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第12話 えほんさっかとなつまつり(2018.6.30加筆修正済み)


第十一話 えほんさっかとなつまつり 


 姉貴にされるがまま浴衣を着せられた俺は、姉貴から多少の距離を置きながら、祭り会場である御代志神社に向かった。

 御代志神社は最寄り駅から約十分ほどの場所にあり、俺も毎年の初詣でお世話になっている。

 芸能関係者がお忍びでよく訪れるとSNSで話題になり、今密かに観光客が増えつつある。だから、なおのこと俺は行きたくなかった。

 教室という空間だけでも人混みと認知してしまうこの脳が「今すぐにでも帰りたい」と防衛反応を起こしていた。

 姉貴が口笛混じりにステップを踏みながら、カランカランと下駄でリズムを奏でている。

 対して、俺は下駄を履きなれてないせいか、はたまた普段からそんなに家を出ることがないからか、引きずるように重たく暗いリズムを奏でた。


「も~!そんな暗い顔しないの!世界で一番可愛いお姉さまが、なーくんに一番似合う最高のコーデをしたんだから自信を持ちなさいな、自信を!」


 と、両腕を腰にあてながらぷんすかと頬を膨らませている。なんだ、自分が可愛いと分かっているのか、狙っているのか……実の弟に猫を被る必要があるのか?

 初見の異性ならばあざと可愛くて仕方ない仕草だと思うだろうが、この皮を被った中身を知っている俺とすれば怖いものにしか感じない。


「……いや、別に祭りに行くのに自信もクソもないだろ」


 俺は鼻に浮き出た汗をハンカチで拭う。夜は蒸し暑くてたまらない。せいろ蒸しされる茶碗蒸しの気待ちになったようだ。腰に巻いた帯が熱気を持ち、暑くてたまらない。

 先日の学校での件以降、俺は健康に気をつけるようになり、熱中症対策や睡眠時間に気を配るようになった。あれから、仁都からしつこくSNSのメッセージが来るのだ。

 一日一回、仁都への健康報告が日課になっていた。いや、なっていたと言うか、されていると言ったほうが正しいか。そうでもしないとしつこいからな。


 まあ、それはさておき、確かに姉貴のコーデは確かに素晴らしい物だ。さすが、普段からデキる女性として擬態してるだけある。

 柔らかい色合いの生成色の生地に、白の横縞がついた黒の帯。そして、黒いラインが入ったカンカン帽。

 あと、適当に髪の毛を弄られて、前髪をピンであげられてしまった。つまりデコ出し状態である。全身鏡でこれを見た俺は真っ先にこう思った。……どっからどう見ても中学生ですありがとうございます、と。

 似合うよと言いながら、後ろで笑いを必死に堪えているのを俺は見逃さなかったぞ。


「その格好だったら夏祭りじゃ得よ!最近は年下男子流行ってるんだし、逆ナンされちゃうかも?!それに、なーくんが年下に見えたら私も若く見えるから一石二鳥だし~」


 一石二鳥は姉貴に対する言葉だな。鼻歌の次は口笛のようだ。人生思い通りと言いたげなほど悪知恵が働く肉食動物である。

 この世界の中で、血の繋がった弟をこんな風に扱う女はそうそういないだろう……。

 姉貴の思惑を聞きながらうんざりとしていると、大通りに出た。人々の騒がしい声や、屋台のおじさんの威勢のいい声が嫌ってほど聞こえるようになる。

 この夏祭りは御代志神社主催の【御代志祭】と言われる。御代志神社はその道中にある商店街の中を真っ直ぐ行った所にあるため、商店街一体が夏祭りの会場になっている。意外と大掛かりな祭りで県内外から訪れる人も多いのだとか。

 未だにこの祭りは数えるほどしか行ったことがない。この街の下半期の厄払いを行い、幸福が訪れるように花火大会を行うのだという。

 毎年、花火は部屋から見られるから外に出なくていいか、と適当に過ごしていたのだが……まさか今年はここに参戦することになるとは……。


 溜息をつきながら、はぐれないように姉貴のあとをついて行く。人混みが思ったよりも多い。「帽子、ちゃんと被ってなかったら怒るからね」と、姉貴は俺の頭を深く押さえ込んだ。

「……子供扱いすんなっての」

「何言ってんの。私からしたらあんたは十分子供よ」

 そう言うと、俺の先をスタスタと歩いていった。その表情は、本当に楽しそうで不思議と怒る気持ちにはなれなかった。

 思えば、姉貴とこうやって出かけるのはいつぶりだろう。最近はすれ違うことが多くて、お互い一緒に飯を食う時間すらなかったもんな……。

 両親は海外出張で、この家のことは全て姉貴が管理している。もしかしたら、どこか重荷になってたかもしれないし、寂しい思いをさせていたかもしれない。

 もしかしたらこれは姉貴なりの優しさなのかもしれないと、その後姿を眺めていると、姉貴が急にくるりと振り返ってきた。

 「……何よ?」

 「別にー」

 「可愛くないわね~」

 そう言うと、俺の頬をむにっと摘む。ぐえ、やめていただけませんかね?と、されるがままになっていると、何回か伸ばした後満足したのかまたくるりと向き直り先へと歩いていった。

 全く、よく分からない姉である。本当に。

 祭りは、家族連れやお年寄り、学生はもちろんのこと、カップルのグループで溢れ返り、なんだこれの芋洗い状態である。屋台からはテレビショッピングのお兄さんに負けないほどの大きな声があちこちに飛び交う。

 ソースの匂いや、揚げ物の匂い、クレープやりんご飴といった甘い香りも混じり、胃袋に誘惑を仕向けてくる。今思えば、もう夕ご飯の時間だ。ぐうううとお腹が鳴った。


「なーくん、お腹が空いたのなら、何か買ってきたら?」

「……いいのかよ?」

「いいもなにも、これから付き合ってもらうのに戦力にならなかったら意味ないじゃない」

「さ、左様ですか……」

「私も色々と食べて回りたいし……お腹いっぱいになったらすぐに私のところに来なさいよ?いいわね?」

「……はい」


 その綺麗な笑顔をこちらに向けないでください。とても、美しく恐ろしいです、お姉さま。

 「また、あとで連絡ちょうだいね~!」と手を振ってから姉貴はクレープ屋などがある甘い物の多い屋台へと消えて行った。

 適当に歩きながら目に止まったのはたこ焼きの屋台だった。派手な看板にでかでかと書かれたごついフォントの文字が目を引く。

 鉄板の熱気に乗って、ソースの焦げた匂いが俺を誘惑する。ぱりぱりに焼けたきつね色の球体の上に、鰹節がゆらゆらと妖艶な踊りを奏でている。

 自然とお腹の虫も騒ぎ出す。俺はごくりと生唾を飲んで、たこ焼きを一つ買った。八個入りで五五〇円。手持ちがそこまでないので少し痛手だった。

 しかし、大粒だからか、パックから伝わるは温かさは段違いだった。

 腹が減っては戦が出来ぬ。どうせ、姉貴の思い通りにこき使われるのだ。逆に言えば今しか食べる暇は無い。これは正当された行為だ。


 そう自分に言い聞かせ、適当に座るところを探し、屋台近くの縁石に座り、蓋を開けた。ソースの香りに鼻と胃袋が掴まれる。

 その愛らしいフォルムに魅了された俺は一口たこ焼きを口に入れようとした、その時だった。


「あれ、すーちゃんじゃん!」

「……へ?」


 間の抜けた声と同時に俺の割り箸から、一粒のたこ焼きが落ちる。危機一髪、この子は他のたこ焼きによって抱きとめられていた。

 聞き覚えのある声に、大きな影。そこにいたのは私服姿の仁都だった。


「……よ、よう、仁都」


 戸惑いを隠せない俺の手元には、ゆらゆらとたこ焼きの熱気が、提灯の明かりに溶け込んでいたのだった……。



* * *




「へえ、すーちゃん、お姉ちゃんと来てるんだ。仲良いんだね」

「……仲良いもんか。基本はただの使いパシりだぞ?」

「えー!すーちゃんのお姉ちゃんならきっと美人そうだし、だったら使いパシりでも良くない?」

「いや、謎理論すぎるだろ」

「でもそっかぁ、お姉ちゃんと来てるんだ~」

「…・・・なんだよ急に改まって」

「ほら、まだすーちゃんちに挨拶行ってないからさ、もし会ったら少し複雑というか…」

 いや、別に結婚の挨拶に行くとかそんなんじゃないんだから気にしなくてもいいだろ、何を気にしてるんだお前は……。


 そう言いながら仁都をちらりと見上げる。りんご飴を齧る奴の目線は、流れる人混みを眺めていた。りんご飴ですらかっこよく見えるのは、俺の目が盲目と化しているのだろうか。

 提灯の朱に染まった光と屋台の白熱電球しか光はないのだが、それでも十分陰影が加わり、美しい横顔を演出していた。男の俺でもこの顔を見てると、ちと心臓に悪い。

 自分なんかがこんな奴の隣にいていいのだろうかという不安感と、姉貴に出くわすのではないかという不安感が合わさり、心臓はもう破裂しそうだった。

 姉貴はかなりの面食いだ。「男は性格が一番大事なんだけど~」などと装いながらも、イケメンを捕まえたいのが本音なのだとこの前俺の部屋で愚痴をこぼしていた。

 だから、尚のこと俺は仁都に会いたくはなかったのだ。俺の予想が当たっていれば、姉貴にとって仁都は射程圏内、捕獲可能範囲内にいること間違いない。

 今ここで姉貴が来たら、仁都は確実にロックオンされてしまうだろう、あの、強欲な肉食動物に!! 

 

 あの姉の脳内は悪知恵の宝庫だ。理想の男を落とすためなら手段を選ばないだろう…。思わず、「はぁ……」とため息がついてしまう。

 せっかくできた友人が、身内のせいでいなくなるのではないかと少し不安になる。そんな考えを振り払うように俺は、少し冷めたたこ焼きを口いっぱいに放り込んだ。


「すーちゃん、そんなに掻きこんだら喉に詰まらせるよ?」


 気づけば仁都は俺に話しかけていた。りんご飴の中身が半分見えている。もう食べたのだろうか。


「いや、少し考え事してただけだ……気にすんな」

「だったらいいんだけどさー、前みたいにすーちゃんが倒れたら、今度こそ発狂しそうだよ~」 

「……そこまで大袈裟なことかよ」


 と、俺が笑いながら返すと、仁都はふふっと軽く笑いながら目線を人混みに戻した。


「……すーちゃん、大事なものってね、気がついたら奪われちゃうものだし、気がついたらなくなってるの。それだけは忘れないでほしいな」


 ……やけに意味深な発言だった。その言葉は周りの騒音と生活音をかき分け、耳元になじむようにスッと聞き届いた。

 それはどこか悲しく、どこか諦めを含むようなものだった。たった一言なのにその言葉は、俺の知ってる言葉だけでは書ききれない感情を俺に生みつけていた。

 仁都に関する様々な感情が体の中を巡り、口に吐露する前に、仁都はひょいっと俺のたこ焼きをつまんで口の中に入れた。しかも、最後の一個を、だ。

「あ、お前っ……!」

「言ったでしょ~?大事なものってね、気がついたら奪われちゃうものって~」

「いや、お前、それとこれとは話が別だろ……!!」

「あ、でも、今の場合はたこ焼きちゃんがね、俺に食べられたそうにこちらを見ていた、というか~?」

「そんな……そんな理屈が通ると思うなよーっ!!」

「え、すーちゃんちょっと待って……ぐえっ?!」

 

 気がつけば、俺は仁都の胸倉を掴んでいた。先に言っておく、食べ物の恨みは恐ろしいということを。

 昔から、俺が怒るとしたら大体は食べ物関係だった。姉弟喧嘩の定番の一つではあるだろうが、雀宮家は一番危険視されたものである。

 昔から姉貴に自分の食べ物を盗られていた俺は、色んな策を練って対抗してきたが、ある日我慢ならずリアルファイトをしたことがある。

 その為、許可無く自分の食べ物(特に自分で買ったもの)を奪われることが地雷となった。この前仁都に卵焼きを取られた時は、自分が作ったものだから何も思わなかったが、それ以外は別の話だ。

 買ったものを、勝手に食べられるのは許せない。細かいことだが、俺はこれにかなりのトラウマを持っていた。

 

「すーちゃん……!!ギブギブっ!!俺死んじゃう……!!」

「……死なない程度にいたぶってるから、心配すんな」

「怖いっ!すーちゃんの声が低いっ!!」


 喚き、命乞いをしている中、じわりじわりと追い詰めていると、

 

「……あー、分かる分かる。勝手に食われたら嫌だよね~、俺もそうだもん」

 

 と、どこか気の抜けた脱力感のある声が天から降り注いだ。それは俺よりも仁都よりも、もっと上から聞こえた。

 仁都と顔を合わせ、声の主を探すと、目の前に大きな影が覆いかぶさった。思わず、仁都から手を離した。それは、紫色の髪を一つに束ねた男の人だった。

 猫のように目が少し鋭く、背もそれなりに高かった。そして、ただ唖然とする俺たちに目線を合わせるようにしゃがんだ。

 真ん中にわかれた横髪が小さく前後に揺れる。俺たちから見れば逆光で暗いはずなのに、その髪色はとても鮮明に映った。


「……なあ、仁都?」


 そう言うと、表情を変えずまっすぐ仁都を見た。怒っているのか呆れているのかもわからない。ただ、目線は一つ、仁都の方を眺めていた。

 そして、何を思ったのかそのまま仁都のおでこにデコピンした。


「あぐっ!!」


 かなりの衝撃だったのか、仁都はおでこを抑えるようにうずくまった。

 その刹那、その間合いがなんとも恐ろしくもあり静かであった。そして、また、仁都、と尋ねるように名前を呼ぶと、こう続けた。


「……お前、『友達』を待たせといて何やってんの~?ねぇ?」

「あ、あははー、『そーちゃん』、もしかしてお怒り~……?」

「うんうん、お怒りお怒り~。というか、俺は人様のものを勝手に取る友達に育てた覚えは無いんですけど~?」

「す、すみませーん……」


 目を泳がせながら、しゅんっ、と縮こまっている仁都を粛清するように、何度もデコピンをした。雰囲気には出てないが、尋常じゃないくらい相手はお怒りのようだ。

 あまりの痛さに、三回目あたりで、「無理無理痛いー!!」と、痛みに耐え切れず、顔を両手で包んでごろごろと転がっていた。

 母親に叱られた小学生のように「あーっ」と転がっている。なぜだろう、日頃の行いのせいか、どうしても可哀想とは思えなかった。

 

「……ごめんね。こいつ馬鹿だけど、根は良い奴だから」


 そういうと、首を傾げて柔らかく微笑んだ。実は良い人なのかもしれない、となぜかこの人に好感を持てたのだった……。






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