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夜咲き峰の人々  作者: 三茶 久
第二章 火の主の愛し子
75/121

夜咲き峰方針会議(1)

 いつの間に、とルカは思う。

 先日のデートの際、下弦の峰の己の部屋にこんなものは存在しなかった。

 寝て、起きたら一日ではなくどうやら四日ほどたっていたらしい。が、その僅かな期間でルカの部屋はすっかりと様変わりしていた。



「へへっ。どうかな、ルカ? それっぽい、でしょ?」

「琥珀……貴方が用意したのね」

「どうどう?」

「やる気満々ね」


 ルカはポツリと声を漏らした。

 可愛らしく琥珀が誂えた家具たちはそのままに、部屋の中央に、今まで使用していた丸机より更に大きな円卓が置いてある。そしてその周囲には同じ形をした椅子が並べていた。

 琥珀は皆で集まってワイワイガヤガヤするのが嫌いではないらしい。むしろ、そのためだけに、この円卓も作ったのだろう。


 円卓は少し重めの色合いだった。それが一個置かれるだけで、フワフワしていたルカの部屋が、少し落ち着きを持ったように見えるから不思議だ。

 ルカの私室がエリューティオの部屋にほぼ移行している今、空いているルカの部屋は皆で使うためのものに変貌しようとしていた。ルカだって、いっそそれで良い気がしてくる。



「さあ、会議をしよう、ルカ!」


 琥珀はうっきうきと自分の為に用意した席に向かい、足をぶらぶらさせる。頬杖をつきながら、初めて使用する円卓を堪能するつもりのようだ。


「これだけ勢揃いするのは初めてですわね」

「……なんで俺がここにいるのか、不思議でしょうがねえぞ」


 周囲の顔を見渡して、花梨が感心したように宣った。それに頷くのは、今日だけ出張で宵闇から上がってきている山猫。

 下弦の妖魔全員と、エリューティオ。そしてルカと従者たちに山猫。最後に上弦の峰からロディ・ルゥ。

 ルカが認識している“味方の妖魔たち”がずらりと並ぶと、今やかなりの大所帯になっていた。


 夜咲き峰にやって来てから半年あまり。長いような短いような期間の中で、これだけの妖魔と縁を結ぶことが出来た。

 皆の顔を見渡して、少し感慨深い気持ちになる。

 しかし、この場に一番いないとおかしい――この峰で一番最初に仲間となった妖魔がいないことが、今更気がかりになってきた。普段はいない方が気が散らないが、これだけ揃いもそろった中に顔を出さないと、不安になってくる。



「オミは?」

「――気になることがあると言って、少しな。ルカも落ちついてきたようだし、一旦峰を出るそうだ」


 答えたのはアルヴィンだった。彼は、同じくルカに名を縛られた者たちと目配せをし、首を横に振る。


「気になること? 危ないこと、してないよね?」

「……問題ない。確信したら、ルカに話すだろう」


 アルヴィンはわかりやすい。というより、彼はルカに対して嘘をつけないようだった。

 確実にオミの目的が分かっていると筒抜けな言いよう。そして、少しの間が非常に気になる。


 じとっと彼を睨み付けると、アルヴィンがうっと後ずさった。

 やはり何かあるらしい。もう少しつつけば、何か出てきそうな気がする。



「アルヴィン? 私に何か隠してないよね」

「かっ……隠すかっ。ルカに危険が及ぶようなこと、しないっ」


 ぶんぶんと彼は首を横に振る。頬がほんのり赤くなっている気がする。きっと、追い詰められて焦っているのだろう。


 このまま攻めるか、とルカが口を開こうとしたところで、アルヴィンの横をロディ・ルゥが通り過ぎた。

 むんずと首根っこを掴んで、彼の耳元で何かを告げている。

 さっとアルヴィンの表情が陰り、明らかに強迫まがいの何かを言ったのだろうと予測できる。が、すっぽりと笑顔で事実を覆い隠したロディ・ルゥの口を割るのは骨が折れそうだ。


「確信の無い事で、ルカ様のお手を煩わせるわけにいきませんから」

「またアルヴィンを口止めして。アルヴィン、後で話を聞くからね」


 ビシッとアルヴィンたちに釘を刺してから、ルカは己の席に着いた。

 彼をつつくのは後でいくらでも出来る。ルカに与する妖魔の中では、彼が最も隠し事に向かないことくらい、ルカだって分かっていた。





 ルカとエリューティオが隣同士に、そこから名前を縛った妖魔から順にぐるりと。円卓を取り囲むようにして皆が並ぶ。

 アルヴィンだけはルカの背後にどっしりと構え、護りの姿勢をとるようだ。

 レオンや菫、そして波斯がお茶の準備をし、順番に淹れていく。


 ――あれ、雛は? 誰が見てるの?


 ふ、と嫌な予感がよぎったが、皆涼しげな顔をしているから、ここは言及しないこととした。

 そもそも彼女は、レオンのいるところにあまり顔を出したがらないことくらい気がついている。




「さて、みんな。いろいろと心配かけたわね。しばらくは寝たり起きたりがまだ続くと思うけれど、出来るだけ、こうやって話をする機会はとっていくつもりだから」


 話の議題については、先ほどレオンと大まかに打ち合わせ済だ。ルカが眠っている間、レオンに動いてもらってたのもあって、皆もわかってはいるだろう。

 改めて情報を擦り合わせるため、このように全員で集まる。この会議の形式は、出来るだけ今後の続けていきたいとは思っていた。


 かつてのように、下弦のみんなの気を引くために奔走していたお茶会とは大違い。人数も、規模も随分と増えて、彼ら独特の個人主義も様変わりをはじめている。



「今日の議題は大きく二つよ。一つは、スパイフィラスへの対応について。それからもう一つは、これから来る冬の季節への準備について」


 ルカの言葉に、ああ、と頷いている者が居る中で、山猫が耳をぴこぴこさせていた。スパイフィラス? と首を傾げていることから、先日の新月の夜の出来事をかいつまんで説明する。




「……ふーん。じゃあ、その何とかって奴と約束したせいで、ルカたちがスパイフィラスとか言うところに行かないといけないわけか」

「ええ。領都レジスガルダにね。私が眠っていた間、どういう風にやりとりしていたの? レオン」


 ちら、とレオンに視線を向けると、レオンは冷静な様子で最近の連絡について説明する。

 伝達の魔術具を利用して、アヴェンスに留まっているハチガ経由で連絡しているらしい。

 成る程、流石にスパイフィラスから直接やりとりできるようにはしなかったようだ。



「……だが、おかげで、ここに伝達の魔術具があることがバレたからな。スパイフィラスだけでなくて、王都の奴が絡んでくるのも時間の問題だぞ」

「面倒な……」

「どういうわけか、まだ噂がスパイフィラスから外にはは出ていないがな」

「あえて出していないのでしょうね。スパイフィラスはこの夜咲き峰で得た権益関係を一手に牛耳るつもりなのでしょう。取り込まれる気もないけれど」


 うーん、と唸りながら、ルカは紅茶を口にする。

 レオンとのやりとりを、皆が怪訝な顔つきで見ていることに気がつき、ああ、説明不足だったかと思い至った。


「先にあいつらの思惑について説明しておくわね。人間の目的は、まず間違いなく夜咲き峰の特殊な文化・技術と素材よ。花梨、貴女の名前が付いた種が引き起こした事件については説明したことがあるわよね」

「え? ええ――」


 目を丸くして、花梨が頷く。

 ミリエラの種。彼女が今この場にいることから、その名前を口にすることは出来ないが、かの種が人間社会に起こした影響はあまりに、大きい。


 改めて皆に、かつて“ディゼルの楔”と呼ばれる大飢饉が起こったこと。それを救いもしたと同時に、人間社会に権益関係の大事件を巻き起こしたのがかの種であったことを説明する。

 そして、夜咲き峰に生息する植物の多くや、月の雫をはじめとした鉱石類はもれなく、それ程の事件を十分に引き起こす可能性があることも。ルカの与り知らぬところで、簡単に流出させるわけにもいかない。



「花梨や琥珀達のつくるものの技術についても、同じ事が言えるわ。例えば……花梨の作ったドレス。あれを取引して自由に手に入れられる貴族の女性がいるとしましょう」

「ええ」

「……まず間違いなく、貴族社会がひっくり返るわよ」


 ぽかんと、花梨が口を開けた。

 突拍子のない例えだが、無差別に夜咲き峰を開放するならば、起こりうる未来だ。

 彼女の作るものはそれだけ素晴らしいものである。デザインも革新的だし、何よりもその素材。軽くて着心地が良く、うっとりするほど快適だ。一度着慣れてしまうと離れがたく、ルカだって出来れば花梨の作った衣装を毎日でも身につけたいくらいになっている。


 もちろん、花梨ほどの腕前の者はそうそう居ないことは知っている。それでも、あの生地素材を作ることが出来る者は、少なくはないはず。簡単に流出させてはならない。技術も、素材もだ。




「スパイフィラスはまず間違いなく、夜咲き峰の素材の取引、もしくは押収を要求してくるでしょうね」

「押収、ですって?」

「そう。彼らはこの地をスパイフィラスに属するものだと主張してくるでしょう。だから、エリューティオ様」

「む……」


 エリューティオに向けてにっこりと笑顔で向き直った。突然話をふられて、目を細めるエリューティオに対して、ルカはお強請りするように小首を傾げた。


「この地は妖魔の地。どこに所属するものでもない孤高の地だと主張して下さいませ」

「私が、か?」

「当たり前です。エリューティオ様が言わなくて誰が言うというのです」

「ふむ。つまり其方は、スパイフィラスに私も連れて行くと言うのか」

「――一緒には来てくれないのですか?」

「いや。……ふむ、まあ、其方をこの峰に呼んだのは私だ。責任はとろう」


 少し考えるようにしてから、エリューティオは頷く。その様子にルカはふふ、と目を細めた。


 正直、彼を巻き込めるかどうかはこれから先、スパイフィラスとの交渉を左右することだった。

 エリューティオの完全なる浮き世離れな見た目が、人間たちに与える衝撃はきっと大きいだろう。

 それは、昇月の夜に現れたアルヴィンの姿を見た人間たち、もしくは、新月の夜に現れたスパイフィラス軍の皆の様子からも十二分に予測できる。

 美しき人ならざる者、は絶対だ。その神秘性に、彼らは何も言えなくなる。

 エリューティオが、否と言ったら否なのだ。貴族でも、ましてや人間でもない彼だからこそ、交渉を遮断できる力がある。



「ねえ、ルカ。いっそのこと、もう向こうに行かなかったらいいんじゃないの? 駄目なの?」


 話をまとめようとしていると、琥珀がコロコロとした瞳で訊ねてくる。それに同意するように、山猫も何度も首を縦に振っていた。


「うーん、それもね。出来なくもないんだけどね。今後のことを考えると、スパイフィラスとの取引は絶対必要になってくるのよ」

「どうして?」

「この後話し合うつもりなんだけどね。……宵闇の村のことでね」



 ちら、と目を向けると、山猫がこちらに耳を傾けてきた。その身を前のめりにして、どういうことだ、と言葉を発する。


「さっきも伝えた議題の一つ。これから、冬が来るでしょう? それの準備の事よ。あいにく、先日の新月の夜で、宵闇の村は一つにまとまったわ。でも同時に、皆、急激な人化を迎えている。そうよね、山猫」

「あ、ああ……」

「くわしい経緯についてはロディ・ルゥから聞いてる。今は私に従ってくれているけれど、なかなかのことをしてくれたわよね」


 はあ、と額に手を当てながら、ロディ・ルゥをちらと見た。

 琥珀などはまだその警戒心を解いていないらしくて、少し空気がぴり、と張り詰めるのを感じる。

 ロディ・ルゥが狼を使って宵闇に仕掛けた魔石。それが結果的に皆の人化を早めた。いくらその魔石を外したからと言って、吸い取った妖気は皆に戻ることなど、なかった。



「それが彼の在り方でしたからね。ふふ、ルカ様、私を軽蔑なさいますか?」


 そしてロディ・ルゥも、まるで他人事のように言うから厄介だ。

 名前を縛ってから、ロディ・ルゥは以前のルカを付け狙っていた自分自身の性格の一部を、まるで別の者の様に扱う。


「もうそれは終わったことだから良いのよ。でも、貴方にはビシビシ動いてもらうからね」

「望むところです」


 にっこりと、凡庸な笑顔を浮かべ、ロディ・ルゥは一礼する。どれだけ丸くなっても、彼が起こした事件は変わらない。しっかり働いて、取り返してもらうつもりでいた。

 彼だって、ルカの気持ちが分かっているのだろう。ロディ・ルゥは改めて皆に向き直り、彼は宵闇の村の現状について語りはじめる。



「宵闇の村の下級妖魔は約三百。彼らが一日二食食事をするとして、その食事の買い出しに行く手もまったく足りません」

「そうね……現状すでに無理が出ているものね。食事をするのが下弦の妖魔だけで無くなってきたときから、こうなることは目に見えていたけれど」


 アヴェンスへ行くのは、飛行という手段を使わなければ結構な道のりとなる。慣れていない者にぞろぞろ行かせるわけにも行かなかったから、補給が必然的に上級妖魔の仕事になってしまっていることも問題だ。



「お嬢様、予算もまったく足りんぞ」

「ううう……あれだけあったのに……」


 レオンの言に、ルカは頭を抱えた。

 ルカがこの地に来てから、買い出しの際はミナカミ家によって準備された予備口座を使用していた。アヴェンスの銀行で、レオンが一括でおろしていたものがいくらかあったわけだ。

 もしもの為にと家族によって用意されていたわけだが、それが冬になる前に底を尽きそうなのである。

 ハチガ経由でミナカミ家に伝えれば、ある程度の金額は援助してもらえるだろう。しかし、そうも甘えていられない。

 人化が進んだ彼らのために、出来ることをする。それがルカに与えられた使命だ。



「夜咲き峰の上だけでなく、宵闇の妖魔まで、全員分の食費をまかなうだけのお金を稼がなければいけないのよ」

「お金を……」

「稼ぐ?」


 ルカの言葉に相当ショックを受けているのか、花梨はその薄紅色の瞳がこぼれ落ちそうなくらいに見開いていた。


「同時に、夜咲き峰でも食糧生産の体制を整える」

「食糧……」

「生産?」


 気が遠くなるような単語の連発に、上級妖魔たちはくらりくらりとしているようだ。しかし、ルカにとってはそんなことは知ったことではない。協力してくれる妖魔たちだけでも、なんとか計画を推進しなければいけない。

 少なくとも、ルカが名前を縛っている連中はなんとか動いてくれるだろう。流石に畑仕事をせよとは言いにくいが。




「ねえ、赤薔薇」


 ここでルカは赤薔薇に視線を移した。

 これまで一言も発することなく、波斯の入れた紅茶を美味しそうにざばざば飲みまくっていた彼女は、ルカをちらりと見る。その深紅の瞳が珍しくふふ、と緩んでいるようで、ルカは安心した。


「いいの、見つかった?」

「当然」


 彼女に個人的にお願いしていた事があった。満足げに頷く彼女を見ていると、これは相当期待が出来そうだと嬉しくなる。が、今、その内容を深く掘り下げる訳にもいかず、軽く確認するに留めた。


「流石赤薔薇ね。今度、時間をとって確認しましょう。腕が鳴るわね、レオンの!」

「ああ。私も。楽しみ」


 二人してふふ、とレオンの顔を見たところで、彼は何とも言えず、眉を寄せていた。

勢揃いです。

スパイフィラス対策を練る前に、宵闇の抱える新たな問題に直面しました。

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