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(2)

 夕暮れ時。

【迷宮】の出入り口の門前には、約二百の棟が建てられており、宿場、買い取り屋、酒場、遊技場等が軒を連ねている。電気のない世界だけれど、軒先に多くのランタンが灯され、踏み固められた道を歩いていても、手元の文字を読むことに支障のない明るさは保たれた環境となっている。


 トーマは、普通、行きつけの酒場で食事を取るが、今日はケイズに自宅に呼ばれていた。

 ケイズは、この街で一軒家を購入して、妻と娘の3人で生活している。やや大きく、新しい家である。

 数少ない現役の【迷宮踏破者】の称号を持つケイズと、【大迷宮】の最下層で活動してきたケイズの妻は、小貴族並みの資産を有しており、本来なら大きな屋敷を構えることも可能だが、二人とも、故あって、あまり目立つことを好まない性質であり、住みやすい構えの家を選んだようだ。


「トーマ兄ちゃん、次はなにして遊ぶ?」


 ケイズ宅にて、6歳になるシオンのお相手を一生懸命努めているトーマ。

 シオンは絵本の読み聞かせの後、お人形から積み木遊びにターゲットを変えたらしい。遊びの種類として、少し幼児っぽい感もあるが、トーマは、週に1回、シオンに前に、顔を出すか出さないかという感じのため、甘えられているのだろう。

 やれやれといった感じで、シオンのお付き合いをするトーマであった。


 その二人に、ケイズの妻ユーナが、「食事ができたよ」と声をかけた。

 食卓には、隊長のケイズ、その妻ユーナ、娘シオン、そしてトーマが席につく。

 ケイズは金髪と白色の肌を持つ長身の中年男である。猟兵隊の隊長という割には、やや痩せぎすの体躯だが、【迷宮踏破者】としての実績は、この街の誰もが知るところである。

 一方、ユーナは、黒髪の可愛らしい感じのお姉さんであった(そういわないとトーマは殺されるのである)。彼女もまた、一流の【探索者】であった。

 シオンはくりくりとした瞳が印象に残る整った顔立ちの少女だ。髪は金色。父譲りなのだろう。きっと美人になるに違いない。


「兄ちゃん、前みたいに毎日遊びにくればいいのにー」

「ほらほらシオン、我儘いっちゃだめだよ。トーマ君は仕事で忙しいんだから」

「そうだぞ、シオン。仕事は大切なんだ。仕事はみんなのためにすることなんだからね。」

「でも、パパは、いつもシオンと一緒にご飯食べてるよ?どうして、パパは早く帰って、兄ちゃんは遅いの?」


 娘の言い分に苦笑する大人達であった。

 ユーナのつくった牛肉と野菜の煮込みと腸詰のソーセージはなかなかおいしく、4人とも満足げに食事を終えた。


 食後、シオンとユーナは入浴に行く。

 男性陣は酒を嗜む時間である。とはいえ、おそらく19歳になったかならないかであろうトーマは、ケイズに付き合って、エール酒を一口舐める程度である。


「お前は相変わらず吞まないのかよ。」

「これで十分です。」

「これだから【落人】は…。まあ、いいや。今、レベルはどれくらいになったか?」

「レベル39までは、いっていると思いますよ。」

「うん、本当に成長早いよなあ、お前。」

「まあ、隊長にしごかれてますからねえ。」

「…、レベルは後でユーナに診てもらえ。」


 カップに注がれた酒をぐいとあおるケイズ。

 ケイズは【ファルベーレルの小迷宮】を管理する猟兵隊の隊長である。年齢は40歳代前半というところ。複数の【大迷宮】を制覇したもののみが達するレベル100の【迷宮踏破者】であり、王都であれば相当高位の軍属階級者でいられるものの、貴族を中心とする支配階級社会に倦厭し、地方の街で家族と気儘に暮らすことを選んている男である。

 当然ながら、【落人】であるトーマと、元からのこの世界の住民であるケイズの間には、血縁関係はない。


 風呂から上がってきたシオンは、にこにこしながら、トーマの膝の上に乗る。

 トーマからしてみれば、少し歳の離れた妹のようなもので、小さいことから懐いてくれているため、シオンのことを非常に可愛く感じている。

 そこに、ユーナが、じーとトーマの瞳を覗き込み、ぼそぼそと呪文を唱えていた。


 姓 (ナカガミ)

 名 トーマ

 職業 猟兵(義勇兵)

 レベル 40くらい

 加護 支援、祝福


「うーん、確かにというか、レベル40まで到達してるよ、トーマ君。つまり、ここの小迷宮は、もう一人でも大丈夫ってことだね。」

「…やった。確か、階層を10倍した数値からが適正レベルでしたっけ。」

「そうそう、ここは3階層だから、30から40までのレベルの【探索者】が適正階層。でも、レベル40到達おめでとう、これで、誰がどうみても本当に一人前ってことだね。トーマ君は義勇兵なんだし、全然、王都の【迷宮】にチャレンジしてもいいかもねー。」

「ははは、俺、ほとんど、この街から出たことないんですけどね…」

「まあ、旦那に鍛えさせたからねー。やっぱ【落人】は身体が資本。四の五のいわずレベル上げが最優先だよ!」


 親指を立てるユーナ。

 トーマがとても幸運だったのは、この世界に落ちて、僅か数日で、同じく【落人】であるユーナを妻としているケイズと会うことができたことだ。

 また、【落人】であるユーナも、この世界に落ちて、今の生活に至る過程において、一時期【教会】の保護を受けており、【神官】としての技能を身につけていた。

 その技能の一つとして、信者の【能力】を多少ながら診ることができ、トーマの成長を、逐一、確認できたことである。レベルというのは、総合的な戦闘能力を数値で表したものであり、古の時からの【迷宮】との関わりの中で【教会】が生み出した概念である。


 トーマは、義勇兵-つまり、アルバイト-としてケイズ率いる猟兵隊に所属し、年がら年中、【迷宮】に潜っていた。そこで得た経験の獲得によるレベル上昇により、戦闘に関わる能力が大きく成長するのが、この世界の特徴の一つでもあった。

 また、トーマの持つ【支援の加護】の効用による影響も大きい。具体的には、味方に対して、限られた時間、一定の身体・精神機能の強化を付与する支援を、幾つかのパターンで何度も行うことによって、この技能の修練ができることに気づき、お守りがてらの【探索者】の支援を行うようにしていた。それに、ほんの僅かではあるが、自分の経験値の獲得にも還元できているような実感もある。


 こうした要素が重なり、トーマは、自分のレベル向上をこの世界における自らの「楽しみ」として受け止めていたのである。

 また、この世界に落ちて、はじめの一年間は、ユーナが食事を準備してくれたり、身の回りのことを援助してくれていたため、トーマはレベル上昇に専念できた面も強い。


(まあ、そのかわり、結構「シオンの子守り」もがんばったんだけどね。)


 舟を漕ぎつつあるシオンの姿を見ながら、トーマは少し笑みを浮かべていた。

 ところで、【落人】は、この世界の住民と会話をすることができる。

 トーマが日本語で話をしても、相手にきちんと伝わるのである。

 一方、文字の読み書きは異なる。

 会話では意思疎通が可能なのに、文字ではお互いに意思疎通ができない。この発音と文字の違いに非常に戸惑った。


 この世界の言語は、ハングルと同様、表音文字で構成されており、【落人】としての先輩であるユーナに、シオンの子育てに合わせて、話し方、書き方のコツを教えてもらったことから、意外と早く、この世界の言語を理解することができた。

 その意味で、シオンとは兄弟弟子であるともいえるが、その代わりに、幼いシオンの「遊び相手」を務めたのが、トーマの役割であった。


 ちなみに、トーマにしろ、ユーナにしろ、同様の名前がこの世界にあったことから、もともとの名をそのまま使っている。この世界において、【落人】は禁忌の存在とは認識されてはいないが、世間に身元を明らかにして良い点などほとんど無いため、【落人】の名が違和感のあるものであった場合は、その【落人】は偽りの名前を付して生活しなければならなかったであろう。


 さて、異種族との会話が円滑にできるというのが【落人】の唯一の共通した特性であると理解はできる。もし、通訳業があるなら、【落人】は引手数多であろう。ただ、残念なのは、この世界の4つの国とも、一つの言語を用いている。いわゆる方言-地域ごとの多少の違い-により、言葉が伝わりづらいことがあるくらいの程度であり、事実上、この世界には通訳業というものはない。


 ところで、鑑定の呪文で判別されるケイズとユーナの状態は、次のとおりである。


 姓 (ローウェル)

 名 ケイズ

 職業 猟兵(剣士)

 レベル 100

 加護 祝福、火、風


 姓 (ローウェル)

 名 ユーナ

 職業 主婦(治癒士)

 レベル 22

 加護 祝福、光、土


 なお、本人が、自分の状態をどう認識しているかにより、鑑定結果は多少変わってくるらしく、秘匿しなければならない情報もあることから、高い精度で診てもらうときは、たとえば【教会】に赴き、【神官】に診てもらう必要がある。

 ちなみに、一定のお布施を行った上での神官による鑑定結果について、【教会】が外部に情報を漏洩することは、この世界において禁忌事項の一つとなっており、一般的には、このルールが破られることはないのが常識であった。


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