第11話 きょうだい(2018.6.30加筆修正済み)
第11話 きょうだい
「ねえ~、なーくんお願い!お姉ちゃんの一生のお願い!夏祭り一緒に行こうよ~っ!!」
「だあぁぁぁぁあ!!さっきからうるっせえな!!行かねえって言ったら行かねえよ!」
後ろから姉貴の懇願する声が耳を煩くするが、そんなのに構っていられない。俺は今目の前の壁を登るので精一杯なのだから。
あの和解の件から数日、仁都と仲良くなったものの、締め切りというものは平然とやって来ていた。現実に目を背けるわけにはいかない。
スランプなのは変わらないが、以前に比べ、あと一歩という状態にまで作品がまとまろうとしていた。が、やはり俺は天才ではない。そのあと一歩というのが遠いのだ。
部屋を見渡せば、ボツになったアイデアや絵の構図が所狭しと散らばっている。足の踏み場もない、まるで未完成の宝庫だ。
我ながら汚いと思うのだが、どうもこれが落ち着いてしまう。
捨てたアイデアの中にも、もしかしたら使えるものがある!という謎の勿体ない精神を言い訳にしているだけかもしれない。
いや、そんなことはどうでもいい。部屋の汚さとかどうとかは今は関係ない。問題は、姉貴のことだ。
完全にお祭りモードである。金魚が何匹も多く描かれた淡いピンク色の浴衣に、バッチリと決めたヘアスタイル。
メイクも清楚を装い、170cmもあるそのスタイルで、カタログのモデルかのように浴衣を完璧に着こなしていた。
姉貴は母親に似てなかなかの美人だ。そのせいか、寸分の狂いもないその気合いの入り方が尋常じゃなかった。
悠々と泳いでるはずの金魚たちが姉の陰謀によって過剰労働させられているのではないかと心配してしまう。そもそも、俺も姉貴に過剰労働させられていると思うんですけど……。
毎朝起こしては朝飯を作り、弁当を作って買い出しもして……次は夏祭りに一緒について来てくれだ?!弟に対する職権乱用もいい加減にしろ!
「……ってか、友達が彼氏と行くことになったからって、別に俺と行く必要性はねえだろ!?ほかの友達誘えよ!」
くるりと、姉貴とは正反対の自分の作業机に向かい、背を向けた。
「だってだって~、みんな彼氏と行く~とかぁ?サークル時代の男友達と行く~とかぁ?なんだもん。ああ、こんなに可愛い私を置いて行くとか罪な人たちよね~」
「あ~はいはい、お姉さまはカワイイのにかわいそうですねー」
と、ぽこぽこと俺の背中を叩く姉貴を適当にあしらい、無視するとそれに何を思ったのか「もう!ちゃんと聞いてよ!」と椅子をぐるんと回され、姉貴の方へと体を向き直された。
「なんでみんな彼氏がいるのよ!男友達がいるのよ!!そもそも私はこんなに頑張ってるのに、どうして遊べる男の一人や二人いないのよ~!」
迫真づいて近寄るその姿はもはや、姉とは言えない。獲物を狩る肉食動物に、俺は有無も言わずにただ黙ることしか出来なかった。
姉貴、いや、肉食動物の雀宮紫様、気づいてください。
十中八九、あなたに男が出来ないのはその性格が問題だと俺は思うのですが、貴方様はどう思われますか。
「……だからって、俺が一緒に行かなきゃいけない理由にはならないだろ。あー、もういい。俺は知りません、勝手にしてください」
そう言い、俺は財布を持って立ち上がった。もういい、面倒だ、いっその事、散歩とか適当な言い訳をして部屋から出て行ってしまおう。
というか、なんで俺の部屋なのに出なければならないんだ。普通は逆だろ逆。
悶々と、普段の苛立ちと共に文句を垂れ流しながら、ドアに手をかけようとしたその時だった。
「……なーくん、この前のこと、忘れたわけじゃないよね?」
その言葉にギクリとして、俺はドアノブから手を離した。恐る恐る振り向けば、いや~に気味の悪い笑顔を浮かべた姉貴がいた。
人間というのは上の者には本能的になかなか逆らえないようで、姉貴のその表情が口裂け女のように見えて、背筋が凍ってしまった。
やばい、これはやばい。あかん、これはあれだ。この前のことを未だに根に持っている、確実に。
「わ、忘れたとはなんのことやら……」と、とぼけたフリをすると、ガッと胸倉を両手でしっかり掴まれた。
おかしい、彼女は浴衣の袖によって腕の自由が制限されているはずだ。それなのに一寸の狂いなく俺のシャツの襟を仕留めていた。尋常じゃない力がここに込められている。
「……私ねぇ、父さんには言ってないんだよね」
「な、何をだよ」
「あんたが父さんの約束を破ったってこと」
そう言い、ドヤ顔する姉貴とは反対に、俺は額に汗をかき始めていた。エアコンが効いた部屋だと言うのに、それだけでは凌げない程の汗が体を流れた。
父さんの約束を破る――それは、雀宮家では命に関わると言っても過言ではないことである。
以前、一度だけ父さんとの約束が守れず、俺は口には出せないほど恐ろしい説教と罰を受けたのだ。普段は温厚で優しい父だが、嘘と約束を破ることが嫌いだ。
そしてこの二点に関しては、俺と姉貴は幼い頃からかなり教育されてきた。その為、父を怒らせることがどれほど恐ろしいのか、この身が震えているほどに覚えているのである。
「泪、あんた、ちゃんとお姉ちゃんと一緒に帰ってくるって約束したよね」
「うっ……」
痛いところをつかれた。泪、と俺のことを名前で呼ぶのは本格的に根に持っている証拠だ。
仁都に連れてかれたのは事実なのだが、断るも何も、あの時は自ら出て行きたいなんて言ったもんだから、実質言い逃れはできない。
ましてや、仮にも女性である姉貴を置いて行ったのだ。男性にお持ち帰りされることは無くても、女性を一人で帰らせたんだ。姉貴のプライドからして許せないのだろう。
おかしいと思ったんだ。出張から帰ってきた父さんは何も言わなかったし、むしろ助かったと感謝されたのだから、あの時は機嫌が良かったんだって言い聞かせてた。
だが今思えば、この肉食動物が黙ってたからか!とんでもねえ女だ!無駄に背と態度がでかいだけじゃねえか!やっぱり男が出来ないのはこの性格のせいだよ性悪女!
そう言いたいところだが、それを抑えるように、歯をギリィッと噛み合せながらキッと睨んだ。
だがどうだ、睨んだところで立場は逆転しない。草食動物か肉食動物に一対一で勝てない理由がこれで証明された。
「あ~あ、なーちゃんがそんな態度取るなら、お父さんに電話しちゃおっかなあ~?」と、言うと俺の胸倉をパッと離し、巾着の封を開いてガサゴソと漁り出す。
やばい、こいつが俺のことなーちゃんとか仁都みたいにふざけた呼び名のときは本気だ。ここは命とプライドに変えても……!
「あっ、あった~」とスマホを取り出した瞬間を狙い、俺は姉貴の手首をパシッと掴んだ。
不意打ちだからか、姉貴のスマホは手から滑るように空中で孤を描いて、俺のベットへと綺麗に着地した。
しんっと静まり返り、姉貴の顔を見ると、俺の口から出る言葉が何か分かっているのか、満足げに納得した笑みを浮かべ、その言葉を待っていた。
これが敗北というものか、俺は降伏の白旗を心の中で振り上げ、言いたくも無い言葉を、無理やり喉の奥から吐き出した。
「お、俺もやっぱり、祭りに行きたいな~……はは……」
口元を引き上げ、俺が使える頬の筋肉を精一杯使った笑顔だった。姉貴を下から見上げる形となり、大きな影はゆっくりとニッコリと体を横に傾けた。
「やった~!なーくんありがとう!実はそう言ってくれると信じてたから、なーくんの浴衣も全部用意してたの~!さっ、早く準備しましょう?!」
天変地異と言っても過言ではない、この掌返し。今から槍でも降ってくるのではないか。十六年生きてきても、この変わりようには未だに慣れることができない。
逆らっては殺されてしまう。と、小さい草食動物は、ずる賢い肉食動物の遊び道具として命令を聞くしか、なす術はなかったのである……。
雀宮紫 24歳 大手外資系OL。母親似の美人。
性格は表ではしっかり者で可愛らしく愛らしい。皆に頼られる。
裏ではずる賢く計算高い。
髪は染めた赤茶色に、ロング。毛先が軽くウェーブがかっている。
身長170cmのモデル体型。
好きなもの:抹茶系お菓子




