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(6)

 単独捜索。

 推奨できない探索手法である。しかも、非活性化されているとはいえ、ここは【イゼルの大迷宮】。

 慎重であること。ケイズから叩き込まれてきた、【猟兵】として生きていく上で最も重要な考え方を否定する気持ちは、トーマには無かった。

 ただ、この【異能】とは、正面から向き合う必要がある。


【大浄化の祝祭】の後、5日に1回のペースで、トーマは【大迷宮】の探索を行ってきた。今回は11回目の探索となる。

 同行するパーティとは別行動する形で、今、トーマは【迷宮】内に、一人、佇んでいた。


 登録台帳におけるトーマのレベルは、【探索者】として、中級を示すレベル40。

 当然ながら、組合から単独捜索を承認されるようなレベルではなかった。


 トーマの装備は、皮鎧。腰には【魔刀】を備えている。

 弓は持ってきていない。同行していたパーティには、術式支援を中心に行いたいと申し出ていた。現在、同行者達は、地下5階の階層を、丹念に見て回っている。「他パーティに何らかの支障を感じた」ことを理由に、トーマは同行者達から一旦離脱した。1時間後には、合流することとなっている。


 地下6階層。

 一ノ月には、【大浄化の祝祭】の際、支援者の一団の拠点となった場所である。

 その階層に、トーマはたった一人。

 迷宮内の空気は乾燥している。壁面は人工の石積みの壁で、光苔はなく、数m間隔に設置された燭台に明かりが灯されている。

 魔獣の気配を感じる。さすがに無謀な単独捜索とはいえ-むしろ無謀だからこそ-、魔獣の群れとの遭遇は回避しなければならない。

 だんだん気配が濃厚になる。レベル向上による感知性の向上と、地理的な情報の積み重ねが多くなったせいであろう、相手の状況を認識することができる。

 魔獣は、おそらく一匹。敵も単独だ。

 その周囲に、敵意は感じない。魔獣の気配もまた同様である。ただ、その一匹から感じる威圧感が大きい。おそらく人喰鬼であろう。


 トーマは立ち止まり、息を整える。小さく呪文を呟く。身体強化の術式が起動した。

 魔獣の足音がだんだん近づいてきて、トーマのいる回廊にその姿を現した。

 身長約2mの筋骨隆々の人喰鬼。棍棒を手にしている-武器持ちの魔獣!-。

 その姿を視認するや否や、抜刀し、トーマは駆け出していた。

 強襲!

 ケイズが得意とする、一瞬にして魔獣との間合いを詰め、剣を持って強襲し、相手の戦闘力を削いでしまう戦術。

 この前まで、すぐ後ろからケイズの強襲を見てきた。それを、トーマは自分で実践してみる。

 中背の体躯であるトーマと、身長約2mの人喰鬼では、体格からして全く違う。力勝負になったら万に一つもトーマに勝ち目がないに違いない。

 もの凄い速度で、人喰鬼が反応し、旋風のように手にした棍棒が叩きつけられてきた。しかし、トーマの方が先に仕掛けた分、その攻撃が先にあたるのは道理であろう。

 人喰鬼の振るった棍棒を、トーマは何とか躱した。

 そして、【魔刀】の切っ先を首で受けていた人喰鬼は、その棍棒を壁面に叩きつけ、そして、よろめく。


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


  人喰鬼はトーマを威嚇した後、頸動脈から鮮血を吹き出し、そのまま、崩れ落ちてしまった。

  周囲を警戒し、特に気配を感じることもなく、【魔刀】を鞘に収めるトーマ。


(やはり、これはおかしい…。)


 すでにトーマには違和感は無かった。

 違和感なく、【大迷宮】の人喰鬼を相手に、ケイズと同じ動きができたことを認識した。鋼のような人喰鬼の肉を一撃で穿ち、頸動脈を断ち切っていた。

 それだけ、強襲で、【魔刀】に気を込めて体重の乗った一撃を繰り出せていた。これは一流の【剣士】か、もしくは、高位の【探索者】でなければ、できない技術である。

 トーマは、それができた。

 間違いない。トーマは、僅かの期間において、自分が上級者-しかもケイズやユーナに並ぶレベル-のレベルに達していることを理解せざるを得なかった。

 そして、それは【支援の加護】と、それを複数の者に長期間講じることのできる【異能】により、もたらされたことを認識せざるを得なかった。




 襲撃事件の後、【神官】ティルは、【教会】からの外出が禁じられた。

 そして、ティルもそのことを受け入れていた。本当は、教義に則り、孤児院での奉仕を続けていたかった。子ども達はどうしているだろうか、とも思う。また、外出が禁じられている以上、日常的にトーマと会う機会はなくなってしまった。

【神職】の身で男女の関係がどうのというつもりは全くないものの、唯一の友人と話ができないことは、やはり寂しかった。

 しかし、先日のような襲撃を受け、他者に怪我をさせることは断じて許されなかった。それは、ティル自身の自身が認識する存在意義自体を揺るがせる事柄に相違なかった。


(だからといって、【助祭】としての役割は、いくらでもあるんだから…)


 教会堂において、信者の告解を受けるのも、【神職】の勤めであった。

 告解とはいっても、市井の悩みや愚痴、妬みを一身に受けるのが、【教会】としての主な役割である。正直なところ、信者はかなり精神的にすっきりできる反面、告解を受ける【神職】の精神的負担は相当大きい。


 告解室は複数の区画に区切られており、それぞれの区画には音漏れを防止する術式が講じられている。また、信者からは、直接、【助祭】達の姿が見られないよう、信者と【助祭】の間に、幕が下げられていた。

 当然ながら、告解室での話の内容は、誰にも漏らしてはならない。禁忌の一つである。


 ティルの区画に、一人の若い男が入ってきた。


(トーマ、どうしてここに!)


 如何なる偶然か。そして、トーマに打ち明けるべき悩みがあるのか。そして、何も知らぬ振りをして、ティルが告解を受けていいのか。


「あー、ごめん。ティルに相談があって、ここに来た。仕事の邪魔をする気はないし、仕事の一環だと思って、怒らないでほしい。」

「え、ええー」

「た、頼むから、変な人だと思わないで。ティルに付き纏っている変な人だと思わないでー」


 ティルからみて、トーマは聊か脱線しているようにも見える。

 

(どうして、ここに自分がいることが分かったのか…)


 と、一瞬だけ思ったティル。だが、考えてみれば、襲撃事件の後、少しでもティルが襲われる危険性を排除するため、トーマは身体強化の術式をずっとティルにかけ続けていた。現在、術者と被術者にラインが形成されているため、その痕跡を辿れば、相手の位置が分かる。


「はいはい、で、一体何の告解なの?私に聞かれても恥ずかしくないの?」

「う、うん、実は、さっきも【大迷宮】に潜っていたんだ。」

「仕事熱心だよね、トーマは。それで?」


 トーマは外で仕事ができていいよね、とティルが呟きそうになったが、現在、職務中である。引き続き、トーマの発言を促す。


「もともと、俺は【ファルベーレルの小迷宮】で鍛えて、中級の【猟兵】になっていたけれど、どうにも、【大浄化の祝祭】でかなりの経験を得たみたいだ。」

「うん、それは私も感じてた。今のトーマは、上級者に引けを取らない実力を持ってると、私も思ってる。」

「さっき、一時的にだけど、単独捜索で地下6階に行ってみたんだ。」

「!」


(そんな無謀なことを!)


「確認してみたんだ…。俺は単独で、【大迷宮】地下6階の人喰鬼を襲い、…倒した。」


(えええーーーーーー!)


「信じてくれとは言わないけれど…、俺のレベルを診てもらいたいんだ。」


 ティルは、幕を外した。


「トーマ、私はあなたのいう事を信じるし、レベルも鑑定してあげる。でも…」

「でも…?」

「単独で、【大迷宮】の地下6階なんか行っちゃダメだよ。そんな無謀なことをしちゃいけないよ。」


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