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(2)

 エイベルの部屋は、この棟でもっとも大きなものであった。

 職位は教区統括司教、つまり、【王都イゼル】の【教会】の幹部の一人である。

 ケイズと同年配ではあるが、背が高い上にでっぷりとした体躯で非常に暑苦しい。ただ、顔つきは非常に温和で、親しみやすい印象を受ける。

 その体躯と裏腹に、エイベルは、軍属の神官として、【イゼルの大迷宮】の最下層での活躍の実績が認められ、それがきっかけで今の地位にいる。つまり【教会】の中でも、もっとも【活動派】と目される人物である。

 エイベルについて、「神職の身でありながら、面妖な部下を多数抱えている…」とユーナがいっていたが、その悪戯な笑みは、ほんの一部だけしか正しくないことをトーマは理解していた。


「ふははは、お蔭様で想定通り探索者が集まってくれたから、もう安心しているよ。」


 軽い。今日統括司教とは思えない、発言の軽さだ。


「トーマ君、ケイズのもとで【猟兵】をしていた君はとっくに気づいていると思うけど、【迷宮】と人は共存共栄の関係ともいえる。だから、とても、お互いの力関係の調整が必要なんだ。」


 ハーブ茶のカップを手にするエイベル。トーマにも勧めていた。

 どうにも、数か月前にケイズから送られた手紙に、司教エイベルとして「迷宮に関して思うところをトーマに伝えてほしい」とユーナの希望が書かれていたらしい。

 職務で多忙のはずだが、多少、時間を取って、説教をしてもらえるようだ。というより、エイベルは話す気満々の体である。


「人側の力が強すぎると、【迷宮】は弱ってしまい、魔石は枯渇してしまう。逆に、人側の力が弱すぎると、【迷宮】が活性化しすぎて、魔獣が増殖し、地上に大きな被害が生じてしまう。歴史を振り返ると、その事がわかる。」

「それはみんなが知っていることなのですか。」

「知ってはいるさ。でも、ここ100年は、大きな災厄は生まれていない。自分が儲けるためなら、多少手を抜いても何とかなる、って思う人間も多くなってきた。それはね、【教会】の中だって、例外じゃない。」


 トーマは唖然とした表情をしていた。


「くくく、【落人】の君が、この世界の人間のような反応をするんだね。」

「ま、まあ…。直球というかなんというか…。」

「本音を云えば、多くの人間が気づいている。バランスが崩れてきているって。そして、他の迷宮の歪みが、【イゼルの大迷宮】で顕現する恐れがあると、私たちは考えているわけだ。」

「そんな事を、部外者にいってもいいんですか…?」

「ああ、もう全く問題ね。6年ぶりの【大浄化の祝祭】をやるということは、少し強引にでも【迷宮】の活動を鎮静化させるってことだから。」


【迷宮】には様々なルールがある。

 代表的なものは、1階層に莫大な数の兵力を投入した場合、物理的に地下階層への移動手段が封鎖されたりする。それは、物理的な法則すら【迷宮】内においては、【魔族】は制限や変更を加えることが出来るということだ。

 そこで、過去の観測結果を踏まえ、順次、制限間際の兵力を投入しつつ、【迷宮】の魔石を、可能な限り、回収していくことを【大浄化の祝祭】という。

 300年前に、最後の【大迷宮】である【西の国】の【ウルズの大迷宮】が解放され、ここ100年間は、もっとも効率の良い【迷宮】との付き合い方ができていた。この間、【大浄化の祝祭】はほぼ10年から15年周期で行われてきた。

 それを6年に前倒しして実施する。


 考えられる理由は2つある。

 一時的な収益を挙げるため、【迷宮】に負荷をかけてでも、魔石を確保するため。

 もう一つは、人の世の荒廃過程に応じて活性化する【迷宮】の活動を抑えるため、である。

 現在、4つの国の中で様々な資源が集中傾向にある【東の国】において、前者は考え難い。つまり、理由としては後者ということとなる。


「トーマ君、ケイズやユーナからのお願いにより、私が君にしてあげることができるのは2つだね。」

「はあ…。」


 というか、もともとケイズ達から、何か口添えがあったらしい。


「まず、【大浄化の祝祭】の参加者に君を加えること。今回は中級者以上の探索者や兵を中心に、【迷宮】に入ることとなる。

 とはいっても、中級者は地下5階層までの露払いと上位者達への全体的支援だけだから、【支援の加護】を持つ君の場合、寧ろ「こちらから参加してほしい」と頼みたいくらいだよ。

 もう一つは、今後のこと。君が【迷宮】の事を学びたいというのなら、【北の国】への入国の手助けをしてあげようと思う。とはいっても、紹介状を書くくらいなので、こちらも全く手間はかからない。

 国力は相当衰えてはいても、【北の国】が知識と学問を司っているのは間違いない。勉強はいやかもしれないが、一度、行ってみるのも面白いと思うよ。」

「【イゼルの大迷宮】をみていたいって思っていたし、この世界がどうなっているのかって興味もあるけれど、これから何かをしたいって希望があるわけじゃないんです。」

「ふむ…、続けて?」

「元の世界に戻ってみたいとは、少しは思うこともあるけれど、正直、【猟兵】の仕事にやりがいを感じてたから。だから、別にケイズさんのように【迷宮】を踏破したいとか、そんな思いがあるわけじゃないんです。」

「まずは、いろいろ知りたいってことなんだね。」

「ええ、だから、エイベルさんの勧めはすごく有難いことなんですけど、そこまでしてもらってもいいのかどうか…」

「ははは、遠慮は無用だよ、君はケイズとユーナの家族のようなものなんだから。それに、今の二つの提案にしたって、【教会】側には何の不利な要素もない。【支援の加護】を持つ一人前の【探索者】っていうのは、なかなかすごいことさ」


 そういって、お茶を啜るエイベル。


「多くの人たちと付き合っていると、自分の正当な価値ってのが、ある程度、分かってくるものだよ。くれぐれもいっておくけれど、その価値に鼻をかけて、あんまり尊大に振舞ってほしくはないけどね。それもまた、自分の在り方ってものさ。」

「はい、まあ、それは気を付けます…。」


 自慢じゃないけれど、「尊大に振舞う」なんでマネは絶対したくない、とややコミュニティ障害っぽい面を持つトーマは思っていた。


「ところで、ねぐらはどうするんだい?結構、街は賑やかになっているから、もう泊まれるところが少なくなってるんじゃないかなあ…。」

「もし、どこか、よさそうなところがあれば、教えてもらおうと思って。」

「そうだねー。組合の方には登録したのかい?」


 そこでノック。

 若い、栗色の髪の女性が、静かに部屋に入ってきた。

「司教、もう休憩のお時間は…」

 控え目で小さいが、はっきりした声が聞こえてきた。

 どうにも司教様は、本来ならこんなところで一介の【探索者】とお話をしている場合ではないらしい。そして、当の司教様も少し現実逃避気味であるらしい。


 …いやいや、大事な友人の家族なんだって。

 …手伝ってあげないといけないんだって。

 弁解がましい言葉がエイベルから聞こえてくる。

 エイベルに協議が立て込んでいる旨を伝えている女性は、顔立ちの整った綺麗な人だ。王都の若い女性って、こんな感じなのだろうか…と少し思うが、トーマ自身、司教との会話に緊張していて、それどころではない。

 その女性がじっとこちらを見る。真剣な眼差しだが、それは鑑定のためではなく、何らか対応を促す意図であろう。


「エイベルさん、私なら大丈夫ですので、どうぞお仕事の方に…」

「ごめんよ、トーマ君、だれかに案内させるから…」


 多忙なエイベルは、部下の皆さんに拘束されていた。

「こちらへ…」との声に案内され、一礼してトーマは退室し、【大浄化の祝祭】に参加する探索者用の宿舎と、【大浄化の祝祭】の参加手続きについて、別室で説明を受けることとなった。


 説明は、先ほどの栗糸の髪の女性がしてくれた。

 名前はティル、助祭であるが治癒士として【大浄化の祝祭】に参加するとのこと。軍属扱いとなるので【神官】職ということだろう、かつてのユーナと同じような立ち位置なのだと、トーマは理解した。

 トーマに対するティルの対応は、事務的でやや硬いものだったけれど、トーマ自身も一人での王都への旅に緊張しており、それどころではないといった体だった。

 少し周囲の雰囲気に慣れると、ティルと他の職員との応対自体も、少しぎこちなさを見て取れた。ただ、中学生時代・高校生時代の自分を振り返ると、そんなことを感じる立場ではないなあと、トーマは少し自嘲した。

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