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夜咲き峰の人々  作者: 三茶 久
第一章 風の主の婚約者
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新しいたからもの

 琥珀の腕は本物だった。正確には、琥珀を含めた眷属全員の腕が本物だった。

 細々とした細工道具を手にして、それぞれの石の表面を繊細にカットしていく。所々に妖気を混ぜ込んでいるようで、シンプルな道具ではあり得ない精密さを誇っていた。いとも簡単にペンダントチェーンに取り付けられ、四つのペンダントが出来上がる。琥珀なんかは、ちゃっかり自分の物も余分に作り込んでいた。


 最後にルカのものを手伝ってもらったわけだが、これがなかなか難航した。

 石のカッティングはそもそも諦めるとして、チェーンに取り付けるだけなのだが。ルカ自身が妖気を扱えないのもあって、琥珀も、どう説明して良いのかわからなかったようだ。

 仕方ないのであっさりと諦め、お守りとしてポーチに入れておくことにする。


「ごめんね、せっかく教えてくれたのに」

「んー、妖気ないんじゃしょうがないよ。僕も他に方法を考えてみる。このまま放置するのも僕の美学に反するしね!」


 なかなか頼もしいことを言ってくれる。

 思わぬところで上級妖魔と繋がりが持て、今後交流も増えそうだし、教育計画としても大きな前進である。彼は自ら人間の文化に興味を持ってくれているから、放っておいても勝手に学習していきそうだ。

 大きな一歩に満足しながら、琥珀の部屋を後にすることにした。




 ***




「さてと」


 問題は、ここからだ。

 鴉に渡すためのペンダントは準備できた。後は、これをどうやって渡すか、それが問題である。

 部屋に行くのは正直憚られる。あの環境に再び身を置いたところで、前回と同じ失態をするのは目に見えている。


 追いかけ回した一週間で、彼の行動は何となくわかってきている。彼のお気に入りの場所も。

 積極的に逃げられさえしなければ、彼と遭遇することは可能そうだ。ただ、前みたいに茶番のような逃走劇に付き合ってくれるかどうかは謎だが。

 しかし、止まっていても仕方が無い。彼とはルカが追いかけるだけの関係しか築けていない。以前も今も、何も変わらないではないか。

 ポーチの中に、彼へのプレゼントがあるかを最後に確認し、ルカはある場所へと向かった。



 ルカの部屋の更に下階。そこには下弦の峰から外に出る大きな扉がある。そこを出たからと言って、あるのは変わらず断崖絶壁になるわけだが、少々広めの庭があり、誰が育てているでもないのだろうに多様な花が咲き乱れていた。


 その花の更に向こう。崖のすぐ側に、彼はいた。何を考えているのかはわからない。ただ、立っている。今日はいつもと違って、何やら峰の下の方を見つめているようだった。


 まず、そこにいてくれたことに感謝する。ルカには気付いていないのか、それとも、気付かないふりをしているのか、こちらを見る気配はない。




「鴉!」


 遠くでピクリと、鴉の肩が揺れるのがわかる。どう声をかけて良いのかわからず、いつも通りのセリフを吐き出した。


「今日も逃がさないわよ」


 少し早足で、彼に駆け寄る。鴉は振り返り、悲しそうな目をして、笑っていた。

 初めて見る表情に、どう反応して良いのかわからない。しばらく、無言で向かい合う。いくつも頭で言葉を考えていたのに、いざという時に全く出てこない。なんと役に立たない頭だと自虐的に考えると、少し可笑しかった。


「……私、貴方に謝りに来たの」


 結局何も思い浮かばなくて、単刀直入に告げることになる。

 彼は予想すら出来ていなかったのだろうか。驚いたように目を見開き、ルカをじっと見つめている。


「貴方の宝物。どんなに貴方が大切にしてたのかわかっていなくて。部屋から飛び出して、私、貴方を傷つけた」


 苦しくなって、目を伏せる。

 自分が生理的にどうしようも無かった状況でも、彼を傷つけた事実は変わらない。ルカには、何の言い訳も出来ない。


「ごめんなさいっ!」


 たまらなくなって頭を下げた。目を閉じ、ぎゅっと手を握り、体を強ばらせる。

 それはとても長い時間に感じた。しかし、頭を下げることしか出来ない。彼の許しを得るまで、それ以外に出来ることなどないのだ。



「――なぜ」


 聞かれて戸惑う。正直に話していいものか、悩んだ。ここで真実を伝えることで、彼をもっと傷つけてしまうのではないか。そんな迷いに囚われる。

 しかし、ルカは風の主に宣言していた。ただ、話す。言葉を尽くせば良いのだと。


「鴉にはわからないかもしれないけれど、私たち人間が、どうしても苦手な物が置いてあったの」

「……」

「そしたらちょっと、体調を崩してしまって。貴方の目の前で倒れるわけにも、失態を犯すわけにも行かなかったから、仕方なく逃げ出しちゃった。ごめんなさい。でも、どうしようも無かったの……その、しばらく寝込んでしまうくらい、どうにもならなくて」


 最後は言い訳のようになってしまう。――違う、こんな事を伝えたいのではないのだ。


「そうじゃないの。私の事情がどうこう言ってるわけじゃないの。私はただ、貴方を悲しませたことが嫌なの」

「俺のことなど、気にすることでは」

「気にする。私は気にする。お食事、喜んでくれたのが本当に嬉しかった。毎日追いかけ回すのも、気にかけてくれるのがわかって、私、楽しかった。貴方と仲良くなれて、本当に嬉しかったの。だから今、貴方がこんな顔しているのがすごく悲しい」


 鴉は視線を彷徨わせた。相変わらず微動だにしないが、逃げる様子も無く、ただ、聞いてくれている。


「鴉の部屋ね。苦手な物もあったけど、私の好きなものもたくさんあったのよ? でも、貴方に伝えられなくて、もどかしかった」

「好きなもの?」


 尋ねる鴉に、ルカは頷く。「例えばね」と、ポーチに手を入れた。

 彼の側に歩み寄り、ルカは彼の手に触れる。優しく開いて、そこにペンダントを一つ落とした。

 キラキラと瞬く皆月の光。彼は目を奪われるようにして、じっとみつめる。



 瞳を潤ませ。戸惑うように。躊躇うように。存在を確かめるように。

 何度も何度もルカとペンダントを交互に見る。苦しげな表情をして、やがて彼は決意したかのように、口を開いた。



「……好きだ」



 頬を真っ赤にしているのがわかる。気が緩んだのか、瞳がずいぶんと優しい色に変わった。やはり鴉はキラキラが好きだったようだ。こんなにも素直に喜んでもらえて、ルカは安堵する。

 ルカに見つめられているのに気付いたのか、鴉が視線を上げる。ふと目が合って、ルカは微笑んだ。


「私も、好きよ」


 そうして、開いた鴉の掌を、ぎゅっと握らせた。

 ペンダントが与えられたことに驚いたのだろうか。彼は頬を真っ赤にさせて、視線を泳がせる。


「どうしたの?」

「……なんでも。じゃ、あ、お前は、別に俺の宝物が嫌いなわけでは」

「嫌いなんかじゃないよ。そりゃ、どうしても無理なものはあったんだけど。鴉が大切にしている物を否定なんてしない」


 そこまで告げると、鴉が今度はがっかりとした瞳で下界を見下ろす。


「何か? ……まさか」

「……」


 握りしめている手が、ふるふると震えているのがわかる。

 何が起こったのかわかって、ルカは崖の下が見える位置まで駆けた。見下ろしてみたけれども、そこにあるのはただの崖だ。一歩でも進めば、命はない。


「もしかして、全部?」

「仕方ないだろう」


 とんでもないことをしてしまった。

 自分の行動一つで、彼を傷つけただけで無く、彼の宝物を全て失わせることになってしまった。ぎゅっと胸が潰れる心地がして、つい身を乗り出そうとした。しかし、それも鴉に押さえ込まれる。


「鴉?」

「いい。いらないんだ。俺には、全部」

「でも、全部大切な宝物だったはず」


 ぺたりと地面に膝をついた。もう、言葉が見つからない。どのように償って良いのかもわからない。

 何も言えずに落ち込んでいると、そっと、後ろから鴉が手を伸ばしてきた。そして優しく頭に触れる。


「もういいんだ。俺には、新しい宝物があるから」


 吃驚して、ルカは鴉を見上げた。

 照れているのだろう。頬を真っ赤にしたまま、ペンダントを握りしめている。相当頑張って言葉にしたのだろう。その気持ちが嬉しくて、ルカは笑った。



「鴉。お願い。もし許してくれるなら、私と友達になってくれるかな?」

「仕方ないだろう。お前と友達に――友達?」

「うん。お願いっ」

「……いいだろう」


 ようやく、言葉が伝わった。

 風の主に話したとおり、きちんと、伝えることが必要だった。それが実感となり、ルカの胸をくすぐる。


 耳の奥で「春だねえ」と嘯く、鷹の声が聞こえた気がした。

春が来ました。


次回は、次の犠牲者を決めます。

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