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夜咲き峰の人々  作者: 三茶 久
第一章 風の主の婚約者
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石の声

「まさか、このような形で宵闇の村へ戻ってくるとは思いませんでした」


 首をかしげて菫が呟いた。

 外は夜。月夜の明かりがあるにしても、ルカたちの居る場所には僅かにしか届かない。

 周りはすべて土に覆われ、外に面する壁には採光用の穴がいくつも連なっている。夜咲き峰の絶壁に添うようにして掘られた坑道は、宵闇の村のごく近くにあった。


「お家にはまだ返してあげられそうにないから、心苦しいんだけど」

「いえ、いいんです! ルカ様は、まだ宵闇の村の者と面識を持つ気がないのでしょう? 目的を果たしたら、すぐにお城に帰りましょう」

「レオンも怒ってるしね」


 夜に外出することに、レオンは激怒した。当然ながら、許可など貰えなかったわけだが、かくなる上は強硬手段である。鷹に話したところ、実に愉快そうにここまで連れてきてくれたわけだ。その流れで、村の周辺に詳しい菫まで巻き込む形になってしまった。帰ったら一緒に怒られる仲間が出来たことは、非常に心強い。




 風の主と相談したその日、ルカはすぐに鴉に謝る方法を考えた。

 言葉だけで伝えても、勿論いい。しかし、今の彼に自分の言葉が届くとは考えにくい。いろいろ検討した結果、何か、鴉の好きなものを用意しようとの結論になった。一瞬料理も頭をよぎったが、出来れば後に残るものがいい。

 もちろん、彼の好むものなど非常に予測しがたい。しかし、彼の宝の中には、ルカにとっても比較的わかりやすいものが含まれていたのも事実だ。


 ――キラキラと、光るものが好きみたい。


 彼のコレクションの中でルカが理解し得たのは、光物だった。宝石の原石やら、美しい彫刻のネックレスなど、彼女にとっても好ましいものを探して、彼に渡したい。

 それから、自分もキラキラが好きだと、お互いの認識を確かめ合う。そこまでいけたら満点だ。



 とりあえず自分の手で何とかしてみたくて、この坑道までやってくることになった。

 夜咲き峰では、いくつかの輝く鉱石が手に入るらしい。城にも光る石がたくさんあったし、きっとこの峰の妖力故の物質があるのだろう。

 鷹の助言により、夜にわざわざやってくることになった。夜だと、鉱石たちがお話しするから探しやすい、と鷹は言っていた。その現象がどういったものなのかは理解できないが、この峰に詳しい者を信用する形にした。

 というわけで、この薄暗い坑道の中を歩き回ることになったのだが。


「暗いね。明かりは?」

「明かりはつけない方が、よく石の声が聞こえるのですよ」


 菫も慣れているのだろう。余裕のある笑顔で歩みを進める。


「ルカ、足元危ないよ。ほら、僕につかまって」


 セリフだけ聞くと、鷹は非常に紳士だ。だが、その手にはのらないでおく。


「菫、いいかしら?」

「もちろんです。こちらにどうぞ」


 どうせ捕まるなら、菫の可愛い手の方が良い。差し出された手を握りかえして、ルカは歩く。




 奥へ、奥へとぬけていくと、月明かりが届かない代わりに、周りの壁がキラキラと輝き始める。それは夜咲き峰の城内と同じ輝きで、やはりこの地形をそのまま利用して建てられた城だと言うことがよくわかる。


「すごい、綺麗……」


 吸い込まれるように進んでいくと、今度は水晶が輝いているのが目につき始めた。これも城の中で見るランプのような水晶だ。なじみ深いけれど、一層暗いこの場所では、輝きかたが城の比ではない。


「これは月の雫、と言われていて、月の妖気を多く溜め込むことが出来るのです。我々妖魔にとっても、重要な“糧”ですわ」

「これを、食べるの?」

「うふふ、ルカ様たち人間とはちがいます。月に祈り、この石に秘められている力のみを頂くのです。ですから、この坑道は我々宵闇の村の者にとって、とても重要な場所なのですわ」

「勝手に入っちゃっていいの?」

「ええ、勿論です。皆、ここがないと生きていけませんから。誰でも入って良いのですよ」


 なんと不用心だとルカは思う。人間の考え方をするなら、つまりこの坑道さえ押さえてしまえば、宵闇の村を掌握することが容易いと言うことだ。

 あまりの認識の違いに頭痛を覚えつつ、少し、考え方を提示してみる。


「例えば、誰かが独り占めしたりとかさ……」

「? それをして、どうするのです?」

「うーんと……やっぱり、やめとく」


 やはり、思った以上に純粋らしい。きょとんとする菫に、下衆な考えを植え付けるのも良くないだろう。軍事に繋がる考え方は、もう少し機を待った方が良い。そう思い、話題を変えた。



「この鉱石って、どれも城で見たものばかりね。このあたりは、この……月の雫が主な産物なの?」

「そうですね。でも、さらに奥に行くと、他の石も見られますよ。種類が豊富ですので、鴉様が気に入る石があるといいですね!」

「うんうん。探す探す!」


 キラキラと輝く様子は、とても美しい。夜咲きの峰には他にどんな種類の石があるのかと想像すると、心が浮き立つ。単純なる知識欲が襲ってきて、ルカはにやけた。



「んー、こっちの方から、声が聞こえるな。ごめんごめん、ちょっと、僕にはその気がないんだ」


 突然鷹が壁に向かって話しかけるものだから、正気を疑う。しかし、すぐに彼の妖気が何かに反応したという事実に考えを巡らせる。横では、感心したように菫が声を上げていた。


「私にはさっぱりです。鷹様は、やはり妖気がお強いのですね」

「妖気が強いと、石の声が聞こえるの?」

「ええ、眷属、ってお聞きになったことありませんか? 石や花など、妖気の強い物資には強い魂が宿っています。声を聞き届けることによって、それらを使役するのですわ」

「眷属って、自然の物資そのものだったの!?」


 新しい発見に、ルカは大きな声をあげた。

 ルカの今までの考察では、眷属というものは、力を持った妖魔が自分の分身を生み出すような感覚だと認識していた。だからこそが眷属の妖力は、従える本人由来でないということに驚きを隠せない。主にあたる妖魔と、別の物資の間に従属の契約をもちかける感覚なのだろうか。

 理解すると同時に、妖魔自身に使役の制度を持ち出すのが難しく感じてくる。つまり、これら石や花と同じ役割をしろと言葉をかけるわけだ。とてもではないが了承できないだろう。


「あー、私、また思い違いをしていたみたい……」

「そうなのですか? 仕方ありませんよ、私たちは、違う存在なのですから」

「そうなんだけど」


 言って、途方に暮れる。じっと押し黙って考え込んだときだった。




 ――……――!


 きーん。と。頭の中に音がよぎる。


 ――…―…!


 高い音。金属のベルを軽く叩いたかのような。

 夢か。幻か。目を大きく見開き、ルカは押し黙った。



「ルカ様?」


 何事ぞ、と菫がルカの顔をのぞき込んでくる。少し前では、鷹が面白そうにこちらを振り返っていた。



 ――…――…!


 音はまだ遠く、坑道の先の方から聞こえてくるようだった。

 呼ばれたような気がして、フラフラと、足を前に進める。菫が隣で慌てたように何か言っているけれど、耳には入ってこない。



 ――……――!


 ―――…―…!


 ――…――…!



 音は何度も同じ旋律を奏で、ルカを誘い込む。ゆっくりとした足取りは、やがて早足になっていき、そのうち早く会いたいと駆けはじめる。

 音を追いかけ、追いかけ、たどり着いた先。それは少し広いドーム状の場所だった。




「?」


 菫が怪訝そうな顔つきで、周囲を見ているのがわかる。どうしたのだろうか、と、疑問に思っても、それはすぐにかき消された。


「あ――」


 すぐにわかった。

 今、自分を呼んでいたのは、この石だ。

 名前も知らない見たことのない大きな丸い石だった。しかし、それはふよふよと宙に漂い、月の雫とは比べものにならないほど透明な輝きを持っている。

 光の色は白。夜咲き峰でも見たことのない純粋で優しげな色に、ルカは言葉を失った。



 ――……――!


 ―――…―…!


 ――…――…!



 相変わらず、高い音は途切れることがない。ただ、その声は目の前の石が発している、それだけは確かだ。



 ――やはり、呼ばれている。


 ルカの脳裏に響いてくるその声は、言葉こそ人の物とは違えど、意図が直接伝わってくるようだった。おそるおそるその石に近づき、ルカはふっと腕を上げる。

 そして、両手で抱え込むくらいの大きな石は、ルカが触れたとたん、一層まばゆい光を放ち始める。

 目が開けていられない。手をかざしたまま、ルカは両目をしっかりと閉じる。まぶたの裏にも焼き付くくらいの強い光は、しばらく輝きを放ち続け、やがて、静まりかえっていった。


 その光が弱まるとともに、ルカの頭の中に言葉――声のようなものが流れ込んでいく。それが何なのかはわからない。だが――



「皆月」


 脳裏に浮かんだ名前を呼ぶ。先ほどの金属のような高音の中から僅かに聞こえた声だった。


「レイルピリア」


 呼んで、確信する。やはりこれは、名前だ。この石の。皆月という名前。真名がレイルピリア。何故かはわからない。だが、レイルピリアが呼んで、ルカが答えた。それだけが事実だ。


 先ほどの大きな光が、ルカの中に流れ込んでいくのを感じる。石の命のようなもの。レイルピリアとルカの間で命を共有するような感覚。

 優しくてあたたかい光が心地よくて、ルカはただ身を任せた。




 そうしてしばらく。目を開けると、呆然とした面持ちで菫がこちらを見ているのがわかる。ふと周囲を見回したら、先ほどのドーム状の空間など無くなってしまっている。変わらない坑道がただひたすら続いていて、呆然とした。



「はは、驚いたな……」


 そう呟いたのは鷹だ。いつものような人を逆なでするような微笑みはそこにはない。彼もただ純粋に、驚きを隠せないようで、視線を彷徨わせている。

 気がつくと、ルカの手のひらには、自身が持つペンダントと同じくらいの、小さな丸い石がのっかっていた。


「レイルピリア、って言うんだって」

「石の真名ですね。名だけでなく、真名まで聞き及ぶとは……驚きを隠せません」

「どういうこと?」

「……私の口からは何とも」


 そう言って、菫は首を左右に振る。鷹もおそるおそる近づいてきて、ルカが握る石をのぞき込んだ。


「見事だね。こんなの、初めて見た。すごい妖気だ」

「妖気?」

「うん、大事にしなよ。真名での契約が結ばれているから君以外の者は使えないけれど、かなりの力を秘めた石だよ。これは」


 楽しそうに笑って、鷹は続ける。


「君が近づいてきたから、必死で呼びかけたんだろうね。向こうから道を開いてくれてた。きっと、永い時間君を待ち続けていたんだよ」

「ん、ちょっと意味が」

「僕にはわかる」


 鷹は自慢げに話すけれど、ルカにはさっぱりだ。このまま鷹に聞いてもよくわからないだろう。こういうときは風の主を頼った方が良いとルカはすでに学習している。



「ルカ様、あれは?」


 さて、どうしたものかと考えていると、菫が地面を指さした。ルカの足元を見てみると、そこには同じ皆月の小さな石がたくさん転がっている。


「レイルピリアが、おまけしてくれたみたい」


 なんとなく、レイルピリアが主張しているのがわかった。くつりと笑いを漏らして、ルカは地面の石を拾い上げる。

 片手ではこぼれ落ちるくらいの数だった。全てをポーチにしまい込み、満足そうにそれを見つめた。


「これなら、鴉も喜んでくれるんじゃないかな」

「え!? 差し上げてしまうのですか?! それほどのものを!?」


 ルカの言葉に、ますます理解できないのであろう。菫は両手で口を押さえ、驚いていた。


「当たり前でしょう。とても貴重なものみたいだし。レイルピリアも、そうしろって。それから――」


 ルカはそう言い、菫の方に足を進める。


「これも、貴女に。これからよろしくの、証として」


 彼女の手を握り、皆月を一つ、ころんとのせた。信じられないという表情で、菫はルカを見ている。オレンジの瞳がこぼれ落ちそうなほど大きく開き、湿気を帯びていた。


「私なんか。あの光景を見られただけで、もう十分ですのに」

「私のために。持っておいて?」

「ありがとうございますっ……」


 そこから先は声にならなかった。菫は皆月をぎゅっと握りしめ、大事そうに手のひらを開いたり閉じたり、何度も見直している。

 頬はピンクに染まり、それはもう、可愛らしかった。

 彼女のそんな様子が見られただけで、ルカは満足だ。この一週間頑張っていたけれど、もともとの下地がない彼女だ。レオンに怒鳴られては凹んでいるのを知っている。彼女にも何か出来ないかとは思っていたのだ。


「部屋のみんなで、おそろいのアクセサリでも作りましょう。鷹も。仲間に入れてあげても良いけど?」

「うんうん、当然だね!」

「あー、気が変わりそうだなあー」


 そうやって、3人でひとしきり笑う。

 元来た道を帰った後、全員そろってレオンに怒鳴られるまで、笑顔は消えなかった。

キラキラを手に入れました。


さて、次は加工です。

新しい妖魔さんもお目見えです。

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