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(5)

 翌日の午後。

【教会】の司教棟の食事室に、トーマとティルは居た。

 すでに昼食時間は終わったらしく、食事室の広間には、ほとんど人はいない。

 本来であれば、ティルは啓蒙活動のため、市街に出かけているはずであるし、トーマもそれに同行している予定であったが、昨日の襲撃事件の総括が終わるまでは、ティルは【教会】の敷地から出るわけにはいかなかった。


「昨日は、怪我をさせてごめんなさい。それと、トーマの事を軽く思ってたわけじゃないの、でも、甘えていたのは事実、ごめんなさい。」

「うん、貸し一つだからね。」


 冗談をいうトーマの表情は浮かない。


「俺も、謝らないといけないことがあるよ。」


 思い当たる節がなく、ティルは困った顔になっている。


「昨晩、襲ってきた相手が、敵ではないって確信していたって話はしたよね。」

「うん、…違ってたの?」

「違ってはいないさ。でもね、もし、敵か味方か分からない状況だったら、俺は、自分とティルの命を優先していた。そのこと自体が、ティルにとっては、受け入れづらいことなんだろうなあと、何となくは分かる。」


 手元の緑茶で、トーマは唇を湿らす。


「でもね、俺は【猟兵】で、そもそも【…】だ。だから、俺の考え方を受け入れてくれなくてもいいけど…、俺の考え方が変わらないことも許してほしい。」

「…。」


 ティルは思う。

【猟兵】として、【探索者】として、トーマの考えは正しい。

【神職】として、自らよりも他者の命を大切に扱うという考え方は、一義的に誤ったものはないにせよ、【神官】として軍属にあたる者は、やはり、前者としての考え方を重視する。

 ティルは、生命の危険に晒されていた状況で、その切り替えがうまく出来なかった。そのため、結果として、トーマに傷を負わせてしまったことも事実である。


「あのね、ティル。引け目を感じているようなところを利用するようで悪いんだけど、貸しを返して欲しいんだ。」

「うん、私ができることなら。」

「俺、この世界に来て、同じ年代の人達と付き合うことなんてあまりなかったし…、でも、ティルとは、2か月、一緒にいて、いろいろ話ができたりして…。」

「…。」

「だから、友達になってほしいんだ。」


 トーマの言葉は、最後の方は囁きになっていた。「ずるい」という認識はある。でも、トーマは物事の優先順位の判断について、ティルに嘘を付きたくなかったし、その違いのため、ティルとの人間関係を壊したくもなかったのである。

 ところで、ティルは【神職】で【助祭】の身である。なので、この世界の常識として、恋愛相手にはなりえない。

 しかも、【聖女】と称されている美人の女性神官に「友達になってほしい。」というのは、ティルに対して、一番身近な異性としてトーマを認識してほしいという意味にも取れる。

 そもそも、異性と友達付き合いをしたことのないトーマにとって-そもそも、同性であっても前の世界では友人は居なかった-、相当に勇気が必要な発言であった。


「え、トーマの考え方はよく分からないけれど、私たちって友人のような間柄でしょう? だから、私も、年上のトーマを、トーマって呼んでいるのだけど…。」


 しかし、ティルの返答は、会話の前提条件を覆してしまうようなものだった。

 そもそも、【神職】というのは、信者達と寄り添い、神の教えを代弁していく存在である。人と人との、心的な距離というのを測りながら生活を続けている。ティルのように、様々な事情から【教会】に属している者も少なくないため、【神職】は、こうした心的距離を意識しながら、生活していく必要がある。


 ティルもまた、様々な人々と心的な距離を調整しておく必要があった。

 でも、トーマは【落人】であり、この世の理の輪から外れている存在であるため、心的な距離を縮めてはいけないという制約はなかったし、だからこそ、エイベル司教はトーマの支援をティルに命じた-有体にいうと、外れ者の相手は、外れ者がすればいい-のである。

 ティルも、トーマも、もともと、この地においては異端的な存在であり、心的な距離が縮まったところで、決して家族や親族、その他利害関係者に迷惑をかけるということがないためである。

 そして、ティルの測っていたトーマとの心的な距離は、客観的にみて、友人とか友達といった距離であろうし、【教会】の周囲の者もこのことに対して、だから驚いていた体であった。


「もしかして、前のところだと、友達って宣言しなければ、友人関係とは言えない…っていうルールだったの?」

「い、いや、そんなことはないけれど」


 もじもじしているトーマを見ながら、口では否定しているけれど、少なからず、「友達と宣言しなければ友人関係とは言えない」とトーマは認識しているんだろうなあと、ティルは思った。


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