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夜咲き峰の人々  作者: 三茶 久
第一章 風の主の婚約者
30/121

宵闇の村

「……菫には二度と来ぬよう伝えたつもりでしたが」

「そうですね。でも、それは何の強制力も持っていない。納得できない事態を放置できるような人間ではないのです、私は」

「それで、この数で我々を脅しなさると言うのか」



 責めるように、言葉を吐き捨てる男。菫がついに会えなかったと嘆いた彼こそが矢車(やぐるま)だった。硬質な青紫色の髪を一つに束ね、落ちついた瞳の色は藍。村の中でも年長者という話だったが、目の前の彼は他の妖魔とも大差ない二十なかば位の青年だった。


 穏やかとも聞いていた彼に悪態をつかれるのも無理はないとルカは思う。今日のルカは、未だかつてないほどの大所帯だ。

 ルカと菫とレオンに加え、下弦の妖魔の四人全員が首を揃えている。さらに、鷹までもが姿を現してふよふよと浮いているものだから、詰め寄られる下級妖魔もたまったものではないだろう。


「脅しているつもりはありません。彼らはただの護衛です。もちろん、そう見えないのも仕方が無いことでしょうが」

「そうですね。ですが、この状況で話し合いなどできないでしょう。お引き取り下さい」



 さっさと話を終わらせようとして、矢車はきびすを返す。こうやって家から出すに至っただけでも、大人数で押しかけたのは正解だったと思われるが、結局門前払いになってしまうならば元も子もない。待って、と強く呼びかけ、ルカは一歩前に出た。


「教えて下さい。菫に、訪問の意図すら訊ねず、一方的に我々を排した理由は何ですか?」

「……」

「言い換えましょう。なぜ“追い払うという判断ができたのか”。そこを伺いたいのです。私に会いたくないと菫を追い払ったこと自体に、今、何か言いたいわけではありません」


 ルカが下弦の峰を掌握しているという。その情報を掴んだからこそ、彼らは会わないという選択肢を選んだ。とすれば、その情報を与えたのが誰なのか。

 宵闇の者の心を開くためには、ルカに見えていない大きな障害がある。まずはそれを取り除くべきだと判断した。


「少なくとも今、私に対して良い感情をお持ちでないのはわかっています。しかし、貴方はもともと好意的だった。菫を私のために派遣してくれましたし、情報収集に協力してくれたこともあったらしいですね? そんな貴方が何故手のひらを返さざる状況に陥ったのか。私は、そこが知りたいと言っているのです」

「……何のことでしょうか」

「あくまでしらを切りますか」


 ルカを拒否するかごとくの物言いに、周囲の妖魔たちがピリ、と感情を荒げているのがわかる。手も口も一切出さぬよう、口を酸っぱくして伝えてはいる。しかし、押さえきれない彼らの感情を、ルカは手で制した。



「……お騒がせして申し訳ありません。今日はこれにて。また訪問させて頂きますね」

「何度来られようが、対応は変わりません」

「そうですか。ですが残念ですね。私、しつこいのです。では、また」


 最後に笑顔を浮かべ、矢車に背を向けて歩き始める。横から琥珀が物言いたげな様子で見つめてくるが、ニッコリと笑って諫めた。

 一族の集落を離れるところまでしばらく歩き、ルカは鷹に声をかける。




「鷹」

「ん? 僕をご指名?」

「今の接触で、宵闇に何か動きがあるはず。しばらく、花の一族を見張っててもらっても?」

「ん、ラジャー」


 全てを承知したように、鷹は姿を溶かしてしまう。ルカの勝手な想像ではあるが、こういった身を隠す行為は下弦の者と比較しても、鷹が圧倒的に上手なのではと思う。ルカには鷹の気配が分かるが、皆はそうでもないらしい。突然現れる彼に、驚いている様子を多々見かけるのだ。



「どういうことですの?」


 意図が読めないのだろう、花梨が首をかしげる。彼女的には、この大人数は威圧を与えるためのものだと認識していたのだろう。もちろん、全然違う。


「大々的に下弦の者たちが花の一族に接触したわけでしょ? 宵闇全体が私たちを警戒しているならば、花の一族に何があったのか情報収集に行く者もいそうじゃない?」

「ああ、だから鷹ですの」

「そ。不本意ながら、隠密活動には向いてるでしょ。彼」


 頭の回転も良いしね、と、ルカは頭の中で付け足しておく。見た目は不愉快きわまりない彼だが、モノを見る目は確かだ。きっかけさえ作っておけば、彼の方で背後関係などを洗い出してくれるだろう。




 ***




 しかし、ここで鷹を切り離した行為を、ルカは大いに後悔することとなった。

 ルカの想像を遙かに超えるレベルで、宵闇の者たちは、単純に生きていたのだ。彼らは、人間の貴族とは異なる生き物だと思い知らされた。



「ルカ!」


 突然鴉に引き寄せられ、ルカは大きく目を見開いた。

 西の森ももうすぐ終わりに差しかかり、転移の広場まであと少し、というところだ。



 状況が把握できずに目を白黒させる。問答無用で鴉はルカを、レオンの方向へ押しつける。そしてすぐさま、空中に飛び立った。

 他の妖魔たちもおのおの、空気中から自分の武器を取り出し身につける。全員が異なる方向へ構え、ルカを中心にして防御隊列を組むまでが一瞬の出来事だ。


 目の前に大きな灰色の塊が迫ってきたかと思うと、赤薔薇が真っ向から受け止めた。



「チッ、ブラッディ・ローズの名は伊達じゃねえってか。ナメんな!」

「……その名。呼ばないで」


 赤薔薇の反撃に、灰色の塊はすぐさま後ろへ飛ぶ。速さで一瞬何か分からなかった物体は、どうやら男性の妖魔らしい。

 薄鈍色の髪に焦げ茶の瞳。ピンとたった三角耳とごわごわの尻尾を持つ彼。その獣のような姿を見た瞬間、「ああ、狼だ」と、ルカは理解した。名乗らずとも名前が分かるとは、なんと親切なのだろうか。

 ぼけっと目の前の妖魔に気をとられ、ハッとする。周囲を見渡すと、数多くの妖魔たちに取り囲まれているようだ。先頭に狼が立っていることから、森の一族と見て間違いないのだろう。



「いきなり何をするの」

「こっちのセリフだ! お前こそ! 下弦の上級妖魔を従えたからといって、調子に乗るんじゃねえ!」


 狼の遠吠えのような言葉に、周囲の妖魔たちも大きな声で同意する。


「調子に乗ってなんかっ。そもそも、従えてなんていないわ! 仲良くなっただけ!」

「信じられるか! 現に今、ここに従えているじゃねえか!」


 怒鳴るように吠えて、狼は再びルカの方へと飛び込んでくる。周囲の妖魔たちも、恐れることなく突進をはじめた。



「お嬢様、勝手に動くんじゃないぞ!」


 レオンがそう告げ、懐から幾つかの魔術具を取り出す。

 小さな粒のような石に息を吹きかけ、前方に投げつけた。それと同時にナイフを取り出し、迫り来る妖魔たちをあしらい始める。

 時間差で魔術具が発動し、上空へ貫く風の戒めが現れる。下級妖魔の体を風が縛り上げ封じ込めた。なるほど、下級妖魔相手であればレオンの方が遙かに実力が勝っているようだ。


 菫も意を決したかのように、 鏢を取り出し、ルカを守りつつ周囲を牽制し始める。下弦の四人はそれぞれ四方に散り、下級妖魔たちを退けていった。



「待って! みんな、今日は退却するわよ!」


 しかし、ルカは声を張り上げて全員に呼びかけた。


「正面を抜ける! 転移の陣まで、走るわ! 逃げるだけで良いっ、殺しちゃだめよっ!」


 上級妖魔が多いため、このまま上空に逃げるのも有りかもしれない。しかし、誰かを抱えながら逃亡するリスクもあるだろう。人数比的にも一点突破が好ましいとルカは判断した。

 殺してはいけない。宵闇の村に降りてくるときも、下弦の妖魔たちにはあらかじめ伝えておいた言葉だ。ルカとしては別に聖人を気取るつもりはない。しかし、今後宵闇の村との悔恨を残さぬ為にも、殺さないのは絶対だ。




 鴉と赤薔薇が先頭を走る。流石武闘派。戦い慣れているのだろう。

 狼を押さえて、下級妖魔たちの主戦力を蹴散らしていく。トン、トン、と軽いステップで飛び込み、妖気を流し込んでいるようだ。一定以上の妖気を流し込むと、元々の妖力が強くない下級妖魔は耐えきれないらしい。ぱたり、ぱたりと倒れてゆき、道が切り開かれる。

 花梨は相手の攻撃を防ぐことに専念しているらしい。妖気の布のようなものを手に取り、飛んでくる武器や妖気をたたき落としていく。琥珀は小さな光の玉のようなものを多数放ち、敵の獲物を落とすことを楽しんでいるようだ。


「走るわよ!」


 邪魔にならないよう、周囲の様子を見つつ、道が開けたら前進する。狼だけが厄介で、体勢を崩してもすぐに立て直し、こちらに攻撃を仕掛けてくる。

 それでも、やはりルカたちは上級妖魔ばかりの集団だ。狼一人では太刀打ちが出来ず、転移の広場まではあと少しのところまで来た。


「ちっ! 行かせるか!」

「こちらのセリフだ。退け、狼」

「うるせえ鴉!」


 狼と鴉が刃を交える。先頭付近で残る宵闇の妖魔はもはや狼くらいだ。狼は鴉を一対一で相手するのが精一杯らしく、ルカたちにも余裕が生まれてくる。その時だった。




「!」


 赤薔薇が上を見上げ、すぐに飛び立った。何ぞ、と思ったとき、ルカの左腕に小さな痛みが走る。

 何らかの上空からの攻撃を赤薔薇が防いだらしい。しかし、全てを受け止められず、僅かな妖気がルカを切り裂いたようだ。


「お嬢様!?」


 レオンが悲鳴のような声を上げる。と同時に、全員の視線がルカへと集まる。別段たいした痛みでも無かったので、大丈夫、急ぎましょうと声をかけようと思ったときだった。



「……あ」



 口は開くが、言葉が出てこない。

 あれ、おかしいな、と思ったときはもう手遅れで。ぐるんと体の中が引っかき回されるかのような不快感に襲われ、目を見開いた。

 レオンがルカの右手を引っ張る。そうだ、転移の広場に走らないと、と心が悲鳴をあげる。鴉が何かを叫ぶのが目に入る。でも、耳が音を拾わない。色彩は色を失い、周囲の動きがすべてスローモーションになってそのまま、ルカの意識は暗転した。

ルカは抵抗能力ゼロです。

わずか一撃で気を失ってしまう不始末です。

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