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(4)

 トーマとティルは、追っ手の追跡から逃れることができた。

 街路まで戻ると、ちょうどそこに【教会】の【護衛士】達がいた。

 その中に、【イゼルの大迷宮】の最下層に同行した【神官】ネスが率いる小隊の姿を見つけ、トーマとティルはネス達に合流した。

 手短かに、先ほどの2名の剣士の状況をトーマは説明した。ネスは、小隊の一部をその場に差し向けていたが、おそらく敵は姿をくらましているだろうと語っていた。


【教会】の【護衛士】や、【軍】の【衛兵】は、その役割の一つとして、【王都】の警察機構としての役割がある。トーマとティルの身柄を確保するため、多くの数の【護衛士】が、【旧市街地】に回されていたとのこと。


「ねえ、トーマ。どうして、あの人たちが敵だって分かったの?」


【大聖堂】に戻ることになり、ネス達の小隊の警護を受けつつ、帰路についたトーマとティル。おそらくトーマは事情聴取を受けたあとでないと、宿に戻れないだろう。


「もしかすると、相手も自分の身を守るため、剣を抜いたのかも知れないし…」


 ほんの少し、ティルはトーマから距離を取っていた。トーマが自分の事を助けてくれようとしたのは分かっているし、現に助けられた。

 でも、敵ではないかも知れない相手に攻撃したという事実は、ティル自身、トーマに対しても、自分に対しても、少なくない嫌悪感に駆られていた。

トーマは何もいわない。

 どう思っても構わないよ、という体をトーマに見せられると、何か自分の浅ましさのようなものを自覚せずにいられず、ティルは目を伏せた。


「根拠ってほどのものではないんだけどね…」


 淡々としたトーマの口ぶり。


「俺、ティルに右側の男に術を当ててくれって頼んだよね。」

「うん。」

「すると、向かって右側の男が少し下がった。あれって、術があたって少し動きが鈍っても一太刀を当てられないよう、下がってたんだけど…。普通、向かい相手の側から右とか左とか言われても、本当は迷っちゃうんじゃないかなあ。なのに、相手は躊躇せず向かって右の男が下がっていた。あれって、対人戦闘の経験が豊富ってことなんだと思う。」

「あ、確かに。」

「もう一つ。髭面のやつが「俺たちは味方だ。」っていってたでしょ。で、俺が「ティル、騙されるな」っていったら、容赦なく切りかかってきた。」

「…」

「【猟兵】ってね、剣戟の間合いでは一切交渉をしないってルールなんだ。そうでないと、【迷宮】内でのパーティ同士の揉め事に巻き込まれてしまう可能性があるから。」


 ティルが少し視線をあげた。どういうこと…?と疑問を呈し、答えを促す視線。


「もし、相手が初めからティルと俺を襲おうとしていたのだとしたら…。俺のいったことで、間違いなく自分達の標的がこいつらだと思ったでしょ。そして、猟兵である俺が「騙されるな」といった時点で、交渉の余地がないことを分かった。それって俺が【猟兵】であることを予め知っていたからだよね。」

「あ…」

「交渉して騙し撃つ余地がない以上、さっさと俺を切って、ティルを確保した方がいいってことになる。だから、すぐに俺を切り付けてくるって分かったんだ。」

「それならそうと、はじめから教えてくれたら良かったのに…」


 トーマは、相手がほぼ確実に自分達の敵だと認識したうえで戦っていたことをティルに伝えた。そして、その事を早めにいってくれれば、ティルはトーマに対して、あんな不自然で礼儀知らずな姿勢を取らなくてすんでいた。

 少し恨みがましい思いもあるが、トーマの心遣いが嬉しかった。

 ティルはトーマの表情をみた。でも、謎解きで相手を驚かした割に、トーマの表情はやや暗い感じがした。




 深夜。

 大司教室に6人の【神職】が集まっていた。大司教と5人の司教である。

 大司教ボルロワンは齢60を超す小柄な男だ。その表情に隠せない程の疲れが滲み出ていた。

 この6人は【王都イゼル】いや【東の国】を管轄する【教会】の意思決定機関を構成する者であった。

 調度が整えられた大司教室には執務の間と応接間が設けられており、今は、それぞれが応接間のソファに深々と腰掛けていた。

 通常であれば、大司教ボルロワンの隣に、次席である教区統括司教エイベルが腰かける。しかし、エイベルは、あえて大司教の向かいに腰かけていた。

 二人はいわば「政敵」であるが、それはあくまで【教会】の示す方向性について自派の影響を大きくするための争いであり、決して【教会】のあるべき姿を失わせる種の争いではなかった。


「「ご自身の責ではない」とは仰らないのですね、大司教。」

「弁解の余地はない。」


 大司教の回答に対し、エイベルは軽く頷く。教義に関する論争ならば、この時点でエイベルの勝利であろう。ただ、今回の問題は、【教義派】か【活動派】か、を争う類のものではない。


「事情を…、お聞かせ願いますか?」

「信じてもらうしかないな。わしは一切指示などしておらんよ。」


 6人とも頭を抱えていた。

 いつもは2つの派閥に分かれて、駆け引きを繰り広げる者達であった。

 【聖女】襲撃。今回の事件は、【大浄化の祝祭】の成功により、【活動派】が勢力を強めたことに対して、【教義派】の一部が強い反感を持ち、【活動派】の象徴になる可能性のある【神官】ティルの拉致を企てたものである。

 それぞれに派閥に属する6人の司教は、一定の騒動や事件が起こることを想定していたし、お互いに、その事件を理由にして、相手の派閥に対して政略-いやがらせ-を仕掛ける意図は持っていたであろう。


「では、ティルを襲ったのは、【教義派】の本流の者達ではないと?」


 大司教は溜息をつく。


「わしが言うのも何だが、そんな楽観はしない方が良い。わしの手が及ばないところに、妄信的な【教義派】の集団ができている可能性がある。」

「可能性…とは。」

「今、それを調べているところだ。」


(それでは何もわかっていないのと、同じではないか。)


 エイベルは怒りに似た感情が沸いてくるのを、只々、抑え込んでいた。

 ティルは、覇権国家である【南の国】から半ば亡命してきた【王族】である。

【東の国】の貴族の者どもに知られたら、どのような企みを思いつくものか知れたものではない。そのため、この事は【教会】内であっても、6人の司教しか情報を共有していない。ティルが世間から一定の評価を受け、【教会】内での立ち位置を確立できれば、貴族社会の柵からティルを断ち切り、【南の国】の王族にも貸しを作ることができる…というのが、司教達の共通する認識であった。

 だからこそ、エイベルはティルに、奉仕や啓蒙活動、【迷宮】への探索等、積極的な社会への関与を促し、多少の嫌がらせを防ぐために護衛を充てていた。

 また、ティルに対して露骨な嫌がらせを【教義派】は取ることが出来ない…そういうエイベルの打算もまた、こうした事件を生み出した要因の一つであることも、司教達は認識していた。


(人は、虫の良いことを、あまり考えてはいけないものだな。)


【教会】内で政略的な争いを行っているとはいえ、エイベルは基本的に陰性の情感に囚われる類の人間ではない。それは、他の司教についても同様であろう。態々、自分達の部下である【神職】を、貴族社会の爛れた企てに関わらせたくないのが、素直な気持ちでもある。


「分かりました。ほとぼりが冷めるまで、ティルには【東の国】から離れてもらいましょう。」

「うむ、それがいいかも知れんな。」


【活動派】から見れば、【教義派】が強く関与できないことを盾に、ティルに【聖女】として活躍させ、一定の成果を得ることができた。

【教義派】から見れば、おそらく身内の誰かが行った事件を一旦揉み消し、また、【聖女】としての活動を一旦抑え込むことができる。

 大司教ボルロワンと、教区統括司教エイベルとの協議は、これで妥結した。


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