリーマンやOLさんなどで人が溢れかえっていた。しかし、まだ夏休みだからか、小学生や中学生らしき私服姿の人たちが目立つ。車掌のアナウンスが聞こえなくなるほど人の声が飛び交い、むせ返るような暑さに包まれる。
「うわ〜、これ、電車に乗れっかなあ…」
「世間的には夏休みだもんね〜まだ人が多いもんだね〜」
「うーん…電車何本か遅らせてみるか~」
などと、心配していたのだが、自分たちが乗る電車には人がそれほど多いわけでもなく、ボックス席の空きもちらほらと見えていた。
耳を澄ませ、アナウンスを聞くと反対側の乗り場の電車は車両の故障により一時運転を見合わせている状態だという。そのため、人の波が溢れかえっていたのだ。
俺らはボックス席に向かい合うように座った。窓側からは電車を待つ人たちがホーム内にごった返していた。
「良かったね、すーちゃん。電車空いてて」
「だな。これが向こうのホームと同じ状況だったら最悪だったな」
「だね〜。これはきっと幸運の女神様が俺に味方してくれたからだね!」
「お前限定かよ」
「冗談だよ冗談!女神様は俺ら二人に味方してくれたと思います!」
「都合の良い解釈だな、ほんと」
そう言ってお互いに笑い合うと電車大きな音を立てて動き出した。ガタンガタンとゆっくりと揺れ始め次第には駆動輪を効かせて走り始める。ボックス席のシートがふかふかとして眠気を誘ってしまう。そいや、初めて仁都に会ったときもこんな感じだったよな。あん時は仁都がもう寝てたんだっけ……。
と、仁都を見ると窓際に頬杖をついて流れる景色を眺めていた。その目線はやけに寂しそうに見えた。俺も窓に目をやると、もう既に朱色の空が藍色に侵食され、そこにはまばらに散りばめられたように星達が輝いていた。そしてその藍色の世界の中、ひときわ輝く存在がいた。今日は満月らしい。綺麗なお月様が上から俺らをずっと眺めているように見えた。
その月を見るように、仁都はただひたすらに真っ直ぐ目を向けていた。その横顔はいつも通りムカつくほどイケメンで綺麗なのだが、何かが背中に這うようなゾッとするようなものを感じた。
「…なーに?どうしたのすーちゃん」
俺の視線に気づいたのか、頬杖をやめて驚いたようにこちらを向いていた。
「あ、ああ、いや、なんでもない」
そう言うと目線を逸らしてしまった。馬鹿でもわかる。この仕草は完全に怪しまれる。ましてや仁都の事だ、きっとマシンガンのように質問攻めしてくるだろう……。
そう思い、仁都からの応答を待っていると仁都の口からは意外な言葉が出てきた。
「…すーちゃんは、そうくんのことどう思った?」
「へ?」
腑抜けた声が出た。あまりにも予想外のことを聞かれたからだ。しかも、仁都のその表情は穏やかでまるでさっきの事なんて気にしてない様子だ。いやまあいつも人から見慣れてるってなると気にしなくなるもんか……?
「え?田本…?ええっと…そうだな」
俺は顎に指を当てて考えるポーズをする。全くもって予想していなかったことだ。そんなこと考えもしなかった。
「うーん……普通にいい人だと思う。優しいし、気さくだし紳士的だし……仲良くはなれそう、かな」
そう言うと、仁都は「そっか」と言ったあとニコニコと笑った。
「それなら大丈夫だね。すーちゃんとそうくんなら、きっといい友達になれるよ」
「お、おう……?」
「わー!嬉しいな〜!すーちゃんとそうくんが友達になるっていいなー!」
と、うふふと楽しそうに笑う。なんだなんだ。さっきからこの仁都の言い方が気持ち悪い。今の質問に意味があるのか?というかどんな意図があるんだ。
頭の中の疑問符が脳内でぎゅうぎゅうに詰まった時、仁都は真っ直ぐこちらに向いた。
「…じゃあさ、なんかそうくんについて聞きたいこととかある?」
「あ、別にそーちゃんでも、はたまた俺でもいいよ~!なにか聞きたいことある~?」と質問されるのを待つ子供のように体を揺らしていた。
「もっともっと俺たちはすーちゃんと仲良くなりたいからね」
そう言うと、嬉しそうに鼻歌を歌う。
…なんか今日はグイグイ来るな。聞きたいことって言われても、なあ……。
田本は別として、坂田と仁都はここ近頃一緒にいるからそんなこと考えたこともなかったぞ。あ、でもあれか、一緒にいるからこそ聞けていないみたいな……?
これは仁都なりの配慮なのか、それともたまたまなのか……。いや、仁都のことだ多分思いつきかなんかでそう言って暇つぶししたいだけなのかもしれない。
少し考えたあと、その人物についてふと疑問を持っていたことを思い出した。
「…あ」
「ん?」
「一個聞きたいんだけど」
「なーに?」
「あのさ、田本のあの髪の色って地毛なの?」
そう言うと、仁都は目線を落としてから「やっぱりかー…」とそう呟いてから、困ったような顔をして俺に答えてくれた……。
お月様は俺らを眺めていた。
それはいい意味でも悪い意味でもお月様は静かに俺たちを眺めていたのだった……。




