◇◆ 六 ◆◇
「来年には二人とも三十を越えるんだし、そろそろ子供のことも話さないといけないと思うんだけど」
唐突に明子が話しかけてきた。
「どうしたんだよ、いきなり」
「妊娠って三十五歳以降はリスクが上がるって言うでしょ?」
「うん」
「だから、そろそろ考えないといけないかなーと思ってさ」
「ああ、そういうことね。俺個人としては子供ってのは授かり物だから、やることやってれば自然とできるかなーって思っていたけど」
「でもこれまでだってそうしてきて、そういう気配が全然無かったじゃない」
「まぁ、確かに。それで去年検査に行ったもんね」
「そうそう。あなたは、子供欲しくないの?」
「今はどっちでもいいなぁ。こういう話題を出してくるってことは、お前はそろそろ欲しいんだよね?」
「いや、ちょっと悩んでる。今の仕事も続けたいし、でも将来的なことも考えないといけないし…」
「まぁ、なるようになるさ」
「そんなのでいいのかなぁ…もし子供が出来たら、協力してくれる?」
「そりゃもちろん」
数年前の私と明子とのやりとりが忠実に再現されている。
私はすぐに気付いた。これはまた夢だ。この前のと同じようにリアル過ぎるくらいリアルだが、間違いない。私はまた過去の夢を見ているのだ。
時期的に、私の同級生や職場の同僚に子供ができ始めていた頃だった。明子は自分たちの年齢を理由に子供の話題を出していたが、実際にはそういった私達を取り巻く周囲の事情も彼女を突き動かした一つの理由だったように思えた。また、私達の年齢が、私達を産んだ時の両親の年齢よりも上回っていたことが、それに拍車をかけたと思う。しかし当時、私は子供に関する明子の主張をはぐらかして、問題を先送りにした。そしてそれからそういった子づくりに関する話題が出ることはなく、今に至っている。その間、私も明子も仕事で忙しかったし、そういう準備からは自然と縁遠くなっていた。結果、子供を授かることは無かった。
当時は特に何も思わなかったが、今思えば後悔が尽きない。おそらく明子も同じように感じていることだろう。周りの人間はどんどん次のライフステージへと進んでいく。しかし、私達は未だに同じ状況を維持しているだけなのだ。気付くのが非常に遅くなってしまったが、次へ進むのを妨げていたのは、私達自身だった。何故、あのとき気付かなかったのだろうか。そういったやり切れない思いが、私にこの夢を見せたのかもしれない。
私は、せめて夢の中だけでもという一心で、自ら行動をしていた。
「まあ、自分で言っといてなんだけど、なんとかなるっていう考えはあんまり良くないかもな。今晩から頑張ってみないかい?」
「今晩から?」
「うん」
「でも、まだ仕事との折り合いとか考えてないんだけど…」
「それは俺だって同じだよ。別に気にしなくていいさ」
「あなたはいいじゃない。男なんだもの。私は途中から職場を抜けなきゃいけなくなるんだよ?職場に迷惑がかかっちゃうじゃない」
「そりゃそうだけどさ、これまでに同僚で同じように妊娠して、産休とか育休とか取った人いたでしょ?」
「うん、いた」
「そのとき、どう思った?」
「素直におめでとうって思ったよ」
「そういうことなんだって。それで迷惑だなんて思う人なんて普通いないよ。もしいたとしたら、そいつは極少数派だって」
「そっか…じゃあさ、子供は計画的じゃなくてもいい?」
「うん。そもそもさ、一度セックスしたからって必ず子供ができるとも限らないだろ?計画なんて、あって無いようなものだと思うけど」
「そう…だよね!」
「そうさ!それに、命は計画すべき物ではないと思うよ。出来てから色々と考えていこう。きっとそういう悩みは幸せだと思うよ」
…何故こういう機転の利いた台詞を言えなかったのだろう。今になって自分の未熟さが恥ずかしくなる。
「分かった!ありがとう!」
明子は笑顔でそう言うと、鼻歌を口ずさみながらキッチンへと向かい、夕食の支度を始めた。包丁で食材を切る音が、元気よく室内へと響き渡った。
私は明子のそんな様子を見て、すっきりとした気持ちでいた。




