第156話 末期の酒 エピソード・ゼロ
一応お断りを。
本話内で様々な出来事が出てきます。
読まれる方によってはご不快に思われるかも知れませんが、あえてそのまま記述させて頂きました。
本話を読まれなくても次話以降に影響はありません。
ですので、何かしらの“トラウマ”をお持ちの方は本話をスルーして頂きたく思います。
また、自殺/自死に関する描写がありますが、助長する類の物では御座いません。
決して真似をしないようにお願い致します。
コツ・・・コツ・・・コツ・・・。
静寂の中、俺の靴音だけが響く。
「この特殊世界樹も大きくなったなぁ。ま、今の所では北極大陸で唯一の成木だしな。当然か」
北極大陸の北に位置する特殊世界樹の回りをぐるりと歩き回りつつ、少し感慨に浸る。
各特殊世界樹の周囲数mを空けて、さらに外側を石畳で円形に整地してあるので、ちょっとした公園のような場所。
おもむろにその石畳の片隅に視線をやり、創造魔法でベンチを設置したらそこに座って一息。
「あ~思い出すなぁ・・・もう遥か昔の事なのに、昨日の事の様に覚えてるわ。
あの時は雪が降っていたけど、月明かりだったんだよなぁ。此処は真っ暗だけど、今の俺には似たようなもんか。
だったら・・・『出ろ!』・・・コレも必要だな・・・』
出したのは十数本の安酒。あの時、近所のコンビニで買った。俺の前世での末期の酒。
「せっかくだし、あの時と同じ順番で飲むか。確か・・・最初はウィスキーだったな・・・」
・・・・・・
俺には同じ歳の幼馴染が居た。ちょっとだけ引っ込み思案な、かわいい女の子。
ありがちな話だが“将来は絶対に結婚しようね!”なんて言い合う様な、そんな仲の良い幼馴染。
最初の転機になったのは、俺が家の都合で引っ越す事になった時。小学4年生の時。
お互いに泣きながら「毎日手紙を書くからね」なんて約束したのも良い思い出だな。
たかが電車を乗り継いで1時間半程度の距離。
だが、まだまだ子供だった俺には独りで会いに行くには遠過ぎる距離だった。
現実って奴は残酷な物で、新しい生活に慣れようと必死になって行くうちに、少しずつ疎遠になってゆくもの。
慣れないうちはいじめにもあったし、嫌な事なんて腐るほど毎日そこかしこに転がっていた。そんな日々。
そうして日々を過ごしているうちに、毎日の様に遣り取りしていた手紙の間隔が空くのに、そう時間は掛からなかった。
俺が15の頃には、かろうじて年賀状の遣り取りしか残って居なかったな。
・・・・・・
再び転機となったのは、その時俺が住んでいた地域を襲った、とある大規模自然災害の時。
俺の家族達は、幸いな事に誰一人犠牲にはならなかったが、友人知人の何人もが死ぬような大きな災害だった。
俺が住んでいた場所はその災害で最も多くの犠牲者が出た地域で、数多くの死体や遺体を見る事になった。
近所のパン屋さん。喫茶店のマスター。行き着けだった散髪屋さん。よく遊んで貰った公営アパートの友人達。
災害当日から救助活動に参加していた俺は、見るも無残な姿になった友人知人達を、ただ無力に見送るだけだったな。
思い返せば、その時に俺は壊れ始めていたのかも知れない。
所詮俺独りの力なんて、無力な存在なのだと。人生で一番夢多い時期に、現実ってヤツを突きつけられたのだから。
ま、元々俺自身の“心”が弱かったせいってのも大きな要因なんだろうけどな。
そうやって、日々近しい人達の死と向き合っている時だった。彼女が久々に俺を訪ねてきたのは。
久々に見た彼女は、驚くほど美人になっていた。
当然電話なんてまだまだ復旧には程遠い状況。
ただ一言「トシくんの事が心配だったから」と。俺の安否を心配しての事だった。
道路や鉄道なんかも寸断された様な状況だったのに、可能な限り乗り継いだりしてわざわざ歩いて来てくれたのだ。
本当に嬉しかったね。何よりすっかり疎遠になって居たのに、俺の身を案じてくれたのが心から嬉しかった。
・・・・・・
そんな彼女が俺の恋人になるまでに、そう時間は掛からなかった。
最初は復旧した電話で毎日決まった時間に近況を喋るだけ。
街が復興してゆくに従って、何度も何度もデートを重ねるようになっていった。
俺は彼女と一生添い遂げるつもりだった。
その想いを抱き始めた頃には俺も大学生になっていたので、彼女と会う日以外では殆どバイト漬けの日々を送る事になる。
寝る時間も少なくなったが、それでも毎日幸せで充実した日々だったね。
今のうちからお金を貯めて、大学を卒業して無事に就職出来たらすぐにでも結婚するのだと。そんな夢を持っていた。
数年後のそんなある日・・・いや、2月10日だったな。俺と彼女の記念日。俺と彼女の誕生日の丁度中間の日。
俺はちょっと緊張しつつも、彼女を初めてホテルに誘った。
繋いだ手をぎゅっと握りつつ「うん。いいよ」って言って貰った時は嬉しかったなぁ。
でもそれで終わりじゃなかった。
ホテルの部屋に入った途端、彼女が泣き出したのだから。
正直に言ってパニックだったね。そんなに俺の事が嫌だったのかと。俺だって嫌なら無理はさせたくは無い。
そう言ったが、彼女の泣き出した理由を聞いて、頭が真っ白になったね。
「私、初めてじゃないの。ごめんね。私の初めてをあげられなくて・・・」
彼女を宥めつつちゃんと話を聞いてみたら、俺と付き合い始める前に彼氏が居たとの事。
付き合った期間は短かったらしいけど、その相手が彼女の初めての男だったらしい。
まぁこれだけの美人が“今まで未経験でした”って言う方が信じられないぐらいなんだから、そっちは大した事じゃない。
でも俺は完全にパニクったね。いわゆる“テンパった”って奴。
彼女の初めてが俺じゃなかったって事はちょっとは残念に思うけど、問題はそんな事じゃない。
問題があるのは俺の方。 俺自身が女性経験が全く無いって事の方が大問題だったよ。
だって今の俺で、ちゃんと彼女を満足させてあげる事が出来るのかどうかが不安だったんだから。
こんな事で彼女に嫌われる事の方が、俺にとっては大問題だった。
彼女が正直に話してくれた以上、俺もちゃんと自分の事、俺が将来どうしたいかを正直に話した。
そうやってお互いに自分の事を話した夜。
俺は彼女の全てを受け入れて、彼女は俺の全てを受け入れてくれた。
そうしてその日、俺と彼女は初めて結ばれた・・・。
・・・・・・
大学3回の夏の時点で就職の内々定も取れてバイトに明け暮れる日々。
就職先もそれなりに有名な・・・1流とは言えなくとも、一応は大企業と言ってもいい会社。
まぁ実際には姉貴のコネで、その会社の新規設立部署への内々定だったんだけどね。
後は大学を卒業するだけの状態。卒業までの単位も、ゼミの卒論も粗方予定通り。
順風満帆な日々。しかも大好きな彼女との幸せな日々は相変らず続いていた。
幼馴染だったし、彼女の両親とも予め面識はあったから良好な関係を築けていた、と思う。
彼女は短大を卒業して、俺より一足早く社会人に。
デートして、愛し合って、たまにはちょっとした口喧嘩もしたりして。でもすぐに仲直りして・・・。
本当に幸せで、満ち足りた日々だった。
・・・・・・
大学の卒業も決まった卒業間近の2月10日。俺達の記念日。
・・・そして一生忘れられなくなる日。最初の悪夢が始まった日。本当に俺が壊れる事になった日。
今日も昼前からデート。暫くぶらぶらとウィンドウショッピングをしたら、夕方前辺りにちょっと高めの宝飾店に入った。
彼女は理由が判らなかったみたいだけど、俺としては覚悟を決める為。その決意を彼女に示す為。
「ねぇトシくん? 私、こんな高価なプレゼントは貰え無いし買え無いよ?」
「ん?今回はちょっと特別だから」
「特別?」
「そそ。俺ももうすぐ大学を卒業するし、4月から東京で働く事になる。
結婚は・・・残念だけど、あともう1年待って欲しい。俺がちゃんと仕事して、給料が貰える様になるまで」
「それは構わないけど・・・」
「で、その前にさ。婚約だけはしときたい訳よ。
ちゃんと将来の覚悟と決意を、自分自身にも明確にしときたいから」
「それでも私、貰えない。こんなの無くても、ちゃんと信じてるし待ってるから」
「ま、単純に男の見栄って奴?
後、俺が居ない間や東京で誰かに言い寄られない様に、虫除けの意味も兼ねてる」
「でも・・・」
「でもじゃないの。コレは男としての俺の見栄。
ついでに言っとくと、4月から・・・は難しくても、なるべく早く東京で同居したいから。
お前にも今の仕事を辞めて貰わなきゃならないし、引継ぎとかもあるから近々には無理だろうしね。
一応現状としては、2人で住むには十分なマンションを探してるトコ。
予め婚約指輪を渡しとけば、義父さん達にも説明しやすいでしょ?」
「だったらなおさら貰えないよ!マンションなんかに住んだら、お金掛かるじゃない!
東京って物価とかも高いって聞くし・・・」
「はいはい、お店で騒がないの。
大体お金の心配はしなくて大丈夫だから。その為に今まで必死にバイトしてきたんだし。
つっても、さすがに100万とかするのはあげられないけどね。
ちゃんとその辺は考えてあるから。 俺も金額的に無理な時は無理って言うし。
とりあえず大体のマンションの相場は調べてあるから、余裕を見て1年分ぐらいの貯金額は除いた金額の物になるけどね。
まぁ来年の結婚指輪までの繋ぎだから。
遠慮しないで気に入った物を選んで。俺が選ぶよりも、お前が気に入った物を俺は贈りたいから」
「・・・じゃぁコレで」
「値段だけ見て“安いから”で決めてんじゃねぇよ!」
「トシくん?お店で騒いじゃ駄目だよ?」
「・・・そうさせてるって自覚ある?」
「あはは・・・」
「全く・・・店員さん、すみません。
30万から70万ぐらいまでで、お薦めの婚約指輪ってありますか?」
「それでしたら・・・こちらからこちらまでになりますね」
「んじゃ、その中で選んで」
「・・・じゃぁコレで」
「だからぁ・・・とりあえず“一番安いから”って理由は辞めてって」
「あはは・・・」
「有難う御座いました。お幸せに!」
「ど~もで~す」
「ねぇトシくん。本当に良かったの?」
「くどいなぁ。もう買っちゃったんだから、い・い・の! それとも・・・俺と婚約する事が嫌なの?」
「そうじゃないよ!」
「なら問題無し!とっとと晩メシ食いに行こう。もう予約してた時間まで、余裕が無いわ」
・・・ホテルの一室にて・・・
「ねぇ。私こんなに幸せにして貰っていいのかな?」
お互いに汗だくで全裸でベッドに横になり、さっき買った指輪を着けた手を天井に向けて眺めながら、ぽつりと呟く。
「何が?」
「私みたいな女が、こんなにも愛されていいのかな?って話」
「安心しろ。絶対にお前より、俺の方が幸せだ」
「うっそだぁ~」
「ほっほ~。其処まで言うのなら、体で証明してやろう」
「きゃ~。あんっ・・・トシくん。今日は大丈夫な日だから、避妊しなくてもいいよ?」
「駄目。それはちゃんと結婚してから」
「はぁっ・・・トシくんは真面目だねぇ。婚前交渉はするのに?」
「万が一にでも妊娠したら大変だからね。
子供はちゃんと俺が家族を養える様になったら、最低でも3人は産んで貰うから。結婚したら覚悟しときなさい」
「あっ・・・トシくんは繋がってからが激しいからなぁ。あふっ。その分“愛されてる”って実感もあるからいいけど」
「ふむ。まだまだ余裕みたいだな~。良し。お望み通り激しくしてやろう」
「あぁっ・・・」
・・・
「ふっ~っ・・・」
「ねぇトシくん。結婚したら、タバコは辞めてね?」
「ん?別にいいけど、急にどうしたの?」
「子供が出来た時に困るかな~?と思って」
「あぁ確かに。分かったよ。
仕事初めてすぐにはストレスで無理かも知れないけど、結婚したら絶対に辞める」
「うん。お願いします」
「いえいえ。こっちこそ気が付かなくてごめん。ってあ!そろそろ終電がヤバイ!」
「ホントだ!先にシャワー浴びてくるね!」
・・・
「本当に此処でいいの?」
「またいつもの遣り取り?
一番最初に約束したじゃない。お互いの中間地点でって。それじゃぁ帰ったらメールするね」
「そうだったな。連絡待ってる。
つーか、とっとと車買うかな・・・そうしたらちゃんと家まで送れるし」
「そうだね。でも東京行くならあっちで買った方がいいと思うよ?わざわざ運ぶのも大変だし」
「だな。じゃ、また今度。明日も夜には電話するから」
「うん。またね」
指輪を嵌めた手を振りつつ、弾むように階段を駆け下りて行く彼女。それが俺が彼女を見た最後の姿だった。
・・・自宅にて・・・
「遅いなぁ。もう帰っててもおかしくない時間のはずなんだけど・・・」
“PiPiPi・・・PiPiPi・・・”
「おっと来た来た。って義父さんから電話?はい、もしもし?」
「トシユキくんかい?」
「義父さん?今晩は。お久しぶりです」
「・・・今日。・・・娘と会ったかい?」
「はい、2時間ほど前には別れましたが・・・何かあったんですか?」
「・・・あの娘は死んだよ」
「は?」
「ダンプカーに巻き込まれてね・・・即死だったそうだ」
「えっ?えっ?ちょっと待って下さい!どうしてそんな・・・」
義父さんから詳しく話しを聞くと、彼女は交通事故に遭ったらしい。
最寄り駅から原付バイクで自宅に帰る途中。急に左折したダンプカーに轢かれたんだそうだ。
「・・・」
「・・・トシユキくん。キミのせいじゃないって事は判っている」
「・・・はい」
「でもね。私達から、娘を奪ったのはキミにも原因があると思って居る。八つ当たりだとは思うがね。
もう少し、後電車1本でも早く帰ってくれていれば・・・。仕方の無い事だとは思うけど、そう思わずには居られない」
「・・・はい」
「だから・・・もう二度と私達には関わらないでくれ。
娘の葬儀にも来て欲しくないし、顔も見たくない。連絡するのも今回限りだ」
「でも!」
「正直に言うよ。
私達にとって、私達から娘を奪ったダンプカーの運転手も、キミも。同じ“人殺し”だと思って居る。
娘を愛してくれていたキミに、こんな事を言うのは酷だとは思うがね」
「“ヒトゴロシ”・・・」
「済まないね。私達も突然の事で心の整理がついてないんだ。
酷い事を言う様だけど、私達の気持ちも考えて欲しい。本当に済まない・・・」
“プツッ・・・ツー・・・ツー・・・ツー・・・”
その後、暫く経ってから。
俺は子供の様に膝を抱えながら泣き続けた。
ただもう2度と彼女に会えないと言う事に対して。
・・・でも、ふと気付く。
・・・そうだ。義父さんの言う通りだ。
俺がもう少しだけでも早く、彼女を家に帰していればこんな事にはならなかった。
・・・俺の・・・せいだ。
義父さんの言う通り、俺が彼女を殺したんだ・・・。
俺に彼女の死を悼んで涙を流す資格なんて無い。
何よりも大切な人を。俺自身が殺してしまったのだから。
気が付けば、涙は止まっていた。
・・・・・・
彼女が事故死してから、1ヶ月ほどが経った。
俺は彼女が“死んだ”と言う事を、しっかりと実感する事も出来無いまま。
ただ、無気力に。2度とは来ない彼女からの着信を待ち続ける日々。
それでも頭の中に響き続ける義父さんの“ヒトゴロシ”の言葉・・・。
唯一バイトに行っている間だけは何もかも忘れて居られた。
だから今まで以上に、淡々と、何も考えず。がむしゃらに働き、家に帰って寝るだけの生活。
そんなある日、姉貴から電話があった。
「トシユキ?今電話大丈夫?」
「あぁ」
「仕事の内定の件なんだけど、アレ、駄目になっちゃったから」
「はぁ?」
「新規部署の立ち上げ自体が中止になっちゃったんだって。だから内定取り消し。
連絡が遅くなっちゃったけど、就職活動頑張って。じゃぁね」
「あぁ」
“プツッ・・・ツー・・・ツー・・・”
「クックック・・・はははは・・・今更就職活動しろって?今から?もう3月の中旬だぞ?
ははは。まぁ“ヒトゴロシ”にはお似合いのオチだな。ははは・・・」
彼女を失った事に比べれば、本当に瑣末な事。
将来の夢すらも失ってしまった俺にとっては、もうどうでもいい事。
・・・・・・
数ヵ月後、家の都合で転居し、大学を卒業した俺は何となく就職活動をして、近所の家電量販店で働き始めた。
第二新卒枠での就職だったから初任給も悪くなかったが、俺は相変らず無気力なまま。
当然、店長や先輩達から“やる気が感じられない”と怒鳴られる事もしょっちゅうだった。
そんなある日。店の展示用大型テレビで児童殺傷事件があったと、どの放送局も一斉に報道していた。
数多くの大型テレビに映し出される光景。
そして聞き覚えのある学校名。
それは従兄弟の娘さんが通う、有名な学校名。
つい数ヶ月前に、その従兄弟の伯父さんの法事で会った、明るく元気な女の子が通う学校。
嫌な予感がした。
仕事が終わり自宅に帰ると、両親が喪服の準備をしていた。
何処かで”あぁやっぱりな”と思う自分が居た。
上司に連絡をした上で仕事を休み、本葬だけには出たが、小さな棺に縋り付く様に泣き崩れる母親の姿が印象的だった。
“ヒトゴロシ”・・・あぁ、俺も同じなんだな。と思った。
棺を祭壇から霊柩車に運ぶ為に外に出した時、集まっていた報道陣から一斉にカメラのフラッシュが瞬いた。
まるで俺自身が、この子を殺した犯人であるかの様な錯覚を覚えた。
・・・・・・
あれから数年が経過したが、俺は相変らず無気力なまま。
職も転々とし、まともに定職には就けなかった。
正社員として働いていても、与えられた仕事を淡々とこなすうちに、飽きて辞める。
そんな日々が数年続いた。
唯一の楽しみが、まだまだ俺には不相応だが、高級寿司料亭での板前さんと話しながら酒を飲んでいる時だった。
その時だけは何もかも忘れて、幸せだった頃の自分に戻る事が出来た。
彼女の事を忘れようと、何人かの女とも付き合ってみたが、誰一人として長続きしなかった。
まぁ、俺が悪いのは分かっていたし、俺が求めていたのは“彼女の代替品”だったのだから当然だと思う。
俺の回りの連中からしたら、俺は“面食い”に思われてたらしいな。そんなつもりは無かったんだが。
そう言えば、友人だった奴に寝取られた事もあったんだっけ。
・・・・・・
「・・・ねぇ。子供が出来たの」
「へぇ。誰の子?」
“バシッ!”
「それが自分の彼女に対して言う言葉なのっ!?」
「・・・痛ってぇな。
俺は毎回避妊してんだから、俺の子であるはずが無いだろうが。
で?そんな浮気女に俺は何て言ったら満足して貰えるのかね?教えて貰える?」
“バシッ!”
「自分の彼女に浮気されて、アンタは悔しくないの?何で怒らないのよっ!」
「だから痛てぇっつってんだろうが。
浮気したのはお前だろうが。何で俺が叩かれなきゃならんのか理解出来んわ」
「何で私の気持ちを分かってくれないのよ!
私は何度も“子供が欲しい。結婚しよう”って言ってたじゃない!」
「俺も何度も言ったよな?
“子供は要らない。結婚するつもりは無い”って。
それは付き合う前からお前も承知してたはずだろうが」
「アンタが“堕せ”って言うなら今すぐそうするわよ!
どうしたら私を見てくれるの?どうしたら私と結婚してくれるのよ!」
「“堕せ”なんて言うつもりも無いし、お前と結婚するつもりも無い。
分かりきった事を何度も言わすな」
「私の気持ちなんてどうだっていいのっ!?
最っ低! アンタなんかと付き合った私が馬鹿だったわ」
「へーへー。んじゃ、とっとと出て行け。
あぁ。ちなみに父親って俺の知ってる奴?そいつとは縁を切るから、それだけ教えといて」
「そうよ!この前アンタと一緒に飲みに行った時の彼よ!本当にアンタって最低ね!」
「へー了解。あいつがねぇ。まぁいいや。んじゃ、あいつに幸せにして貰いな」
・・・・・・
「ふぅ・・・本当に色々とあったよなぁ・・・それにしても、もうこの体じゃ酔えないか。
あの時は安酒だったせいか、5本ぐらいでそこそこ酔えたのになぁ」
辺りに転がる酒瓶を消去しつつ、最後の酒を開ける・・・。
・・・深夜、冬の山上公園にて・・・
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・整備された登山道だけど、意外ときついな・・・日頃の運動不足のせいだな。
後、予想以上に酒が重いわ。買いすぎたか? 山の上にコンビニでもあればいいんだが・・・ってさすがに客が来ないか。
・・・ふ~っ。到着っと。とりあえずは・・・そこのベンチでいいか」
“よっこいしょ”とジジ臭い声を出しつつベンチに座り、とりあえずウィスキーを瓶のまま飲み始める。
「お?かなり雪がちらついてきたな。雪見酒か。月も出てるし風流だねぇ。俺には勿体無いぐらいだな。
まぁ、この冬一番の寒波が来てるらしいし、俺の末期の酒としては有難い話だな」
俺は此処に“死ぬ為に”来た。言うなれば、消極的自殺。
俺はもう限界だった。何かを考える事も、何かをする事も。
ただただ全てが億劫で。そして自分自身が余りにも無力だと知っていて。
かと言って、何かに対して努力をする気力すらも無かった。
少ない思考力で唯一思いついた結論が、自ら命を絶つ事だった。
それでも、可能な限り家族や他人に迷惑を掛けない様に。そう考えた結果が“凍死”だった。
もっと手軽な首吊り何かも考えたが、首吊りだと事故死にはならない為、死んだ後には検死が必要らしい。
貯めていた金も俺の葬儀代分ぐらいしか残って居ない以上、家族に余計な出費はさせたくない。
だからこその“凍死”。
今まであった事、彼女との思い出なんかを思い出しつつ、酔って体が熱くなってくる度に上着を脱いでゆく。
酒瓶を2本空ける毎に1枚脱ぐぐらいのペース。ゆっくりと、最後の酒を味わう。
「あ~おっちゃんに貰った“幻の酒”でもあれば良かったのになぁ。まぁ今の俺じゃぁ買えないが。
それで行くと、コンビニの安酒が今の俺にはお似合いか。
おっちゃん元気かなぁ。あの店を追い出されてから、連絡の付けようが無かったし、連絡先の交換もしてなかったしな。
ま、もう俺には関係の無い話か。多分あのおっちゃんなら元気にやってるだろうし」
上半身裸となり、ズボンも脱いだ時に全身から湯気が立ち上って居る事に気付く。
「お~。中々にアニメちっくだな。“俺のオーラーが!”って感じ?
まぁ、今の俺にしてみれば“オーラ”じゃなくて“魂”だな。体から“魂”が抜けていく感じ。
・・・死んだらあいつに会えるのかなぁ。
でも会えたとして、どんな顔すりゃいいかも分かんねぇや。
つーかこんな俺だったら、愛想尽かされて棄てられる可能性の方が高いかもな。良くて、ビンタ食らう程度かも。
ははは。まぁいいや。
俺みたいな奴はあいつとは違って天国には行けないだろうしな。会う事も無いだろう。
1名様、地獄への直行便にご案内~ってか?ははは」
「あ~何だかんだで全部飲みきったな。とりあえず片付けすっか。
しっかしこんだけ雪が降る様な寒空の下で、パンイチでも平気とか、人間って意外と丈夫なもんだよなぁ。
これで下手に凍傷とかで後遺症だけ残して、四肢欠損して生き残るとか全く笑えねぇよな。ははは。
っ!おっと。大分酔いが回ってきたな。片付けで動いたせいか?頭も少し痛いし・・・。
・・・ふぃ~。片付け終了っと。眠気も出てきたし、とりあえずベンチに横になるか。
あぁ、あいつに会いたいなぁ・・・会えるんだったら何でもするのになぁ・・・」
もし、来世と言う物があるのならば、何時の日にか、また彼女と出会えます様にと。
今度は彼女と添い遂げられます様にと祈りつつ。
そして、その希望は絶対に叶わない事なのだと、心の何処かで気付いていながら。
俺は睡魔にその身を委ねた。