火ノ鹿国 第五節 第三項「デルガ火山」より
『彼山を世界の心臓という言葉で例える者も多いが、むしろ私は神の住まう地と呼ばれるに相応しき場所だと思う。
火ノ鹿国東の入口にそびえるデルガ火山。彼山を覆う雲には神の炎が照らし出され、昼も夜も関係なく空は赤く染まっている。この世のものとは思えない禍々しい赤は、この地を訪れた者皆を魅了し、畏怖させる。
その恐怖は外だけでなく、国の民をも脅かす。過去、彼山が怒りに火を噴き、周辺の地を焼き払ったときから、火ノ鹿国の者は贄を差し出すことを決めたという。尊年、昇月の夜のみ、選ばれし生娘が彼の山へと捧げられる。禁足地とされる地に、身一つで投げ出されるのだ。
火ノ鹿と呼ばれる美しき王が統率するこの国。災厄から守るのもまた、火ノ鹿王の采配一つなのだろう。長い年月をかけて国の有様は変わったと言う者も居るが、神に供物を捧げる習慣は異邦人の私には理解しかねる。
美しき王の命、そして彼山の大いなる力は絶対であるこの社会。それは変わることがないと思われる。たとえこの国が途切れようとも、統治者が変わろうとも。永遠に。』
セルス歴759年 水の月 第8週 7日
『ジグルス・ロニーの手記』
火ノ鹿国 第五節 第三項「デルガ火山」より




