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夜咲き峰の人々  作者: 三茶 久
第一章 風の主の婚約者
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五分の三裸の君(2)

 腰に巻き付いた変態仮面は、異様な様子だった。


 腕をぐるりと巻き付かせ、顔をルカの方を見上げる形で微笑んでいる。どっちを向こうが、布を巻いているのだから見えないだろう。いっそこっちを見ないで欲しいと、ルカは視線で訴えた。

 そして奇妙なのは、彼の下半身だ。上半身だけ表に表し、下半身だけを空気中に溶かしているようで生首ならぬ生上裸。肌色一色だ。



「ちょっ、と。はなれて」


 瞬間パニックになって、鷹を振り払う。が、彼はまるで霞のようで、手はすり抜け宙を泳いだ。

 とっさにレオンが駆けてきて、鷹を掴もうとするが、上手くいかないらしい。ただ腰まわりを空振りしている。


「ダメね。……レオン落ち着こう。貴方も。ええと、鷹? 離れてくれない?」

「ん〜、居心地良いんだよね、ここ」

「えっと」



 本気で厄介なと思う。何とかこの変態を引き剥がす方法は無いものかと頭を捻る。なんなら、向こうから喜んで離れたくなる言葉などないものか。

 不本意極まりないが、ふう、と大きくため息を吐いて、残念そうに頬に手を当てる。


「……顔が見にくいの。話もしにくいでしょう?」

「僕とお話ししてくれる気になったのかい?」


 ルカの言葉に、鷹は声を弾ませる。同時にレオンが物凄く嫌そうな顔をしたが、仕方ないだろう。他にうまい言いようがあるなら何とかして欲しい。

 もちろんルカとしても、この状況はとても不本意である。しかし、今後知らないうちに腰に巻きつかれてるなどという恐怖体験は全力で御免被りたい。となると一度腰を落ち着けて話し合う必要があった。



「レオン、席の準備を」

「……畏まりました」


 命令してしまった以上、レオンは何も言わない。指示されるままテーブルを移動し、椅子を二つ並べる。


「どうぞ?」

「ふむ、これはなかなか新鮮だね」


 興味深そうに、鷹はテーブルの方へ移動した。いつの間にやら下半身も見えている。これはこれでやはり視界の暴力だ。


「聞いていたのでしょう? あいにく、お茶は出せないの。悪く思わないでね?」

「うん、そのうちね。楽しみだ」


 ワクワクとした様子が手に取るようにわかる。

 この、鷹という男、見た目も言動も行動も不審極まりないが、このように人間でしかないルカを頭ごなしに否定してこないのはやりやすいかもしれない。

 ありがたくは無いが自分に興味を持ってくれている。彼との接し方によっては、この夜咲き峰で過ごしやすくなる可能性はある。



 二人は向かい合うようにして席に着いた。ルカの後ろには、レオンが。さらに真似するようにして菫も控えている。


「ご存じかもしれないけれど、私は、ルカ・コロンピア・ミナカミ。レイジス王国緋猿将軍の娘です」

「自己紹介嬉しいよ。僕のことはみんな鷹とか、はぐれって呼んでるよ」

「鷹、ねえ……」


 五分の三裸の君とか変態仮面とか……そういった方が似合うのでは、という言葉は当然飲み込んでおく。こうして向かいあっても、目元を隠されてしまっては彼が何を考えているのかまったく分かる気がしない。



「僕ははぐれ。この峰の妖魔じゃないよ。けど、君がこっちにくるのが分かったからね。王都から追いかけて来ちゃった」


 さらりと怖い事を言われて、ルカは固まる。


「王都から……?」

「うん。あそこも僕の行動範囲だからね。……君って面白いよね。僕たち妖魔のことを必死で本から探してた。あんなに求められて、恥ずかしいくらいだよ」

「……!」


 絶句する。貴方のことは求めてないよ、とか、王都から見てたってどう言うこと、とか山ほど言いたいことはあったのだが、言葉にならない。



「ええと、ちょっとまって。頭を整理するから。ええと、菫」

「えっ、あ、はい!」


 まさか自分にふっかけられるとは思わなかったのだろう。菫はハッとしてルカと視線を合わせた。


「貴女が知ってる鷹について教えてもらって良いかしら? ちょっと本人からの話だと……要領を得ないから」

「わかりました。私が存じている範疇ですが……」


 頷いて、菫は続けた。



 どうやら鷹はこの峰に所属する妖魔ではないらしい。どこに住んでいるかは菫ももちろん知らなかったようだが、このあたりには比較的頻繁に現れるようだ。

 宵闇の村にいた頃も、懇意の者がいたのだろう。彼は村へもよく足を運んでいるようだった。

 ただ、峰の連中とは比較的そりが合わないらしい。

 元々縄張り意識の強い妖魔だ。上級妖魔になるとさらに顕著らしく、上級妖魔が数多く生活するこの峰にやって来ては、各領域の妖魔との諍いを繰り返していたようだ。もちろん、鷹にとってはただの遊びだったらしいけれど。


 問題になってくるのは彼の妖力だ。はぐれで、夜咲き峰そのものが持つ妖気を吸収しているわけでもないのに、彼の妖力は膨大らしい。どの峰の筆頭妖魔とも互角に渡り合っているとかなんとか。本当かどうかもわからない情報にルカは目を白黒させた。



 ここまで聞くと、妄想を爆発的にかき立ててくれるキーワードがてんこ盛りであったはずだが、あいにく、ルカの心が盛り上がることは無かった。

 その理由は、ここまで菫に聞き出すまでに、横からああでもないこうでもないと遮っては、自分がいかに偉大でルカが如何に素敵かと吹き込む鷹の相手にほとほと疲れたからに他ならない。


「わかった。貴方がろくでもない妖魔って事が」

「ひどいなあ」


 最終的に「ろくでもない」の一言でまとめてみたが、鷹にとっては大いに不満だったらしい。口をタコの形にしてぶーぶーと発している。もちろん無視だ。話を進めたい。



「話を戻しましょう。貴方が行く、って言ったけど、ちゃんと事態はわかってるの? どうしてそこまでしてくれるわけ? 貴方に世話を焼かれる理由はないと思うんだけど」

「うん。まず、大前提として話しておこうか。僕は、君がこの峰に来てくれて嬉しい。だから協力する」

「だから、それは何故?」

「面白いと思うからだよ。本当は別にも理由はあるんだけど、今言うつもりはないな」


 そう言って鷹は不敵に微笑む。なんと言うことだ。裏があると言っているようなものではないか。「信用できるか」と後ろからレオンのうめく声が聞こえる。気持ちは分からないでもない。


「なるほど、貴方は貴方で思惑があるのね。不安ではあるけど、ハッキリしてる分だけやりやすいわ」

「うんうん、利用してくれて良いよ。あと、別の理由と言っても、君にとって不利益なことじゃあない。今は君たちの秤じゃ測れないってだけさ」

「言ってることがよく」


 訝しげなルカの目に、カラッと笑って見せて鷹は続けた。


「つまりは、僕は、僕の信念にかけて君を裏切らないってことさ。不安なのも分かるから、好きなだけ疑ってくれて良いよ。最初はそれでいい」

「最初はって」

「そりゃ、せっかく君と一緒にいるんだ。仲良くなりたいと思うのは自然の摂理。自明の理だよ」


 あは、と頬を緩める様子が気持ち悪い。

 これが、ずっと付き纏う気でいるのだ。想像するだけで気が遠くなる。ただ現状、撃退方法が全く分からない。


「どうあっても、私にくっついてくる気ね……本当は御免被りたいんだけど。仕方ないから利用してあげる」

「お嬢様!」

「しょうがないじゃない、レオン。まだ堂々と裏があるって言ってくれてるだけマシよ。まあ、他の妖魔とのいざこざに巻き込まれないかだけ心配だけど」

「いきなり大きな不安を抱え込んでるじゃないか!」


 レオンが納得できないように声をかける。

 先程の赤薔薇の例もある。いきなり襲われる事態が発生するかもしれないが、鷹がいない所で襲われる可能性もある訳で。全てがわからないのだ。拒否するより受け入れたほうがいい。少しでも情報が欲しいのだ。


「レオン。この城で何かやるには、手が足りてないのはホントなのよ? それはわかってるのでしょう?」


 ルカの言葉にレオンは押し黙る。

 当然のことだ。きっと、足りないものを計算し、途方に暮れているのはレオンの方だろう。何もないこの峰でルカの生活を管理するには、彼と菫だけでは手に余る。

 反論の声が上がらないことに満足し、ルカは鷹を見つめた。


「鷹。では、私は貴方に頼らせてもらうわ。いい?」

「ご期待に応えましょうお嬢様?」



 恭しく礼をして見せて、鷹は満足げに笑う。

 何がそんなに嬉しいのだか知りたくもないので、早速具体的な話にうつることにする。先ほどバルコニーから見えた人間の街のことを思い出しつつ、意見を出してみた。


「一番良いのは、当面必要なものの買い出しにアヴェンスまで行くことだと思うのよね」

「俺もそう思う。狩りをするよりも、正直効率的だ」

「冬が過ぎたばかりだから、物は少ないかもしれいないけど――家具や雑貨も必要なのでしょう?」

「アヴェンスならそれなりのものがあるだろうな」


 あごに手を当て、考えるようにしてレオンはつぶやく。


「しかし、どうするんだ? アヴェンスと言っても、すぐに行けるような場所でもない。この男に買い出しを任せるわけにもいかないだろうが」

「それなんだけどね。鷹にレオンを連れてってもらうのが一番良いと思うのよね」

「何……?」


 ルカの言葉に、レオンは眉をぴくりと動かした。


「だってそうでしょう? 菫に行ってもらっても、彼女は人間の文化が分からない。鷹は……言うまでも無いよね? となると、鷹を交通手段として利用させてもらうって言うのが一番効率的かつ現実的だと思うのよ」


 当然、鷹は飛べるのでしょう? そう言って、ルカは昨夜――この峰に連れ去られてきた時のことを思い出す。

 黒い妖魔だった。あの妖魔は風の主の部下だろうか。謁見の時、彼の側に控えていたのを見たのが最後になる。

 彼はルカとレオンを両脇に抱え、一晩夜空を飛び続けていた。そんな彼と同じくらい、いや、きっとそれ以上の妖力を抱えているだろう鷹が飛べないはずがない。名前も鷹だしね。と、そこまで考えて、ルカは言葉を付け足す。


「本当は私も行きたいんだけど、こればかりは……風の主の許可がいるわね」

「当たり前だろうが! っていうか、正気か? 俺が? この変態と? 二人で?」


 レオンも、実のところ、一番良い手段であることは分かっているのだろう。

 しかし、何があっても嫌なようだ。いや、とか。だが、とか。しかし、などと声を漏らす。何度も頭の中で問答を繰り返しているのだろう。


「僕はどうせ行くなら、ルカと一緒がいいなあ」

「私だけ連れて行っても意味ないのよ。レオンが行かないと」

「仕方ないから両脇に抱えていってあげるよ」


 鷹の言葉に、やっぱり、と思う。飛べない人間を二人抱えるスタイルは、きっと昨夜の妖魔と同じらしい。


「これについては早々に風の主と相談ね。では、菫」

「はい!」


 今度は不意打ちの呼び立てにもきちんと反応している。真面目に話を聞く姿勢が出来てきたようだ。


「風の主に面会予約を。ちょっとマナー違反だけど、なるべく早く。お願いできるかしら?」

「面会予約ですか?」


 ここで菫がきょとんとした。その反応に、もしかしたらここでも文化が異なっているのかもしれないと言うことを実感する。


「人間の社会では、貴族に面会を求める際まず書簡を出す。その際、侍従が話し合って面会の日時、場所などを取り決める」

「なるほど、そうなんですか……」



 ルカに代わってレオンが説明を始める。

 彼にとっては自分の領域だからだろう。率先して菫と話し合いはじめた。いくつか言葉を交わし合い、早速菫が使いに出ることになったようだ。一礼してそそくさと部屋を退出していく。


 一方で、ルカはぼんやりと鷹を見ていた。


「アヴェンスに行くなら、貴方の服も揃えないとね」

「え? どうしてだい?」

「どうしてって……あのねえ。流石にそんな身なりをした貴方を側でうろちょろさせておく訳にはいかないのよ」

「美しいだろう?」

「どこがよっ」



 自分にうっとりしはじめる鷹に、ルカは全力でつっこみを入れた。

 いろいろ便利そうなのは認めるが、この男に今のまま付きまとわれると、周囲に誤解をまき散らしかねない。一応ルカはこの峰の筆頭妖魔夫人になるわけだ。変な男を従えているという噂は不要である。


「んー、まあ、この美しい体をどう見せるかについては、後ろ向きに検討するよ」

「是非前を向いてもらいたいわねえ」


 やんややんやと服装談義に花を咲かせる。横のレオンは関わることを拒否しているのだろう。もはや空気に溶け込む妖魔のように、気配を消し去っている。


 そうこうしているうちに、菫が部屋に戻ってきた。




「ルカ様、面会許可頂きました。今からでも良いとのことですが」


 思いがけない答えに目を丸くする。

 普通は早くて翌日。一週間以上など当たり前のことだ。これは面会予約のない妖魔社会ならではの返答であると言えよう。


「正直、今の状況だとありがたいわね。レオン、行きましょうか」

「ああ」


 頷き、レオンが先に部屋を出る。菫に何か聞くことでもあるのだろう。彼がルカを待たないことは珍しい。

 部屋に鷹と二人で残されるのも何だか不安で、ルカも慌てて後を追おうとした。



「――ルカ」


 しかし、そう簡単にはいかないらしい。いつの間にか横に立っている鷹に、肩に手を置かれ、はっとした。


「さっきは言わなかったけど、僕、本当の名前はオミって言うんだ」

「?」

「君ならその名前を呼んでくれていい」


 不敵に笑って、鷹も部屋を出て行く。本意が読み取れなくて、ルカはその場でしばらく固まっていた。



 ――本当の名前は、オミ。


「うん、絶対呼ばないようにしよう」


 ろくでもない未来しか、見えないのだから。

面倒ごとはレオンに押しつける方向でいきましょう。


次は婚約者さまとの面会です。

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