第074話 神格位
リザアース暦803年1月2日(日)。05時頃。
***全ての魂を司る神視点***
いつも通りの時間に起床。
今となっては寝る必要性も少ないのだが、此処でのルールに従って生活した方が楽しいからな。
客室に設置されている機械でコーヒーを淹れたらゆっくりと時間を掛けて飲む。
『リュウノスケ君がお薦めしてるだけあって、飽きないな。
既に寝起きには欠かせなくなった』
以前彼から貰った“不思議な水筒”でも飲めるのだが、やはり此処で飲むものとは味が違う気がする。
まぁ宇宙空間で“不思議な水筒”が使えないため、宇宙空間でも使えるように改造したせいかも知れないが。
私の普段の生活を知らない以上、説明する気も指摘する気もないのだが。
ゆっくりと時間を掛けてコーヒーを楽しんだら、コップをゴミ箱に棄て、リビングへ。
再びリビングでコーヒーを淹れたら、またゆっくりと楽しむ。
私は此処で独りで過ごす時間も気に入っている。
誰も居ない孤独な状態だが、何処か生活感を感じるこの場所を、私も好きなんだと思う。
と同時に、ここでの生活も年に数日程度とは言え、長くなったものだと改めて思う。
暫くそうして独りの時間を楽しんでいると、ルナちゃん達全員がほぼ同時にリビングへと顔を出した。
それぞれが私に対して丁寧に起床の挨拶をしてくる。
ちゃんと躾けられた賢い魔物達。リュウノスケ君の大切な家族達。
彼が危惧している事は確実に起こるだろうが、私はそれほど深刻だとは思っていない。
この賢い家族達をもっと信頼してあげれば良いと思うのだが、それは彼にとって難しい事なのだろう。
今となっては表面化していないが、元々彼の魂はひどく損傷していた。
魂の核に到るほどの亀裂や欠損を持ったかなり深刻な損傷度合いだった。
それを表面上だけ修復し、神としたのは完全に私の気まぐれであり、ただのテストケースとも言える。
“魂に欠損を持った神がどういった行動を取るのか”
今となってはリュウノスケ君に対して申し訳ない事をしたと思っている。
私がその気になれば魂の完全な修復も可能だったのに、それを怠ったからだ。
だが、そんな魂しか持っていないはずのリュウノスケ君は頑張ってくれている。
私やミツハル君に対して少しでも楽しんで貰えるように、少しでも快適に過ごせるように。と。
そんな事を考えていると、彼の大切な家族達は彼が休む部屋へと入っていった。
これも彼の大切な家族達の日課のようだ。
別の部屋で寝るようになったと聞いてから、この日課をしない日を見たことが無い。
彼自身は気付いていないのだろうが、魂の無い魔物が自身の主人に対してこれほどの敬愛行動を取る姿を、私は見たことが無い。
それほど彼の家族達は彼を愛しているのだろう。
それを彼に指摘した所で彼自身は信じられないだろうが。
彼の家族達を見送った直後にルナちゃんが大慌てで私の所へ来た。
必死になって【主様の様子がおかしい】【私達では何も出来ない】【助けて欲しい】と念話で懇願して来たのだ。
何らかの異変があったらしい。
リュウノスケ君は寝る時は神体で寝ていると聞いている。神である体に異変など起きるはずがない。
神力を過剰に使った時ならば、昏睡状態に陥る場合があるが、昨日の様子ではそれほど神力を使った様子も無かった。
まして昏睡状態ならばこれほど必死に懇願せねばならない状態になるとは思えない。寝ている状態と変わりないのだから。
ルナちゃんに先導されるようにリュウノスケ君の寝室に入って、見た光景に硬直した。
彼自身の体が明滅していたのだ。
存在が消えそうになったり、逆に神々しいまでの存在感を放ったりを繰り返している。
存在が消えそうになった時は、それこそ魂自体までが消滅する寸前まで存在感が薄くなる。
逆に神々しいまでの存在感を放つ時は、上級神である私と同等の神気を放つほどの存在感を持つ。それを繰り返している。
正直に言ってこの状況を私は知らない。
全ての魂を司る神である私ですら知らない事態が目の前で起こっている。
慎重に彼に近づき、様子を伺う。
彼の大切な家族達も心配そうにしているが、正直に言って彼らに手が出せる領分ではない。
これは神に関する問題だ。言い方が悪いが、彼ら魔物程度に手を出せるはずがない。
この上なく慎重に、リュウノスケ君の状態を観察した結果、恐らく神としての存在自体が揺らいでいるのだと思われる。
だが、だとしたらなぜ魂まで影響している?
なぜ存在が消滅しそうなほど存在が希薄になったりしている?
・・・どれほど考えても上手く考えが纏まらない。
全ての魂を司る神として彼をこんな形で失うのは余りにも不本意だ。
考え込む私に対してルナちゃん達から【主様を助けて欲しい】と念話が次々と来る。
『そんな事は判っている! 邪魔をするなら去れ!』
八つ当たりと言って良いが、私とて判らないのだ。
本気で自身の神気を放ち、威圧して追い払おうとしたが、その威圧に怯えつつも去ろうという気配すらない。
上級神の威圧を前にして、屈する事無く私に対して【邪魔はしないから主様の傍に居させて欲しい】と懇願してくる。
本気の上級神の威圧を受ければ、心停止しかねないほどの強力な威圧感だ。
にも関わらず、彼の下から離れる気は無いと言う。
本当に素晴らしい主従なのだろう。
そんな彼の家族達を見て、私も少し冷静になれた。
『怒鳴って悪かったね。ちゃんとリュウノスケ君の状態を調べたいから、静かに見守っていてね』
自身の八つ当たりを反省しつつ、改めてリュウノスケ君の状態を調べる。
相変らず明滅を繰り返しているし、特に変化も見られない。
少し冷静になれた分、今の彼と同じような光景を見た事がないかを改めて思い出す。
が、やはりこんな状態は初めて見る。
『なぜ神としての存在が揺らぐ?神は神として存在する。それ以外の何者でもない。
彼の分体なら有り得るかも知れないが、今は神として存在しているはず。
ならば揺らぐ事は有り得ない。
だとすれば・・・リュウノスケ君自身が神としての存在を否定している?
・・・いや、それは考えにくい。
彼自身が“神として”と“分体として”と分けて考えている以上、神としての存在自体は否定していない』
可能性としては、彼自身が自分自身を神として認識しなくなったならばこの事態の説明がつく。
神自身が、自分は神ではないと認識したならば、神としての存在が消滅する事も考えられるからだ。
だが、それは彼が今までの生活で“神としてやっている事”と、
“分体としてやっている事”と区別していた様に、神としての存在自体は否定していなかった。
だとするとなおさら説明がつかない。
考え込んでみるが、中々“これだ!”と言う解答を得られない。
リュウノスケ君自体は相変らず明滅を繰り返してはいるものの、特に変化も見られない。
何か見落としがあるのかも知れない・・・。
もう少し冷静になる必要がありそうだ。
『このまま暫く様子を見た方がいい。
私もどうすればいいか考えるから、一旦リビングに戻ろうか』
ルナちゃん達に声を掛けてみたものの【このまま静かに此処で主様を見守りたい】と念話が返ってきた。
『そっか。まぁ何か変化があったら知らせて。私も考えを纏めておくから』
ルナちゃん達に一声掛けて私だけリビングへと戻る。
あのままリュウノスケ君の光景を見続けていたら、失う不安感で考える余裕が無くなるだろうと思っての事だ。
ルナちゃん達からも【主様をよろしくお願いする】と念話が送られてきた。
私が何を思って“リビングに戻る”提案をしたのか、理解した上で言っているのだとしたら、本当に賢い子達だ。
リュウノスケ君が“本当にまだ魂を持っていないのか”と疑問に思うのも当然かも知れない。
リビングに戻るとミツハル君が居た。
「何かあったんですか?
先ほど強烈な威圧感を感じて飛び起きて来たのですが?」
『あぁ、すまないね。
ちょっと私自身が冷静さを欠いていてね。無差別に威圧を放っちゃったのさ。
ミーちゃん達も起こしちゃったかな?ごめんね』
「いえ、それは構わないのですが、何かあったんですか?」
『ミツハル君にも見て貰った方がいいかな?
ちょっとリュウノスケ君の様子を見て来てくれるかい?
ただし、絶対に近づいたりしないで欲しい。
あと、ルナちゃん達も刺激しないようにね』
「判りました。リュウノスケさんの様子を見てくればいいのですね?」
『うん、お願いね。
さっきも言ったけど、絶対に近づいたりルナちゃん達を刺激したりしないようにね』
リュウノスケ君の元へ向かうミツハル君を見送りつつ、リビングの機械で2人分のコーヒーを淹れたらソファーに戻り、
座ってコーヒーを飲みながらミツハル君が帰ってくるのを待つ。同じ世界出身の彼の見解も聞いてみたい。
ほどなくして戻ってきたミツハル君が私の隣に座って小声で、
「何が起こっているんですか?」
と聞いてきたけど、それが判ってれば悩んでないんだよ。
コーヒーを勧めつつ、現状の私の見解を話した上で、ミツハル君の見解も聞いてみたけど、進展は無かった。
「魂の神様でも見た事がないなら、私には判りかねます。
ただ、神としての存在が揺らいでいるのであれば、2方向から考えてみてはどうでしょうか?」
『と言うと?』
「神としてリュウノスケさん自身が認識を持てなくなった場合と、過剰に神としての認識を持った場合ですかね?
私も良く判らないのですが、魂の神様は一纏めに問題を解決する方向で考えて居られる様ですが、
原因自体が判らない以上、分けて考えた方がいいのかな?と思いまして」
『分けるねぇ・・・』
「魂の神様は、神が神としての認識を持たなくなった場合の状況をご存知なのですか?」
『いや、知識として知っては居るけど、見た事はないね』
「では逆に、今のリュウノスケさんのように体が発光する状況をご存知なのですか?」
『そっちは聞いたことがあるよ。
神としての格が上がる時に発光する場合があるそうだよ?
・・・あ、分けるってそういう事か。なるほどね。』
「そのお話が本当だとするならば、リュウノスケさんの格が上昇しようとしている。
として発光の説明はつきますよね?」
『そうだね。発光現象についてはそれで説明が付くかも知れない。
でも消滅しようとしている現象の方はどうやったら説明がつくんだろう?』
「それは・・・リュウノスケさんが格の上昇を拒否しているから。でしょうか?
神としての存在は認識しているけれど、その格である事は認識していない。
と言う事なら説明になりませんか?」
『う~ん・・・あ? あはははは。そうか、そういう事か』
ミツハル君は頭がいいね。そうか。そういう事なら今回の説明も付くね。
「えっと、何か判りましたか?」
『恐らくミツハル君のいう事で正解だと思う。
今回の原因は、
リュウノスケ君の神としての核とリュウノスケ君自身が認識している格の乖離が原因だと思う。
後はリュウノスケ君自身が、その格だと認識すれば問題ないから・・・。
ちょっと行ってくるね』
「とりあえず問題が解決して、いつも通りのリュウノスケさんに戻って貰えるなら何でもいいですよ。
自分が言うのも何ですが、宜しくお願いします」
『了解了解~』
理由が判れば至極単純な話だった訳だ。
全く、リュウノスケ君は本当に面白いね。
まぁそうなった理由の一端が、魂の損傷を放置した私の責任でもあるけど。
それがなければ、そこまで卑屈と言うか卑下する様な自我を持った神にならなかっただろうしね。