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夜咲き峰の人々  作者: 三茶 久
第一章 風の主の婚約者
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-幕間- 上弦妖魔会議

 白の空間。

 床も、壁も、柱も。すべてが上品な白に塗られており、調度品も同じように白。部屋の中には大小幾つかのソファーが置かれているほか、テーブルだって用意してある。

 執拗なまでに白の空間では大小三名の妖魔が、各々好きな場所で寛いでいるようだ。彼らは白と黒。上弦の峰の一室において、二色の色を持つ妖魔たちが、空間に溶け込むようにして存在していた。




「あの子、目覚めたらしいですよ」


 突然入り口から声がかかったかと思うと、一人の男が入室してきた。長身で細身の男は、肩まで届くくらいのストレートの白い髪に、一房だけ黄色い毛が混じっている。うっすらとあけられた目は黒。どこを見ているのか一見分からない細目である。


「みゃは〜ん♪ 白鷺(しらさぎ)〜お疲れぇ〜♪」


 ソファーでごろごろしながら、小柄な女が白鷺と呼んだ男に顔を向ける。白い印象の白鷺とは対照的に、少女は全身黒い印象だ。フワフワのフリル一杯の黒いドレスは膝丈。オレンジと黒のボーダーのタイツが妙に目につく。くるくるパーマの黒い髪は、目元まで覆ってしまって瞳の色は確認できない。


「ああ、蜘蛛(くも)。お疲れ様です。君はなかなか良い仕事をしてくれました」

「みゃは〜でしょでしょ♪ もっと褒めてくれていいよん♪ た〜のしかったなぁ、みんな絶望的な顔してて」


 思い出すように笑って、蜘蛛はソファーでごろごろ回転をはじめた。うっとりと当時のことを回想しているらしい。


 蜘蛛(くも)。上弦の峰の上級妖魔。彼女は生粋の毒マニアで、ルカの襲撃の際、彼女に一撃を加えたのも彼女の手によるものである。

 自分の妖気の濃度と、素材の割合を自由に操ることによって、相手にどのような苦しみを与えるのか研究するのがもっぱら彼女の日課だ。




「もうっ、君の手柄だけじゃないでしょ。僕だって手伝ったろっ」

「やだ〜♪ 玻璃(はり)、そんな怒っちゃやだやだ〜」

「気持ち悪い。そんな猫なで声で僕に話しかけるなっ」

「んふ♪ 玻璃ったら。すぐカッカする男の子はスマートじゃないよ〜?」


 もう、本当に玻璃は可愛いんだから♪ と、蜘蛛が言葉を付け足すものだから、玻璃と呼ばれた青年は顔を真っ赤にした。


 玻璃(はり)。少年と青年の境目のような風貌をしている華奢で年若い妖魔だ。白藍の髪はきっちりと切りそろえられており、瞳は濃藍。どこか冷めたような表情をしているが、実におだてられやすく周りに振り回されやすい。比較的扱いやすい人物として、周囲からは認識されている。


 玻璃本人が言ったように、先日のルカの強襲においては蜘蛛と玻璃の二人で決行した。

 蜘蛛が毒に強いように、玻璃は空間に紛れるのを得意とする。あの時は赤薔薇の研ぎ澄まされた感覚が玻璃をとらえることとなったが、それでも気付かれずにあの距離まで接近できたのは大きい。

 上弦の妖魔は二人がかりだった。赤薔薇の防御をかいくぐり、蜘蛛の攻撃をルカにあてることが出来たわけだ。


 赤薔薇は下弦の筆頭妖魔だけあって、その実力は本物だ。

 先日も、こっそり下弦の妖魔たちの集会に聞き耳を立てていたのに、赤薔薇によって発見されてしまった。玻璃にとっては屈辱極まりないが、現在の実力差では仕方が無い。いつか彼女にはリベンジをするとしても、今回の作戦では十分に役割を果たすことが出来た。白雪にも褒めて貰ったし、玻璃的には満足だ。




「んなまどろっこしいこたぁ止めて、首を絞めちまえばいいじゃないか」

「んみゃ〜? 黒犀(くろさい)〜アンタ相変わらず脳筋ねえ〜? だいたい目的分かってる?」

「殺しちまえば話は早いじゃねえか」

「ば〜っか! アンタ白雪様の命令根っこから忘れてるでしょっ。この馬鹿っ! 馬鹿馬鹿っ! ば〜〜〜っか!」


 馬鹿馬鹿と何度も暴言を浴びせられているのは黒犀(くろさい)と呼ばれる男だ。蜘蛛の金切り声のような罵声に顔をしかめて、へいへい、と声をあげる。

 誰よりもがっちりと筋肉のついた巨体は、蜘蛛の言った“脳筋”そのものだ。全身の筋肉を自由自在に操り、目の前の敵を粉砕する。その際、脳みそは特に機能しない。それが黒犀のスタイルだ。

 短い黒髪には縦に並ぶ二本の角。髪と同じく瞳も漆黒で、蜘蛛と並ぶと二人して真っ黒コンビになってしまう。

 蜘蛛はいつも黒犀を馬鹿にして、黒犀もそれを受け流すわけだが、色が合えば気も合うのだろうか。二人はなんだかんだで楽しそうである。



「蜘蛛、そのあたりで止めておきなさい。品性を問われますよ」

「だって、白鷺。こいつったら、白雪様の命令、微塵にも覚えてないんだよっ?」

「かわりに蜘蛛が覚えておいてあげてください。黒犀には無理です」

「みゃふ〜、白鷺、アンタも結構酷いこと言ってるよ〜?」

「事実を申し上げただけですよ。さて……」


 白鷺はそう言って、にこにこと微笑んでいた瞳をすっと、細めた。彼だけではない。全員がある者の気配を感じ、視線を扉に送る。





「おや、皆もう揃っていたのかい。待たせたね」


 扉から入ってきたのは、二人の妖魔だった。

 一人はのっぺりとした印象の薄い顔をした男。 ストレートの長い銀髪を一つに束ね、穏やかな瞳は灰色。長い睫と、白い肌。透明感、という言葉がしっくりとくる。

 そして彼の後ろに付き従うようにして、紫のくせっ毛の少女が立っていた。白や黒。彩度が低い、ほぼモノトーンで構成された上弦の峰の妖魔たちの中で、彼女の鮮やかな紫は妙に目立っていた。



「白雪様。問題ありません。白雪様のためなら、待つことなど」

「そう、君は本当に良い子だね。セルステア」

「……白雪様」


 “名”を呼ばれて、玻璃は喜びに打ち震えた。玻璃ではない、彼の本当の名。この世の中で、声に出して呼べるのはただ一人、白雪のみだ。自分の主に真名を呼んでもらえること。彼にとってこれ以上の喜びなどなかった。



「みゃは〜♪ 白雪様〜、あの娘が目覚めたって、ホントです〜???」

「ああ、本当さ。タチャーナ。流石だ。よく四週もたせてくれたね。君の毒は素晴らしいよ」

「それ程でもあります♪ 彼女魔力も妖気もないみたいだから、ちょこ〜っと調整が不安だったんですけど」

「うん、そこをきっちりと仕上げてくるのが君のすごいところだよ。風もずっと彼女につきっきりにならざるを得なかったみたいだし。本当に助かった」


 タチャーナこと蜘蛛は立ち上がり、白雪に向かって恭しく一礼する。そしてみゃは〜と言いつつ、嬉しそうに再びソファーへ崩れ落ちた。そのまま、褒められた〜うれし〜♪ と満足そうにごろごろ転げ回る。



「白雪様。俺にも何か見せ場は貰えないのですかね? こいつらばっか良いところ、ずるいですよ」

「ガングリッド。わかったわかった。次はちゃんと君にも出番をあげる。しっかり準備運動しておくんだよ?」

「っしゃー! きた! お任せ下さい。あの人間の小娘、引きちぎってやる!」

「こら、ルカに手を出しちゃだめだよ。あの娘は私の獲物なんだから」


 そう言って白雪はにっこりを微笑む。細められた目を見て、賑やかだったはずのガングリッドこと黒犀も、唾を飲み込んだ。少しばつの悪そうにポリポリと頭を掻き、視線を逸らした。


「すみません、気がはやって」

「いや。いいんだ。それが君の長所なんだから。だから、一人で行動せずに、出来るだけ人の言うことをちゃんと聞くんだ。いいね?」



 おまかせください〜♪ と、なぜか蜘蛛が元気よく手を上げた。そして、ソファーから立ち上がり、黒犀の方へ駆けていったかと思うと、彼の背をよじ登る。


「黒犀はあたしが面倒みますぜぃ♪」

「なんだって? 俺がおめーの面倒みるんだろうが、蜘蛛!」

「どの口がそれを言うのか? ん? お前か黒犀お前か〜???」


 ちょこまかと黒犀の体の表面を、器用に蜘蛛は移動する。黒犀はでっかい図体の上に這い回る蜘蛛を捕まえようと、しきりに腕を動かすが、なかなか上手くいかないらしい。体が変な方向に絡まって、うぐあ! と声をあげていた。




「……さて、馬鹿はさておき」

「んみゃ? 白鷺馬鹿って言った! さっき言っちゃ駄目って言ったのに!!」

「白雪様。今後の予定はお決まりなのですか?」


 蜘蛛の抗議をさらりと無視して、白鷺は白雪に目を向けた。白雪は、もちろんだとも、と首を縦に振る。



「ラージュベル。君にはいつも世話をかけるね。前にも話したとおり、しばらくは宵闇の村の妖気制御だよ。狼の方はどうだい?」

「無事に例の石を埋め込んだみたいですよ。三カ所とも」

「ふうん。そっか。アレも宵闇に降りた意味があったみたいだね。私に従うのを拒否して宵闇に降りた割に、結局言うなりとか、妖魔としてほんと恥ずかしいね」



 白雪は、狼の姿を脳裏に描き、鼻で笑う。約十年前。彼はこの峰から去った。理由は本当にくだらないこと。彼は、白雪に膝を折るのを良しとしなかった。妖魔の、妖魔たる誇りを持って、この上弦の峰を去ると宣言したのだ。

 しかし、無理に宵闇に下っても、結局は白雪の言うなりだ。

 決して真名を呼ばせようとはしなかった。その意志の強さは認める。今なら無理に従えさせることも可能かもしれないが、白雪には、一度手放したものを再度手に入れる気にはなれなかった。狼にはもう、興味を割くことができないのだ。



「あの娘、今から宵闇に手を出すと思うけど、もう間に合わないんじゃないかなあ。宵闇から妖気を吸うだけ吸ったら、今度はあの娘を取りにいくから」

「白雪様。あの娘に入れ込む理由はなんですか? 魔力も妖気もないんでしょう? ただの人間以下の小娘じゃないですか」


 皆の疑問の代理にでもなるかのように、玻璃が声をあげた。玻璃は、白雪が上弦の者でもないのに入れ込むのが気にくわないらしい。

 白雪はそれに薄く微笑んで、言葉を返す。


「セルステア。君はまだ少し、ものを見る力が足りないかな。私が欲しがるんだ。ただの人間なはずがないだろう?」

「では、何なのですか?」

「それは君たちにも言えない。アレは私の獲物だ。万が一でも、君たちが欲しくなったら困るだろう?」

「そんな……白雪様のものを横取りしようなんて」

「それがどうなるかわからないから言ってるんだよ。いつ君たちの気が変わるかしれない。……ほんと、面白いのを拾ってきたものだよ。風ってば」



 口元を押さえて、くつくつ笑う。

 最初はただの小娘かと思っていたが、彼女があの石――レイルピリアと出会ってから、なるほど、そういうことかと合点がいった。

 そもそも鷹が付き従っていることがおかしいと思っていた。彼ははぐれだ。この峰の妖魔とも折りがあわないし、そもそも風の主は彼のことを毛嫌いしていたはずだ。

 なのに、鷹は下弦に住み着き、他の妖魔も何も言わなかった。彼の存在を受け入れ、共に行動しているという奇怪さ。

 そう言えば、彼が瞳を隠し始めたのも、そう遠くはない過去のことだと思い出す。



「彼女が眠っている隙に、宵闇の準備は終わったし。後は時が満ちるのを待つだけだよ。そうだね……新月の夜あたりがいいかもしれない」

「新月。……ああ、なるほど、そういうことですか」


 心得たり、と、白鷺が笑う。蜘蛛もにぃ、と笑みを濃くして、玻璃も大きく頷いた。黒犀だけがきょろきょろと周囲を見回し、首をかしげているが、蜘蛛に頭をぽかりと叩かれている。アンタに説明しても無駄だから、と、酷い言葉を浴びせられつつ。



「ミメイ、宵闇の方は君に任せて大丈夫だよね?」


 最後に、白雪は振り返り、彼に付き従う少女に声をかけた。

 ミメイこと(あざみ)は、きらきらと透き通るような紫の瞳に強く光を宿らせて、笑った。


「はい、私にお任せ下さい。我が(あるじ)


 自信に満ちた笑みに、白雪は満足そうに頷いた。


 白雪は、思う。

 さて、あの人間の娘。宵闇の状況を見て、どう返してくるものか、と。

上弦妖魔大集合です。

白雪だけが、本当の名を呼べます。


次は、ルカの元への来訪者です。

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