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夜咲き峰の人々  作者: 三茶 久
第二章 火の主の愛し子
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リョウガ見参!

 ポゥ、と、青のような白い輝きが陣全体に行き渡る。この峰は今、ルカの妖気を媒体に動いている。満月の峰の月の雫もまた、白く輝き、淡くて柔らかい輝きが満月の峰全体を覆っていた。

 転移陣もまた、ルカの力で動いているらしい。ルカが直接何か出来るわけでもないし、ルカ自身にはまだこの転移陣を動かす機会がないため、もどかしくはある。が、正直、今日はそのようなことどうでもよかった。



 まばゆい光が収まったかと思うと、そこに何名かの人影が現れる。彼らを案内するために迎えに出ていたアルヴィンとレオン。

 その向こうに、懐かしい面々が見えて、ルカは飛び跳ねたい心地になった。


 藤紫色のおかっぱ頭に蘇芳の瞳。物腰柔らかそうな線の細い青年。ルカの顔を見つけるなり、彼はくっと口の端を上げて、手を差し出す。



「久しぶりだね、ルカ」

「ハチガ兄さ……っ!」

「ルカーーーー!!!」


 我慢できずに彼の元へ駆けつけたい気持ちになったが、足を前に出す前に目の前が真っ暗になった。図体のでかい猪侍が突っ込んで来たかと思うと、ルカの体に直撃する。


 意識が吹っ飛びかけて、くらりとした。いやいや、彼は抱きしめただけなのだろうが、みぞおちあたりにバッチリと入った衝撃に意識が全て持っていかれる。



「「ルカっ!」」


 意識が遠ざかりそうになっていると、己を呼ぶ声がいくつか同時に聞こえる。瞬間、ルカは後ろに引き寄せられる様に猪侍――ミナカミ家次兄リョウガと引き剥がされ、代わりにエリューティオに抱きとめられる。

 恐る恐る前を見つめると、さっきまでルカに突進して来たリョウガは、身を翻し、その刀を真後ろへ一線振りかざしていた。


 さっと血の気が引く心地がする。

 リョウガ兄様! と叫んだが遅い。彼は一人の妖魔と真正面から鍔を競り合っていた。――黒き上級妖魔、鴉ことアルヴィンと。




「ルカに何をする!」

「馬鹿野郎、愛する妹に抱擁して何が悪い!?」

「今のが抱擁だと……!?」


 アルヴィンの目には警戒心が色濃く出ていて、一体道中何があったのかと不安になる。

 ジリジリと睨み合う二人の横を、何事もなかったかの様にハチガたちがすり抜けて来たため、物珍しさもなんともないのだろう。



「放っておきなよ。あの二人はああしてじゃれ合っているだけだからね」

「じゃれ合って? あれが?」


 確かに、妖魔のやり方だとあれくらいはじゃれ合いの範疇かもしれない。が、リョウガはあくまで人間だ。ちょっと脳みそが足りないところはあるが、人間はこのような命をかけた遊びなんてしないはず。

 まあ、軍に所属している彼のことだから、行きすぎた訓練などはあるかもしれないが。



 二人してこの転移の間で戦闘という名の遊びを始めてしまい、どうしたものかと呆然とした。彼らとともに旅して来たハチガたちには止める気がないようだから、大丈夫ではあるのだろう。


「ご無沙汰しております、風の主。この度は、我々を峰にお招き頂き、ありがとうございます」


 そうしてハチガは、エリューティオに向かって一礼した。リョウガのことはすでに頭から消し去っているようである。よくここまで切り替えができるものだと感心しつつ、ルカは彼の背後に立つ人物を見た。



 かつて何度かその姿を見たことがある女性。

 歳はハチガよりは上だろう。落ち着いた雰囲気で、鴇色の柔らかい前髪が落ちる。本来は緩やかな長い髪なのだろうが、後ろでお団子にビッシリ整えてある様子を見ると、かなり生真面目な性格なのだろう。

 彼女が身につけている鎧は、美しい銀色で、女性向けのデザインにしてはシンプルな作りであった。しかしかなり使い込まれているにも関わらず、きっちりと手入れをされていることから、彼女が女騎士としてそれなりの経験を積んでいることが窺われる。

 じいと見つめていると、顔を上げた彼女と目が合う。女性ながら長身で、凜とした雰囲気は普通の貴族の女性とは雰囲気が違う。が、薄紫の瞳をふっと緩めてようやく、張り詰めた空気が柔らかくなった気がした。



「改めてご挨拶させて下さいませ。木蔦の女神のお導きに深く感謝申し上げます――ルカ様、そして風の主。私は緋猿軍がリョウガ隊副隊長を務めております、ソニア・エスターニクと申します。どうぞ、お見知りおきを」

「そう……リョウガ、兄様の」


 呟いたところで、ぞっとした。生真面目そうな彼女は、普段からリョウガの副官を務めてくれている。それ即ち、相当気苦労をかけていると言うことではないだろうか。


「それは……大変だと思うけれど、兄様をよろしくね」

「はい。今はああしてじゃれていらっしゃいますけれど、職務になると頼れる方ですよ? 少々暴走が過ぎますけれど」

「少々じゃないよ、ソニア。はぁー……」


 となりで大きくため息をついたのはハチガだった。ちら、と未だに血気盛んにやり合っているリョウガたちに目を向けた後、ぴりと表情を引き締める。



「彼は我々の護衛のようなものとお考え下さい。主な話は、私が伺いましょう、風の主」

「ふむ……」


 ハチガの言葉にひとつ頷き、風の主はすっと踵を返した。そして未だ騒がしいリョウガたちを置いたまま、移動してしまう。それに続くように、ルカもハチガたちをつれて峰の奥へと足を進める。


 目指すは下弦のルカの部屋だ。

 大人数で打ち合わせが出来るように改良された部屋は、今回の訪問にも都合が良い。人間側の訪問者は、兄二人とソニアの計三名らしい。うち一名はすでに着いてきていないが、もう放っておいてもよさそうだ。




 久しぶりに顔を合わせたレオンが、ルカの隣に並び一礼する。


「大変だったみたいね」

「本当に。途中で一人置いてこようかと思った」


 ほとほと疲れた様子のレオンは、額に手を当て、首を横に振った。


「ふふ……なんだか随分アルヴィンと打ち解けてたみたいだけど」

「打ち解ける――あれがか?」

「……他にどう表現しろって言うのよ……」


 久しぶりに再会したかと思うと、同行していたはずの上級妖魔と喧嘩という名の殺伐とした斬り合いを始めてしまった。アルヴィンがルカの前で刀を振るうのは、よっぽどの事がないとあり得ない。それがいとも易々と刀を抜いていて、驚愕した。


「お嬢様のことで意見が合わないんだ。仕方がないだろう」

「ええ……争いの種、私?」

「妹を溺愛するあの方と、お嬢様に入れ込んでいる鴉だぞ? 合うわけがないだろう」

「そんなこと言われても」


 何故だか責められているような心地になり、ルカは狼狽する。ルカ自身が二人を諫めるべきだったのかと思い返し、いやいやあの間に入っていったら間違えなく死ぬ、と結論づける。そうしてオロオロしていると、後ろを歩むソニアが声をかけてきた。



「ふふふ、どうか、あのままにしてあげて下さい。あれでも、隊長は楽しんでいるのです」

「楽しんでるって……そんな、妖魔じゃないんだから」

「鴉様との訓練が楽しいと仰っていましたから。毎回土をつけられるようで、悔しがっているのですよ。普段、隊長の相手になる者なんてそうそういませんから」

「訓練……」


 もはや呆れるしかない。

 確かに、リョウガはミナカミ家の地を色濃く受けているだけあり、その剣技は一流と言って差し支えない。ルカは剣技とかはまったく分からないため、その実力が正確に推し量れるわけでもないのだが、人間では相手になる者が居ないのは、理解できる。

 しかし、だからといって、だ。

 喧嘩の延長線で上級妖魔と相対し、戦闘を繰り広げた結果それを訓練と宣う者などどこにいるのだろう。

 相手がアルヴィンで本当に良かったとしか言いようがない。

 アルヴィンは、ルカが嫌がるようなことをけしてしようとしない。だからこそ、リョウガ相手に手加減してくれているのだろう。



「はぁ……アルヴィンにお友達が出来たと思うしかないわね」

「お友達か」


 仕方なしに溢した一言に、レオンが眉間に皺を寄せた。


「そうだな……あの方の相手は、鴉に押しつけるか」

「ちょっと、レオン」


 さも名案と言わんばかりに、彼はぽんと手を打った。ともに歩くハチガまで、ああ、それは良いと声をあげる。

 ルカの一言が思わぬ結果になってしまい困惑するが、考えてみると、ルカ自身も名案な気がしてくるから不思議だ。




 わいわいと、夜咲き峰の回廊が賑わう。アヴェンスからここまでたどり着くまでの苦労話を聞きながら、思いの外スムーズに移動できたことに安堵した。


 そんなルカたちを、先に進んでいるエリューティオが振り返る。

 彼は少し居心地が悪そうな顔を見せたが、すぐにいつもの涼しげな顔に戻り、ひとり先を進んでしまう。

 今まで一人で生活してきて、誰とも進んで交流しようとしてこなかった彼のこと。こう賑わっていると、どうして良いのか分からないのだろう。


 なんだか、甘え方の分からない大きな子どものような感じがして、ルカは頬を緩める。パタパタと彼を追いかけるように、早足になった。



「ルカは随分とこの峰に馴染んでいるようだね」

「まったく、適応能力が高すぎるんですよ、貴方たち兄妹が」

「はは、まあ、次兄には負けるよ」


 後ろで旧知の二人が笑いあう。まるで王都にいるような朗らかさが、少し嬉しい。


 そして、下弦の峰に入り、ルカの部屋に間もなく着く頃に、ようやくエリューティオに追いついた。

 ルカの存在に気がついたエリューティオも、ふと手を差し出し、ルカの右手をとる。そして二人して光の扉を潜ろうとしたとき、後ろから再び賑やかな声が聞こえてきた。



「リョウガ兄様が煩くてごめんなさい、エリューティオ様」

「ふむ、気にするほどでもない」


 そう一言残し、彼は部屋中へと歩いて行く。

 すると、会談のために準備を整えていた菫がこちらに気がつき、にっこりと笑った。



「随分と明るいお顔をされていますね、ルカ様」

「菫! へへ……そうかな?」

「ええ、声も弾んでいらっしゃいます」


 クスクスと彼女が微笑んでいると、光の扉から無数の人影が現れる。

 リョウガとアルヴィンが競うようにして部屋に潜り込み、お互いを貶し合っている。どちらが優秀か、どちらがルカの役に立つのかとどうでもいい言い争いを繰り広げているようで、ルカは苦笑するしか無かった。



「もう……リョウガ兄様も、アルヴィンも、少しは落ちついて? 喧嘩しにこの峰に来たわけでは無いんでしょ?」


 仕方なしに言葉を投げかけると、とっくみあいを始めそうな勢いで、しかしだな! とリョウガが声を荒げる。が、その後の言葉が続かなかったようだった。




 カランカラン。


 かわりに響いたのは、金属音だった。

 突然黙り込んだリョウガに対して、アルヴィンも不思議そうな目を向けている。が、リョウガはその喧嘩友達の方を向くこともなく、あんぐりと、口を開いたまま固まった。


 どうやら、地面に刀を落としたようだった。別にアルヴィンに攻撃されたからではない。彼が自ら、取りこぼしたのだ。


 普段は意思の強い目を、ぱっちりと見開き、そのまま。

 まるで雷に打たれたかのように衝撃的な表情を向け、言葉を失う。



「あの――リョウガ、兄様?」


 流石に不安になって、彼に声をかけたが、上の空。そのまま彼は一歩二歩と前に進んで、止まった。



「ああ、ルカ様のお兄様なんですね。ようこそいらっしゃいました、夜咲き峰へ」


 仕立ての良いお仕着せを着た菫が朗らかに笑う。その鈴のような声が部屋に響き渡り、ルカもはっとした。

 一度菫の方向を確認してから、再びリョウガの方を見やる。彼が呆然としたまま、見つめている視線の先。それは――。



「可憐だ……」



 他でもない、菫、その人だった。


芽生えました。



次回、人間と妖魔の話し合いです。

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