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【イゼルの大迷宮】の最下層は、進入できる人の上限はおよそ300人と言われている。
地下6階で退路を確保するために残る約100人を含め、400人の上位者達が地下7階・地下8階に突入していった。
浅い階層においては、帰路を確保するための人員-おもに兵士-を除き、【大迷宮】から離脱していった。
「お前、顔色悪いぞ。術式の行使で疲れているんだろう?もう、ここはいいから、一旦、休憩しな。」
トーマは、パーティーのリーダーであるフロウドから、この場を離脱して休んでいいと言われた。
フロウドは、前衛職の【戦士】である。髪は短く肌は浅黒い。口調はぶっきらぼうだが、見下しているような感はない。
トーマ自身、体感的には「熱っぽい」感じである。何とか動けるものの、しんどいのも確かなので、リーダーの言葉に甘えた。
「今度、また一緒に潜ってみようぜ。」
フロウドは軽く手を挙げて言った。
救護の部隊が陣取っている部屋の隣に、探索者や兵が休む部屋があった。トーマは、布を借りて部屋の壁際に座り込んだ。
はじめて、可能な限り広範囲の付与を行使しているせいだろう、本来、ほんの僅かな効果のため、ほんの僅かな魔力を使用する術式であるが、それも「積もり積もれば」である。
「トーマさん、大丈夫ですか?」
【治癒士】の一人がトーマの傍らに来た。女神官のティルだ。
「ああ、ティルさん、大丈夫ですよ。使い慣れていない魔術の使い過ぎで、ちょっとフラフラしているだけなんで…。ちょっと、みっともないところを見られて恥ずかしいなあ…」
少し、ティルはきょとんとした表情を浮かべていた。
「少し、魔力を分けますね。」呪文を唱え、トーマに手を翳す。
トーマの表情が落ち着く。魔力の回復により、心も身体も先ほどより楽になった。
「ごめんなさい、馴れ馴れしい口を聞いちゃったかなあ。」
「いいのですよ。同年代の人に普通に話してもらうことなんて、あんまりなかったから。」
「それはどうして?」
「幼い頃から、【教会】で育ちましたから…」
何か事情があるんだろうなあ…。そうトーマは感じた。
「立ち入った事を聞いて、ごめんなさい。魔力をありがとう。」
トーマは軽く頭を下げた。ティルは手を振る。
ティルもまた頭を下げ、ひそひそとトーマの耳元で囁いた。
「エイベル司教から伺いました。まずもってお詫びします。トーマさんは【落人】で、【迷宮】の中で不便なことがあってもまずいので、支援するようにと言付かっています。とはいえ、あなたに無断で司教と私は、あなたの秘密をやり取りしてしまいました。司教も、後日、お詫びすると申していますので…」
プライバシーの侵害かあ…、本当は困ることもあるのかも知れないけれど、今のところは関係ないよなあ、魔力も回復してもらったし、美人だし…。
「そのかわりというわけでもないのですが、別に口調なんて気にしていただかなくて結構ですよ。」
「そうかあ。俺、畏まって話をするのに慣れてなくて。ティルさんも、言いたいように言ってくれたらいいよ。」
「いえ、私はこちらのほうが、慣れていますので。」
(うわあ、断言されちゃった。お友達になるのは厳しいなあ。でも、普段だと気軽に若い女性に話しかけることはできないし。今は、酔っているときや熱にうなされているときと、同じような状況なんだろうなあ。)
「そっか。ところで、ティルさんも鑑定することができるの?」
「はい、ある程度までなら。」
「今の俺、どんな感じなんだろう。」
「それは「診て」みないと、なんとも言えません。」
「…結構、勝手に診たりしないの?」
「ええと、相手の承諾なしに、鑑定するのは禁忌の一つなのですよ。」
(ええ、そうなんだ。ユーナさんは、いつも勝手に俺の状態を診ていたような…。そういえば、一応、形だけでも「いいよね?」っていってたか。形だけだけど。)
「じゃあ、ちょっと診てくれないかなあ。俺の魔力の状況…」
「いいですよ。それでは…」
ティルがまっすぐトーマの瞳を覗き込む。
トーマといえば、ティルの青い瞳を間近にみて、かなりドキマキした。
「トーマさんの魔力総量は、【探索者】の人たちの中ではやや多いくらいです。専門の術士達と比べると低いかも知れませんが、現状の技能でみれば問題ありません。むしろ、【支援の加護】で魔力回復自体も、かなり早いようです。
今は、いつもと違って、魔力の行使量が回復量を上回っているため、しんどいのでしょうね。」
「じゃあ、今は「身の丈にあっていない」支援を俺はしてるってことか。」
「そうですね…。ちょっと待ってください。」
ティルは立ち上がり、救護区画に向かっていた。
数分の後、トーマの元に戻ってきた。
「トーマさんが、魔力行使により魔力枯渇の症状がでたので、私が支援するということで了承を得てきました。だから、安心してくださいね。」
(あれ、何だろう?
まあ、司教の関係者ということで了承を得たのかな。)
「ええと、ごめんね、手間をかけさせてしまって。でも、意外だったよ。」
「…?」
「ティルさんとは前に一度しか話をしたことがなかったけれど、こう、気軽に話かけてはいけない人なのかなあ…って勝手に思ってしまっちゃって。」
「そうなんですか…。」
(ああ、また、余計なことをいってしまった…)
トーマが再度再度お詫びを云う前に、ティルが語り掛けた。
「私は、あまり同年代の人たちと気軽にお話する機会がなくて、司祭様達としか、お話することがなかったものですから…。」
「そうなんだ…、じゃあ、今は特別扱いってこと?」
「そ、そんな事はないですよ?私だって、孤児院での奉仕活動のとき、子供達と普通にお話してますよ。」
「え…、それって、俺、近所の悪ガキ共と同じ扱いってこと?」
ティルは、「少しきょとん」ではなく、「本当にきょとん」とした表情になった。
そして、小さいながら、零れるように笑った。
その姿を診て、トーマとしては、女性を意識しはじめる頃から、はじめて同年代の女性に親近感-親しみ-を持てたことに気が付いた。
「まあ、いいや。ティルさんは今何歳なの?」
「普通、そんなことを、【神官】に尋ねますか?」
「だって、俺の歳は「診た」でしょう?」
「…そうですね、私は18歳です。」
「ええー」
「何か、問題でも?」
ティルの声に少し棘が生じたが、トーマはそれに気が付かなかった。
でも、次のトーマの台詞で、トーマに悪気はない事を知り、少し安心した風だった。
「だって、年下の女の子に教えてもらってばっかりでしょ。何か、恥ずかしいよなあ…」