表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜咲き峰の人々  作者: 三茶 久
第一章 風の主の婚約者
50/121

静寂な村(2)

 ルカたちの目の前には狼が立ちふさがり、しかし彼も何を言えば良いのかがわからない状態でただ睨み付けている。

 そんな彼が一歩、前に進むだけで琥珀や鴉たちが武器を取り、警戒心を露わにした。


「いい加減にしろ、上級妖魔を集めて、宵闇でのさばるなど……!」

「違うわ。皆の病を治していただけ」

「その結果がこれか!?」

「待って! 私に関わっていない妖魔にも、同じ現象が起きているのでしょう? だったら、一概に私が原因って言えないんじゃない?」

「……」


 狼は悔しそうに唇を噛んだ。

 やはり、この集落外の妖魔たちにも、この現象は起こっているらしい。


「ねえ、狼。貴方と、山猫は動けているのよね? 他にも、無事だった妖魔はいないの?」

「……見てねえ」

「そう……」


 狼自身もどう出たものかと悩んでいる様子で、再び沈黙が訪れる。

 山猫と狼の共通点と言えば、宵闇の村の中でも妖気が強いと言うことだが、それが原因と決めつけてしまっても良いのだろうか。

 どうやら狼には人化の病のようなものはあらわれてないらしい。元々、彼は上級妖魔。豊富な妖気が枯渇することなど、そうそう無いだろう。

 山猫だって、上級妖魔とまではいかないまでも、かなりの妖気を蓄えていることはわかる。だが、本当にそれだけなのだろうか。



「山猫。貴方はなんともないの?」

「俺か? そうだな……正直、芳しくはない」

「え?」

「今朝から随分、妖気の放出が」


 体調が悪そうには見えなかったが、それは彼の精神力の強さがなせる技だったらしい。額を押さえながら、何かに集中するように細く、長く息を吐く。


「何かが、おかしい」


 妖気への影響。それは先ほど鴉が呟いていた内容と同じだ。

 妖気が吸い取られている。それが本当ならば、目の前の妖魔たちは動けなくなるほど、妖気が体に放出されてしまったと言うことだろうか。


 じりと。

 嫌な汗が流れる。

 魔力がまるで無くて、生きているのが不思議なルカはまだしも、本来生きとし生けるものは、魔力・妖気、必ずや何かの力を秘めている。それが体から失われるとしたら……。


 ――死んでいるのと、同義ではないか。



 そこまで考えたところで、ルカの記憶から、ふと、言葉がこぼれ落ちる。


『体を動かす為、人は魔力を補助的に使用するもの。単に、其方には最初に立ち上がるだけの補助がないだけだ』


 風の主はそう言って、自分に妖気を送り込んだ。

 もしまだ、彼らに命があるならば、外から妖気を送り込めさえすれば動けるようになるのではないだろうか。




「琥珀、花梨、お願い。ちょっとで良いの、彼らに妖気を送ってみてくれない?」


 ルカの提案に、皆が目を丸くした。しかし、ルカの言に思い当たる節もあるのだろう。二人は近くに立っている妖魔それぞれに手を当て、軽く妖気を送る。

 妖気の変化はルカにわかり得るところではないが、何らかの力が送られたのだろう。宵闇の妖魔が、ぴくりと体を動かした。しかしそれも一瞬で、直ぐに元通りにかたまってしまう。



「……ルカ。貴女の考えは合っているかもしれませんが、ちょっとやそっとではどうしようもないですわ」

「これ、送り続けたら僕たちの方が倒れちゃうかも」

「……そう。わかった、ありがとう」


 直接的な解決には繋がらなかったが、彼らが動けない原因が妖気の枯渇であることがわかっただけでも成果があった。では、問題はこれをどう解決するかである。



「……何らかの要素が、みんなの妖気を吸い取ってるって事なのよね? 私たちに出来るのは、それを探すこと」


 ルカは周囲を見回した。

 皆が頷き合うようにして視線を合わせ、次に狼を見た。



「狼。むしろ貴方こそ、原因に心当たりは無い? こういったことに私は詳しくないのだけれど、きっと宵闇の村の妖気を吸い取る原因となるもの……例えば、呪いや、魔術具の類いのものが、あると思うの」

「……どうして俺が」

「じゃあ、ここでオロオロしておく?」

「……」


 彼のぶつける先がわからない怒りの色が、徐々におさまっていくのがわかる。逆立っていた尻尾はしょんぼりと下がり、耳までがぺしゃんと折りたたまれた。


 回答に困り、狼は視線を逸らす。

 明らかに迷っているのだろう。今までの病のことに対しても、ルカに対して憎悪に近い感情を持っていたはず。それを横に置いて協力を求められたところで、どうして良いのか分からないのだろう。



 彼は目を伏せしばし。考えを張り巡らせているのだろう。

 そしてじっとしたのち、何かに思い当たったらしくふと顔を上げる。ピクリと、耳が震えるのがわかる。

 そのまま何かを言おうとして口を開き――しかし、結局は声にならず、彼はルカに背を向けた。


「……馴れ合うのは、ごめんだっ」


 明らかに様子がおかしい。

 何かに気がついた様子で言い残し、彼は早足にその場から立ち去ってしまった。

 ルカ自身が狼の後をつけるわけにもいかない。山猫に目配せすると、彼は心得たようにして狼の去った方向へ駆けていった。

 狼の様子は山猫に見てもらうとして、ルカたちは各々に出来ることをするのみ。


 しかし、その後、周囲をくまなく探索したが、結局何の情報も得ることは出来なかった。





 ***





「……はぁ」


 ため息だってつきたくなる。

 一日時間を割いて、成果が得られない。

 動けなくなった皆をこのままにしておいて良いのかもわからず、途方に暮れる。


「お嬢様、今日はもう諦めよう。陽が落ちる。暗くなったら、危険だ」


 レオンの言うことはもっともである。しかし、どうしてもこの場を離れがたくて、ルカは頭を垂れた。


「俺もレオンに賛成だ。……ルカ、お前だけでも下弦へ戻れ。俺がここに残るから」

「鴉」


 鴉も同意するようにして、ルカの背を押した。このまま下弦へと連れて行くつもりなのだろうか。

 しかし、胸の奥底に潜む不安が、離れてはならぬと告げるようで。ルカはぎゅっと、胸に手を当てた。



 その時だった。


 ルカたちの目の前。

 地面が液体のように盛り上がる。

 誰もが妖気の気配を察知できずにいて、構えるのが遅れた。


 何事、と思った時、その泥のような液体から数多の紫の花弁が咲いた。細く長く、鋭い花びらが流れるように咲き、その花弁の中央から真白い手足が伸びる。

 そうして咲き乱れた花弁が突風に散らされるかのように失われていった後、その場に残っていたのは、紫の髪の少女だった。シンプルな黒い膝丈のワンピース。


 少しくせ毛の、冷たい表情の彼女を見た瞬間、ルカはピンと記憶が繋がる。

 彼女とはかつて、白雪とともに顔を合わせたことがある――名は――いや、名乗りはしなかったのだろう。覚えがない。



「……誰ですのっ!?」


 しかし、花梨が声を荒げたところで、はっとした。花梨が、誰かとたずねる。それはすなわち、彼女が、目の前の少女のことを知らないと言うこと。

 しかも花梨に続いて鴉までもが疑問の声をあげる。


「誰だ……あの女」

「何言ってるの?」


 ルカは目を丸めた。しかし、ルカの驚きに誰一人として共感してくれない。

 そして、ルカは彼女と出会った時のことを思い出した。


 あの時は、確か。

 彼女と出会った。夜咲き峰の城の中で。白雪とともに。まるで彼に付き従うようで。

 それは昨日の今日、彼の元にいるような雰囲気では無かった。ずっと以前から、後ろに付き従ってきたかのような。そして彼女と出会った時、皆がパーティの準備をしていたため、ルカの近くに残ったのは――鷹、ただひとり。


 だからこそルカは気がつく。

 彼女は、白雪に取り込まれて、存在を隠されていたのではないかと。下弦の者の目に触れることすら無い、白雪の庇護下にあった。

 しかし、その真意が見えない。ルカの前にだけ姿を現した理由も。

 彼女の存在自体があまりに不気味で、ルカは唾を飲み込んだ。花梨たちが施した結界の中に何故入ってこられるのか。その疑問すらわき起こらないくらい、彼女の存在に目を惹かれた。



 目の前の少女は、不気味な笑みを溢したかと思うと、胸元から一つの石を取り出して、地面に置いた。

 瞬間、風は一切発生しないにも関わらず、突風のような力が全身に襲いかかるのを感じた。

 鴉がルカの体を包みこむようにして護るが、その衝撃は変わらない。心の中をがんがんと揺さぶるような感覚に襲われて、言葉など発している場合ではなくなったのだ。



「何ですの一体っ」

「結界は……」


 花梨と琥珀が、二人の力を重ねがけて作り上げた結界。それをあっさりと乗り越えて侵入した異分子が、圧倒的な力を見せつけている。所謂あり得ない状況に、琥珀は悔しくて顔を歪ませているようだ。

 花梨も滅多に見せない険しい表情で、それでも何とかその力を防ごうと、いつか見せた布のようなものを取り出している。しかし、それらを全て突き抜けてくるかのような突風に為す術もなく、ルカたちはただ呑まれた。



 しかし、その後は何も起きなかった。

 圧倒的な力を浴びせられ、どうなることかと思ったが、何も変わらない。風のようなものが止まったかと思うと、ただ、それだけ。

 薄暗くなった周辺の景色は変わらず、作り上げた建物と、鬱屈とした森が広がっているだけだったのだが。


「……そんな」


 花梨が呟いた。琥珀も信じられないような目をして、周囲を見ている。


「結界が……消えてる」

「えっ」


 ルカは目を丸めた。

 本日、花梨と琥珀が見せた見事な儀式。上級妖魔二人の力を上乗せした結界が、彼女ひとりの力で消されたとでも言うのだろうか。


 そしてルカは感じる。


 ――周囲が暗い?


 いくら暗いとは言っても、宵闇の村でここまで暗くなることなどあっただろうか。

 夜咲き峰は夜でも、幻想的な光の花弁が漂うように美しい――そう、峰を包みこむ布のような淡い光。あれがある限り、こんなにまで暗いことなど――と考えたところで、ルカは頭上を見た。




 そこには、信じられない光景が広がっていた。


 あるのは、陽が落ちてしまったただの宵闇。月も姿を現す気配がなくて、太陽が落ちた後の赤い残光だけがぼんやりとしているだけだ。

 花弁どころか、空の闇に紛れて峰の形すら見えない。こんな異常事態、今まであっただろうか。



「なに……」


 恐れるように、一歩後ずさった。


 何かが起きている。

 自分には理解し得ない、大きな力がこの峰には働きかけている。

 ぶるりと、凍り付くような心地がして、そして同時に気がつく。


 ――夜咲き峰自体の、力が……。


 それは、まさか。



「風様っ……!」


 嫌な予感が全身を襲った。


 ルカの脳裏に蘇る、彼の生まれ石。花梨や琥珀のそれとは違った、弱々しい光しか持っていないそれ。筆頭妖魔としての責は、この峰の結界と妖気の管理。


 その均衡が乱れているのは、何故だ。


「鴉っ!」


 ルカは鴉にすがりついた。ブルブルと震える体をなんとか奮い立たせて、彼に訴える。宵闇の村のことももちろんだが、今は何よりも、誰よりも彼のことが心配でならない。


「私を風様の元へ! 早くっ!!」

夜咲き峰全体に異常事態は広がっていました。

空は真っ暗闇。風の主の元へ行きたいルカなのですが……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ