パーティをしよう!(2)
その後は缶詰の日々だった。風の主にも白雪の話を聞いたけれども「気をつけろ」と言うだけで、具体的に何かを教えてくれたわけでもなかった。
白雪の出現で、城の探索もそこそこに部屋に戻った。すると行き先を告げずに外出したことをレオンに怒られ、白雪と遭遇したことに酷く動揺され、彼らが準備の間極力部屋を出ないようにと約束させられた。
せめてもと毎日赤薔薇のところだけ軽く訪問しては、部屋に帰って研究のまとめ。
一人だけの部屋は随分と広く感じたため、鷹が姿を現してくつろいでいる様子が妙にありがたかった。もちろん、その気持ちを鷹に告げることなどするはずもなかったが。
そうこうしているうちに時間は経過し、あっという間にパーティ当日を迎えることになった。
「さ、ルカ。こちらですわ」
花梨に手を引かれまず案内されたのは、彼女の部屋だった。
この部屋も琥珀の手がかかっているらしい。彼女らしい華やかな内装で、花をモチーフにした可憐な模様が壁紙に描かれている。重たい色の木素材をベースに、金や白の彫刻や装飾がちりばめられ、豪奢で、見応えのある部屋だった。
「すっごい。花梨、綺麗よ。この部屋」
「まあ、ルカったら。お上手ですこと。こちらですわよ」
花梨に手を引かれ、奥の小部屋に通される。光りの扉を潜って、驚いた。そこには所狭しと、色とりどりのドレスが掛かっていたのである。
「すごい……! これ、もしかして」
「どれも渾身の作ですわ。もちろん、今日のものもね」
ニッコリと微笑む花梨は実に楽しそうだ。薄紅色の瞳がきらりと輝いている。
衣装部屋の中央に用意してあるドレスを、彼女は楽しそうに手に取っている。ルカのものと見て間違いないのだろうが、どうして、採寸もしないのにサイズが分かるのだろうか。指輪の件もあったし、何らかの調整がきくのかもしれないが、ルカは困惑する。
花梨が手にしているのは、涼しげな青をベースとした上品なドレスだ。花梨が着ているドレスは、タイトで体の線を美しく見せるものばかりだが、ルカ用のそのドレスは、ルカが普段から身に纏っているふんわりとしたラインを参考にしているのだろう。てらてらと光沢感のある青がするりと流れ、所々に青い薔薇の飾りをちりばめている。スカート部分は透明に近いヴェールが何層にも重なり、上品ながらも十分に華やかな雰囲気を醸し出している。
「すごい……綺麗……」
細部までの丁寧な作り込み、全体のバランス、どれもこれも素晴らしい出来だった。王都でも見たことが無いような美しいドレス。それに引き込まれるかのようにして、ルカはふらふらと前に進む。
「もう、ルカはそうやって褒めて下さるから。本当に私を喜ばせるのがお得意だこと」
「ただ思っていることを言ってるだけだよ」
「普通の妖魔はそのようなこと、言いません。私も好きでやっているとは言え、他人に認められることもなかなかに嬉しいこと。さて、準備致しましょう」
嬉々として花梨はルカの準備に取りかかった。わらわらと花梨の眷属たちも手伝いに集まってくる。普段着ているシンプルなドレスを脱ぎ、彼女の用意したものを着直す。さらさらとした手触りは心地よく、見ための割に随分と軽かった。
初めての着心地にルカは驚愕する。妖魔のドレスは彼女の常識を根本から覆すものだった。
「これ、すごい。花梨、私こんなの着たの初めて!」
「そうですの? ルカさえよければ、いくらでも作りますわよ。喜んで下さるなら作り甲斐がありますもの」
「ほんと? お願いしたい、是非! うわあ、楽しみ」
そう言い、ルカはうっとりと片手を頬に当てる。これはなかなかに快適だ。レオンも興味を示すだろうし、日々の生活の質がぐっと向上するだろう。
「出来ればもうちょっとシンプルなものだと嬉しいけど。楽しみね。また相談させて貰っていい?」
「もちろんですわ。いつでも、大歓迎ですわよ」
「ありがとう! 出来れば、今度は作るときの様子も見てみたいな。興味ある!」
「まあ!」
ルカの言葉がよっぽど嬉しいのだろう。花梨はますます頬を紅潮させ、瞳をきらきらと輝かせている。彼女のもつ華やかさにぐっと彩りが増したようで、その美しさにどぎまぎしてしまう。
「興味を持って頂けるお友達が増えて、こんなに嬉しいことはありませんわ。貴女は本当に素直ですのね、ルカ。この城に来てくれて……私、嬉しいです」
思いがけない感謝の言葉にどきりとする。彼女の笑顔に嘘偽りはない。ここまで自分を好いてくれて、受け入れてくれるだなんて、この峰に来たときには考えもしなかった。
「私も、花梨と仲良くなれて、本当に嬉しい。これからもよろしくね、花梨」
ドレスを着付けて髪の毛をセットしてと完全に花梨の着せ替え人形になったわけだが、ルカは満足していた。仮にも女の子であるからして、お洒落に興味が無いわけでは無い。
普段は動きやすさを圧倒的に優先しているため、着るものにある程度の制限をかけてはいたが、今日はその限りではない。
琥珀が準備してくれたパーティ。どのようなものになっているかは全く分からないが、特別なイベントではある。豪奢なドレスを着ることも吝かでは無いし、琥珀も喜んでくれるのではと思う。
それに、豪奢と言っても、本日のドレスは普段ルカが愛用している実用性重視のものよりも、遙かに着心地が良いのだ。根本的な違いは素材なのだろう。ルカがこれまで触ってきたどの布よりも軽く、光沢感のある生地。何の素材が使用されているかなんて想像だにできないが、この素材は革新的だ。
同時に、もしこんな素材が出回れば王都がひっくり返るだろうと思うと、ひやりとした心地がする。人化し、いずれは人と商売なり取引なり為ねばならなくなったとすると、この素材を量産できるようになったら大きな武器になるだろう。ただし、流通のさせ方は非常に神経を使いそうではあるが。
歴史を学んできたルカは、大きな発明を境に、歴史が何度もひっくり返ってきたことを知っている。彼女の身につけたドレスも、それくらいの力はあるだろう。この素材を欲しがる者は貴族で、特に女性。莫大な金額で取引され、女性たちが浪費していく様が簡単に想像できる。
――怖い。
ルカは目を閉じた。その影響の程が計り知れなくてうんざりだ。このあたりはレオンとみっちり煮詰めなくてはいけないだろう、と心の中で結論づける。
それに、革新的な素材はこれだけではないのだ。琥珀のカット技術にしてもそうだし、この峰の至る所にある水晶――月の雫だってそう。どれもこれも、人間に与えるには質が良すぎる。ジグルス・ロニーが蒔いたミリエラの種レベルの案件ばかりだ。
「ルカ?」
呼びかけられてハッとする。難しい表情にでもなっていたのだろう。
「……ああ、ごめん。ちょっと考えごとしてた! あまりにこのドレスがすごくてさ、早速作り方についての考察とかいろいろ」
「本当に研究熱心ですわね」
「今日は控えようと思ってたのに。花梨のせいだよ。ドレスがすごいから、つい」
そういってクスクス笑う。目が合って、花梨もはにかむように笑った。
花梨に連れられ琥珀の部屋に行くと、琥珀が目を輝かせて出迎えてくれた。
「ルカ待ってたよ! うわー! 可愛い!」
いつもと様相の違う彼女を見て、琥珀は頬を紅潮させる。髪飾りなどは琥珀のお手製だと聞いた。ぐるりとルカの周囲を回って、その仕上がりを確認している。
「うんうん、いいね。さすが僕。ルカによく似合ってる」
「素敵な髪飾りをありがとう、琥珀」
「ううん。僕も楽しかったから!」
かく言う琥珀も、本日はおめかししているらしい。柔らかいクリーム色のたっぷりとしたシャツに、黄色のベスト。品のあるカメオのブローチがとても素敵で、つい見入ってしまう。
彼の服装も素敵だったのだが、次にルカの目に入ったのは、琥珀の部屋の変わりようだった。
以前はクリーム色と白がベースのものだったと覚えているが、今日は淡い黄色と緑をベースにした春らしい部屋に様変わりしている。
「随分と雰囲気が変わったのね」
「今日のために模様替え。表面の装飾を変えるだけだから、そんなに手間でもないんだよ」
「……人間だったら、これを何人も動員して数週間かけて直すのよ」
一見少年に見える琥珀だ。これをたった一人で、しかも1週間あまりで仕上げてしまうだなんて、誰も信じないだろう。
「妖気をどう効率的に使うかだけ気をつければいいんだよ。さ、奥へどうぞっ」
大きな丸テーブルには、人数分の席とカトラリーが用意されている。その中央には、すでに料理が所狭しと並んでいた。それぞれの料理は、大皿で種類ごとに盛りつけてある。
――懐かしい。
驚きで目を丸めてすぐ、ルカは破顔した。
レオンが彼らに伝えたのだろうか。それぞれの席が準備されているあたり、立食のダンスパーティとも違うこのスタイルは、王都の貴族の屋敷ではまず見られない。ルカの家を除いては。
皆で同じ皿の料理を分け合い、共有する。ルカの父カショウが出自したゲッショウの食事スタイル。ルカはそれが、とても好きだった。
ルカが喜んだのがわかったのだろう。琥珀も嬉しそうに飛び跳ねる。浮かれた様子で、飲み物入れてあげる、と、いそいそと準備を始めた。
「ありがとう琥珀。とても嬉しい。みんな家族みたい」
破顔して喜ぶと、照れるようにして琥珀が手を動かし始める。すこしでも良いところを見せたいのだろうか。押しつけがましい親切が、妙に可愛く感じた。
奥からは新しい料理を持って、菫や鴉が顔を出す。なるほど、今日は鴉もお手伝いらしい。
二人とも花梨と琥珀の玩具にされたのであろう。普段とは違った、華やかな装いをしている。鴉などは目が合った瞬間、すぐに視線を外してしまった。普段が黒づくしであるため、今日の服装がよっぽど恥ずかしいのだろうか。とはいえ、彼の好みは花梨も考慮しているのだろう、紺をベースに黒を使用した、華やかさは控えめのスタイリッシュなデザインとなっている。
「ルカ様。今日の料理は、みんなで作ったんですよ?」
菫が自慢げに報告してきた。
普段、料理に関してはレオンにまったく任せて貰える気配がないらしい。なので、今日のお手伝いがよっぽど嬉しかったのだろう。
「ここ何日も、毎日練習したもんね。レオンが厳しいんだよ」
琥珀も辟易しているようだった。若干遠い目をしているが、悪い気もしないのだろう。頬が緩んでいる。
「お嬢様が食べるんだ。ヘタなものだせないだろうが」
すると、不機嫌そうに奥から現れたのはレオンだった。両手に大皿を二つ抱えて、テーブルに隙間を作ってはつめこむ。
若干顔色が悪そうなのを見ると、相当苦労したことがありありと伺えた。
「レオン、大変だったね」
「まったくだ」
レオンは、ふん、とため息を吐いた。そしてチラリと料理を見やる。
テーブルに並べられている料理を見ると、彩り豊かだけれど、シンプルな料理が多いようだ。素材の質を生でいかして、凝った盛りつけにしているものも多い。火を通したり、ソースを作ったりと複雑なものを極力避けていることが伺える。
確かに、盛りつけだけなら、彼らに適正はありそうである。
「もちろん、今日はレオンも一緒に楽しめるんだよね?」
レオンに視線を戻し、尋ねた。今日は彼も、普段着とは異なる服を身につけている。
深い緑の落ちついたフロックコートは、花梨渾身の作とも言えるような細やかな金の刺繍がちりばめられている。柔らかなシャツは滑らかで、嫌みの無いゆったりとしたフリルが印象的だ。
なるほど、これを着せたいが為、花梨はあんなにも大乗り気だったわけだ。
「皆が参加しろとうるさいからな」
憮然とした面持ちで、レオンはそう告げる。
「レオンさんは、ルカ様を本当に大切にしていらっしゃいますから。大変だったんですよ、説得が」
「そうだよ。この準備で一番大変だったの、レオンの説得なんだからね!」
なるほど、とルカは思う。曲がりなりにもルカが主であるわけで。そんな主と席を共にするのが憚られたのだろう。たしかにレオンは嫌がりそうだ。
「みんな、よく説得してくれたわね」
しかし、ルカは大満足だ。当たり前として従者として仕えてくれてはいるが、ルカにはレオンの立場に対するこだわりがない。側に居てくれればそれでいいのだ。だから、いつまでもルカに頭を下げる必要は無い。
ましてや、人間社会と切り離された夜咲き峰だ。身分だの何だの、一度切り離してみてもいいだろう。レオンが彼の能力を生かせる場を用意したいとは、常々思っているのだ。
――料理手がいない今は、とてもじゃないけれど無理だけど。
この問題はかなり深刻だ。掃除や洗濯ならば、比較的菫も対応しやすかったらしいが、料理だけは難しいようだ。ルカとしても、出来れば毎日美味しいものを食べたいと思っている。ちなみに、かつて役割分担して自分も魔力が必要ない範囲で手伝うと告げたら、即効却下されてしまっていた。
だからこそ、こうやって並んで食事をすることがとても嬉しい。うきうきしていると、準備も整ったようだ。全員が同じテーブルに腰掛け、目の前の料理に胸をときめかせる。
「こほん。本日は、僕の準備したパーティにお越し下さいまして、誠にありがとうございます」
琥珀が立ち上がり、恭しく一礼する。きっと練習したのだろうが、セリフが彼に馴染まず、あまりに可笑しい。拙い言葉を一生懸命話す様子が微笑ましく、頬が綻んだ。
「今日のパーティはみんなで一生懸命用意しました。ルカに楽しんで貰えたらと思います。では、乾杯!」
気持ちのたくさん詰まったパーティ。嬉しくない筈がない。感無量で、胸がいっぱいになる。
隣に座ったレオンが、結局料理を取り分け、従者まがいのことをするのも可笑しい。働いてないと落ち着かないのだろう。
反対側に座った鴉も負けじと料理を取り分けるものだから、ルカの目の前には結局料理が山積みになる。
「待って、待って。こんなにたくさん、食べきれないんだから」
そうして、二人の暴走にストップかけようとしたところ、自分の背後から聞きなれない声がした。
「大丈夫。そしたら私。食べるから」
もしゃもしゃと、片手で鶏の丸焼きを頬張りつつ、そう告げる少女の瞳は真紅。白い肌に華奢な体躯。
赤い薔薇を纏った美しい少女は、無表情で、目の前の鶏を蹂躙していた。
「――――赤薔薇っ!?」
赤薔薇の突然の来訪に、当然周囲は大騒ぎ。
「お肉。美味」
けれど彼女はどこ吹く風。ただ、黙々と肉にかじりつくだけだった。
お肉に誘われて赤薔薇の登場です。
次で、第一章の前半が終了です。
風の主におめかしを見せにいきます。ルカは完全に花梨の操り人形です。




