レイジス王国 第三節 第一項「夜咲き峰」より
『幼き頃から父に連れられ、色々な地を旅して来たけれど、かの峰のように美しくも不思議な地に出会ったことはなかった。
レイジスの北西グレイゼス山脈の麓に位置するかの峰は、妖魔の伝承が絶えない。妖魔と言うものは人間と似た風貌とも言われるが、その美しさを見たものは正気を奪われるとも言われる。他にも人を襲うだの女を攫うだの物騒な噂も混じり合い、存在すら朧げなる者が住まうというかの峰。成る程そのような曖昧な伝承になりかねないと、かの峰を目にしたとき、私は納得したものだった。
人というのは摩訶不思議な現象を目の当たりにすると、とんでもなく臆病になる。夜になると、かの峰は帯状の光を天に届かせる。峰の頂上はまるで花弁のような光が折り重なるように連なり、遠目に見てもまるで夢のような幻想的な雰囲気にのまれてしまう。このような説明がつかぬ不思議な現象に、人は恐れを抱かずにはいられないのだろう。かく言う私も、恐れがないとは言わぬ。だが、煌々と白く輝くその光は、月の輝きがそのまま地に降りてきたかのように神秘的で、あまりの美しさですっかり見とれてしまっていた。
夜に花咲く光の峰。
かの峰を私は“夜咲き峰”と呼ぶことにしよう。』
セルス歴765年 風の月 第1週 6日
『ジグルス・ロニーの手記』
レイジス王国 第三節 第一項「夜咲き峰」より