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その翌日。トーマの体調がようやく回復した。
身体中の怠さが消えてなくなった。そのせいで、寧ろ、身体が軽くなった気がする。
【大浄化の祝祭】後、【イゼルの大迷宮】はどうなっているのだろうか。
迷宮が非活性化したため、【探索者】はほとんど出入りすることなく、【猟兵】が巡回しているのみなのだろうか。継続して、多少ながら発生する魔石を、多くの【探索者】が奪い合っているのだろうか。
もしくは、【軍】が迷宮入口を封鎖し、組合の承認を得た一部パーティのみが【迷宮】に潜入しているのか。
【ファルヘーベルの小迷宮】においては、その管理のため、もっとも巡回を行っていたのがトーマであり、トーマの感覚でいうと、【軍】と組合による出入規制が行われているのではないかと推察した。
一方、【探索者】側はどうであろうか。非活性期において、【大迷宮】に潜入するメリットは、中級者であっても【大迷宮】最下層に潜入できる可能性があるということだろう。活性度合について、多少の揺り返しがあるとはいえ、活性期と比較すると危険度がかなり低いのは疑いようがないためである。
トーマとしては、できれば最下層まで行ってみたいと思っていた。
体調も良くなったことから、まずは、【大迷宮】探索が可能かどうかを確認する必要があるため、一旦、軽装のまま、探索者組合にいってみることとした。
街はお祭り騒ぎが終わっていた。
平穏な日常の姿、しかしながら、【王都】の活気は、周辺地域の状況と比べると熱気溢れるものであり、行き交う人の数も多い。
探索者組合は、【イゼルの大迷宮】の入口門から約300mのところに構えられている。2階建ての飲食と宿泊の機能を併設する建物だ。
【大迷宮】の膝元故に組合組織の規模は大きい。
また、【迷宮】探索以外の、街でのニーズも高い。具体的には、通商隊の護衛や地上の魔素だまりに生じた魔獣討伐など、【迷宮】とは直接関係しない業務も行うため、地理的に利便性の高い箇所に立地されている。
探索者組合の事務所に入ってみると、数日前と比べると、閑散としていた。
窓口の数も減っているし、【探索者】同士の打ち合わせスペースも混雑していなかった。
トーマは受付で組合員証を示し、【イゼルの大迷宮】の出入制限が行われていないかどうかを尋ねた。
「そうですね。昨日まで上位パーティによる調整が行われていましたが、明日から探索は可能となります。出入制限はありますけれど、すでに他の【迷宮】への探索の段取りをはじめている【探索者】も多いので、実際には制限がかからず、むしろ、【軍】の【猟兵】による調整が行われる可能性もあるような感じですね。」
「出没する魔獣はどのような感じですか。」
「現在のところ、魔獣と遭遇する可能性は格段と低くなっていますし、数も減っています。ですが、よく誤解があるのですが、出現する魔獣自体のレベルは【大浄化】後もあまり変動がないので、欲張ってはいけませんよ。」
【大迷宮】の階層は8階層で構成されている。
【探索者】個々の能力や経験からして、どの階層までが適正に活動できる範囲なのかを鑑定術で見極めるために構築されたのが、レベルの概念である。
そのため、この術式により、当初はレベル1からレベル8までが設定されていた。
しかし、大迷宮のみならず、世界の人口規模や経済規模が伸長するなかで、新たな迷宮が次々と顕現し、数々の冒険譚が生み出されるなかで、1つのレベルの中でも、一定の経験により、能力が高まるタイミングが多くあることが分かってきた。
故に、そのタイミングを見極め、よりレベル設定を細分化し、判別できるほうが【探索者】にとって望ましいことも判明した。
そのため、【大迷宮】の階層に応じた8階層を、それぞれさらに3分割し、鑑定を可能としたものが、現在のレベル1からレベル80までの設定である。
そして、一つのみではなく複数の【大迷宮】を踏破できる者が生まれ、それに応じた能力の増も分かってきたことから、レベル100という階層が設けられた。
なお、繰り返すが、【ファルベーレル】の猟兵隊長のケイズは、複数の大迷宮を攻略した者を示す【迷宮踏破者】であり、レベル100の猟兵である。
つまり、この世界において、極めて数の少ない最上位の【探索者】であることを示している。
「【迷宮主】は、どのようになっています?」
「【大浄化の祝祭】の後ですから、過去の例を鑑みても、暫くの期間は【迷宮主】は現れないと考えられます。【迷宮主の間】には、階層主程度の魔獣が現れると思われますね。」
「【迷宮】内部の変更とかはありますか。」
「ええ、通路が塞がれたといった報告は、今のところ受けていません。」
「わかりました。俺は最下層まで潜ってみたいと思ってるんですが、サポートを希望するパーティを紹介してもらうことってできますか?」
「そうですね、トーマさんは【教会】推薦の支援型の探索者ですから…。ちょっと確認しましょう。」
受付の職員は、手元の冊子をパラパラと捲った後、他の職員と何やら協議をはじめた。1~2分もすると、協議が終了したのか、受付の職員はトーマの前に戻る。
「【探索者】3名と、教会の【神官】3名のパーティが、明日、最下層まで潜ることになっています。そのパーティへの参加ということでどうでしょうか。」
「いいのですか?」
「あくまで、トーマさんは、最下層に潜るパーティの支援役として仕事をしてもらうことが前提ですよ。そのかわり、一定の報酬を、組合がトーマさんにお出しすることになります。いかがでしょうか。」
そういって、受付の職員は、パーティの支援を忠実に行う旨の一文が書き込まれた発注書を、トーマの前に差し出した。
内容を確認すると、最下層の状況を【神官】が確認するためのパーティを支援する業務であるとのこと。組合からの発注業務を受注する形なら、トーマの希望は素早く叶えられるということだろう。
(手に職を持つってことは、こういうことか。)
「よう、トーマ」
同行させてもらうパーティがいるというので、組合職員に案内してもらうと、そこには、【大浄化の祝祭】で同じパーティだった、フロウド達3人がいた。
組合職員が事情を説明すると、「お前が手伝ってくれるんなら、結構、楽になるな。」「よろしく頼むぜ。」など、友好的な声がかかる。
「ああ、最近は、この3人でパーティ組んでいるんだ。」
「ええと、皆さん、【大浄化の祝祭】のとき、最下層まで行く方でもよかったのでは?」
「鑑定持ってないのに、なんとなくわかったのか。」
頷くトーマ。
「俺たちは、一応、上級のレベルだ。ただ、【教会】にも多少義理があってね。【神官】の護衛につくことが多いのさ。今回もだがな。」
「明日の最下層への潜入は、【教会】の依頼なんですか。」
「ああ、中級なりたての【神官】に、最下層の雰囲気を経験させるってわけさ。…あ、お前も同じか。」
トーマは頷いた。
何しろ、自分自身がこのパーティに参加する理由がまさにそれである。そして、上級者に引率してもらう方が極めて安全性が高い。つい先日まで【猟兵】であったトーマにとって、【迷宮】内での安全性の確保という考えは、極めて優先順位の高い項目であったため、今回のような組み合わせは渡りに船なのである。
「じゃ、明日は、門のところで合流な。装備については…」
フロウドは気安く話してくれるが、やはり、基本的には饒舌ではなく寡黙なほうなのだろう、直ぐに要件に話題を移していた。




