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夜咲き峰の人々  作者: 三茶 久
第二章 火の主の愛し子
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夜咲き峰方針会議(2)

「しかしだな、金を稼ぐつったって……俺たちにはなァ」


 はああ、と、途方に暮れるように山猫が体勢を崩した。椅子から落ちそうなくらいにずりずりと力を抜き、どうすりゃいいんだ、と溢す。

 確かに、この金額面の問題は、上級妖魔よりも宵闇の村の下級妖魔たちにとっての方が切実な問題となる。人化が進んだ彼らが食事にありつけなくなるのは、それはもはや死と直結してくるからだ。


「そもそも、金って言ってもだな……」

「まぁ……そうよね」


 更に付け加えると、宵闇の下級妖魔たちに金銭感覚など、ない。そのようなもの彼らの生にはまったく不必要な文化でしかなく、わけの分からないもののために頑張ることなど到底できるはずもない。

 労働の必要性というのを彼らに感じてもらうところからはじめないといけないわけだ。

 少なくとも、死に直面していた宵闇の村なら、切り口はありそうな気がする。



「貴方たちを餓死させるつもりなんて毛頭無いからね。でも、どうやって稼ぐかは、キッチリ考えないといけないわ。人間社会に与える影響は最小限に。そして、生きていくだけの金額を確保できるように」

「俺ァまったくわかんねえぞ……」


 そう言って今度は机に突っ伏す。耳も尻尾もへにょんと垂れており、彼の感情がだだ漏れだ。そもそも、頭を使うのは得意ではないのだろう。



「一番簡単なのは、技術、ね」


 ルカは、ふふ、と笑った。

 正直、彼らの顔を見て、技術も素材も流出させない前提で荒稼ぎする方法はなくもない。

 その顔を売りにして歓楽街でもぶっ立てるのが、所謂持って生まれた表面上の才能だけを使用した名案だと考えられる。が、流石に彼らの誇りが許さないだろうし、そんなにナチュラルに人間社会に溶け込めたら苦労しない。そもそも、接客出来るようなタマは一人もいないわけで。


 ――残念……。


 なんとか実現してみたいとうっすら考えてみたものの、この案は単にルカが楽しいだけなので、そっと横に置いておくとした。非常に不本意ではあるが。



 ふう、とため息をついていると、先ほどのドレスの話が引っかかっているらしい花梨が、こてりと首を傾げた。


「技術って……先ほど、流出させてはならないと言ったではありませんの」

「そうね。ドレスは制作側の負担も大きすぎるしね……でも、技術って言ってもね、相手がその方法を盗めなければ意味ないのよ」

「どういうことですの?」

「重要なのは、人間たちはどんなに望んでも、妖気を扱えないと言うこと」



 ぐるりと皆の顔を見回した後、ルカはやがて山猫に視線を止めた。その真剣な表情に、彼も崩していた体を起き上がらせる。


「宵闇のみんなの手を借りたい。貴方たちが生きるためのお金を、貴方たちで稼いでもらう」

「稼ぐ……つってもよう……」

「もちろんこっちも手探り状態になるのはわかってるんだけど。貴方たちの生活を確保するためなのよ。お願い、出来るかしら?」

「ま、まぁ。今更嬢ちゃんが俺たちになんかしでかすことはねェと思うけどよ……おう」


 ふわふわとした返答だけれども、了承は得られた。ルカはにっこりと笑って、では、話を戻しましょう。と、会議を先に進める。




「力業で行けばこの冬を凌ぐことはできると思う。けれど、この冬だけね。長い目で見て、販売経路の確保は必須よ。今後、何らかの取引をするにしても、逆に食糧を購うにしても、これだけの数、一般の市場で済ませるわけにもいかないでしょう。一般の住人に迷惑をかけちゃう」

「だったらどうするの、ルカ?」

「手っ取り早いのは、大手の商会に声をかけること――でも、私だって自信があるわけではないの。もちろん、なんとかするつもりでいるけれど」

「それは……不安ですわね」


 正直、研究しか興味のなかったルカに、商人としての知識はない。これはミナカミ家にとっても完全に専門外と言えるだろう。探ればコネはありそうだが、どうにも骨が折れそうだ。

 長く人間と取引を続けるつもりなら、絶対に必要な繋がりである。どの商人と、商会と、ギルド。どのように繋がっていくか。探り探りだが、関係を広げていかないといけない。



 ――ほんと、外出禁止令が邪魔になってくるわね……。


 先ほど問答無用で科せられた外出・空飛び禁止令。何が何でも、早いところ解禁にしてもらわねばこまる。流石に商人をこの夜咲き峰に招く気になど、さらさらならない。商品の宝庫。一個でも持って帰られてしまえば、世界が、変わる。


 この冬はその場しのぎの取引で、何とかするとして。こちらも体勢を整えていかないといけないわけだ。妖魔についても妖気についても、知りたいことは山ほどあるのに、研究ばかりに没頭している訳にもいかない。




「後ね、正直足りないのは料理人なのよ」


 食材の確保以外にも問題は山積みだ。元々妖魔たちが調理に向いていないことをこれまでの経験でルカは知っている。一から十まで手順を言うとおりにしてはじめて、彼らはなんとか食べる事が出来る代物を作り出すことは出来ていた。

 素材と味の関係に対する自覚が非常に薄いらしくて、複数の調味料を使用する料理などとてもではないが出来ないらしい。


 これは、彼らが素材に対する認識を、味でしていないことに起因すると気がついた。

 素材の妖気の系統と、妖気の量でしかものを見ない彼らにとって、同系統の物質で見分けをつけるのも難しいらしい。例え、味が真逆であろうと。



 例えば菫。レオンにびっしり付き従って、紅茶は入れられるようになった。いわば紅茶の素材は二つだ。茶葉と、水。これなら何とかなる。

 宵闇の村のスープにしてもそう。アレは味付けは塩のみだ。何でも食べられるものをぶち込んで、煮るだけ。後は素材の味を楽しむ。出来上がったものに対する味の違いは分かるのに、素材ではどんな物になるのかまったく予想が出来ないらしい。


 唯一、波斯がその才能に目覚めつつある。幼い段階で人化が進んだからかもしれないが、彼は、素材に対する味を想像できる気配はあるらしい。

 逆に言うと、レオンが直々に調理の指導を続けてきた連中で、その程度である。本格的に料理人に仕上げようと思うと、どれだけの年月が掛かるかわからない。そしてそれを教える人手も圧倒的に足りないのだ。

 いつまでもそのようなことで、レオンに時間をかけていてもらっても、困る。




「なのでエリューティオ様。お願いがあります」

「何だ、改まって」

「ハチガ兄様たちを、夜咲き峰へ招くことをお許し下さい」


 ルカの言葉に、場がざわついた。ハチガの姿を見たことがある者は、下弦の妖魔を中心に何名かいる。

 だが、いくらルカの兄とは言えども、彼らは人間。そんな者を簡単にこの峰に通すことには、彼らは抵抗があるらしい。

 

「理由を聞こうか」

「はい。まずは、圧倒的に料理人が足りないこと。山猫、毎日同じ味のスープ。飽きない?」

「え……ああ」

「レオンが直接調理する上級妖魔の皆と違って、宵闇の者たちはまだ似たようなものしか食べられないのです。これだけでは飽きるだけでなく、人だと健康にも影響が出てきます。おそらく、妖魔にも」


 具材には毎日違うものが入っているから、それなりに味にもバリエーションが出ているだろう。

 だが、これから先、宵闇がこの峰の中心へと変わっていくはず。生産者になり得る皆には、モチベーションを維持してもらわねばならないのだ。


「料理人の手配は、必須です。もちろん、信頼できる者しか採用するつもりもありません。その相談もかねて、ハチガ兄様には来て頂きたいのです」

「ふむ……ミナカミ家の者か。彼なら、よかろう」

「ありがとうございます、エリューティオ様!」



 彼の二つ返事に、ルカの頬が緩む。

 エリューティオがどういうわけか、ルカの家族についてある程度知っていることくらいはルカも分かっていた。よって、ここで許可が取れるのは予想済みではあった。

 驚く他の妖魔たちをよそに、ルカは話を進める。



「良かったわね! これで、みんなの食べる料理にも、もっとバリエーションが出るかもよ?」


 手を合わせてにこっと微笑んだところ、皆、何か言いたそうな所をうっと我慢していた。

 食に対する効果はてきめん。

 最近はアヴェンスにみな行きたがるから、余計かもしれない。中途半端に人間の生活を知った今、美味しい物なしには生活できないのだろう。

 人間と妖魔、何事も、持ちつ持たれつ。食が彼らの排他的な考えを崩そうとしていることくらい、ルカは経験上よく知っている。



「では、レオン。ハチガ兄様に連絡をお願いできる? 人数は必要最低限が良いわ。人選は貴方と兄様に任せるけれど――」

「勿論。あの方ならすぐにでも、対応するだろう」

「うん」

「お嬢様と同じで、好奇心旺盛だからな。それに、先ほどの商売の件も相談するのだろう? 呼び出すのは、丁度良い」


 レオンが上機嫌になるのがわかる。

 確実に調理関係は彼の負担になっていたことは間違いがないし、同時にハチガがいると純粋に嬉しいのもあるのだろう。

 ルカが幼い頃から、彼らは二人で結託していろいろ悪さをしていたことくらい、ルカは知っている。

 今こそレオンはルカの従者という立場であったとは言え、昔の関係は変わりはしないらしい。おそらく、周囲が敵ばかりであったレオンの幼少期に、ハチガは唯一の友人だったはず。だからこそ、どんなときもレオンはハチガへの信頼を隠しはしない。


 そして三男の顔と同時に、ミナカミ家の次兄の顔が浮かんだ。賑やかで仕方の無い猪突猛進男もやってくるのでは、と不安になるが、ひとまずスルーだ。面倒な次兄の相手は誰かに任せるとして、ルカ自身も、ようやく兄とゆっくり話す機会が持てることが、楽しみだった。



「何らかの形で人間と取引をする頃には、スパイフィラスにも連絡を寄越さないといけないわね。とりあえず、こちらの目処が立つまでは、様子見で。極力、会談は引き延ばす方向で行きましょう」

「ああ。そもそも、お嬢様がぶっ倒れてたからな。会談も何も出来ない状態であることは、伝えてある。まあ、信用はされてないだろうがな」

「ふふ、のらりくらりと逃げてると思われてるのかもね」


 立場的にはこちらが下手に出る必要も無い。

 新月の夜、下弦の妖魔たち全員で脅したかいがあった。こちらがその気になれば、一個連隊程度なら軽くいなすことが出来てしまうだろう。恐ろしいことに。

 それに対する警戒から、相手も強く出られない様子だった。少なくとも、宵闇の準備が終わるまではそのまま大人しくいて欲しいものだ。


 だが、気になることがないでもない。

 あの夜、なぜあの場所に彼らが現れたかと言うことだ。

 何らかの手段で、夜咲き峰のことに精通している者が居るのだろうか。ロディ・ルゥからは特にそのような報告を受けていないからこそ、余計に気になる。

 ロディ・ルゥの計画を知っていたはずなのに、ロディ・ルゥからは把握できていない。スパイの類いも考えられないとすれば、別の力でも――。



「おい、お嬢様。では、近々にハチガ様をお呼びする形で、いいな」

「え!? あ、うんっ。もちろん!」


 色々考えていたところで、レオンに話しかけられてはっとする。

 そのあたりもこれから調査せねば、と胸に刻み込み、ルカは大きく首を縦に振った。

流石に人の手が必要となってきたので、人材の確保をはかります。


次回は、レオンの不在、です。

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