南歴303年 一ノ月 【東の国】【イゼルの大迷宮】 (1)
【迷宮】とは、生命体である。
【迷宮】の中での、生死のやり取りが、【迷宮】の活力を維持し、魔石を生み出す。
人々は、魔石を用い、様々な道具を生み出し、魔石の力を光や熱に変えていくことによって、人々の、自分達の日常の生活を豊かなものにしていった。
すなわち、人間にとって、【迷宮】とは、資源である。
豊かな資源であると同時に、魔獣の跋扈する魔界であり、魔獣が這い出てくる危険性も高い。
【大迷宮】を支配するものは、【魔族】であり、実際の支配は魔族の代理者たる【大迷宮主】が行う。
迷宮を管理するものは、【国】であり、その責は【王族】にあり、実際の管理は王の支配下にある【軍】が行い、【教会】が関与する。
そのため、王都と【大迷宮】は対の関係にある。
この世界には4つの【大迷宮】があり、4つの国があり、4つの王都がある。
その一つ、【東の国】の【王都イゼル】に、【イゼルの大迷宮】はある。
トーマにとっては、2度目の王都であった。
1年前は、ケイズとともに訪れ、その活気に圧倒されたものである。そして、冬季であるにも関わらず、今回は一段と活気が溢れている感がある。
【新年の儀】が冷めやらぬ中で、6年ぶりの【大浄化の祝祭】を近々に控えているためであろう。
トーマはすでに義勇兵の職を辞していた。元【猟兵】、現自称【探索者】というところである。目下の目的は【大浄化の祝祭】に参加すること。頻度は、本来であれば、十数年に一度であり、【探索者】人生でも2~3回しか参加できる機会はない。
次に、王都での生活を経験すること。何とか生きる術を身につけることができたトーマに対して「次は、自分がやりたいことを探してみなよ。」というユーナの助言による。あと、はっきりと「彼女を見つけてきなさい。」とも言われていた。
トーマは、この3年間で、結構蓄財することができた。
収入の面では、一般の探索者が約10年かけて得る経験をおよそ3年で得ている分、一定の稼ぎがあったともいえる。支出の面では、ユーナとケイズが色々と支援してくれたり、助言してくれたりした。
最低限のものは【軍】からの支給があった上、二人のお下がりを分けてもらうことも多かったが、考えてみれば、高位の【探索者】の装備であったりする。
剣は、ケイズから「購入」した。柄と鞘の装飾はあり触れたものに換装したが、剣自体は刀の形状となっており、攻撃・離脱の繰り返し(ヒットアンドアウェイ)を基本とする【猟兵】に適した装備ともいえる。
そして、【迷宮踏破者】の装備故、魔法剣士が用いる、魔力を通して強度を強化できる【魔刀】である。
実際のところは、財産保管の保証が高いものではないこの世界において、トーマの財産の一部をケイズ達に預けた形である。これは家族- 一族-に対する扱いでもあり、刀を「購入」したとき、トーマはケイズ達への感謝の思いを新たにしたのであった。
【ファルベーレルの街】から【王都イゼル】まで、距離にして約250km、乗合場所で3日の行程となった。
前回は【猟兵】としての訓練を兼ね、野営と徒歩で往復したため、片道7日かかったが、それと比較すると極めて快適な旅であった。
【王都イゼル】では、まず探索者組合に向かった。
【探索者】としての登録は【ファルベーレルの街】で済ませていたが、【イゼルの大迷宮】に立ち入るための手続きが必要であった。
次に宿の確保である。ただ、【新年の儀】が冷めやらぬ中で【大浄化の祝祭】を迎える王都の雰囲気からして、ほとんど、王都の右も左も分からないトーマにとって、適正な価格で、宿の空き部屋を確保できるとは思えなかった。
素直に、人の世話になる方を選択した。
トーマは【教会】に向かう。
王都の教会は、複層階を持つ石壁の建築物群で構成される。教区一つがすべて教会関連施設で占められている体であるといえる。
中心にあるのは【大聖堂】だ。高さは約100m、翼廊の長さは約80mに達し、王都の象徴的建築物の一つであり、また、多くの信者の礼拝が可能となっている。その他にも、教会堂、司祭堂、教区事務棟、神官棟等が、その周囲に建築されている。
トーマは、その司祭堂の一つに向かった。3階建で複数の部屋が連なる建物で、実際には、【教会】の業務を神職達が行っている棟の一つである。
窓口で、まず、手紙を助祭と思しき教会職員に手渡した。
「【迷宮踏破者】ケイズ・ローウェルの身内の者です。司教のエイベル様に伝えることがあってお伺いしました。大まかですが事前にケイズがエイベル様に連絡を入れていると思います。」
【探索者】を支援する【猟兵】のように、落ち着いた口調でトーマは話した。そう意識して話をしないと、もともと他人との付き合いが苦手なトーマは、会話自体が苦痛になってしまう。
とはいえ、話の切り出し方として、トーマとしては権威的で少し嫌ではあった。
ちなみに、当のケイズも自分が貴族に縁があることを示す姓を持ち出すのは嫌っている。ただ、無駄な問答のやり取りは、結局、お互いにとって時間の無駄であり、エイベルに会うときは、姓名で名乗っているとのこと。
教会職員は、少し訝し気に手紙を受け取ったが、特に揶揄するわけでもなく、取次の手続きを進めてくれた。「司教のもとに案内いたします。」という台詞を聞くまで、そう時間がかかることはなかった。