仮想列伝・脱糞公ブラマンシェ
注意 この物語には糞尿を垂れ流す描写があります。
ザイ国デカメロン王朝が存続する220年の歴史の中で、存亡の危機は3度あった。
1度目はボク大帝国騎馬軍団の南征。
2度目は伝染病。
3度目が、ちょうど今現在。現王の妃の大叔父の愛人(男)にあたる人物による王位簒奪である。最早人間関係が意味不明だが、そういう野心を持って、軍権を預かる男がいて、たまたま王の血筋の者をことごとく殺すチャンスに恵まれてしまったという、そういう話。この時、王家の人間はほぼ捕まるか殺されるかされていた。しかし三女ジプシー王女一人だけは無事城を脱出。
追手を撒きながら逃げた先は、城から最も近い場所にあった、忠臣ブラマンシェ公の屋敷であった。
王族を後先考えず殺してしまったのに、今更一人取りこぼせばヤバイなんてものではない。慌てて差し向けられた追手の兵達がまず最初に訪れるのがブラマンシェ公の屋敷であるのは、当然であった。
一番近いし、王に一番近しい貴族の屋敷だし。
屋敷では武装した衛兵による抵抗などもなく、邸内を隈なく調べた兵士達が最後に子供部屋に向かう。
ブラマンシェ家には当時三人の息子がいて、上二人はすでに成人し各々の役職に着き、家にはいない。
屋敷にいた当主の子供は、三男ピッグ・ブラマンシェ11歳ただ一人である。
子供部屋を蹴飛ばし、中に這入った兵士達は室内に小太りの少年とメイドの娘を一人発見した。
まさか王女がメイドに変装しているということもあるまいと思ったが念のため顔を確認すると、どうやら別人である。気丈に背筋を伸ばした娘は仕えているだろう少年に寄りそっている。
兵士は屋敷の他の人間にそうしたように、ピッグ少年を恫喝した。
匿っている娘はいないか、隠せばただでは済まないぞ。お前達も皆一緒に処刑されるぞ。
少年は、何も言わなかった。
けれど、様子がおかしい。
兵士と視線を合わせない。
怪しいと睨んだ兵士が、胸倉をつかみ無理矢理顔を持ち上げて、さらに脅そうとした時、少年の貌を見てぎょっとした。
泣いていた。顔を真っ赤にして、鼻水を垂らして、これ以上ないくらい情けない顔で涙を流し、震える声で言葉にならない声で言う。
「ひっ……ひぃっ! そ、そんな人知りまひぇん」
そして失禁した。
すごい勢いで、ズボンを濡らした。
汚くて思わず兵士が手を放すと尻もちをついた。
「うひぃぃ」
情けない声をあげて後ずさり、こちらに尻を向けて頭を抱えて床に伏せてしまった。
「ぼっちゃま」
メイドの少女が慌てて少年に駆けより、心配そうに背中をさすっていた。
まさかそこまでびびるとは思わなかった兵士は呆気にとられたが、職務を思い出し、槍の穂先を突き付けながらさらに問う。
「おい、ガキ。本当に何も隠してないんだろうな。もし隠しだてしていたら、そのケツに槍を突き刺すぞ」
言った瞬間。
「びぇぇぇぇ!」
ブリブリブリブリ。
泣きわめいて、脱糞した。
こんもりとズボンの尻のあたりがもりあがり、異臭が室内を見たし、足を伝って糞尿の混じった液体が安物のカーペットに染みてゆく。
世界で一番醜悪なものを見る眼つきで少年を見下していたが、汚物の隣にいたメイドがそれを庇うように立ちはだかって言った。
「ぼっちゃまに、そんな危ないモノを突き付けないでくださいまし。私共は何も隠しだてしておりません。どうぞ好きにお探しになってください」
言われなくてもそうし始める兵士たちであったが、下女の後ろでぶるぶる震える醜悪な物に嫌悪感しか抱かず適当に部屋を荒らしてさっさと次の部屋に移るのであった。
屋敷の中を隈なく探したが、結局見つからず、ブラマンシェ公自ら「これ以上の詮索は無用」という言葉とそれなりの袖の下を融通され、兵士たちは去る。
子供部屋では未だにピッグは震えながら蹲り、メイドは窓の死角から、兵士達が屋敷を出て行くのを確認していた。
そして、危険が去ったことを確認して、メイドはピッグを見下し、醜悪な臭いに眉を少しだけ寄せて報告する。
「ぼっちゃま。もうよろしいかと」
ピッグの震えが止まり、顔をあげる。
「もう行った? けれど、あれで誤魔化せたかな」
メイドは親指を立てて応える。
「それはもうバッチリと。ぼっちゃまは若き美少女メイドの献身に縋り震えるだけの、臆病糞漏らしボンボンにしか見えませんでした!」
苦い顔をしながら、立ちあがる。
そして、自らの足元の汚水のかかったカーペットを剥がした。
カーペットの下の床の木目をよく見ると、不自然な切れ目がある。
それは小さな切れ目で、そこに隠し扉があるかもと思いながら探さなければ、わからない程の切れ目。
そこが開いて、床下から少女が一人現れた。
現れ、開口一番
「賊は行ったか?」
尊大に問うと、ピッグは跪き応えた。
「はい、王女殿下」
彼女こそが、兵士達が血眼で探していた、ジプシー・デカメロン王女その人である。
その時、大勢の足音がして、子供部屋に人が入る。
ブラマンシェ公とお付きの者達であった。
「殿下、無事でございましたか」
王女の無事に安堵し、部屋の異臭に違和感を覚えた後、息子の痴態をちらりと見て、見なかったことにした公は続ける。
「殿下、お疲れと思いますが、ここもずっと安全とは言えません。今すぐ発ち、我が領地へと向かいください。手の者が案内いたしますゆえ」
そして公の合図で後ろに控えていた屈強な男達が、前へ歩み出て、部屋の異臭に顔を少ししかめたが、すぐに気を取り直す。
護衛に傅かれ、手を取られ、王女は部屋を出る。
出る瞬間、部屋の片隅で身を小さくしている糞を漏らした少年をちらりと見た。
少年は傅いており、二人の視線は合わなかったが、王女の表情は変わらなかった。眉一つ、動かさなかった。
王女の姿も音も消えた後、部屋の隠し扉もしめられ、カーペットも元通り……にするために洗濯に出し新しい別のを敷いた後、ピッグ少年はズボンを履きかえるのであった。
姫は、その後も追手に追われることなく、無事にブラマンシェ公の領地へと辿りつき保護された。
さて、クーデターを起こした悪人の方は、王女の消息は掴めなかったが、こういうのは勢いが大事と、とりあえず王族を粛清し、自らが新王朝を旗あげる準備にとりかかる。
その中で、ブラマンシェ家は早い段階で簒奪者への臣従を示した。前王家の忠臣と呼ばれたはずの彼の掌返しに、多くのものが、がっかりした。
兵士に屋敷を捜索され、脱糞して怯えた公爵家三男坊の話題で都は持ちきりだった。
その一カ月後、戴冠式を控えた雪の日に、ジプシー王女は自らに味方する貴族達を率いて王都に凱旋し、王都に潜んでいた忠臣達と共に新王を自称する逆賊郎党を捕まえ、無事ブチ殺した。
彼女が女王に即位したことで、王朝はその後100年寿命を延ばす。ブラマンシェ公はささっと新女王に忠誠を誓い、その後も公爵としての地位を確保した。気概も見せずに逆賊に臣従し、王女が返り咲けば返忠したブラマンシェ家の名は地に落ちた。その世渡りの上手さが後世評価されているようだ。
ついでに、糞漏らしピッグは、後世の歴史書に残る有名人となった。
それでも、ブラマンシェ家は、屋敷を手放すことはせず、しがみ付く様に100年間暮らしている。
女王を屋敷に匿い、危機を救ったことは、公表されなかったのだ。
デカメロン王朝最後の国王崩御と共に、この国は共和国となった。
最早、ブラマンシェが忠を示す相手はいない。
だから、言う。
私の先祖、ピッグ・ブラマンシェはわざと漏らした。部屋の中を調べられて隠し扉を見つけられぬように、探索を早々に切り上げてもらうために、糞を垂れ流して、隠し扉の真上に蹲った。近付かれないために。
そして、その事を、後世誰にも言わなかった。
正当なる王位継承者が、糞尿にまみれて助けられたなど伝わってはならない、からだろうか。臆病者の三男坊は、ただ漏らしたということだけが世の記録に残っている。
けれど、本当の理由は。隠し扉の存在を隠す為である。
ここに隠し扉があることは、王家とブラマンシェ家のものしか知らない。
もし、再び王家の危機が訪れた時に、匿う手段の一つとして有効である内は、隠し扉のことを秘密にすべきだから。
我がブラマンシェ家の当主は、先代より当主の座を引き継ぐときに、この秘密もまた引き継ぐ。
おそらく、王家の方でも、そのようにしているのだろう。
来るべき時の日のために。
私は父からその秘密を聞かされた時、どうにも納得しかねたことを覚えている。
子供時代、茶色い血統と馬鹿にされて育った。臆病者と揶揄され、無茶をした。父にも当たった。
何故、ピッグ様は平気だったのだろうか。馬鹿にされた一生を送って、子孫にも同じ苦しみを与えることになって、どう思っていたのだろうか。
父は言った。
「自分が馬鹿にされてる間は、国が平和だということだから」
そんな境地には一生成れないだろうと思っていた。
半年前。
一人の若い娘が訪ねてきた。
誰何すると、レティ・デカメロンと彼女は名乗った。
現役の第一皇女様が護衛もつけずにどうしてウチを訪ねてくるのかとびびったが、そう言えばここは王制を廃止して平和的に共和制に移る奇跡の国だったことを思い出し、とりあえずレティ嬢を招きいれようとしたが、彼女は玄関先でいいと固辞した。
伝言を、伝えに来たのだと言う。
「私は王女でなくなります。だから、預かっていた伝言を届けに来ました。ずっと昔の御先祖様から、ジプシー・デカメロンから、ピッグ・ブラマンシェ様への伝言。『助けてくれて、ありがとう』って。今まで私達のこと守ってくれて、ありがとうございました」
もう、100年以上住んでる屋敷だ。建築法に抵触するし、固定資産税もかさばる。更地にして売りに出したいのを我慢してきたが、もうお役御免だろうから、取り壊すことにした。
そのついでに、先祖の名誉について、一言残しておきたくなり、手記を取る。
途中少々物語のように書き連ねてしまったが、我が家にとっては一大叙事詩なわけで、大目に見て欲しい。
ドン・ブラマンシェ