◇◆ 八 ◆◇
日曜の午前八時四十分過ぎ。
今日は、明子は休日出勤をしており、家には私しかいない。いずれ産休に入るので、その前にできるだけ仕事を進めておくのが、会社に対する誠意なのだと言っていた。そういう生真面目さが彼女の良さだと思う。
私はというと、珍しく何もない日曜ということもあり、一人のゆったりとした時間を楽しんでいる。珍しくコーヒーメーカーでコーヒーを用意し、日曜のとりとめのない時間をダラダラと過ごす。ここ数日は私自身も休日出勤をせざるを得ない状況が多く、こういう風に過ごせる休日はとても貴重だ。
テレビをつけると、今週一週間を振り返るニュース番組が放送されていた。この時間帯はちょうどスポーツコーナーをやっており、各競技について司会者と解説者が話題を展開していた。
私自身はこれまで生きてきて、これといってスポーツに没頭したことはなかった。しかし、それでも日本人選手が海外で活躍をしている姿は、純粋に応援したくなり、見ていて気持ちの良いものだった。中でも、私でも知っているような有名な選手については、普段以上に興味が引かれるものがあった。
私のような毎週必ず休日があるわけではない人間にとって、こういう日に何をして過ごせばいいか分からなくなることがよくある。貴重な休日なのだから、出来る限りプライベートを充実させた方が良いという考えもある。普段の私はそのように考えるタイプだ。しかし、今日の私は敢えてこういう実のない過ごし方をするのも一興だと思った。これはこれで贅沢な時間の使い方だ。
しばらくテレビ番組を楽しんでいると、エンディングテーマとともにスタッフロールが流れ始めた。時計を見ると午前九時五十分を指していた。ついつい見入ってしまっていたようで、時間を跳躍したのかと錯覚をしてしまうくらい、時間が経つのが早く感じた。
私はテレビの時間割ボタンを押して、今後の放送スケジュールを確認した。しかし特に気になる番組もなかったので、テレビの電源を切った。
室内唯一の音源が断たれると、一瞬のうちに室内が静寂で満たされた。私は飲み終わったマグカップを流しへと置くと、そのままソファへと横になった。
「………」
あれからずっと考えていたことがある。
ここ数日はよく過去を辿るような夢を見る。何気ない日常がランダムに描写されるのではなく、当時、私が後悔をした場面ばかりだ。
私は主観として「当時の私」の体内に入り込み、過去の生活を再び過ごしている。当時から見て未来人である私は、このシナリオの一部始終を知ってしまっている。そのため夢の中の私は、意識的に「後悔の道筋」を辿らないよう行動を選択してきた。
そして、ここ最近になってようやく気付いたことがある。
目を覚ますと、現実世界がその夢に従って改変されているのだ。
今日に至るまで、私は色々な夢を見た。ある夢では、前に勤めていた会社のインテリア業界への参入の話が、先延ばしにされた。あれから調べてみたのだが、現在でもその会社は存在している。夢を見る前は、間違いなくインテリア業界へ参入しようとして失敗し、結果的に倒産していたはずだった。ホームページを見てみると、結局例のセキュリティソフト一本で勝負をしているようで、私が夢に見た通り、インテリア業界の話は白紙に戻っていた。そして、この選択が功を奏したのか、セキュリティソフトの売り上げが当時よりも確実に伸びているようだ。しかし、そうであるならば、私は今の会社に転職などしていないはずだということになる。だというのに、私がこの会社に転職をした理由は自分でも未だによく分かっていない。結果論だが、どっちにしろ私は転職して今の会社を選んだということだ。
また、別の夢の中では、子づくりを積極的にしていくように明子と一緒に決めた。本来であれば、子供以前に夫婦の仲もそこまで良くなかったのだが、いざあの夢を経由してみると、事態は大幅に改善された。そして自然と子供を授かり、夫婦の関係は明らかに良くなった。普通、結婚した当時に比べると、夫婦間の愛情は少しずつ減退していくものだが、以前は程度が酷すぎた。始めはあまりのことに受け入れられないでいたが、人間とは不思議なもので、既にもうこの環境に慣れてしまった。むしろ、今は今のままで満足をしている。
これらの現実の変化から、私は一つの仮説にたどり着いた。しかし、あまりにも現実離れしたもので、とてもじゃないが安易に受け入れられるようなものではなかった。だが、この仮説以外に有力なものが浮かんでこないのも現状だ。
その仮説とは、「私の夢は現代を改変させることができるのではないか」というものだ。
普段夢を見ているときよりもリアリティがあり、本当にその時間帯に戻って過ごしているかのような感覚に襲われる。言ってしまえば、結果を知っていることを前提に、やり直しをしているようなものだ。そんなこと、絶対にあり得ない。しかし、そう考える以外にこの状況を説明することが出来ないでいる。
「ふぅ…」
仰向けになり、天井へ目をやる。
普段、室内で見上げることはほぼなく、何となくここから見える風景は新鮮なものを感じさせた。
私が考えた仮説に対しては、肯定も否定もする材料がないのが現状だ。主観の混じった状況証拠だけでは、説得力に欠ける。しかし、この不思議な現象について何らかの答えを出さないと、私自身納得がいかない。もしかしたら、それが原因で、今後過ごしていく上で影響が出てくるかもしれない。そう考えると、なんだか恐ろしくなる。何とかならないものだろうか。




