第2話 はじめての女装
白い壁紙に薄い唐草模様が点々と描かれている廊下。そこで寝かされている父から視線を外して、声がした方を見ると、
「ワザワザ、来てやったのよ? ありがたいと思いなさい」
と言って、ふんぞり返っている見知らぬ女性が僕にそう話しかけてきた。
「誰だ!? な、なんで、僕の部屋から出てき…」
僕が慌てて、目の前に突如として現れた女性に声をかけようとしたら、その女性の後ろからヒョッコリと出てきたメイド服を着たオンナノコがこちらを見るなり笑顔で話に割り込んできた。
「お迎えに上がりました。姫様」
はっ? 今なって言ったの…
「姫!? いや、僕は男なんだけど?」
「まだ、説明されていなかったの? まぁ、いいわ。私の名前はアリシア・バレリアよ。聖バレリア王国の第二王女よ」
なんで、こんな日本のどこにでもあるようなマンションの一室に王女様がいるんだよ!! どんな冗談だ! 有り得ないよ!!
「あなたが斉藤夏海ね。あなたは私のオトウ、じゃなかった。妹なのよ! つまり、我が王家の血筋なのよ」
この女は突然になにを言い出すのだろう。正気か? どう見ても純日本人の僕に何を言っているんだ。絶対にそんな王家の血なんて入ってないよ!!
それよりも、見た瞬間にわかるだろう。誰がどう見ても僕は男だ。確かに顔は女に間違えられるほどの女顔だけどさ。見ろよ! ふん、この筋肉!!
って、ガリガリやないか!? 僕は自らの頬を叩き、自分にツッコミを入れた。アカン、アカンのや!! チビでガリの僕には漢らしい要素が確かに皆無やん。僕はそう思って頭を抱えた。
「そんな華奢な男がいるわけないじゃない。それに王族は女しかなれないのが我が王家の習わしなのよ」
「失礼な!! 僕はこう見えても歴とした男だよ。つまり、僕は男だから王族じゃないってことだね!! って、もうドッキリやめてよ!!」
「ドッキリではありませんよ。そもそも、私どもあなたを驚かせてなんのメリットがあるのでしょうか?」
いや、確かにそうだけど。でも、有り得ないじゃん。黒い瞳に黒い髪の毛、どこからどう見ても日本人の僕がそんな聞いたこともない国の王族だなんて…
「コホン、もし、王家に男子が生まれたら我が国の地下牢で一生を過ごしていただくか。もしくは王家に奴隷として仕えることになるでしょう。ボクのようにね…」
ゲッ!? メイドがスカートを捲りはじめたと思ったら、下半身になんか見覚えのある膨らみがあるじゃん。このメイドは男なのかよ!! 一瞬だけ、期待しちゃった自分が恨めしい。う、うぅ、イヤな物を見たよ。ぐすん。
「あなたは今日から、王女になるのよ。そうじゃなかったら、ボクみたいに下働きになるだけだよ。どちらがいいの?」
「いや、僕は日本に残るから!! 日本男児は日本ダイスキ!!」
冗談じゃない。絶対に日本に住むわ。なんで、そんなわけわからない国に行かなきゃならないんだよ!! って、冗談じゃないのかよ!! なんで、そんなに必死なんだ…
「困るのよ。女性至上主義の姉上に王位を取られてしまうと私が困るのよ。私は可愛い男の娘が好きなのよ。わかる?」
わかりません! わかりませんよ。って、あんたが困ろうと知ったことじゃないわ!! 逃げろ! 僕は目の前にいる王女たちを無視して部屋の外に駆け出そうとした。
「もう、面倒臭いわ。私はあなたが女だろうが。男であろうが関係ないの。私が王女と決めたの!!」
な、なんていう傲慢さ!! さすが王女様だと内心で感心してしまうよ。でも、そんな言葉では僕の注意はそれないぞ。僕は逃げるのをやめないんだ!! 僕は扉の取ってに手をかけて部屋の外に駆け出そうとした。
すると、アリシア王女が目にも見えぬ早さで移動し、
「早くこの娘を着替えさせてさっさと聖バレリア王国に連れて行きましょう!!」
と言いながら、ドアノブに手をかけた僕の手を力任せに掴んできた。痛い、痛いよ。くそ、捕まってしまった!! どうしよう…
「わかりました」
そう言うと男の娘メイドが僕の服を徐ろに脱がせてきた。わかりましたじゃないよ!? や、やめてくれ!!
「いや、やめて!! 服を脱がさないで!!」
なんだよ。どうなっているんだよ。僕が気がついたら、いつの間にか白いワンピースを着せられていたよ。そして、男の娘メイドが僕を無理やり、椅子に座させて、箱から妙なモノを取り出して、何かを塗りたくってきた。
「次はこれです」
化粧!? き、気持ち悪い。顔になんか色々と塗りたぐられていくよ。やめてくれ!!
イヤイヤと僕は化粧が塗られそうになるたびに何度も顔を左右に振って逃げようと試みた。だが、そんなことは関係ないと言わんばかりにメイドの手が逃げた方向に素早く回り込んで、化粧を塗りたくっていく。そんなことが何度も繰り返されて、しばらくすると、メイドが急に僕の前に手鏡を掲げてきた。
「誰? これ」
僕は思わず、鏡を覗きこんでしまった。
「あんたに決まっているでしょ!!」
アリシア王女にそう言われて叩かれる鏡の中にいる美少女。あ、僕と一緒で叩かれてる。つまり、これが僕? 嘘だろう!? あまりの事態に僕は驚きを隠せなかった。だって、だってさ…
───そこに居たのは見たこともないほど美少女だったから。