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夜咲き峰の人々  作者: 三茶 久
第二章 火の主の愛し子
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リョウガと花の子たち(1)

「なんだか、中から悲鳴のような思念を感じる気がするのですが、大丈夫なのですか、ルカ様」

「――そっとしておきましょう」


 光の扉に遮られると、基本的に音は通さなくなる。しかし、皆月のペンダントを通しているからか、異常事態であることはロディ・ルゥも察したらしい。


「ソニアはいろんな意味で、怖い女性ね……」

「でしょうね。妖魔にすらそう思わせるのですから、彼女は本物でしょう」


 苦笑いを浮かべて、ロディ・ルゥはルカの手をとった。もちろん、貴女の兄様方も、と言葉を付け足すと、そのまま彼は上を向いた。



 下弦の峰。塔のような構造をしたこの峰は、上へ向かって螺旋階段が伸びている。ルカの部屋が一番低い位置にあり、一番上は赤薔薇の部屋。そこに至るまでに、琥珀、花梨、アルヴィンの部屋が並ぶわけだが、今から向かうのは主不在のアルヴィンの部屋だった。

 女性であるソニアをルカの部屋の奥に。そして男性であるハチガとリョウガは、アルヴィンの部屋の小部屋を仮住まいとして用意することになったわけだ。

 今、アルヴィンは例の任務により、部屋には不在となっているわけ。だからこそ、ハチガたちは部屋にいるだろうと予想する。

 ここは夜咲き峰。かなりルカの手が行き届くようにはなったわけだが、事情の分からぬ人間が勝手に出歩けるような場所でも無い。

 最初はルカだって、何故か赤薔薇とオミの抗争に巻き込まれたのだから。



 ロディ・ルゥを付き添いに、峰の上の方へと登ってゆく。そして彼の部屋の扉を潜ると、やはりそこには、少し殺風景な部屋が広がっていた。

 相変わらずがらんどうな空間の中、寝台だけがぽつんと存在している。以前は彼の宝物で溢れていた部屋。しかし、今、彼にとって必要なものは、その寝台だけらしい。


 少し寂しい気持ちになって、どうしようか、と考える。別に物を持つことが幸せに繋がるとも思わないけれど、今のアルヴィンは少しルカに傾倒しすぎだ。自分が存在することで、彼の視野が狭まってしまうのが怖い。

 今回、無意識にアルヴィンに甘えていたわけだが、今後、彼の生き方に与える影響を考える。妖魔である彼に、どこまで干渉してよいやら、心に引っかかりを覚えながら、ルカは部屋の奥へと進もうとした。




 すると、丁度入れ違いに、大きな影が奥から出てきた。

 ぬっと現れたその人物は、まるでオミと同じようにゲッショウ風の着物を諸肌脱いだ状態で闊歩している。

 レイジス王国だとあり得ない格好だが、ミナカミ家の敷地にいたときは時折目にしたことがある。次兄リョウガは、今まさに、訓練を終えた後らしい。

 ルカを見つけるなり、彼は喜色を隠そうともせず、表情を緩めた。が、すぐさま隣の妖魔の存在に気がつき、眉を吊り上げる。



「!? ルカっ、お前、そんな男と二人で……!」

「護衛よ、護衛」

「そんなものは俺に任せれば良いじゃないかっ!」


 相変わらず唾を飛ばしかねない勢いで、迫ってくる。菫に一目惚れしてから妹離れをするかと思いきや、相変わらずではあったらしい。

 ずんずんと近づいてくると、むっと汗臭さがこちらまで漂ってきそうだ。そのまま抱きしめられるのは御免被りたいと、ルカは顔を背けて後ろに退いた。



 ルカの気持ちを察したらしく、間にロディ・ルゥが割って入った。リョウガにがっつり見下ろされるが、彼は涼しい笑顔で軽く手をかざす。

 瞬間、リョウガの目が見開き、そのまま横へ身体を反らした。


「……んのヤロウ」

「へぇ」


 二人の間には何らかのやりとりがあったらしいが、ルカには分からない。が、リョウガの頬に赤い線が走っていることから、ロディ・ルゥが何らかの攻撃を仕掛けたのだろうとは予測できた。



「流石ルカ様のお兄様ですね。人間の割に、なかなかの反応だ」

「チッ……マジでこの峰は化け物だらけだな」


 リョウガの額が汗ばんでいるのは、先程までの訓練のせいではないらしい。頬を引きつらせて、ロディ・ルゥを睨み付ける。

 ロディ・ルゥのことだから手加減してくれたのは間違いないが、いきなり攻撃を仕掛けるのは褒められたことではない。ルカは腕を組んで、彼に冷ややかな視線を送った。


「ロディ・ルゥ」

「――失礼致しました、ルカ様。ですが、あの程度の実力でルカ様に手を出そうなど、見過ごすわけには参りませんので」

「んだと?」


 手を出す――それは少し語弊があると心の中で否定しておく。

 それにしても、ロディ・ルゥに悪気は無いのかもしれないが、完全に挑発するかたちになってしまっている。リョウガは額に青筋浮かべてロディ・ルゥを睨み付けていた。


「ロディ・ルゥ。――兄様もこんな挑発に乗らないで」

「だがなあ。こいつはアレだろ……お前を」

「もう終わったの!」


 逐一レオンから実家へと連絡を寄越していた関係で、完全にリョウガは先入観を拭えないでいる。

 かつてロディ・ルゥがルカに危害を加えてきたこと――それはすでに、過去の関係でしかない。


「私はロディ・ルゥを信頼しているの。いちいち噛みつかないで。ロディ・ルゥも、私の兄様を試すような真似しないで」

「ちっ」

「大変失礼致しました」



 二人をしっかりと睨み付け、一旦話に終止符を打つ。そもそも、ロディ・ルゥと喧嘩させるためにここを訪れたわけではないのだ。

 ルカは改めて部屋を見回し、彼以外の気配がないことを確認する。


「ハチガ兄様は? 他には誰もいないの?」

「あいつは今あれだ――お前の、婚約者のところに行っている」

「エリューティオ様の?」


 そう言えば、先日も何か二人で話していなかったか。

 話題となることと言えば、恐らくルカのこと。にも関わらず、ハチガも、エリューティオも何も教えてくれなかった。

 少し不安がよぎり、ルカは顔を伏せた。




 その時だ。ふわっと妖気が通るのを感じ、今度は入口から二人の妖魔が顔を出す。

 幼い顔つきの二人組は、少年と、少女。花の一族の兄弟であることが一目で分かる。

 

 ルカの顔を見るなり、少女の方が明らかに嫌悪を示してくる。

 先日盛大な雷を落としてから、表に出るのを禁じられ、裏で菫や波斯が走り回っていたことは知っているが、とうとう顔を合わせてしまった。

 苦笑いを浮かべるしかできないでいると、波斯が気を回して頭を下げる。


「ルカ様。失礼しました。――ああ、リョウガ様も。いらしてたのですね」


 雛とは異なり、背筋を伸ばして真っ直ぐ前を見る波斯の表情はすっかり一人前だ。

 気持ちのいい立ち方に、二人の差が浮き彫りになる。


「人手が足りず、雛をこちらの奥で動かそうかと思っていたのですが――出直します」

「あ、いいのいいの。大丈夫。私も兄様の様子を見に来ただけだから」

「そうですか。では、失礼を」


 そうして波斯は、雛をせっつくように視線を向ける。

 雛は口を開かず、困惑するような顔を見せたが、すぐに視線を逸らしてしまった。

 隣にロディ・ルゥが立っているから、余計だろう。彼に痛めつけられた彼女は、少し怯えるような素振りすら見せ、ルカ達を横切るようにして奥へと向かう。




「なんだなんだ、ルカ。あのボウズは前にも見たが――あんなちっこい子も働いてるのか?」


 おそらく雛のことを言っているのだろう。

 レオンの許可が下りない今、彼女が表の仕事につくことはない。だから、今までリョウガの目にとまることがなかったのだろう。



「ええ、そうなの――小さいって言っても、多分歳は、兄様よりも年上だと思うんだけれど」


 ひと言付け足したが、リョウガの都合の良い耳には聞こえないようである。

 そそくさとリョウガの横をすり抜けようとした雛に向かって、リョウガはオイ、と呼び止めた。その大きな声に、雛はびくりと肩を震わせて、立ち止まる。

 波斯も何を起こすか分からないリョウガに、顔を引きつらせて警戒する素振りを見せた。



「ほら、おいで!」


 だが、そんなことを気にするリョウガではなかった。

 体勢を低くし、両腕を開く。まるで犬や猫を構うかのように、指先を己に向かって動かしている。


 その表情はキラキラと輝いており、雛へ向かって猛アピールしている彼をどう見たら良いのか分からない。だが、確実に、雛の気をひこうとしているのは確かだった。


「怖くないぞ、俺は。ほら……!」


 満面の笑みで腕を振り続ける上裸の彼は、ただの不審者であることを自覚するべきだ。突然人間の上裸の男にこっちへ来いと言われたところで、雛だって拒否する一択しかないはず。

 明らかに恐怖で頬をひきつられた彼女は、その場で一歩後ろに下がる。


「な……なんなのよっ! 人間風情がっ!」


 やはりその言葉遣いも変わっていないようで、むしろ追い払わんばかりに、彼女の方も手を払った。が、それがますます小動物のように感じるらしくて、リョウガは笑顔を輝かせた。


「オイオイ、ちっこいレディがそんな言葉遣いしちゃだめじゃないか」

「……レディ?」

「ああそうだ。折角可愛いんだから、笑顔でないとな。勿体ないぞ」

「か……可愛い……?」


 はっはっは、と闊達に笑うリョウガの言葉に、雛の頬がさっと染まる。

 その明らかな変化に、ルカは目を丸くした。

 どうやら彼女は心揺れているようで、口もとをゆるゆるに緩めている。普段正直では無い彼女だが、こうも真っ直ぐ褒められたのが心に響いたようである。


「ああそうだ」


 向こうから近づかない事を諦めたのか、リョウガはくしゃりと笑って、立ち上がる。ずんずんと雛の方へ向かっていくが、雛は逃げる様子がなかった。


「ほらっ」

「ひゃっ!」


 彼女の両脇を手で掴み、そのままリョウガは雛を持ち上げる。小柄な彼女の身体は簡単に宙へ持ち上がり、焦った様子で脚をばたつかせていた。


「な、何よっ」

「ん? なんだ、軽いな――ちゃんと飯食ってるのか?」

「うっ」

「食わなきゃ駄目だぞ。大きくならないからな――よっと!」


 そのままリョウガは、彼女を持ち上げるようにして抱きかかえる。背中から回した腕で、ふわふわの白い髪を撫でた。


「やー、それにしても綺麗な子だな。名前は?」

「えっ……えっと……雛」

「雛か! そうか。ゲッショウ風だな? 良い名前だ!」


 彼女の名前はいわゆる通称で、ゲッショウ風とは意味が違うと思う。が、そんなことを気にするリョウガではなかった。



「俺はリョウガ。少しの間ここに厄介になるが、よろしくな」

「……うん」


 そうして、こくりと頷く雛の表情は、ルカに見せるものとも、エリューティオに見せるものとも違った色をしていた。

リョウガに対しては、雛の態度も少し違う様です。


引き続き、彼女たちとの交流です。

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