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夜咲き峰の人々  作者: 三茶 久
第二章 火の主の愛し子
104/121

-幕間- 続・特別輸送部隊

 世界が、反転する――。

 夜風を全身に受けながら、テッドは遠ざかる空に視線だけを置いていくような感覚を味わった。


「何だアレは――!」


 世界の半分は夜の海、そしてもう半分は寂れた砂浜。

 逆さまの世界に、火を取り囲む豆粒のような人の姿を視界の端にとらえる。が、その豆粒に直撃しそうな勢いで、テッドは地面へと振り落とされそうになった。



「ぎいやああああ!!」


 腹のなかがひっくり返るような感覚。彼女(・・)に首根っこを掴まれているのはいいが、細身の腕のどこにそんな力があるのやら――首から上だけもげそうな勢いに、目を白黒させるしかない。


「黙れ。五月蝿い」


 鋭く、真っ直ぐ耳に届く声。そちらに目を向けると、深紅の瞳と目が合い、心臓が跳ね上がる。


「大事ない。大人しくして」


 たかだか十六、七程度にしか見えない女に命じられるが、テッドも逆らってはいけないことくらい良く知っていた。

 彼女の艶やかな黒い髪が流れては、目を奪われる。が、次の瞬間、地面に降り立った衝撃がテッドを襲う。

 そして彼女が地面にいた豆粒の一人に武器を――見たこともないような大鎌をかざしたところで、テッドの身体は地面に落ちた。



「……!?」


 一瞬で、周囲が戸惑いと恐怖に包まれるのがわかった。そして、テッドだってそうだった。自分を連れてきたこの女――赤薔薇、と呼ばれる人間ならざる者は、いとも簡単に、相手の頭領らしき者の首を刈り取ろうとしている。彼女の身体よりも大きな大鎌は、一体どこから現れたのかわかりはしない。だがしかし、見間違えでも何でもない。彼女はその現実味のない大鎌を、腕一本で掲げている。


「……な……何モンだ、アンタ」


 頭領らしき男が、ぼそりと呟くが、赤薔薇は眉ひとつ動かさなかった。その代わり、ただただ周囲に放たれるのは殺気。肌をピリピリ刺すような空気が、痛い。


「――赤薔薇。殺すつもりは、ない。大人しく、捕まって」





 ***





 何故こんな事になっているのだろう。

 テッドは周囲からのプレッシャーをひたすらに感じると同時に、逆さまになった恐怖を思い出す。緊張を振り切って、もはや諦めの境地にまで来ていることを自覚する。

 ゲンテツの弟子として、いち料理人の腕を磨くために、王都を出発したところまでは予定通りだった。王都から出たことのない料理人だから、少しでも見識を深めることが出来ればと言い聞かせながら了承した任務。

 任地が未知の場所であったわけだが、ルカやレオンなどが問題なく快適に過ごせている耳にしている。そして一緒に向かう後輩もいたからこそ決断できたわけだが――。



「すごいね、ここ。綺麗だね! ねえ、テッド」

「お前……よくそんな平気な顔してられるな」

「え? でも、お館さまの出身地だし? おじいちゃんもお魚美味しいって言ってるし? 楽しみじゃない?」


 肩をすくめながら笑顔を見せるその余裕――さすがはゲンテツの孫娘だけある。三つ編みに束ねた栗色の髪に、はしばみ色の瞳。健康的な色の肌にそばかす。トモエはあっけらかんと笑っては、岸壁に続く階段を駆け上がっていく。

 迷いのない彼女の背中を見つめた後、テッドは海の方を振り返った。

 夜の海は真っ暗で果てがない。両脇に灯籠が並んでいるため、暗がりの中に灯りの道が浮かび上がっているのは些か幻想的だが、吸い込まれてどこまでも落ちて行ってしまいそうで、おっかなくもある。



 ――これが、海。


 ずっと海の上を飛んできたけれど、改めて、そう認識する。

 今日一日、状況がめまぐるしく変わりすぎて、テッドの頭がどうにも追いつかない。ようやく、これは夢ではない、と受け入れ始めた程度である。

 そうやって気をとられながら歩いていると、今度は足が縺れて体勢を崩した。

 そのまま階段を転がり落ちそうになったとき、咄嗟にテッドを受け止める細い腕がある。



「何をぼうっとしているのです。危ないですよ」


 ふっと微笑む細い目は、夜と同じ色をしている。肩まで届くストレートの白い髪に、一房だけ、黄色い毛の束が揺れていた。

 まるで女性と見まごう様な線の細さ。しかし肩幅もあるし、長身であるため、“彼”と称するのが適当なのだろうとは理解できる美しき者。


「ひっ……す、すみませんすみません!」

「んー、まだ怖がっているのですね」


 なよっとした顔立ちの割に、しっかりと相手を受け止める寛容さを見せつけられて、うっかりテッドまで赤面してしまう。大丈夫ですよ、と微笑む表情にキュンとしてしまうのは、彼が持つ妖艶さに圧倒されているからに違いない。

 不本意極まりない状況だが、テッドはひたすらに受け身になるしかなかった。目の前の、圧倒的な美貌を持ったいきもの。そして彼とともに並ぶ、少女とも大人ともつかない女性と、がっちりとした体格の巨漢は皆、自分とは別格の者たちであると理解できているからこそ。


 彼らは妖魔。

 テッドがゲンテツやトモエとともに派遣されるはずだった、夜咲き峰の住人らしい。




「いやっはっはっは! 早いもんですなあ……助かり申した!」

「別に」


 前を行く男性が、妖魔の女に話しかけている。

 ふい、と視線をそらす女には、依然感情の色が見られない。

 漆黒の艶やかな髪に、紅のドレス。熱の籠もらない瞳は、まるで深紅の宝石のよう。陶器のような白い肌は傷ひとつない、絶世の美女。


 妖魔の使いと合流して、師匠であるゲンテツとともに夜咲き峰へ向かう――それがテッドの役目だったはずなのに、なぜこんなことになっているのか。

 そもそも、夜咲き峰へ向かうはずだったのに、なぜ真逆の東へ――海を越えてゲッショウ諸島連合まで来てしまったのか。さらに、なぜ目の前にゲッショウ諸島連合、紫谷島(しこくとう)首領トウジュウロウ・ミズモリとかいう大物いるのか。というか、なぜ彼の“依頼”をこなす羽目になったのか――。もし王都にいたころの自分に話す機会があっても、とても信じられるものではないだろう。



 ゲッショウ諸島連合の四の島“紫谷島(しこくとう)”。

 もともと海賊上がりがそのまま国を治めることになっただけに、城でなくてアジト、という作りがしっくりとくる屋敷。海へ出られる港にそのまま居を構え、船着場までは木造りの回廊が続いている。

 崖に階段がかけられているような形で、ほの明るい灯籠が、木の階段を幻想的に浮かび上がらせていた。


 テッドはミナカミ家に仕える身。レイジス王国の中でもミナカミ家は“ゲッショウ風”の屋敷だったから、馴染みやすい雰囲気とも言うことは出来る。

 しかし、だ。明らかに警戒心をむき出した兵士たちがずらりと並んでいては、生きた心地がしない。一応首領(ドン)の歓迎を受ける形になっているはずなのに、妖魔を中心に不可思議な者たちと警戒されてしまっては、恐怖にしかならない。テッドは、正真正銘、ただの一般人にしか過ぎないのに。




 不可解なこの状況。元をたどれば、赤薔薇たち妖魔との出会いまで遡る。

 スパイフィラス方面を目指して、食材や調理器具を運びつつ旅をしているときのことだった。向こうから迎えが来るとか何とか聞いていたけれど、イマイチどう言う意味なのかわからず、自分の足で西へ向かっていたところ――突然落ちてきたのだ。三人の妖魔が。


 ドォン! と大きな物音と衝撃がしたときには、全てが終わっていた。三人の中の一人――黒犀(くろさい)と呼ばれる大男が着地したのが、まさにテッドたちが運んでいた荷車の真上だった――ただそれだけのこと。

 テッドたちは荷を失い、食材を失い、それを何故か赤薔薇が絶望した。その場で黒犀と赤薔薇が殺し合いを始めたけれど――それはあまり思い出したくもないので割愛するとして――結局ゲンテツが求める食材を手に入れるため、海を越えてしまった。


 赤薔薇たちにとっては、レイジス国内を回るのも、ゲッショウまで行くのも同じらしい。というより、赤薔薇が乗り気だった。ゲンテツの望む場所へ行く、と強く主張して聞かなかった。結果、まさか海を越えてゲッショウまで来てしまったわけだが。




 ――うぅ……やっぱり、ミナカミのお屋敷に残っておけば良かった……!


 もともと肝が小さいのは、テッド自身よく知っている。しかし半ば強制的にゲンテツに指名されてしまえば、ノーとはなかなか言えない。ゲンテツは非常に優秀な料理人で、アイデアが豊富なことも、よく知っている。ミナカミの屋敷に残った彼の息子に師事するか、ゲンテツと一緒に未知の場で修行するかと言われれば、後者の方がより勉強になると思ったのは事実だ。

 それに王都の外に興味があったというのも、もちろんある。旅をして初めて一人前の料理人になれるというのはよく言ったもので、数々の食材に触れる必要性くらい、テッドも肌で感じてはいた。

 しかし一人で旅をする度胸なんてテッドは持ち合わせていない。だからこそ、この用意された出張は、渡りに船だった。……断る勇気すら持てなかったというのは、横に置いておいて、だが。


 テッドはただただ料理の修行がしたかっただけなのだ。ちょっと背伸びしたいただの一般人でしかないのだから、挙動不審になるのは仕方のないことだろう。

 そもそも、堂々としている他の者が、異常なのだ。



 屋敷から漂ってくる温かい料理の香りに、鼻をひくひく動かして、すでに満足そうな顔をしている大男。ゲッショウに来ることになった原因を作り上げた男――黒犀は、歩くたびに逆に周囲に畏怖を与えている。

 そしてその隣の白鷺は、涼しい顔をしてひょいひょいと階段をのぼっていくが、やや遅れがちなトモエに視線を向けては、手を差し出した。


「トモエ、貴女は大事ないですか?」

「えッ!? いやぁ、これくらい大丈夫だよっ」


 先ほどの威勢もどこへやら。エスコートをしようとした白鷺に向かって、トモエはぶんぶん首を振る。普段から男に何かしてもらうことを嫌がる威勢の良い娘だが、白鷺の前ではどうも大人しい。


 ――トモエのやつ、あんなのに赤くなりやがって。らしくない。


 可愛くはないが、妹分がすっかり篭絡されていて楽しいはずがない。

 ただし、目の前の整った顔に惚ける気持ちは分からないでもないから厄介だ。相手の絶対的な強さを考えても、テッドごときでは対抗できるはずもない。

 そもそもテッドには、自らが手を差し伸べる勇気すらないのだ。ガラではない、と誤魔化してはいるが、単に自分が至らないだけだというのもよく知っている。



「コォラ、白鷺! うちの可愛い孫に手を出すのはやめてもらおうか!」

「……別にそんなつもりはないのですけどね」


 先を行くゲンテツから喝が飛んできて、白鷺は肩をすくめた。出会って間もないはずなのに、白鷺はすっかり目をつけられているらしい。

 もともと細い目をさらに細めて、彼は一歩トモエから離れる。今度こそテッドが手を差し出そうかと思ったが、その前に黒犀の大きな図体が割り込んできた。


「よっ……おっし。さぁて、爺さん、おっさん! メシだ! メシにしてくれ!」


 問答無用でトモエを己の肩の上に乗っけると、前をゆくゲンテツやトウジュウロウたちのもとへ駆けてゆく。ひえあああというトモエの悲鳴が聞こえるが、完全に無視しているらしい。


「ちょっと……黒犀! あたしは大丈夫だから!」

「俺ァいつもそこにちっこいののっけてんだ。気にするな」

「気にするよっ」


 トモエの抗議を無視して、黒犀はメシメシコールをおっぱじめる。

 黒犀は赤薔薇や白鷺とちがって、がさつで乱暴だ。極力近づきたくないのがテッドの本音。だからこそ、トモエがああも普通に抗議できるのも理解できない。



「黒犀殿、慌てなさるな。お約束通り、きっちり用意しておるからな」

「っしゃあ! 話がわかるな、トウジュウロウ!」

「黒犀。……貴方。何もしてないのに」


 拳を握りしめて喜ぶ黒犀に、赤薔薇が不本意そうな顔をする。そんな赤薔薇に向かって、トウジュウロウは闊達な笑いをこぼして、彼女の肩を叩いた。



「是非その話も聞かせて頂きたい。赤薔薇殿は我々が追いつく前に全てを済ませていらっしゃったからなあ! 妖魔の腕前、この目で見てみたかった」

「ふん」


 トウジュウロウの褒め言葉も一蹴し、赤薔薇は足を早める。


「語ることなどない。海賊討伐の報酬。もらうだけ」


 そうして彼女は、トン、と地面を蹴り、空を舞う。屋敷へ続く崖沿いの階段をひとっ飛び。軽いステップで飛び越え、彼女は屋敷の入り口に降り立った。




 ***




 がちゃかちゃがちゃかちゃ。

 部屋一室に所狭しと置かれた大皿。床に座るという形はレイジス王国では珍しい。が、ミナカミ家の習慣に触れているテッドにとっては、不思議なことでもない。

 ただ、単に食事と言っても規模がちがう。それぞれの大皿のサイズはテッドが両手を広げるほどの大きさだし、それが十以上並べられている様は壮観だ。

 食材もレイジスとは違い、とにかく魚が豊富。特に刺身がたくさん並べられているのは嬉しい。師であるゲンテツの好物らしいのに、仕入れの問題でほとんど食べたことがないのだ。


「これは」


 がちゃがちゃとものすごい勢いで黒犀が料理をかっこむ隣で、赤薔薇が頬に手を当てて、恍惚とした表情を見せる。

 真紅の瞳が輝き、次の瞬間、うっとりと細められる。


「あぁ、ウチの地酒ですな。気に入られましたか」

「……」


 何も答えずとも、恍惚とした彼女の頬を見るだけで答えは伝わる。

 赤薔薇が口にしているのは清酒だ。ワインとビアが主流のレイジスと違い、こちらの酒は透明であることをテッドもよく知っている。

 確かにワインとビアが主流のレイジス王国ではけして味わえない風味。テッドはワインの方が口に合うとは思ったが、好みに合えば、こちらの方が良いと言う者は多そうだ。

 何よりも、料理に合う。スッキリとした味わいは、ふわりと芳香を残すものの、料理の味を邪魔しない。

 大旦那であるカショウなどは、わざわざ取り寄せるほど好きだと言うのはテッドも知っている。ただ、海を越えて取引される清酒は、レイジスだと目玉が飛び出るほど高いのだ。




「しかし不思議なものですの。このワシが、トウジュウロウ殿の接待を受けるようになるとは」


 上機嫌にこの島の主に話しかける男こそ、テッドの師匠であるゲンテツだった。すっかり白く染まった髪をひとつにまとめた男は、その年の割に、体つきがしっかりとしている。

 特に鍛え上げられた上腕は、何も料理の為についたものではないことも、テッドは噂に聞いていた。


「はっは! 確かに、ジイさんはいくら口説いても俺のところに来てくれなかったからなぁ! 引退したと聞いてびっくりしたが、料理人だって? 勿体無い。今からでもウチの軍に来ないか?」

「まだ関ノ門(セキノモン)の事を根に持っとるのですかの」

「たりまえだろう! カショウ殿も凄かったがジイさんも凄かった! アレでどれだけ、俺ンとこの船が沈められたと思ってるんだ」

「トウジュウロウ殿も海賊あがりですからな。容赦をするはずがないでしょう」

「厳しィなあ!」


 ふぉっふぉっと笑うゲンテツに、トウジュウロウは額を押さえる。ゲンテツはトウジュウロウと顔見知りなのは分かっていたが、どうやら敵同士だったらしい。

 事も無げに話すが、内容はどう解釈しても穏やかではない。船を何隻も沈めたと言うことは、かなりの規模だと言うことなのだろう。

 しかし料理しかしてこなかった素人でしかないテッドにとってはどうにもピンとはこなかった。



「にしても、驚いた。料理人になってると聞いた上に――妖魔? 頭おかしくなったかと思ったが……」


 うーむ、と、難しい顔をしてトウジュウロウは唸り声をあげる。そして、料理を次々とかっこむ黒犀やら、黙々と酒を楽しむ赤薔薇、そして柔らかい物腰で、女官たちの注目を一手に集める白鷺に目を向ける。


「目の前で空を飛ばれて――あっという間に海賊を狩ってきたらそりゃあ信じるしかねえよな」


 難しい顔をしながら、トウジュウロウは首を振る。頭に角を生やした黒犀という存在は例外としても、妖魔は一見、人間と見分けがつかない。ただ、恐ろしいほど整った顔立ちをしているのと、少し耳が尖っている気もしないでもないが、それくらいだ。

 だからこそ、目の前で奇天烈な力を使われたことが衝撃だったのだろう。



「何で千大(センダイ)の方へ顔を出さなかったんだ?」

「トウジュウロウ殿の方が後腐れがないでしょう? あっちはあっちで面倒ですからの」

「あぁ、まぁ、そうだな」


 思い当たる節があるのだろう。一度うなづいて、トウジュウロウは女官に手を振る。それだけで彼のの酒が、新しいものへと取り替えられた。

 その後も千大、という地の様子やら、ゲッショウのことについて二人はいろいろ情報を交換しているが、テッドにはまったくわかりはしなかった。



「報酬の食材と、保存の魔術具の用意は出来てる。……が、聞いていいかい。どうしてジィさんが、妖魔と一緒にいるんだい?」

「先ほど、トウジュウロウ殿は後腐れがないからと説明しませんでしたかな」


 実に面倒そうに手を振って、ゲンテツは肩をすくめた。

 しかし、すんなりと引き下がるトウジュウロウではないらしい。カッカッと声に出して笑っては、ゲンテツを睨みつける。


「だがなあ、興味あることを聞くのは当たり前だろう!」


 そんな反応も、ゲンテツは予想済みだったのだろう。フン、と鼻息荒くして、吐き捨てるようにして呟いた。


「……例の娘(・・・)の関係ですとも」

「ほぅ」

「あのカショウ・ミナカミの血縁だったと言うことですかの。自ずと変なものを呼び寄せるのは宿命らしい」


 変なものと称することで、妖魔が怒らないかと、聞いているだけでヒヤヒヤする。しかしゲンテツは彼らのことを気にすることなく、ミナカミ家の現状を伝えた。


「詳しいことはワシにもわからんですがの。現に、妖魔は出てきて、うちのお嬢様に仕えておる。そこは変わらぬ事実での。この老骨もかり出されたわけですな」

「ふん、百まで現役でいそうだがな」

「まあ、飽きはしませんがな。――大陸の方は、こちらと違って魑魅魍魎の類に免疫がないですからのう。あまり変な噂を広げるわけにもいかんもんで、ここまで来たわけですじゃ。見ての通り、ここに居るのも見た目以上に奇天烈な連中じゃ。街になんか連れて行けませんからの」

「わざわざここまでなぁ」

「妖魔にとっては、レイジスの東海岸も、ここも、変わらんと言うのですわ」

「なるほど」


 機嫌よく頷いては、トウジュウロウは皆の顔をぐるりと見渡す。少し緊張した様子で座るテッドとトモエに目を止めて、目を細めた。

 まるで獣に射竦められる感覚がするのは、気のせいではないだろう。トウジュウロウもまた、ゲッショウ諸島連合の島を束ねる島主のひとり。首領と呼ばれるだけの人物なのだ。身に纏う、覇気が違う。



「そんな状況に孫を二人もねえ」


 見定めるように上から下まで見つめられ、緊張で料理が喉を通らなくなる。

 ただでさえ、この面々に囲まれて食事をするので緊張しているのに、話題の中心になるなど御免としか言いようがなかった。


「違いますぞ! トモエは可愛い孫じゃが、隣の阿呆面はただの弟子じゃ」

「ほう、女子の方が! 似てな……」

「やらんぞ」

「……」


 大幅に先回りして言ってのけて、ゲンテツはふん、と鼻息荒くした。もちろんトウジュウロウとていい歳だ。じじいとは言わないか、一族をまとめるだけの気概と経験を強く感じる。

 話題がトモエの方へ移ってゆき、胸をなで下ろす。そんなテッドの気持ちを余所に、トウジュウロウはトモエがダメなら、とさらに視点を変えた。



「赤薔薇殿、この地に残る気はないか? もちろん、悪いようにはしないし、歓迎もする。食うものにも困らんぞ」


 食べ物で釣ろうとするトウジュウロウに、それで良いのかとツッコミを入れたいが、できるテッドでもない。さらに、食べ物を引き合いに出した場合、うっかり赤薔薇なら首を縦に振りかねないこともテッドは知っている。それ程までに、彼女の、食への入れ込みようが強いことはすぐにわかる。


 しかし、赤薔薇は首を縦に振らなかった。

 真紅の瞳を真っ直ぐトウジュウロウに向け、答えた。



「私は、帰る」

「何故? ここは酒も美味いぞ」

「……」


 しばらく戸惑うように、彼女は瞼を伏せる。が、彼女の答えは変わらない。


「私は――ルカ・コロンピア・ミナカミの作る峰が見てみたい」

赤薔薇たち、ものすごく遠回りしておりました……。


というわけで、次回、食材と人材引き連れて、峰へと帰ってきます。

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