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夜咲き峰の人々  作者: 三茶 久
第二章 火の主の愛し子
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小さな軍隊(2)

「なんだ、喧嘩を売りに来たわけじゃねぇのか」


 さもつまらないと言わんばかりに肩をすくめたのは、薄鈍色の髪の男。ごわごわした量の多い髪を一つに束ねた彼――狼はくつくつと笑う。お前が来るのは珍しいな、と。



 宵闇にやって来て早々、ルカは皆を幾つかのグループに分けた。

 琥珀達にはいつも通り、村作りを好き勝手やってもらうとして、赤薔薇やテッド、菫たちは食糧班だ。こちらはまた後で様子を見に行く。

 ロディ・ルゥには一旦峰に帰ってもらって、ソニアと一緒に街へ出てもらう。先日の吟遊詩人のまねごとに関する特訓を始めた後くらいから、彼らも彼らで上手くやっているそうだ。ロディ・ルゥの悲鳴に似た泣き言をたまに聞くようになった気がするが、きっと気のせいだろう。

 で、最後。

 ルカが一番賑やかな兄を引き受けて、アルヴィンと一緒に向かったのが、森の一族のところなのだった。



 宵闇の雰囲気が変わってから、狼もまた、良い意味で宵闇の妖魔らしくなっていた。

 以前のような精神的不安定さがなくなった彼は、ルカたちの顔を見回した後、リョウガやアルヴィンに目をとめて、納得するように頷いた。


「なるほど、どうせ後でドンパチか」


 不安な一言が付け足されて、ルカは頬をひきつらせる。しかし、まあ、今から行うことはあながち間違いではない。


「って、あれ? 狼ってリョウガ兄様と面識あったっけ?」

「んあ? ちょいちょい来るじゃねえか、そいつ」

「え? いつの間に?」

「鴉と一緒にやって来ては、手当たり次第喧嘩売ってよ」

「兄様!?」


 知らぬ間にすっかり大暴れ、もとい、仲良くなっていたらしい狼とリョウガの顔を交互に見る。リョウガもまた破顔して、ルカの肩をバシバシと叩いた。


「時間が有り余っているからな。琥珀がこっち来るときに、連れてきてもらってたんだ」

「どうしてまた……」

「そんなもの、決まっているだろう。鍛錬だ!」


 びしっと言い放つ彼に迷いはない。険悪な様子ではないため、概ね受け入れられてはいるのだろうが――それでも、狼はもともと上級妖魔。いくらリョウガであろうと、人間の彼では相手になるはずもない。



「大丈夫だ、ルカ。琥珀がいつも側にいる。俺も、可能な限りは」


 隣に立つアルヴィンが、補足をしてくれる。が、アルヴィンは可能な限りルカの側にいるのを、ルカが一番よく知っている。結果として、付き添う頻度は高くないのだろう。

 自由な琥珀が付き合い続けるわけもなく、アルヴィンの保証に信頼度は皆無だ。


「……まぁ……生きているから。大丈夫なんだろうけど」


 ケラケラと笑うリョウガは、これまでも変わった様子を見せたことがない。大けがをしたとかいう報告も入ってこなかったし、それなりに上手くやっているのだろう。

 まさかの繋がりに驚いたものの、これからの事を考えると、ある意味とてもありがたい。



「狼と気が合うなら、話が早いわね」


 これは嬉しい誤算と考えるべきだろう。

 ほう、と息を吐き、ルカは狼にリョウガの様子を訊ねてみた。


 彼の剣技はこちらでは珍しいものらしくて、妖気ナシの肉体勝負をしながら、遊んでいるらしい。ルカにとっては遊びでも何でもないわけだが、本人たちは楽しそうなので、特にツッコミを入れないでおく。


 今は大勢の妖魔たちと合流する前に、狼に大まかな話をしておきたい。

 彼に皆を集めるようにお願いすると、不審な顔をしながらも、別の妖魔に指示を出してくれる。そして歩きながら、ルカはぽつぽつと、今回の訪問の目的について語り始めた。




「あのね、狼。お願いがあるの」

「なんだ? また、変なモン作るとか言わないよな?」

「あはは、生産係は琥珀とか赤薔薇とかにお願いしてるから」

「――だったら何だ?」

「え? 貴方の大好きな、体を動かすお願いだけど?」


 そう告げると、分かりやすく狼の目が光った。

 薄々気がついてはいたが、狼は宵闇では頭ひとつ分飛び抜けている。強いて言うなら、山猫が相手になるくらいだろう。

 それは勿論、彼が上級妖魔であることに起因しているが、だからこそ、並び立つものがいない物足りなさを感じているのではないかと思っていた。


「虹の侵食――そう言って、貴方は話が通じるのかしら?」

「ルカ?」


 ルカの言葉に制止をかけたのは、アルヴィンだった。

 躊躇なく話すルカに目を白黒させながら肩を掴む。しかし、ルカはここで話をやめるつもりなど毛頭無い。


「アルヴィン。エリューティオ様や皆が影で何とかしてくれているのを黙って見ている私だと思う?」

「……うっ」

「私はね。自分も力を使う覚悟を決めたけれど、私ひとりで何とかしようなんて、もう、思ってないの」


 勝ち誇ったようにふふふ、と笑いながら、ルカは狼を見やった。

 肉食動物の鋭い瞳が、ルカに圧倒されるように怯んだものだから、益々ルカは目を細める。


「貴方たちにとっても、見過ごしていいものではないはず。しっかり協力してもらうからね?」





 ***





 カンッカンッ!

 ザッザッザッザッ!


 四方八方から金属音やら爆発音やら、ド派手な音が響き渡って、ルカは頬を引きつらせるしかなかった。

 ここの住人ってば、鍛錬というか喧嘩というか、拳を交えるだけで楽しくなれちゃうらしく、明るくも殺伐とした空気に頭が付いていかない。


 宵闇の妖魔たちの大半は人化がかなり進んでいるけれども、アルヴィンのように空っぽになってしまった例は稀らしい。

 生まれによる特殊能力は健在な者もいるようだし、ここにいるのは何らかの武器に特化した者ばかり。森の一族に加え、空の一族、石の一族の武闘派を中心に集められた皆は、組み手をしながら己が能力を発揮していく。



「ほうほう、なるほどな」


 ルカから直接お願いを聞く形となったリョウガもまた、興味深そうに周囲の様子を見ている。が、その瞳はごく真剣なようだった。初めて見るリョウガの横顔に、ルカの方が落ち着かない心地になる。


 リョウガと言えば、いつも全力疾走。唾を飛ばしながら大声闊歩しては、訓練だと称してそこここで喧嘩を売ったり買ったりやっぱり売ったり――峰に来てからも菫相手にあたふたしているか猪武者よろしく突っ走っているか、あるいはアルヴィンと喧嘩しているかのどれかだったはずなのだが。

 狼と情報を擦り合わせるように打ち合わせをするリョウガは、そのどれにも当てはまらなくて、どうにも調子が狂う。



「空の一族はひとまとめが良いだろうな――狼、空の一族以外で、飛行能力が健在な者は?」

「そもそも、俺だけだな。跳躍力に優れた者はいるが」

「いや、そいつらは別に編成した方が良いだろう」


 トントン、と周囲の妖魔を数えつつ、リョウガは頭の中で何か計算をしているようだった。

 以前ソニアが軍の中では優秀なだと言っていたかもしれない。しかし、てっきりお世辞の類いだと思っていた。

 それ程に、ミナカミ家次兄は、家の中――特にルカの前では、こんなに真面目な表情を見せることなどない。皆無だ。思い出す限り全力でさかのぼっても、ない。ルカに良いところを見せようとして失敗しているのが関の山だ。


 しかし、考えてみると、王都で自由に動き回ることが出来なかったルカが、彼の軍での一面を知ることなど出来るはずもなかった。いくら武門とはいえ、ルカの行動範囲は、決して広くなかったからこそ。



 狼と二人で段取りを決めていくリョウガを、ルカはぽけーっと見守った。それはアルヴィンも同じようで、顎に手を当てて、興味深そうに見つめている。

 元々宵闇で喧嘩友達を増やしていたらしいリョウガは、何名かとは既に顔見知りらしく、その者たちの特性を中心に部隊を編成していく。すっかり慣れた様子で、普段彼は軍隊でもこのようだったのかと実感するに至った。


 声をかけて集めては、全体を幾つかのグループに分けていく。妖気を多くまとう者、力に自信がある者、技術が確かな者、防御に自信がある者……それぞれのグループに様々な能力の者を混在することで、バランスをとっていく。

 空の一族だけ別にして、全体を幾つかのチームに分ける。大まかに分けたところで、こんなものか、と口にした。



 一方、集められた皆はいまだに暴れたりないらしい。一旦戦闘態勢に入った彼らは、無理矢理中断されたのが口惜しいらしくうずうずしている。流石選りすぐりの武闘派、と言ったところか。

 まあまあ、とそれを宥めながら、リョウガはチーム毎に皆を固めていった。


「なんだなんだ、何で俺がこいつと一緒なんだ?」

「対抗戦でもするのか? ハハハ!」


 どこからともなく挑戦的な言葉が聞こえてきたところで、リョウガがにぃ、と笑顔を見せる。その通り! と、大きく頷くと、皆が一斉にリョウガの方を向いた。


「ねえ、リョウガ兄様っ」


 彼がいきなり何を言い出すのか予想さえつかない。だからこそ声をかけようとするが、自信に溢れた笑みを返されてしまっては口を閉じるしかない。

 ぐっと押し黙ったルカに向かって、リョウガはそっと耳打ちをした。

 「景品、奴らを釣れそうなやつ、考えておけよ」と。一体何を、と瞬いたところで、彼は高らかに宣言した。



「今夜、このチームで分かれて狩りをする。なァに、ちょっとした遊びだ。なぁ、狼」


 狼に声をかけ、彼の方からこの峰で起きていることを話してもらう。

 外から、夜咲き峰に干渉しようと働きかけている者がいるということ。同時に、自分たちの住処を乗っ取られるかも知れない事実や、火ノ鹿率いる陽炎(かげろう)の動きも怪しくなっている事実まで。


 元々誇り高き妖魔たちは、各一族による縄張り意識も強い。他の妖魔の地の干渉など許すはずもない。

 更に長寿の妖魔の中には、虹の残滓、そして終焉の話に大きく反応する者も見受けられた。一気に場の緊張が高まり、ルカも息を呑む。



「ま、そういうわけだ。早速今夜、このチームに分かれて、倒した数を競い合う。一体一体の力はさほどないみたいだが、確実に妖気をぶつけて消滅させないといけないらしい。だから、各チームそれぞれに、妖気の使える者を配置している。動きを止める者、追い立てる者、とどめを刺す者――それぞれよく話し合って、役割分担をするのが大事だな」


 リョウガがそうまとめると、皆、戸惑うようにお互いの顔を見合っていた。

 森の一族をはじめとした宵闇の住人。じゃれ合いの中で戦闘になる様は何度も目にしているけれど、それは個人対個人。しかも、上級妖魔たちのように派手な妖気を使っている様子も見受けられなかった。

 彼らの体が変化して、おそらく、以前のような力を使えなくなった者も、少なからずいるはず。だからこそ、個別に事に当たらせるわけにはいかなかった。


 隣で、アルヴィンが不思議そうに皆の顔を見つめている。ぐるりと視線を一周させて、やがて、リョウガの顔を見る。

 リョウガは少し困った様に笑って、再度皆に声をかけた。


「妖気のない俺は、どうやって連携をとるかくらいしか教えてやれないがな。息が合った部隊ってやつぁ、それは怖いんだ」

「部隊」

「ああ、そうだ。ま、お前らは試してみた方が良いだろ。話すより、もうひと暴れするか!」


 かかかと笑いながら、リョウガも己の刀を担いで、皆を連れて行く。

 具体的な動きを教えつつ、実戦をしてみるらしい。人間らしい戦術の立て方に興味があるらしい妖魔たちが、真剣な顔で意見をぶつけ始めている。

 リョウガの後を追いかけるように、狼も集団に加わる。ひとつの班と集中的に打ち合わせを始めた様子から、彼らを中心に据えてもぎ栓でもするのだろうか




「リョウガ兄様、ちゃんとしてる」

「ああ」


 取り残されたルカとアルヴィンは、呆然と彼らの姿を見つめていた。

 アルヴィンは、羨むような、眩しいような遠い目で、リョウガの背中を追っている。


「ねえ、アルヴィン」


 だからルカは、静かに彼の名前を呼んだ。皆とわいわいと溶け込むリョウガ達の背中を見つめながら、彼に言い聞かせるようにして、提案する。


「貴方も、しばらくここで、頑張ってみる?」

「ん?」

「リョウガ兄様と一緒に。宵闇の、皆と一緒に」


 ルカの言葉に、アルヴィンはしばらく固まった。彼の小さな瞳が、ふるふると小刻みに震えている。同時に、ぎゅっと拳を握りしめた。

 そうして明らかな動揺を見せた後、彼は、捨てられた子犬のような、途方に暮れたような表情を浮かべた。


「――それは、俺に、宵闇に下れというのか?」

「!? 何でそんな解釈をするのよ」

「しかし。力不足な俺では、宵闇が似合いだと」


 完全に斜め上の発想に、ルカは首を横に振る。そうも悲しそうな表情をされるとは、露とも思わなかった。ルカよりもはるかに大きな体をしているのに、まるで小さな子供のようだ。

 くつくつと笑みを溢すと、アルヴィンは戸惑うようにして、手を前に出す。しかし、その手は、所在なさげに宙を彷徨うだけだった。



「……馬鹿ね。私が貴方を突き放すはずがないでしょう?」

「だが!」


 珍しく声を荒げるアルヴィンに、ルカは大きく息を吐いた。


「まあ、私も言い方が悪かったわね、ごめんなさい。そうじゃなくて、貴方の勉強にもなるかなと思ったの」


 ルカの言葉に、アルヴィンは動きを止める。混乱状態にある彼には、今の説明では言葉が足りなかったらしい。


「これからこの峰はもっと変わるわ。火ノ鹿のことだけじゃなくて、他にも外部からの干渉はあると思うの。そうなった時に、対抗できる手段は必要よ?」

「しかし、上級妖魔が事に当たれば良いだろう?」

「適材適所があるのよ。もちろん、火ノ鹿みたいな妖魔がやってきたら、流石に宵闇の皆にお願いするわけにはいかないわ。でも、今回のような案件なら、皆の力を頼るべきよ。毎日毎日、エリューティオ様ひとりが身を削るなんて、馬鹿馬鹿しいと思わない? みんなの峰なのだから、皆で守るべきでしょう?」

「……それは、そうだが」

「それに――人化することで、皆、共同生活を余儀なくされるわ。これまで以上に。人は、ひとりで生きていけるようには出来ていないもの。だから、今のうちに、団体行動に慣れておいて欲しいってのはある。そして、それには、導く者が必要なのよ」

「しかし。リョウガも、狼もいる。きっと山猫も合流するだろう」

「いいえ。リョウガ兄様はいつまでも峰にはいないわ。狼たちに任せることになった時、峰の上の妖魔と、宵闇の妖魔を繋ぐ者が必要なのよ」

「だが」


 アルヴィンは頑なに否定した。いくら妖気を失ったとは言え、彼の強さは本物なのを、ルカは知っている。

 卑屈なくらいに己を責めて、ルカから離れようと出来ないのは、完全に彼の不安の現れだ。

 そして、そばにいながら彼は己を責めるのだろう。いざという時、自分は役に立てないのだろう、と。



「アルヴィン。私も意外だったんだけど、リョウガ兄様は、ちゃんと軍を取り仕切っていたみたい」

「?」

「集団での行動、軍の編成の仕方、守るとき、攻めるとき……皆の動かし方について、彼から学べる技術は学んでおいて。興味、ないことはないでしょう?」

「それは、そうだが」

「これまで以上に皆の人化が進むようなら、覚えておかなきゃならない技術なの」


 だから、お願い。と、改めて彼に頭を下げる。

 アルヴィンは戸惑うようにルカ頭を見下ろした後、再びリョウガたちの方向に目を向けた。


「何か、引っかかっていることが他にあるのか?」

「――ええ」

「そうか」


 短く言葉を切って、アルヴィンは頷く。

 半ば言いくるめる形になったが、彼と、皆を繋げておきたい。それはずっと彼を側で見てきたからこそ、不安に思う気持ちがあるからだ。


 ――アルヴィンにも、何かいい発見があるといいんだけど。


 力を失った彼が、再び歩き出すきっかけになればいい。そう願ってしまうは、欲張りなのだろうか、と。

リョウガと狼を中心に、宵闇の軍備を整えます。


次回は、冬に向けての準備(食材編)です。

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