(3)
少しの違和感。誰かがこちらを注視している気がする。
トーマはティルの手を引き、裏の路地を歩き始めた。しかし、その違和感はこちらを追っている。おそらく夜目の効く相手が、一応、路地脇にいた二人を確認しておこうという判断なのだろう。こちらを追ってくるものの、切迫感は強くない。
「ティル。一応、術式の準備を。」
ティルの手が少し震えた。トーマも、何しろ、土地勘がない。行き止まりを避けようにも、適当に進むしかなく、しかし、気配が追ってくる。
数回、路地を折れ、相手の視線を切ったところで、走り出した。
「トーマ、行き止まり…!」
無理やり建物に入るか、大声をあげるか、とは考えない。
退路確保は【猟兵】の役割だ。そして、今回の退路は「前方」である。路地の幅は約2m。2人の人間が並んで剣を振るうのは少し加減がいる状況。
「俺が前衛、ティルは後衛。敵は前方からくる。2匹」
「!」
「身体強化をかける。ここは【迷宮】と思え。合図としたら、認識阻害の術を。」
「あ、相手は敵じゃないかも、別の人を探している人かも。」
「心配するな。倒したりしない。準備を。」
殺したりしない、とはいわなかった。ティルが心理的に動じてしまい、その動きを封じてはまずい。
トーマの目的は、ティルと自分の安全の確保。
(ここは【迷宮】、ここは【迷宮】、ここは【迷宮】。)
トーマは脳裏でそう繰り返す。【猟兵】である自分。落ち着いた。
2人の人間が路地に現れる。
鞘に手をかけ、こちらに迫ってくる。武器は剣。
「撃て」
ためらったのか、一瞬の間があく。しかし、ティルが術式を起動させる。
前方の2人。髭面の男と、そうではない男。
術式の靄が前方の2人の身体を纏おうとするが、それを無視して2人が進んでくる。
(魔術を、精神力でねじ伏せた!)
トーマは【魔刀】を抜き、前方に素早く振るう。
間合いを見せ、一旦、敵の前進を止める。
「もう一度だ。右の男を狙え。」
今度はティルの動きに遅滞がなかった。ティルが呪文の詠唱を開始した。
敵は、向かって右側の、そうではない男が一歩引いた。
髭面の男。
「待て、俺たちは味方だ、お前たちを助けにきた!」
「ティル!騙されるな。手前の敵に術を撃て!」
トーマがいうや否や、髭面の男が踏み込み、剣を振るう。
待ち構えていたトーマが、同様に、刀を振るう。
剣と刀が衝突し、甲高い音を立てる。
髭面の男がほんの少し姿勢を崩す。体が残った分、トーマがはやく動ける。
髭面の男の、右手の上腕部分に、刃を当て切り戻す。肉を削いだ感触。
息をのむ音。
そこにティルの認識阻害の靄が纏い、髭面の男の動きが一瞬で鈍る。
そうではない男…もう一人の男が庇うように前に出てくる。
少し離れていたため、大きく2歩分を駆けている、それだけ動きは単純となり、トーマは切っ先を突き出した。
そうではない男が、間合いの前で止まろうとし、バランスを崩す。
力なく泳いだ男の剣を、トーマが強く打ち付けると、男の剣は地面に落ちて転がった。
「今だ、逃げるぞ」
トーマはティルの手を掴み、引き寄せ、腰に手をあて、前方へ跳んだ。
そして振り向きざま、そうではない男の足を切る。
軽く肉を削ぐだけ。
でも、2人の男の動きが完全に止まった。
トーマとティルは、行き止まりの路地から逃げ出していた。




