表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜咲き峰の人々  作者: 三茶 久
第二章 火の主の愛し子
81/121

先立つもの(1)

 ぐるりと円卓を取り囲むように、エリューティオとルカとロディ・ルゥ、そして人間の三人が並ぶ。ルカの後ろにはちゃっかりアルヴィンが陣取っており、レオンと波斯と菫はいそいそとお茶の準備。

 そうして丁寧に並べられるティーカップを、ソワソワした目で追っている男がひとり。



「あ、あの……!」

「――はい?」


 大きな声で呼び止められ、菫はきょとんと小首を傾げる。

 オレンジ色の大きな瞳は溢れそうで、菫色のやわらかな髪が溢れる。と同時に、大きな胸の膨らみも上下に揺れた。その揺れに合わせて、リョウガの視線が上下する。


 ――リョウガ兄様、分かりやすい……。


 ごくりと彼が唾を呑むのがわかった。これはちょっと気をつけて見張らないと、菫が危険だ。先ほどの調子で突進などされたら、たまらない。

 呆れ半分恐怖半分で、ルカは頬を引きつらせた。リョウガが緊張した面持ちで、彼女に何か話しかけようと口を開いたり閉じたりしている。



「あ、あの……ボク、何か手伝いましょうか……?」

「ぶっ」


 結果、ルカもレオンも揃って吹き出すことになってしまった。


「ボク……?」


 おっかなびっくり声に出してみたものの、リョウガには聞こえなかったらしい。彼は完全に声がうわずったまま、カタコトで菫に話しかけている。ちょっともじもじまでしているらしく、普段の猪のような彼からは想像も出来ない姿だった。



「うふふ、大丈夫です。どうか、ごゆるりと」


 しかし菫は、何の違和感も感じていないのだろう。にっこり可憐に笑みを浮かべ、お茶を用意しては部屋から立ち去っていく。

 この場にはレオンが残り、彼は議事録をとるために別の場所へと席を移した。隣には波斯も並び、記録の取り方を教えるつもりで居るようだ。



 菫が奥に引っ込んだ瞬間、リョウガは表情をピリっとさせた。

 勢いよくルカの方向へ向き直り、誰だ、あの可憐な方は! と叫んでくる。唾が飛びそうな勢いで、正直面倒だ。


「リョウガ兄様、落ちついて! いい? 菫を脅かしたり、容易に手を出そうとしたら、容赦しないからねっ」

「そうか……そうかあ菫さんというのかあ!」

「聞いちゃいないわ……」

「あああ、菫さん菫さんーっ。素敵だー。可憐だー。俺はこの峰に、運命の人と出会いに来たのかっそうなのかあ」


 一人でぶつぶつと言い始めてしまい、誰もが何とも言えない目で彼のことを見た。

 折角大切な話し合いの場なのに、彼ひとりのせいでまったく話が進められそうにない。ルカがイライラしていると、何を勘違いしたのか、リョウガはルカの方向へ向き直る。



「あー、いやっ! すまんルカ! もちろん俺は! お前のことも、お前のことも大事だが……だがなあ! いやぁ……俺は不器用だから。俺の愛は一人にしか向けられそうにないのかもしれん」

「いやいや、って……え?」

「良いか、ルカ! お前は俺に協力しろよ。いいなあ菫さん、可憐だ。くぅーっ!」


 一人で万感の思いに浸っている様子を見て、ルカは目を丸める。


 ――え? 私、まさかの格下げ?


 暑苦しいくらい兄の愛情を受けまくり、正直に表現すると“うっとうしい”という言葉にしか行き着かない次兄だが、彼が別の誰かを見つめることにより、ルカなどどうでも良くなってしまったらしい。


 ――私への愛情って、そんなに薄っぺらかったの!?


 暑苦しい程の愛は、向けられると邪魔でしかないが、こうもあっさりと無かったことにされると腑に落ちない。というより、リョウガという人間が信用できなくなる。


 ――私、リョウガ兄様から菫を護らなくっちゃ!


 万一、いや、億が一、菫がリョウガの方を振り向いたとして、リョウガが更に別の女性に気移りしたとする。その時に、今みたいにあっさりと乗り換えられでもすると、菫が可哀想でならない。

 ルカの表情が怒りで凍り付いた横で、エリューティオがふむ、といつも通りゆっくりと頷いていた。




「菫が気に入ったのなら、連れて帰れば良い。もちろん、彼女を僕従するだけの力があれば、だが」

「ちょっと! エリューティオ様!」

「力がある者がない者を従える。それは当然のことだ。菫が主と認めるならば、何も問題はなかろう?」

「いやいや、ありまくりです……!」


 首をぶんぶん振りながら、エリューティオを否定する。が、彼はルカの言葉などまったく気にしない様子で、妖魔らしい回答をしてみせた。

 ひたすら暴走しているリョウガのことをごく涼しい瞳で見据え、好きにするが良い、と宣う。力至上主義の妖魔らしい実に分かりやすい答えだが、結果的にリョウガを煽ることになっていないか不安だ。


「えっ……ボ、ボクガデスカ!? あっ……いや……そんな、ボクなんかじゃとてもとても」


 しかし、リョウガは顔を真っ赤にして首を横にぶんぶん振るだけだった。菫のことを考えるだけで、先ほどの殊勝な態度になってしまうらしい。――いや、殊勝というのは完全に言い過ぎだ。ただの挙動不審、である。


「そうか。ならば力をつけて出直すが良い」


 それに対して、エリューティオはごく冷静に返事をしている。

 リョウガの態度の上がり下がりがまったく気にならない様子で、いつも通りのエリューティオだ。他人の出方に心惑わされない彼は、強靱なほどのマイペースなのだろう。





「ルカ」


 名前を呼ばれてはっとする。完全にリョウガがわいわいするだけでこの場が終わってしまうところだった。

 エリューティオなりの助け船だったのかもしれないと思い至り、ルカは大きく首をふる。

 遠回しに力不足であることを認めてしまったリョウガがしゅんとしているうちに、話を進めなければと前のめりになった。



「ええと――ハチガ兄様には、レオンから伝達があったかもしれないけれど」

「峰のことで相談だったね。ああ、事前には伺っている。ものの取引のことと、食事のこと、だね?」

「ええ、そうなの」


 かいつまんで事情を説明していく。

 ルカが何故この峰へと呼ばれたのか。“人化”が進んだ妖魔社会の変化。そして彼らにこれから必要なもの。

 一つ一つの説明を、人間側はソニアが記録を残していく。

 慣れた手つきで書類を手にする彼女は、騎士でありながらかなりの文官仕事をこなしているのだろう。真剣そのものな熱っぽい目で、妖魔たちの顔を見回しては、たまに耳打ちしながらハチガと打ち合わせしている様で、リョウガというより、ハチガの副官と言った方がよっぽど頷ける。



 ちなみに、リョウガはというと、難しい顔をして黙り込んでいるようだった。黙っているだけマシだが、ルカには分かる。


 ――あれは、打ち合わせに参加したくないだけね……。


 単に、考えることを放棄しているようだった。

 静かにしているならまあ良い。ルカは己の指輪にそっと触れ、菫に向かって念じるように話しかけてみた。


《菫、しばらく奥に居て。落ちつくまで、こちらに来ないでもらえるかしら?》


 これで届くかどうかは分からないが、ものは試しだ。先日ロディ・ルゥに教えてもらった方法で、名前を縛った者以外に呼びかけられないか試す良い機会になった。

 彼女もまた、皆月の欠片を持っている。これで通信できるなら、こんなにも便利なことはない。



 そうして菫に呼びかけたのち、ルカは話を始めた。


「料理人の方は手配してくれているって聞いたけれど」

「ああ、それね。今王都からゲン爺がこちらに向かってやって来てるよ」

「ゲン爺が!?」

「ああ、弟子たちを連れてね。適任だろう? 内陸へ向かうなどけしからん、とブツブツ文句を言っているらしいけど」


 懐かしい名前に、ルカは両手を合わせて飛び跳ねる。そのわかりやすい喜びように妖魔の皆はきょとんとしたが、仕方がない。

 見知らぬ料理人ならば、情報の統制などかなり気をつけなければと思っていたが、ゲン爺ことゲンテツならば問題が無い。ルカが幼い頃から厳しくも優しくしてくれた父カショウの右腕でありながら、今は隠居という名でミナカミ家の料理人兼用心棒として好き勝手やっている爺さんだ。

 なるほど、何よりも海の魚を好む彼は、内陸奥深くの夜咲き峰は苦痛だろう。が、そんなこと良いながらも楽しそうに食材開発をするであろう未来が予想できる。



「父様もよくゲン爺を寄越してくれる気になったわね」

「それだけこちらのことを気にしているのさ。同時に、スパイフィラス領のことを注視している」

「ええ」


 ルカは真剣な面持ちで頷いた。

 スパイフィラス領が夜咲き峰に接触してきた先日の事件のことを言っているのだろう。


「ローレンアウスに、例の話は?」

「まったく。だが、カイゼル卿の手の者からの接触があった」


 そうしてハチガは、かいつまんでスパイフィラスの動きを伝えてくる。スパイフィラス領領主カイゼル卿と懇意にしている王都ローレンアウスの貴族の動き。一方で、表に出てこないカイゼル卿本人。

 冬を前に各地の貴族がローレンアウスに移動するための準備が動き、物流も動く中、スパイフィラスからの特産品の物価が値下がりしていると言うこと。



「――値下がり?」

「僅かだけれどもね。市場で値を見ていると、スパイフィラス産のものだけが、ほんの少しだけ値下がりしている。普通なら何とも思わない程度ではあるんだけれど」


 ハチガはちらりと、レオンの方に視線を向ける。レオンも例の話でしょうか、と改めて確認した。



「ハチガ様に頼まれて俺と――鴉にも手伝ってもらって調査していた。各土地の魔力量が、僅かながら上がっているようだ」

「魔力量が?」

「それも、スパイフィラス周辺だけな。普通に生活していると、まったく気がつかない程度だ」


 レオンが淡々と報告する。ハチガと目配せをし合っている所を見ると、これは二人で共同で調査していたのだろう。その表情に緊張感が走り、妖魔同士も顔を見合わせる。




「ふむ……なるほどな。確かに、我々も違和感は感じてている」

「エリューティオ様?」

「最近、鷹や白雪が動き回っているのもそれが原因だ。スパイフィラス周辺の妖気量の偏りが鼻につくからな」

「鼻につく、ですか?」


 エリューティオの言い方に違和感を感じて、ルカはきょとんとした。

 そんな彼に同意するように、ルカを挟んで反対側に座ったロディ・ルゥも頷いた。


「まるで、我々を煽っているようだと風は言っているのですよ、ルカ様」

「煽っている? 妖気を偏らせて……? それって」


 魔力の話をしているのではない。妖気について、だ。人間には感知しきれないものである妖気が、意図的に動かされている。

 それ即ち、妖気を偏らせることができる誰かの思惑が絡んでいるからではないか。



「妖魔こそ、一枚岩ではないと言うことですよ、ルカ様」

「この峰以外にも妖魔っているの?」

「そりゃあ。鷹みたいなはぐれもいれば、この峰のように、集まって住む場所もあります」

「やっぱりそうなんだ」


 ルカはぽんっと手を打った。

 前々からそうではないかと思っていたのだ。夜咲き峰と同じく、伝承の中で妖魔が住む地と言われている場所はいくつかある。この近くではおそらく――と、ついつい思考が先走り、前のめりになる。


「ルカ」


 が、エリューティオにあっさりと咎められてしまい、はっとする。彼は不機嫌を隠そうともせず、その目を細めては、宣った。


「峰の外の妖魔などに、気を許すな」

リョウガ兄様が口を開くと、話が前に進みません。


詳しい話は次回へ持ち越しです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ