表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/18

◇◆ 一 ◆◇

毎日会社に行き、仕事をして帰る。そんな金稼ぎが目的の作業を、当たり前のように繰り返す。

私達が生きているこの国の文化は、一部の人間を除いて私達に没個性を求める。そして、大半の人間はその事実に何の疑問を抱くことなく過ごしている。彼らにとって、社会の歯車となることが普通であり当然なのである。そうして、誰もが学生を終え、企業へと就職する。

私自身も例外ではなく、何も考えずに就職をした側の人間だ。大学三年生の終わり頃、周囲の人間が就職活動をし始めたのを見て、それに引っ張られて就職活動に入っていった。

ある種、この社会に引かれたレールをなぞるように進んでいくのは、楽でいい。そうやって一般人として過ごしていくことが幸せなのだ。これは社会通念であると言っても過言ではないだろう。

私は就職して以降、それを信じて働いてきた。しかし、今の年齢になってみて、改めて考え直さねばならないと思った。私自身の社会における存在意義を考えたときに、本当にこのままでいいのだろうかと疑問が浮かんできたのだ。

確かに、今のままの状態を維持して、この仕事を定年退職まで全うすることも素晴らしいことだと思う。それによって生まれる功績だってあるはずだ。だが、それは私の持つ能力と同等のものさえあれば、他の人間がやっても同じ結果が得られることだ。

そこに私であることの必然性はあるのだろうか。いや、無いだろう。

会社は私という存在を求めているのではなく、私の持つ能力を求めているのだ。

私自身は若いつもりでいるが、気付けば新卒の年齢からは大分離れてしまった。当然、若手という扱いも受けなくなった。そうして加齢とともに、これからの人生を考えることが増えた。このままここで働いていたら残りの数十年を棒に振ってしまうのではないかという恐怖心が、常に頭の片隅に見え隠れしている。

「はぁ…」

正直、疲れた。

上からの圧力も強いし、若手の面倒も見なければいけない。そんな板挟みな状況が苦しい。これが延々と続くのかと思うと、やはり考えねばならないのではないか、という気持ちになる。

そんな悩みを妻である明子にこぼしたところ、「今年で三十七なんだし、いい加減慣れなさいよ」と言われた。そんな簡単に慣れられるなら、是非ともそうしたいものだ。何も考えずに、いわゆる「社畜」として生きていくことができれば苦労はしない。しかし、この現状に対する問題意識が私の中に芽生えてしまったのだ。

明子は「仕事は仕事。プライベートとは分けないと駄目だよ」と言う。確かにそれは分かる。プライベートを充実させるために、会社に金を稼ぎに行くのだ。非常に分かりやすいし、それはそれで筋が通っている。ある種、金さえ稼げれば、仕事はつまらなくてもいいし、充実だってしなくていい。しかし、私にはその考えはどうしても合わない。性格上、仕事に対して多くを求めてしまうのだ。

電車から降り、駅のコンコースへと向かう。

構内の時計に目をやると、夜の十一時半を過ぎていた。

私は、私以上にくたびれた灰色のスーツと共に、帰宅の途に就いていた。

毎日このくらいの時間になるので、流石にもう慣れた。家に着くのは、日付が変わるか変わらないかといったあたりだ。

家に着いたらすぐに風呂に入り、何もすることなく就寝する。そして朝の六時過ぎに目を覚まし、七時には家を出る。そんな毎日だ。

夕食はとうに会社で済ませてきた。会社の一角にコンビニが入っているので、そこでのり弁当を買い、仕事をしながら食べた。

私は毎日同じ時間に同じ物を買いに行くので、自然と店員の顔を覚えた。毎日同じ時間帯にシフトが入っている男性の店員がいるのだ。彼は私と同年代だが、恐らくアルバイトだろう。店長は別にいるし、正社員の店舗研修にしては期間が長すぎる。私が彼の存在を知ってから、少なくとも五年は経過していたのだ。彼は何を思い、このアルバイトを続けているのだろうか。いずれは自分の店を持つためなのか。それとも就職活動中なのだろうか。前者ならポジティブに捉えられるが、後者なら重たい話になる。この年齢で正社員として就職するのは、相当難しい。彼のことを見下しているわけではないが、彼を見る度にこの社会で生きていくことの難しさ、そして恐ろしさを感じてしまう。

私自身、そのことから目を背けているわけではない。対岸の火事だとも思っていない。しかし、もしできるなら、もっと条件的にゆとりのある仕事に転職をして、こんな働いてばかりいる毎日から解放されたいと、常日頃から考えている。そんな思いから、明子には内緒で転職斡旋サイトを経由して、いくつかの企業の面接を受けた。しかし、ことごとく失敗に終わった。コンビニの彼の話ではないが、やはり年齢がネックになっていたのだ。

そうなると起業という選択肢しか思いつかないのだが、私にそこまでする勇気はない。失敗してしまったら、社会的地位を失い、借金を抱える。それこそ一巻の終わりだ。

転職活動に実りがない時点で、私に残された選択肢は、今の会社で仕事を続けることの一択しかなくなった。矛盾しているかもしれないが、その絶望感に対して、私は働くことで気を紛らわしていた。もはや、この社会に浸ったことによる中毒症状が現れたといってもいいのかもしれない。

いつからだろうか。気づけば明子と一緒に夕食をとらなくなった。別に仲が悪いわけではない。ただ、この日々の再生産のサイクルの中で、自然とそういった時間が淘汰されていったのだと思う。それに対して、明子からは特に不平不満が出ることはなかった。

結婚してもう十二年になるが、私と明子の間には子供はいない。別に私達はDINKSではない。機会があれば子供がほしいが、どうもタイミングがつかめないのだ。明子も三十五歳を過ぎ、年齢的にもそろそろ厳しくなってきた。それを意識してはいるのだが、ここ最近はそういったことが話題に挙がることもなく、日々をただ過ごしているだけだ。これまで明子と同じ空間・同じ時間の中で一緒に過ごしてきたが、ここ数年、それ以上何かがあったというような記憶は無い。

…思えば後悔ばかりの人生だった。「あの時、ああしていれば」と思うことが多く、ふとしたときに過去に思いを巡らせ、心の中で頭を抱えてしまう。今ある全てを投げ出して、一からやり直したいと思うが、現実は甘くはない。さすがにそれは自分でも分かっている。こんな年齢になってしまっては、ありのままを受け止める以外に道はない。

駅を出て、自宅へと向かう。

途中には外灯とコンビニ、そして一部の家庭の照明以外に光源はなかった。今は夏だということもあり、外灯には多くの虫が群がっていた。物陰からは虫の鳴き声が聞こえてくる。駅から出てくる人達の表情は疲れを滲ませており、この社会の歯車は自分だけではないんだと思わせてくれる。しかし、それは一瞬の慰めにもならなかった。彼らもまた、明日も必死に働くのだ。

自宅に着くと、明子は既に寝ていた。いつも通りの光景だ。

スーツを脱いでハンガーに掛け、脱衣所に向かう。汗ばんだ衣類を洗濯籠へと入れ、私はすぐにシャワーを浴びた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ